燃えゆく花
黙ったままの剛昌に翠雲はもう一度問いかける。
「十年以上、共に戦い続けてきた私がそんなに信用なりませんか?」
「違う、お前の事は十分信用している……」
「ならば話してください。でなければここで貴方を捕まえてでも、貴方のしている事を問いたださなければなりません」
「いや、これはまだ仮定の段階、お前を巻き込むわけにはいかん……」
煮え切らない答えに、さすがの翠雲も眉間にシワを寄せ、威圧的な態度を表した。
「村一つ潰しておいて仮定とは、随分と大掛かりな問題ですね」
冷たく言い放った翠雲の言葉に、剛昌は動じなかった。だが、翠雲が人に対して冷徹に接することは一番不得手なことだという事を剛昌は知っていた。
「お……」
無理強いをさせている罪悪感から、剛昌は少しずつ口を開き始めた。
「……お前は、悪夢、呪いの類を信じるか?」
「すぐには信じがたいですが……」
剛昌の口から出た言葉に翠雲は怪訝な表情を浮かべる。
「そういう反応になってしまうだろう。村一つ消した時点で既に大罪。もし、私の仮定が間違っていれば死罪に値する……。この件にお前まで巻き込んでしまえば、国を支える者が居なくなってしまう」
いつもは食ってかかる剛昌が珍しく肩を落とす。
翠雲はその姿をただそっと微笑んで見ていた。
「貴方はいつも人の事ばかり優先する。不器用なのに悪い癖ですよ、まったく……」
「お前は器用過ぎて大嫌いだ」
剛昌はそう言いながら腕を組んで目を閉じた。
「ふふっ、誉め言葉としてだけ受け取っておきますよ」
「ふん……」
部屋の中はしんと静まり返った。窓の外からは兵士達の訓練する声が響いている。
「話していただけますか?」
翠雲が静かに問いかける。
「どうせ話すまで聞いてくるのだろう」
「もちろん」
「嫌な奴だ……ほら、これだ」
剛昌は向かいに座る翠雲の方へと手記を滑らせた。
「これは?」
「春桜様の手記だ。最後の方は血が付いて読めない箇所もあるが、俺はそれを確かめる為に動いていた」
剛昌は事情を全て話した。
さすがの翠雲も信じられない様子で頁の内容に目を通していく。
「黒百合……呪いということですか。ですがそんな、呪いなんてありえない……」
「俺もその手記を見るまでは信じていなかったさ。だが、町では悪夢の噂が広がり始めている。どうにも気がかりでな」
「何故、早く言わなかったのですか」
「言ってもどうにか出来ることではあるまい」
剛昌は声を荒げて翠雲へと言い返した。それに対して翠雲は毅然とした面持ちで剛昌の方を見つめる。
「それでも、知恵を集めればどうにかなったはずです」
「国の大臣が村を潰したと知れればどうなるか、お前なら分かるだろうが!」
剛昌は苛立ちながら翠雲へと怒鳴った。「だから一人で責任を負おうとしたのだ」と、剛昌は心の中で叫ぶ。
「それは……」
「もういい、この件は俺に任せろ。お前は春栄様の傍に――」
「いやです」
「なっ……⁉」
「これは私たちの問題です。救いきれなかった民の無念、貴方一人でどうにかなる事ではないでしょう」
「俺がさっき言った意味が分かってないのか?」
「分かっていますとも。だからこそ一緒にやろうと言って――」
「お前まで巻き添えになる必要はまだ無いと言っているのだ!」
剛昌は怒鳴った。その声が聞こえたのか、外から響いていた兵士達の声はぴたりと止まった。
剛昌の言葉を聞いた翠雲が深い溜め息を吐く。
「貴方はいつもそうです……一人で全てを終わらせようとする。ならば、私は誰かに相談して終わらせるしかないでしょう」
「こんなふざけた事、誰に相談するというのだ」
「まだその時ではありません。黒百合村の事が公になった後、様子を見ましょう」
「見てどうするというのだ」
剛昌は翠雲の案に対して鼻で笑った。
それでも、翠雲は剛昌の納得出来るであろう案を提示した。
「海宝殿に助言して頂きましょう。この国で最も死者に対して礼儀を弁えるあの人なら、何か解決策を見出してくれるかもしれません」
「海宝殿か……」
大僧正の海宝は春桜が死んだ今、王である春栄よりも立場は低いが権力は相当なもの。あの春桜に意見した唯一の存在……。その名前を聞いた剛昌は少しだけ納得した表情を浮かべた。
「ええ、きっと海宝殿なら助けてくれるでしょう」
「翠雲……」
剛昌が意味を含んだ言い方で翠雲の名前を呼んだ。
「はい、何でしょうか?」
「今回の件、もし今後何も起きなかった場合は全て忘れろ」
剛昌は静かに翠雲へと警告した。
「同じ立場の私に命令ですか?」
翠雲は冷やかすように微笑みながら問いかける。
「……違う」
剛昌は小さく否定した。そして、机に手をついて頭を下げる剛昌。
「これは頼みだ……」
「っ⁉」
純粋な剛昌の願いに翠雲は驚いた。剛昌が頭を下げたことなど今まであっただろうかと、翠雲は記憶を漁るが見つからない。
普段なら適当にあしらう翠雲だが、あまり見慣れない光景に少しだけ慌てて立ち上がる。
「わ、分かりましたから頭を上げてください。貴方にそのような事をされると困ります」
「そうか」
剛昌は真剣な面構えで真直ぐ翠雲を見つめる。
「貴方が頭を下げるなんて今までありましたか?」
「ふん、ただの建て前だ。気にするな」
少し目線を逸らす剛昌。
不器用だが仲間想いで優しく強い剛昌が、自身の決断で民を殺害した。その背負った心の重荷、心の傷は計り知れない。
剛昌の覚悟を悟り、「さぞかし辛かったでしょう……」と翠雲は目を伏せて呟いた。
「こんなもの、死んでいった者達に比べれば痛くも痒くもない」
「強がりもそこまで行けば大したものですよ……さてと」
翠雲は机に置いた手記を手に取り剛昌へと問いかける。
「これはお預かりしても?」
「いや、春栄様から預かったのは私だ。私が管理しておく」
「そうですか、ならお願いします」
立ち上がった翠雲は剛昌に手渡しで手記を返した。
「では、また」
「ああ」
二人の別れ方は変わらなかった。周りから見れば険悪にも思えるその言葉数の少なさは、交わさずとも相手に伝わっているからこそだった。
この日の晩、一人の兵士が自殺した。
火詠が彼の部屋を調べると置き手紙が机の上に置かれていた。
手紙にはこう書かれていた。
『申し訳ありません。私にはやはり耐えられませんでした。夜になった途端、任務の時の記憶が心を抉り魂を粉々にしていきます。夫婦と小さな子どもが暗闇から私を見ているような気がしてなりません。怖い……怖い……。何人もの人々がこちらを見ているような気がしてなりません。夜と人が……怖い……。三人を殺した罪……死んで詫びようと思います。ごめんなさ――』
火詠はこの手紙を翠雲へと渡し、翠雲は剛昌へと手紙のことを伝えた。剛昌は手紙のことは泯には伝えず、三人だけの秘密とした。
そして、二日後には黒百合村の全焼は瞬く間に王城へと広まった。
国王である春栄が調査を向かわせる際、剛昌は自ら「兵士の育成」という目的で志願した。剛昌の案に反対する者は居るはずもなく、剛昌は自分と泯を含めて十名と一緒に黒百合村へと向かった。
焼け落ちた家からは死体が見つかる。剛昌は墓を作るように命じ、黒百合の咲いていた焼け跡に村人達を埋葬した。
剛昌はこの一件を「賊によるもの」として黒百合村の調査を終えた。
当日、泯と共に黒百合村の任務に当たった最後の一人の兵士には、黒百合村とは逆に位置する南西の村へと警備任務に当たらせた。
黒百合村の事件で村への兵士の派遣が多くなる中、城下町や周囲の村ではこの事件が多く囁かれるようになった。
黒百合村には誰も近寄らなくなり「呪われた地」とされた。今、黒百合村には死者の眠る墓のみが静かに燃え尽きた花畑の上に佇んでいる――
黒百合村の事件から二週間、町や村では未だに収まる気配はない。代わりに悪夢の噂はあまり話されなくなった。
本当に消えたのか。ただ、黒百合村の一件でかき消されただけなのか。
どちらにせよ、剛昌達は様子を見るしかなかった。
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