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理葬境  作者: 忍原富臣
第三話「黒百合村」
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~泯と剛昌~

 黒百合村の任務が終わった後、王城に着いたみんは兵士と別れて剛昌ごうしょうの部屋へと向かっていた。


「偉そうなことを言ったけれど、やはり人を殺すのは慣れないな……」


 泯は一人で悲しみに浸りながら、血生臭い身体を桶に移した水で何度も洗い流した。

 泯は他の兵士と違い、剛昌の部屋で体を洗う。これも「剛昌の女」だと噂された原因だった。だが、泯はとにかく周囲の人間に自分の顔を見られる事を拒み続けていた。


 剛昌以外に素性が割れないように注意して生活を続けてきた泯。また剛昌も気を遣い、泯が水を浴びる時は部屋を出て行くようにしていた。

 頭から浴びた水が肩まで伸びている白い綺麗な髪に降りかかる。泯の細い身体に濡れた髪が張り付いていく。


 十年前の賊との事件以来、泯の髪は過度な精神的苦痛のせいで白く染まってしまった。今では黒髪は一本も生えずに白い髪が綺麗に並んでいる。

 兵士達の間では、顔は見えなくとも「剛昌の側近」という肩書きに加え、強さも優しさも兼ね備えた「白い女神」として人気であった。だが、当の本人にそのことを言える兵士は居なかった。


 泯は自分の髪をそっと掴んで毛先を視界に入るように前へと持っていく。


「お婆さんみたいでやっぱり嫌だな……」


 ぼそりと心の声がこぼれた。

 泯自身は人とは違う髪色を好いてはいなかった。二十代半ばになる彼女にとって、年齢の近い女性を町で見かける度に自分の髪のことを気にしてしまっていた。


 女としてよりも兵士・忍びとしての人生の方が長い泯。それでも、頭の片隅を過ぎっていく極僅かなこの感情は女性としての性なのだろう。


「よし……」


 水浴びを終えた泯は身体を拭いて新しい黒装束に身を包んだ。そして、まだ濡れている髪を乾かすため、窓際に座って外を眺める。


 黒い衣服に身を包み、白い髪が風邪に靡く。泯の横顔はとても美しく、一枚の絵のようだった。

 心地良い風が部屋の中へと入ってくる。

 泯は部屋の窓から下に位置する兵舎へと顔を向けた。初めて人を殺めた兵士は大丈夫だろうかと、泯は真夜中の出来事を少しだけ思い返す。


 自分が殺した男と女は苦しんだだろうか。あの老婆は苦しまずに済んだのだろうか。他の者達は楽に死ねただろうか……。

 頭の中が様々な想いで混ざり合っていく。色々な感情が浮いては沈んでいく。暗くて不透明な大きい塊が泯の心にゆっくりとのしかかっていく。


 泯は目を伏せると不敵に笑った。


「天国には行けそうにないな……」


 己の過去を振り返りながら青く澄んだ空を眺める。溜め息が自然と漏れる。

 考えても仕方のない現実から目を背けるように、泯は部屋の中、手前に見える剛昌の机の上へと視線を動かした。


「うん?」


 机の上には見慣れない手記が置かれていた。それが剛昌の物ではないことは側近である泯にはすぐに分かった。

 誰かの忘れ物なのかと、泯は机に置かれたその手記を手に取る。開いてみると中には血の付いた頁もあるようだった。

 頁をめくる度に誰の手記なのかが段々と浮かび上がり、泯は次々と視界に映る内容を目に焼き付けていた。


 春桜が亡くなる前の手記の内容に泯は驚きを隠せなかった。


「まさかこれは……」


 前国王である春桜の手記……泯はそのまま頁を次々とめくっていく。そして、最後のページに書かれた文字――


「山……黒百合……」


 泯は全てを理解した。


 なぜ兄が悪夢の調査を始めたのか。なぜ黒百合村を調べていたのか。なぜ様子がいつもと違ったのか。そして、なぜ破壊するまでに至ったのか。

 泯は任務前の兄との会話を思い出した。


 ――不安要素だから消すという一方的な殺し。


「そういう事だったんですね……」


 泯は頁を閉じて胸元で大事そうに手記を包んだ。


「泯……」

「っ⁉」


 集中していたせいか、泯は扉を開けた剛昌の気配に気が付かなかった。剛昌は泯が持っている手記を見て頭を抱えた。

 泯は咄嗟に手記を机の上へと戻して剛昌に謝罪する。


「兄様……、勝手に見てしまい申し訳ありません……」


 剛昌は片手で顔を覆いながら苦悶くもんの表情を浮かべていた。


「……いや、置いたままにしていた私が悪かった」


 春栄様や大臣達との会議をしていた剛昌。その間に誰かが部屋に入ってくる事はないだろうと思っていた自分を恨んでいた。一人で背負うはずの責任、それを妹である泯に知られてしまった。


 どうするべきかと剛昌は悩んでいた。だが、泯の方はというと腑に落ちた分、表情はスッキリしていた。


「いえ、これのおかげで理解出来ました」


 真直ぐ剛昌を見つめる泯の言葉に一切の迷いはなかった。

 剛昌は泯と向かい合うように椅子に座ると深く溜め息を吐いた。


「お前には背負わせてばかりだな……」

「兄様は今まで私を背負ってきてくれたではありませんか」

「それはどうかな……」

「育ててもらった私が言うのですから間違いありません」


 泯は口調を強めて剛昌へと答える。しかし、剛昌は過去を振り返ってもそんな思いは一欠片も持たなかった。


 ――大きな決断の際、部下として、弟子として、妹として、そこにはずっと泯が傍に居た。


 剛昌が呟く。


「今まで背負ってもらっていたのは私なのかもしれないな」

「何を仰るのですか!」


 剛昌の言葉に泯が強い口調で否定するが、剛昌は「まあ、待て」と、片手でその勢いを止めた。


「賊との一件がなければ私はこの地位を手に入れる事はなかった。それに大臣になってから、相談事はほとんどお前にすることが多かった」

「それとこれとは話が別です」

「いや、同じだ」

「別です!」


 強気な姿勢を崩さない泯に剛昌は笑う。


「ふっ……お前も強情なやつだ」

「兄妹ですからっ」

「ふっ……」


 剛昌は少しの間目を瞑って黙っていた。腕を組んで眉間にシワを寄せながら、上を向いたり下を向いたりと、剛昌の姿は悩んでいるようだった。

 一人で終わらせるはずだった春桜の件。その内容を知る者が現れたことに剛昌は知らないうちに安堵していた。背負うはずだった重荷が誰かが知ることで半分になった。それはありがたい反面、とてつもなく申し訳なかった。


 二つの感情が入り混じりながら剛昌が泯に声を掛ける。


「泯」

「はい、何でしょうか?」

「その、なんだ……」

「はい?」


 剛昌は口元に拳を当てて言いあぐねている。


 申し訳ない気持ちと感謝の意を伝えようとするが言葉が出てこない剛昌。話し出さない兄に耐えかねて泯は自分から聞き返した。


「どうしたのですか?」

「うむ……。その、私はどうやら不器用らしいな……」


 ゴホンと咳払いしながら、ようやく剛昌は言葉を吐いた。


「ふふっ……あはっ……」


 剛昌の悩んだ末に飛び出た言葉に泯は声を出して笑う。


「そんなにおかしいか?」

「ふふっ……いえ、すみません。ただ、そんなこと皆知っていますよ……ふふっ」

「なに?」


 笑い続ける泯を剛昌は睨みつける。


「兄様は根は優しいのに言動が釣り合ってない事、兵士も大臣も重々承知ですよ」

「なっ……」


 涙を拭きながら泯は笑顔で剛昌に話す。


「でも、だからこそ兄様は皆から慕われているのです」


 泯の言葉に喉を詰まらせる剛昌。


「ゴホッゴホッ……だが、気付いていたのなら言ってくれればいいものを……質の悪い奴らだ」

「言っても直らないでしょう?」

「……まあ、な」


 剛昌は少しの間、機嫌悪そうに椅子に座っていた。


 泯が兄の様子に笑みを零しながら風に揺れる髪をそっと指で掬い取る。髪が乾いたことに気が付き、そのまま顔を布で覆って任務時の恰好へと着替えが終わった。

気軽にコメントなどなどお待ちしております!(血涙

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