~王国の二柱~
「翠雲さん、剛昌さん、そこまででお願いしますね」
扉の向こうから顔を覗かせていたのは、静寂を身に纏ったような雰囲気の海宝だった。
「海宝殿が何故ここに?」
睨み合う二人も含めて全員がその質問を口にした。
「春桜の弔いが終わったことを伝えにと思い玉座に行こうと思いましたら、何やら不吉な気配がしたので立ち寄ったのですが……」
ふん、と剛昌は視線を外し腕を組んだ。翠雲は相変わらず微笑を浮かべ、二人の姿に他の大臣達はようやく安堵した。
大僧正の前で言い合うことにさすがの剛昌も躊躇していたようだが、階級がどうということではなく、翠雲と同様、剛昌もまた礼儀と場を弁える男だった。
海宝は静かになった部屋をゆっくり見渡した。
「落ち着いたようですので、私は春栄様の元へ向かいますね」
優しい声音で話す海宝が去った後、しばらくの間、部屋の中は静寂が漂っていた。
「翠雲」
端を発したのは剛昌だった。
「はい、なんでしょうか?」
腕を組んでいた姿勢を変え、膝の上に手を乗せて剛昌が話しかけた。
「お前以外は頭の固い、戦を生き残ったただの元兵士であり堅物だ。大臣という器に収まったまま死に絶える程、俺達はまだそこまで老いてもいない」
「ええ、知っていますとも。だからこそ、ここに残っています。貴方達の強さは折り紙付きですし、一緒に戦っていた私がよく存じていますとも」
「うむ、だからな……」
「なんでしょう?」
翠雲の眉は一瞬ひくついた。剛昌のことだが、実際に彼もまた翠雲とは違う奇才であり、翠雲が人々の為に周囲をまとめる統率力、「人民を束ねる力」があるとするならば、剛昌は「兵士を束ねる力」を持つ者だった。国王の亡き後、兵士の支持率の半分以上が剛昌の手中に収まっていた。
一番考えたくないことだが、ここで剛昌が謀反を起こせば、今までやってきたことが全て無駄になってしまう。
表情には出さないように必死にこの場を収める方法を翠雲は模索した。一対七のようにも思えるこの空間、加えてその七人は猛者揃い。一度敵に回れば無傷では済まされない。
「翠雲」
「何でしょうか、剛昌」
周囲を把握して使えそうな物を横目で探し、どのタイミングで使うのかを頭の中で何度も試行する。戦っても逃げても、一人や二人を倒せたとしても、今後の展望が闇へと消えていく。
何度想像の中で刺し違えても、明るい未来は見えない。
さすがに無理かと翠雲が気を抜いた時、剛昌は立ち上がった。翠雲は怯んだまま成す術もなく剛昌をまじまじと見つめた。
「政治のことは春栄様とお前に任せる。ただ、俺は納得出来ないことには異論を立てる、いいか?」
「え、ええ……」
「お前以外の大臣は、俺も含め民の為に動くような人間ではない。だからこそ外堀は任せろ、お前は国の内側を、春栄様を守ってくれ」
剛昌の嘘偽りのない眼差しと気迫に怯みつつも、翠雲は心の奥底でほっとしていた。
「貴方がその役目を担ってくれるなら、こんなに心強いことはありませんね」
「春桜の元右腕、剛昌、春栄様が国王ということに一切の異論は無い」
「ありがとうございます」
「じ、自分にも出来ることがあるなら尽力致します!」
言葉に詰まりながらも声を上げてくれたのは火詠という、剛昌の元部下だった。
「ありがとうございます……」
「ふっ、翠雲にありがとうと言われても本心か分からぬな」
剛昌は腕を組み、嫌味を漏らしては怪訝な顔をしているが、どことなく、その奥には優しさが滲み出ているようにも見えた。
大臣達の話し合いが終わり、全員が解散した後、翠雲が春栄の元へと向かう道中に剛昌も共に歩いていた。剛昌と翠雲、春桜の元右腕と左腕が並び歩くその様は、他を寄せ付けない圧倒的な雰囲気を放っていた。
「貴方はいつも不器用な振りをするから疲れます」
少しだけ口角を緩めて話す翠雲の言葉に、剛昌は無表情のまま、突っぱねるように言い返した。
「何のことかさっぱり分らんな」
二人は一定の速度で歩き続ける。
「貴方は、私よりも春桜様に近い存在だった」
「そんなことはない」
「いや、貴方は本当の実力を隠している。そうでしょう?」
剛昌の顔を見ながら翠雲が問いかける。
「俺にはこの地位が丁度いい」
「それはつまり、本気を出せば春桜と並ぶということでしょう」
「ふっ、それはないな」
「何故ですか?」
「さあな」
翠雲の質問に対して剛昌はのらりくらりと言葉を返し続け、翠雲は答えの無い迷宮に入る前に話をやめることにした。
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