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第42話 修行回がすっ飛ばされるのはお約束

空は快晴。風は穏やか。そんな日はのんびりお昼寝でもしたくなるよなあ、と思いながら、ゴシゴシとデッキブラシで黄金を磨いていく俺。


「おお、そこだ。よいぞ小僧、もっと力を入れよ」


「無茶言わないでよ、俺の腕力に何を期待してるのさ?」


現在、俺は身長3mぐらいの竜人の姿から、ジャンボジェットばりに巨大化した本来の竜としての姿に戻ったハインツ爺ちゃんの背中を流している。といっても、相手は超巨大生物だ。


トルーブルー山の中腹にある湖で水浴びをするのがふたりにとっての入浴らしく、竜人の姿で珍しいリザードマン種の亜人と言い張って温泉に入りに行くことなどもあるそうだが、竜人としての姿と竜としての姿は別物らしく。


まして数千年も生きているような古竜では体のあちこちが何というかその、ちょっとうーん、まあ、控えめに言って汚い感じなので、せっかくだから磨き上げることにしたのである。


だって、せっかく立派な竜なのに、もう一か月ぐらい野外駐車場に放置されたまま洗車されてないスポーツカーみたいな有様だったんだもん。綺麗に洗車してワックス掛けたくなるじゃん?ならない?


じゃあ、すげえかっこいいロボットの超合金やプラモなんかが倉庫の隅で埃被ってたら、綺麗にしたくなるじゃん?綺麗にして本来のかっこよさを取り戻したところが見てみたくなるじゃん?イッツァ男の子心って奴だよ。


人間の世界からリンドウにブラシやバケツや雑巾などを買ってきてもらい、竜神の体を洗浄していく。犬とか猫をシャンプーするのとはあまりに規模が違いすぎるが、気分的にはそんな感じ。


リンドウにも手伝え、ジジ孝行しろと持ち掛けたのだが、面倒臭がって逃げてしまった。まあ、祖父の背中を流す孫娘ってのは年頃になってくると難しくなるだろうしな。しょうがないしょうがない。外見的には幼女でも、中身は数百歳らしいし。


「身体強化の魔法ぐらい使えるであろう?」


「無理だよ、俺闇属性にしか適性ないNOTチート野郎だもん。火属性の筋力アップとか、風属性の脚力アップとか、使えたらよかったんだけどね」


「何を言うておるか。属性などただの指向性を補足するための補助輪のようなものにすぎん。どれ、余が手ずから貴様に魔法の何たるかを指南してやろう」


「わ!?ちょ!?わー!?」


「おお、すまんすまん!」


湖のほとりの草原にうつ伏せになっていた彼の上に立っていたせいで、いきなり体を起こされてはバランスを崩しその背からの転落不可避。しかし俺の体は地面に叩きつけられることなく、ふわりとクッションのような風に受け止められ、そのままフワフワとハインツ爺ちゃんの顔の前まで運ばれる。


すげえよな竜。目玉だけで俺の体よりでかいんだもん。大型トラックみたいなデカさのリンドウも、ジャンボジェットみたいな巨躯の祖父の前ではまだまだ子供なんだなーと実感する。


「おお、すげえ!」


「ふむ、汝はなかなか筋がよい。人間とは固定観念に縛られ己の中に築き上げてきた強固な常識というものにとかく囚われがちだが、汝にはその歪な悪い意味での頑固さがないな」


「そりゃあだって、驚異的に薄っぺらい人間だもの、俺」


好きだった漫画がアニメ化するのに際し、ドラマCD版からキャストが変更された際に『ぜってー認めねー!』と憤慨しても、いざ1話を視聴してみたら『ふーん、結構悪くないじゃん?』とあっさり手の平を返すような人間だからネ。勿論、悪くないことが前提だけど。


これで演技が下手だったり棒読みだったりキャラにそぐわない声だったりしたら、『だから言ったじゃねえか!』とアンチに走ったりもするような、そんな人間だからさ。


「ホークの名において命ずる!素早さを上げよ!あと反射神経と動体視力と筋力とスタミナも全部!具体的に言うとRTA動画とかで8倍速ぐらいで単調な作業を早送りする感じで!」


「おー、極楽極楽。よいか小僧、大切なのはイメージすることだ。できる、と強く思い込めば思い込むほどに、魔法は強く作用する。そなた自身ができると信じられぬことを、どうして実現し得ようものか。そなたができると強く思うほど、魔法はそれをより精巧に実現するのだ」


この世界に極楽とか天国の概念あるの?と野暮なツッコミはしてはいけない。いいね?


魔法で超強化した身体能力をフル活用して、まるで8人に分身したかのような超スピードで俺はジャンボジェットばりに巨大な黄金竜の全身を磨き上げていく。すごい!まるで世界がすっとろく感じる!なんだか時属性魔法を使っているみたい!ひょっとして俺、闇属性以外に時属性魔法の素質も眠ってたのか?


「よっ、しゃあー!!」


「おお、なんとも見事なものよ!」


結果、一点の曇りもない黄金の鱗が太陽光を反射して煌めく竜神様が爆誕しました。さすがに老いによる鱗の艶や張りの衰えこそ感じさせるものの、それがまたいかにもなツルピカテカテカの安っぽさすら感じさせるわざとらしい質感ではない、本物の艶を醸し出していて実によき。


なんだろうね?箱から取り出したばかりのピカピカ感ではなく、大事に大事に長年使い込まれてきた熟練の職人の熟達した神業を支えるお道具のような、一目でよいものとわかる美しさ的な。


ザブン、と湖に飛び込んで、それからザバアとキラキラ虹をかけながら飛び出してきた爺ちゃん竜の黄金が、空の青さと草原の緑に映えて、すげえふつくしいのなんのって!!


「褒めて遣わすぞ小僧。よもやこれほどまでに麗しき余の姿を再び見ることができるとは思わなんだわ」


やっぱ年老いて若さを失っていくってのは、ちょっと寂しいもんなんかね?前世で母がよく長時間かけて化粧をしてて父に『どうせ誰もそこまでお前を気にしないだろ。時間の無駄だ。早く行こう』と文句を言われていたけれど、他者に強要されたものではない自発的な化粧というのは、自分を納得させるために纏う鎧みたいなものだと俺は思う。


ブスだろうがなんだろうが関係ない。人前に納得して出せる自分を作り上げるための儀式。ヅラを被るハゲ男だって、見栄を張って常人には理解しがたいブランド物を買う奴だってそうだ。全ては自分を納得させるため。自分は大丈夫だと自分に言い聞かせるための武装鎧。


水面に映る自分の姿を嬉しそうに見下ろしているハインツ爺ちゃんの笑顔を見ていると、白髪を黒く染めて美容院から帰ってきた前世の母の笑顔を思い出して、きゅっと胸が締め付けられた。


「ところでさ、ハインツ様は魔法に詳しいみたいだけど、無属性魔法については何か知らない?」


「む?」


「無」


「何を言うておる。そなた、今し方散々使っておったであろう」


「え?」


前提が、間違っていたのだ。ハインツ爺ちゃんいわく、『全ての魔法は無属性』だからだ。そこに、人間が『後から呪文で属性を付与しているだけ』。それが、属性魔法の正体。


「適性なんてものは、その得手不得手を指し示すただの指標にすぎん。そなたの肉体はエレメントを闇に変換するのが他者よりも少しばかり容易であるというだけのことよ」


かき氷で例えるならば、無属性魔法がかき氷で、属性魔法というのはその上からシロップをかけるようなもの。


イチゴ味だろうがメロン味だろうがレモン味だろうが、シロップをかける前までは全て等しく味の無い微細氷でしかないのだと。そして、シロップをかけることで、人はその見た目や風味をより強固にイメージすることができる。


実際、かき氷に含まれるシロップは着色料と香料が含まれているだけで、味は全て同じらしい。ただ、香料に含まれる匂いが人間にイチゴ味やメロン味だと錯覚させているだけ。文字通りのフレーバーだ。


見た目の色、匂い。それが後押しするからこそ、人は『味そのものはただ甘ったるいだけで、匂い以外はなんのフルーツ成分もない無味の氷』をイチゴ味やメロン味と思い込むことができるってわけだね。


「俺、さっきまで普通に使ってたのか?無属性魔法を?」


ならば、ヴァンの使う魔法の無力化は、相手の使った魔法の属性だけを引っぺがしている?そして、『属性が消されたらその魔法は効果を発揮できない』とかける側もかけられる側もこれまでの人生でそう強く思い込んでいるからこそ、効果が消えてしまっただけ?


あーややこしい!ゴチャゴチャする!


「ハインツ爺ちゃん!!お願いします!!俺に、魔法のこと、もっと教えてください!!」


「爺ちゃん?」


「あ、やっべ!?ハインツ様!!」


「グハハハハハ!!よい、よいぞ小僧!!そうかそうか、爺ちゃんか!!グハハ!そう呼ぶことを格別に許す!!グハハハハハハ!!」


何がそんなにおかしいのか、腹を抱えて大笑いするハインツ爺ちゃんの笑い声が、トルーブルー山に木霊した。

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