第41話 老害とメスガキの組み合わせですって?
祝福。それは古代ギリシャ人いわく、呪いと紙一重の代物らしい。神様なんてものがたかが人間一匹を特別扱いしてやった結果、他の神から興味を持たれたり不興を買ったり、私も気に入ったから!と取りあいされて当人の意思とは無関係なところで人間程度の力ではどうしようもない理不尽な運命にただひたすらに振り回される。そんな碌でもない代物である、と。
「俺、確かに女神の力みたいなもののお陰で今こうして生きてる疑惑がなくもないですが、女神に直接会った記憶はないんですけど」
「ふむ。記憶を消されたか、そもそもが一方的に押しつけられたかのどちらかである可能性が高かろうな」
幼女竜に拉致監禁されていたはずの俺は、何故だか竜の祖父と孫娘の住まう黄金宮の頂点に君臨する最古の邪竜、もとい、竜神であるハインツ様のお部屋に連れられ、というか、強引に拉致され連れてこられていた。なんなの?竜ってのはみんな人間を誘拐する趣味でもあるの?
自分が連れてきてしまった手前気になるのか、幼女竜リンドウもちゃっかり座ってお茶を啜っている。ズズズと音を立てて飲むのは下品だからやめた方がよいのでは。
「さて、どこから話したものか」
むかしむかし、この世界には竜神とその眷属たる魔物たちが暮らしていた。というか、当時は魔物とかモンスターなんて呼び方はされていなかったそうだ。
竜たちも最初から神だったわけではなく、この世界に生きる大勢の生命のうちの一種であったらしいが、エレメントを取り込む体質に長け、知恵と強靭な力を持ち、諍いを起こす生命たちの調停者としていつしか信仰され、神と崇められるようになったとかなんとか。
で、そんな竜とその加護を受けた古き民たちが平和に暮らしていたところへ、突然女神がやってきて、こう言ったらしい。
『あら、こんなところにちょうどいい世界があったわ!』
この世界とは別の世界からやってきたという女神は、最初に男を作り、次に女を作り、古き民たちを地形ごと焼き払い、そこに超古代文明を作った。
空飛ぶ船、雷の力で稼働する機械、アーティファクトと呼ばれる女神の力が宿った武具。後から乗り込んできて女神に作られたという人間たちは、爆発的に繁殖しその生活圏を拡げていった。
当然、竜や旧き民たちもそんな突然の侵略に抗ったそうだが、女神の力は強大であり、ついには最高神であった竜王ハインツ一匹と竜たちが命懸けで守った卵ひとつを残し、皆殺しにされてしまったという。
『まあ、さすがに絶滅させるのは可哀想ですから、その卵に免じてあなたのことは見逃してあげましょう。ねえねえ、何も守れなかった挙げ句自分の孫娘を孕ませなければ竜が絶滅してしまうのってどんなお気持ち?ねえどんなお気持ち?』
やがて人間が無事に繁殖したことを見届けた女神は、この世界から去っていった。去り際にほんとにそんなこと言ったのかは定かではないが、少なくともハインツはあえて見逃されたことをそう捉えたそうだ。被害妄想...と言うには実害が出すぎているんだよなあ。
実際、この世界にたった2匹の生き残りであるこのふたりが死んだら、完全に竜という存在は絶滅してしまうことになる。ワイバーンやドラゴンといった、竜の血を引く魔物たちこそはまだ生き長らえているだろうが、彼らは純血の竜ではないのだから、別物扱いなのだろう。
ちなみに余談だがこの世界、近親婚なんかはわりと普通に行われている。妹萌えや姉萌えの人間に都合のいい世界を作ったせいでそうなったのかどうかは知らんが、兄と妹が結婚するのは普通に合法だ。酷い例だと、父親が妻と離婚して娘と再婚したという例もある。いくら血を貴ぶとはいえ、魔境すぎんだろ貴族の世界。
当然、そんな事実を後世に残せるはずがないので、女神の子らたる女神教の人間たちは、この世界は女神様が作った。女神様が悪の邪竜たちに打ち克った。古の大戦で邪竜たちにつき女神様に敵対した獣たちは魔物だ、などと都合よく編纂したものが現在の女神教の聖書というわけだ。
「マジかよ女神最低だな!?」
「うむ、実に最低な女であった。見た目の美しさに反比例するかのごとく、この余とて初見では思わず目を奪われたものよ。だが、中身はとんだ侵略者であった。実に忌ま忌ましい」
女神が作り出した人間の子供たちは、女神がいなくなった途端にお約束のように互いに相争い、超古代文明は滅びた。それから幾度となくいくつもの国が興亡を繰り返し、超古代文明の遺産を利用して、人類は繁栄と衰退を繰り返しては今に至る、というわけだ。
「一神教が自分らの神をマンセーするためによその神様を否定して悪魔や怪物扱いしてその存在の格を貶めるってのは宗教戦争あるあるとしても、あまりにクソすぎるだろ女神教」
とはいえ、宗教なんてどこもそんなものだ。勝者こそが『正しい歴史』を編纂し、敗者たちは好き勝手に改ざんされた勝者に都合のいいレッテルを貼られる。
同時に、邪竜を討伐したら爵位がもらえるという話のからくりも解けた。要するに、女神教にとって都合の悪い存在である邪竜を冒険者たちに始末してほしいわけだ。そのためだったら男爵の地位なんてやっすいもんだ、と。
「邪竜なんて言って悪かった」
「フン!わかればいいのよわかれば!反省してるみたいだから特別に赦してあげるけど、これに懲りたら金輪際邪竜なんて悍ましい言葉は口にしないことね!」
リンドウは心底面白くなさそうに、しかし渋々といった感じで顔を背けつつも非礼な発言を許してくれるようだ。優しい。
「でも、ハインツさんが言ってることが真実だって保証がないのも事実なんだよね」
「はあ!?あんた、お爺様を愚弄する気!?」
「よせ、リンドウ。この子供の戯言にも一理ある。この者が余の話を鵜呑みにする理由も道理もないこともまた事実」
そう、勝者が歴史を編纂するならば、敗者がそれに反発するのもまた歴史あるあるなのだ。女神に負けて悔しいから女神の悪口吹き込んだろ!と俺に出鱈目な嘘の作り話をしている可能性もゼロじゃない。
少なくとも女神には女神の言い分があるだろうに、片方の意見だけを聞いて一方的に女神が悪い!女神最低!と決めつけるのは、ちょっと浅はかなんじゃないかなって。
「とりあえず、竜を討伐して爵位をもらっちゃおう作戦は凍結することにするよ。さすがに今の話を聞いてふたりに喧嘩売るわけにもいかないし、そもそも勝てる気が全くしないし」
「賢明ね!今まであんたみたいに欲に目が眩んだバカな人間たちが大勢ここへやってきたわ!もちろん、一匹残らず返り討ちにしてやったけど!」
冒険者たちの間に拡がる邪竜の悪評も、意図的に女神教が広めたのかはたまた返り討ちに遭った冒険者たちの仲間や逃げ延びた生き残りなんかが大騒ぎした結果なのかもしれないな。
「で、だ。俺にはそんな女神の呪いがかかってるんですか?」
「祝福とも言えるやもしれぬ。そなたの魂から、ほのかにあの忌まわしき女神の残り香を感じた。まず間違いなく、何らかの干渉を受けたのであろうよ。それが善きものか悪しきものかまではわからぬが」
女神がこの世界を去ってから卵から産まれたリンドウがそれに気づかなかったのは、そもそも女神の匂いを直接は知らないからか。
「だったら、俺を殺します?憎い女神の臭いがする奴なんて、目障りでしかないのでは?」
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとはよく言ったもので、人間は嫌いな奴が食べてるアイスや飲んでるジュース、着ている服に読んでいる本まで気に食わないなんて思ってその商品のアンチにまでなったりするようなやばい生き物だ。相手、人間じゃなくて竜だけど。
「否である」
老竜人ハインツはじっと俺の瞳を見つめた。青空のような色の瞳に曇りは感じられない。
「こうして対話を試みて、汝を殺す必要性は薄いと判じた」
「ほんの十五分程度のお話合いでそれがわかったと?いささか結論を急ぎすぎでは?」
「何、余の直感もあながち捨てたものではないぞ?あの忌ま忌ましき女神がこの世界に降り立った瞬間、本能的にあやつは必ず排除せねばならぬ、と感じ取ったほどだ」
まあ、あやつとの生存競争に敗れた身では何を偉そうに言えた義理でもないがな、と寂しそうに笑うお爺ちゃん竜。
俺の中で、ピロリン♪と好感度が上がったような気がした。たぶんきっと、空耳だけど。





