第82話 そこはかとなくお家騒動のかほり
「ちょっと!いつまでモタモタしているザマス!?」
ビリヤードを中断してバイソングラスさんたちと話していると、今度は遠くから怒鳴り声が響いてきた。
「ああ、すまないハニー。もう少しだけ待ってくれ」
「もう少し、もう少しって、ほんと頼りにならない男!」
「やめてよ!パパを悪く言わないで!」
どうやら揉め事のようだ。いかにもなんかこう、あ、こいつひょっとしてこの後殺されるな?みたいな感じの厚化粧の太ったドレス姿のおばさんと、胃潰瘍でも患ってます?みたいな青白い顔をしたヒョロヒョロガリガリのタキシード姿のおっさんと、ふたりとは似ても似つかない可愛らしいドレス姿の幼女が揉めている。
「やかましいぞ!何事だ!」
「まあ!これはこれは皇帝陛下!このような場所でお会いできるとは光栄でございますわ!わたくしども、フラー侯爵家のものでございます!わたくし、ハスカップ・フラーと申しますの!」
「おお!あのどっちつかずの風見鶏のフラー家か!家族旅行か?奇遇だな!」
「家族なんかじゃないわ!あなたなんか!」
「お黙り!陛下の御前でなんて無礼を!」
「無礼なのはあなたの方よ!どうしてあなたがさもフラー家の代表であるかのように挨拶なんてするの!?そんな権利ないくせに!」
「ラベンダー!いい加減におし!」
ピシャリ!と娘の手の甲を羽根をあしらった扇子で叩き、怖い顔で怒鳴るおばさん。ザマスとかお黙りとか、ほんとに使う奴いるんだな。すごいな異世界。
「やめてくれふたりとも。なあラベンダー、どうしてそんな酷いことを言うんだい?彼女は今は僕の妻、君の新しいママなんだよ」
「嫌よ!嫌々!!私のママはひとりだけだもん!どうしてわかってくれないの!?パパのわからずや!!」
父親に咎められたことで裏切られたような表情を浮かべた幼女が、脱兎のごとく駆け出していく。追いかけようとしたが父親は自分が立っているのも精一杯といった感じに憔悴しており、どうやら義母であるらしいおばさんは鼻息荒く憤慨...することもなく、なんだかとても寂しそうな表情を浮かべる。
すごく意外。
「わたくしが探して参ります」
「ああ、すまないねミルキー。よろしく頼むよ...陛下、お見苦しいものをお見せしてしまい、大変失礼をば致しました。これ以上の醜態をさらす前に、失礼をば」
ミルキーと呼ばれたビン底眼鏡のメイドが一礼し去っていくと、侯爵夫妻もそそくさと逃げるように去っていく。メイドさん、というか、正統派の侍女って感じだな。高齢で、50歳よりはまだ若いだろうか。優しそうなおばちゃまメイドって感じ。個人的にはこういう素敵に年を重ねた女性は嫌いではないが。
「なんか、複雑そうなご一家ですね」
「うむ。彼奴はフラー侯爵家のエスカロップだな。最近、流行り病で妻を亡くしたとかで仕事を休んでおったが、もう再婚したのか。あのネギがごとき細く青白いナリでなかなかやるではないか。奴も男だったということか」
「ちょっと、失礼ですよ陛下。風見鶏っていうのは?」
「先帝の頃から彼奴はどこの派閥にも属せぬコウモリ男でな。あっちへフラフラ、こっちへフラフラ、だがそのお陰で俺の粛清を免れたと思えば、あれでなかなか抜け目ない奴であるのやもしれぬ」
なんだか場が白けてしまったので、そのままビリヤードはお開きとなった。バイソングラスさんたちやクレソンとオリーヴは2号車へ、俺と陛下はVIP車両へと戻るべく歩き出す。
途中3号車の廊下の隅で、通路に体育座りをしている例の幼女、ラベンダーとやらに会った。どうやら先頭車両の方に逃げ込もうとして、第2車両へ続く扉の前にいる陛下の護衛騎士たちに止められたらしい。そりゃそうだ。
1号車は俺たちのいるVIP車両、2号車は陛下の連れてきた近衛兵たちによる貸し切りになっているからな。子供とはいえ部外者を立ち入らせるわけにはいかないだろう。
「おじ様!おじ様、偉い人なんでしょう!どうか、あの女を逮捕してください!」
「なんだ小娘、いきなりそのようなことを言われても意味がわからぬぞ?」
「あの女は...あの女はパパを殺そうとしているんです!」
いきなりの爆弾発言である。とりあえず話だけ聞いてみると、最近ハスカップ夫人が旦那の飲む酒に何か粉薬を入れているところを目撃してしまったらしい。
『毒?ははは、まさか!これは、パパが元気になれるようにと彼女が煎じてくれたお薬なんだ。だから、毒なんかじゃないよラベンダー』
「パパは騙されているの!だって、前までは元気だったのに、あんなにガリガリにやせ細っちゃって!絶対毒のせいよ!あの女はパパを殺して、侯爵家の財産を独り占めするつもりに違いないわ!」
「その理屈でいくと、君も殺されちゃうんじゃない?さすがに再婚したばかりの妻に全財産譲るとか遺書を書き換えたりはしないだろうし」
「遺書...そうよ遺書だわ!最近、パパは弁護士さんを家に呼んで、遺書を書き換えたのよ!きっと、きっとあの女が書き換えさせたに決まって」
「お嬢様!」
幼女がひとりで盛り上がっていると、ビン底眼鏡のメイドさんが慌てて駆け寄ってきた。
「お嬢様!そのようなお話を大声でするものではございません!皇帝陛下、我が主が大変失礼致しました!」
「ミルキー!どうしてわかってくれないの!?どうしてあんな女にまでペコペコするのよ!あなただけは私の味方だって信じてたのに!」
「いい加減にするんだラベンダー!」
後から侯爵本人もやってきた。
「なあラベンダー、せっかくの家族旅行じゃないか。君とママがこの旅を通じて少しでも仲よくなってもらえるようにって、パパ」
「あんな女ママじゃない!私のママは死んじゃったママひとりだけだもん!パパのバカ!わからずや!」
なんだか収拾がつかなそうだったので、俺は目の前で繰り広げられる修羅場を面白そうに眺めている陛下を促してさっさとこの場を離れることにした。ワイドショー好きのおばちゃんじゃないんですから陛下!
「帝国でも王国でも、どこの国でもああいった問題は絶えないのですね」
「人が人である以上、どこへ行こうと本質は同じなのであろうな。ほれ、灯りを消すぞ」
大きな窓ガラスから見上げられる夜空は、満点の星々がまるでプラネタリウムのように流れていく。ふと俺は、王国にいる家族のことを思い出した。もし父と母がヨリを戻す前に、父が新しいママを連れてきたら俺はどう感じていただろう?考えても詮なきことではあるのだが。
そして翌朝。
「キャアアアア!?」
ハスカップ夫人が、本当に死体で発見された。





