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理葬境  作者: 忍原富臣
第六話「最期の旅路」
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最初で最後の頼み

 肯定出来ない火詠ひえいの言葉に対し、海宝かいほうは別の頼みをお願いした。


「……では火詠さん、私にではなく陸奏りくそう涼黒りょうこくさん、寺の者達を守ってあげてください」


 海宝がこの提案を伝えるには少しだけ間が生じていた。


「ふむ……」


 火詠は腕組みをしながら考える。目的は海宝への恩返しだが、その海宝自身からの頼みであれば聞くよりほかはない。もとより、大臣として民を守る意思は持ち合わせている。

 火詠の判断は早かった。だが、海宝の言葉の詰まりに違和感を覚えた火詠は快諾の返事を返すことはしなかった。


「一応、考えておきます」


 海宝は微笑む。


「ふふっ、ありがとうございます」

「では海宝様、また会いましょう」

「ええ、いつかまた」


 別れを口にした海宝の言葉を火詠は微笑みながら繰り返す。


「ふっ、いつかまた……」

「ええ、いつかまた……」

「お礼の件、忘れないようにお願いしますね。では、いつかまた会いましょう」


 火詠は海宝の言葉を真似て坂道を下りて行った。


「……」


 いつか、また……。


 火詠の繰り返した言葉に海宝は少しだけ動揺していた。幸い、海宝の挙動がおかしいことに火詠が気が付くことはなかった。

 海宝は独りきりで微笑みながら呟く。


「そうですね……この時代ではない別の時代で、いつかまたお会いしましょう……」


 身体を通り過ぎていく風は肌寒かった。


 暗闇の中、海宝が見届けていた道に一つの光が見え、その明かりはどんどん遠ざかっていった


 星が(かす)かに世界を灯す空間で、海宝は孤独を味わいながら自分自身に問いかける。


 死ぬのが怖いのか、と。


 そして、海宝は自身に向かって回答する。


 差し迫った死が怖いわけではなく、皆との別れが名残惜しく思うだけ、と。


 海宝は陸奏に渡す手紙を懐にしまう。そこには他の手紙も混じっていたが、あまり気にすることなく海宝はまとめた。

 死が確約された今、海宝は清々しい気分で皆の顔を思い浮かべる。


 さて、貴方達はどんな顔をするのでしょうね――


「海宝様ぁ!」


 聞き覚えのある声が後方から海宝を呼ぶ。振り返ると、松明(たいまつ)を持った陸奏が海宝の元へと険しい表情で走り寄った。


「海宝様……」


 近付いてきた陸奏はご立腹の様子で海宝を睨みつける。


「ふふっ、すみません」

「もう! 暗くなると危ないですから明るいうちに戻って来てくださいって言いましたよね!」


 海宝は松明へと視線を移す。


「ふふっ、では明るくなったので戻りましょうか」

「なー、もう! またそうやって馬鹿にして!」

「涼黒さんが待っているのではないですか?」


 海宝が矛先を変えようとするが、陸奏はムッとしたまま見つめ続ける。


「海宝様、私だって怒ると怖いんですからね!」

「ふふっ、それは楽しそうですね」

「もー! 笑う所じゃないです!」

「ふふっ、すみません」

「はぁ……」


 溜め息を漏らした陸奏が肩をすくめながら呟く。


「まぁ、無事だったので、もういいです……」

「ふふっ、ありがとうございます」


 海宝はしょぼくれた陸奏に優しく話しかけながら、涼黒の待つ家へと戻って行った。



 三人が一家(いっか)団欒(だんらん)のような時間を過ごした翌日、地図上に書かれている彼岸花の村に向かおうと家を後にした。


 地図を見た限りだと黒百合村の近く、百合の花が咲く付近に山奥へと続く道があるはずだった。しかし、それらしい道は見当たらない。


「おかしいですね……地図ではこの辺りに……」


 陸奏は頭を右に左に傾けながら地図を眺めていた。海宝と涼黒もまた、草木が生い茂る森林を見つめながら道を探す。

 (しばら)くして、探していた涼黒が陸奏の元に駆け寄る。


「陸にい」

「どうしました?」


 涼黒に「陸にい」と呼ばれる事にすでに慣れ始めている陸奏が優しく返事をした。


「俺こん村でずっと住んでっけどそんなん聞いたことないっちゃよ?」

「うーん……」


 陸奏は頭を抱えて悩んだ末、散策をしているようにしか見えない海宝に答えを求めに近くへと寄った。

 手前を草木に守られ侵入出来ない山の奥を見つめる海宝に陸奏が問いかける。


「海宝様、どうしましょう?」

「……」


 海宝の耳に陸奏の声は届いていなかった。


「……海宝様?」


 陸奏の言葉を無視して、海宝は山の方へ手を合わせる。祈りを捧げる時の独特な空気が辺りを包んでいく。


 山間(やまあい)に吹いていた風はゆっくりとその動きを止めていく。葉っぱが地面を転がる音も、耳元を通り過ぎる微かな風音(かぜおと)も、海宝を見守るようにその音を止める。

 周囲が静寂に包まれた後、海宝は誰かに語りかけるように心の中で呟く。


 思ったよりも長い人生になりましたね。


 海宝は自身が暮らしていた村を(まぶた)の裏に思い浮かべる。

 黒百合村が出来るよりもずっと昔、海宝が住んでいた村は確かにこの先にあった。数十年という歳月によって、海宝の記憶からは村の場所までは残ってはいなかった。けれど、村の名前を聞いた時に、海宝は自分の村であることを理解していた。


 自分の村、村人達への弔いは四十年前に果たしている。


 ……いつかまた。


 海宝は昨日の火詠との別れ際の言葉を思い返す。心残りが無いと言えば嘘になる。いや、こうして考えてしまう時点で名残惜しいのだろう。でも、これでいい。子どもの時に感じた絶望も、冥浄陸雲めいじょうりくうんと出会ったあの不思議な夜も、今までの道が定められたものだったとしても、後悔はない。


 海宝はそっと目を開け、隣で祈りを捧げていた陸奏を視界の端で見つめる。その横には陸奏に倣って涼黒も手を合わせていた。


 海宝は微笑む。


「……さて、では黒百合村の方達の供養を始めましょうか」


 海宝の声に陸奏がハッと目を開けて海宝の顔を見つめる。


「彼岸花の村はいいのですか?」

「ええ、ずっと昔に終わっていますから」

「それはどういう――」


 陸奏は疑問を抱いて口を開くが、海宝の身に纏う雰囲気に圧倒されて声を出すことが出来なかった。

 辺り一帯は時が止まったかのように微動だにしない。それは、まるで「喋るな」と言わんばかりに陸奏の口を閉じさせた。


 いつの間にか目を開けていた涼黒も抑圧的な空気に押され、海宝と陸奏を交互に見ることしか出来なかった。


「さてと……」


 海宝は視界を狭めるように、被っていた笠の角度を変える。


「では、行きましょう」


 陸奏はこの時、海宝の微笑が普段とは違い、偽物のような……仮面のようなものに感じた。だが、陸奏がそれを指摘することは叶わなかった。


 三人はすぐ傍にある終わりの地へと静かに歩いていった。

次で最終話に突入……。


終幕まであと少し、ぜひ見届けて頂けるとありがたいです!

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