出発の朝
剛昌は翠雲と別れてすぐに手記を懐へしまうと、第一兵舎へと向かって行った。泯の事を心配に思いつつ、王城を離れることをもう一人の大臣に報告しに行く。
兵舎の前にある広場では、剣と剣がぶつかり合い甲高い金属音が響き渡っていた。剛昌は一対一で兵士達が練習している広場の端を歩き、その様子を見つめながら歩いていた。
「ご、剛昌様⁉」
気付いた兵士が声を上げる。響いていた金属音がだんだんと小さくなり、代わりに兵士達のざわつく声が聞こえ始めた。
兵舎の壁にもたれる一人の男。茶色い帽子が目印の彼は兵士達の訓練長として日々過ごしていた。
「おい、木蓮」
「……」
聞こえていないのか。腕を組み、うとうとしながら兵士達の訓練を見守る木蓮。
剛昌は溜め息をついてもう一度声をかける。
「おい、木蓮」
「……うん? 終わった?」
訓練の時間が終わったのかと呑気に勘違いしている木蓮の視界に剛昌がゆっくりと映っていく。
「あ……」
目の前で仁王立ちし、厳しい表情を浮かべる剛昌にも億連は言葉が出なかった。
「木蓮、なぜ寝ているのか言い訳があるなら聞くが?」
「いや、これはそのっ……」
木蓮の慌てふためく姿に後ろで見つめる兵士達は小さく笑い合っていた。
「はぁ……まぁいい。こっちに来い」
「は、はい!」
剛昌が歩き出そうとした時、兵士達の方を振り返り剛昌は声を上げた。
「お前たちは訓練に励め! 分かったか!」
「はいっ!」
剛昌の一喝で兵士達は再び、先程よりも増して甲高い音を鳴らし始める。
兵舎の裏手へと、剛昌が先に歩きその後を木蓮が続く。
「僕が言うよりもやっぱり剛昌様がやった方が良いと思います……」
「お前に頼んだんだ。きちっとやれ」
「はーい……」
気の抜けた返事に剛昌は呆れていた。
「相変わらず、戦の時以外はとんだ腑抜けだ……」
眠たそうにする木蓮を蔑みながら剛昌は呟く。
「だから、僕が大臣というのは向いてないとあれほど――」
「兵士達が死んだら訓練しているお前の責任だからな」
剛昌の言葉に突き刺すような言葉に木蓮は息を呑む。
「そんな、冗談を……」
「俺が冗談を言う人間だったか?」
「そ、それもそうですね……」
「兵士達を守るために真剣に打ち込め。訓練も戦と同じようにな」
「戦?」
剛昌の言葉に眠たそうにしていた木蓮の顔が切り替わる。獲物を狩る獣のような威圧的な空気に周囲の空気が飲み込まれて重たくなっていく。
「馬鹿者が……」
面倒臭そうに剛昌は溜め息をはく。
木蓮は「戦」となると本領を発揮する二重人格のような男だった。
単に争いが好きなのかどうかは誰も知らない。しかし、その力には目を見張るものがあった。
だからこそ、剛昌は木蓮を訓練長に選んだのだったが……。
「殺す気持ちで訓練してもいいって事ですか?」
殺気立った木蓮が不敵に笑う。
「極端になるなと何回言えば分かるんだ……」
「……」
剛昌の後ろでゆっくりと剣を抜く音が聞こえた。
「俺に命令していいのは俺よりも強い奴だけだって言いましたよね!」
「はぁ……」
後方、右側から横一線の刀が剛昌に向かって勢いよく振られた。剛昌は前転し紙一重で木蓮の初撃を躱し、そのまま振り返って刀を構えた。
睨み合いながらも剛昌は木蓮から距離を取るために後ろへと後退る。
「今のは縦振りでも避けてたの?」
「本物の刀でこれは洒落にならんぞ」
剛昌は呟きながらすっと立ち上がる。
「退屈で仕方がないんですよ。訓練訓練ってさぁああ!」
言いながら剛昌へと走り込む木蓮は刀を両手で真上に構える。剛昌は鞘と柄を握り締めて迎え撃とうと姿勢を整えた。
「しゃぁっ!」
木蓮が刀を振り下ろす直前、剛昌は鞘ごと腰から引き抜いた柄を木蓮の鳩尾に突き当てた。
「うぐっ……」
振り下ろす刀が鈍り、ゆっくりと地面へ落ちていく。
「ふん……満足か?」
「あ、ありがとうございました……」
胸を押さえながら苦痛の表情を浮かべる木蓮。
「隙が多い。振りかざす前に相手を突け。切り伏せるのと突くのとでは速さが違う。不意打ちをするなら居合いを覚えろ」
剛昌はまるで師範のように木蓮へと改善点を述べた。
「はい……」
剛昌が鞘を元の位置に戻し、木蓮も刀を鞘へと納めた。
「それで剛昌様、どうしてこちらに?」
ようやく目が覚めた木蓮が剛昌へと問いかける。
「少しだけ翠雲と火詠と王城を出る。すぐに帰ってくるとは思うのだが、留守は任せたぞ」
「承知致しました!」
ニヤリと嫌な笑みを浮かべる木蓮に、剛昌は再び溜め息を漏らした。
「お前に頼むのは面倒臭くて敵わん」
剛昌の呟きに木蓮がまだ痛む鳩尾を押さえながら謝罪する。
「すみません……どうも強い相手を見ると血が滾ってしまって……」
「なら、次からは別の者に頼むしよう」
「次って言っても剛昌様に翠雲様、火詠が出かけるなんて稀でしょう?」
「まあ、そうだな」
「守護者の順番がここまで来るなんてなんか大事でも?」
大臣達が王城を出る際、他の者に伝える義務、順番が予め定められていた。
王城を守る為の「守護者」は翠雲と剛昌を筆頭に、火詠、木蓮、六郷、陣雷、喜来、土光孫の並びであった。有事の際、直ちに行動できるようにするためのものだった。とはいえ、これを守る者自体が少ないため、律儀に伝えていたのは剛昌と翠雲くらいであった。
「いや、何もない。ただ海宝殿の所に挨拶しにな」
「そうですか。まぁ城に攻め込まれたところで返り討ちにしてやりますよ」
「お前が暴れると手が付けられんからな……」
「その時は剛昌様たちがどうにかしてくれるでしょう!」
木蓮はぐっと拳に力を込めて嬉しそうな顔を剛昌へと向ける。
「……それまでに味方が殺されてなければいいがな」
「大丈夫ですよ、敵は首を斬り落とすまで。味方は加減しますから」
にっこりと微笑みながら言う木蓮に不安が込み上げる剛昌。
「はぁ……とにかく、頼んだぞ」
「はい!」
「では、戻るか。しっかり訓練も頼んだぞ」
「任せてください!」
広場へと戻ってきた木蓮の目つきを見た兵士達は戦慄していた。のほほんとしていた木蓮ではなく、鋭い眼光と鬼のような雰囲気に、兵士達は小声で口々に呟いた。
「鬼だ……」
「……あれが本当の木蓮様なのか?」
「いや、別人だ……あれは鬼だ……」
ざわつく広場に鬼の雄たけびが鳴り響く。
「お前らぁああ! 訓練しなきゃ殺すぞゴラァ!」
「ひっ、ひぃい!」
木蓮の怒声に必死に取り組む者や半泣きになりながら訓練をする兵士達。剛昌は木蓮の肩に手を置いてそっと呟いた。
「最初からそれで頼む」
木蓮は剛昌を睨みつけながら不思議そうに問いかけた。
「何がですか?」
「いや、何でもない。では行ってくるから頼んだぞ」
「任せてください。死に物狂いで訓練させますから!」
「……程々にな」
広場を後にしながら響いてくる甲高い音と、それに混じって聞こえてくる木蓮の声。剛昌は訓練に励む兵士達を心配になりつつも王城の入口へと向かう。
「ゴラァ! そこの奴! 俺と真剣勝負だ!」
「ひぃ……お許しを……!」
「木蓮様落ち着いてください!」
「お、まとめてかかってくるか? やってやろうじゃねぇか!」
「違います! 違うんです! 待ってくださ――」
「戦に待ったはねぇんだよ!」
「ひやぁああああ!」
兵士達の甲高い悲鳴がこだまする。
剛昌は殺戮と化す前の広場を少しだけ振り返る。
「帰って来た時に一人でも死んでいたらあいつは解任しよう……」
剛昌は何とも言えない神妙な面持ちでその場を去って行った。
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