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理葬境  作者: 忍原富臣
第三話「黒百合村」
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~黒百合村の任務 上~

 皆が寝静まった真夜中、静寂と暗闇が世界を包み込んでいる。月は雲に姿を覆われ、微かに聞こえてくるのは鈴虫の鳴き声だけだった。


 黒百合村近くの草の中、腰の丈ほどある草陰に隠れて蝋燭ろうそくの明かりを漏らす四人の人影。

 そこに居たのは忍びのみんと黒い衣装に身を包んだ三人の兵士だった。全員、身元が割れないように肌が露出しているのは、手首より先と視界を確認する為の目の部分のみ。


 泯は持っていた蝋燭を草の無い地面にそっと置き、四人の中心に置いた火をそれぞれは囲むようにして息を殺していた。


「貴方達、準備はいい?」


 指揮をる泯が小さい声で尋ねる。三人の兵士は口を開かない代わりに深く頷いた。揺らめきながら照らす火が八つの目に同じ色を映し出している。


「各家に侵入し全員を殺しなさい。始末した後は家ごと燃やし、賊がやったように仕向けます」


 兵士達はもう一度同じ動作を繰り返した。

 最終確認を終えた四人はすっと立ち上がり、十軒ほど建ち並ぶ家屋に向かって音を立てずに慎重に進んでいく。


 暗闇の中でも家の前には灯火があったため、四人は的確に素早く動くことが出来た。全員が目の届く範囲で四つの家の前に構える。泯の頷きを皮切りに四人は黒百合村の壊滅の任務を開始した。


 泯はまず滑りの悪い戸に油をかけ、ある程度染み込んだ所でゆっくりと扉を開けていく。泯が入った家の玄関には二つの履物が玄関に並んでいた。

 泯は慎重に居間へと向かっていく。今にも鳴りそうな床を触れるかどうかの点の動きと摺り足をしながら無音で近付いていく。囲炉裏のある居間の隣、開いたままの襖の向こうには夫婦らしき村人が布団を二つ並べて寝息を立てていた。


 枕元にゆっくりと忍び寄り短刀をひっそりと取り出す。並んで寝ている枕元にしゃがみ、まずは男に狙いを定める。


「恨んでくれるな……」


 泯は心の中で懺悔と願いを込めた。

 振り切った刃の軌跡に血痕が後を追うように付いていく。泯の放った一撃は起きても声が出せないように喉元を切り裂いていた。


「……っ⁉」


 何事かと目を見開いた男は自分の喉元を両手で押さえた。衝撃と恐怖にビクビクと震えが止まらない男。

 二撃目は確実に息の根を絶つ為、泯は短刀を心臓に突き刺した。


「っ!」


 声を出せずに必死に胸元に刺された短刀を引き抜こうとする男。だが、自分の死を悟ったのか、隣で眠る女を起こそうと男は床を拳で思いっきり殴りつけた。


 その最後の抵抗を泯が許すはずもなく、泯は短刀を引き抜いてもう一つの小刀を取り出した。男の両肩にある腱を狙い瞬時に二つの刀で切りつける。男の腕はだらりと床に垂れ落ちた。

 切り落とす程の力は無くとも、腱さえ切ってしまえば相手は腕を動かすことは出来ない。その事を泯は既に心得ていた。


「……貴方?」


 物音に気が付いた妻がゆっくりとその身を起こす。


「あれ、貴方?」


 寝ぼけている様子で夫が居るであろう泯の方へと顔を向ける女。


「寝ている間に死ねたものを……」

「え?」


 聞き慣れない声に女は唖然としていた。その隙に泯は女の背後へと回り喉元を切り裂く。

 血は暗くてよく見えないが、辺りには鉄臭い匂いが充満していた。


「っ……はっ……」


 泣き叫ぼうとする女。しかし声が出ない。呼吸も満足に出来ない女はその場でもがき苦しんでいた。

 泯は男と同じように女の心臓に二撃目を突き刺した。


 血しぶきを首から出しながら、女は最後の力を振り絞って男に寄り添いに行った。

 泣くことしか叶わない女はそのまま男と共に息を引き取っていった。


 泯は目を瞑って懺悔する。


「……ごめんなさい」


 泯は二人に謝罪を述べた後、家の中に油を撒いて家屋に火を放った。

 静かに燃え広がっていく炎には死者達の叫び声が含まれているかのような、軋む甲高い音が混じっていた。


 泯は続けてもう一つの家に静かに忍び込んで一人の老婆の命を奪った。血に汚れていく感覚が身体と心に刻み込まれていく。兄には強く言ったものの、実際に行動に移すと魂が死神に乗っ取られていくような感覚を覚える。


 死んだ夫婦らしき二人の死に際を思い出す。


「くそっ……」


 自分の迷いを振り払う為に泯は己の右頬にそっと手を当てた。

 老婆の家が小さく燃え始めた頃、一つ目の家屋の炎は屋根の上まで広がっていた。七つ程の炎の塊が黒百合村を明るく染め上げていく。


 家を出て村の様子を見渡していた泯の元に一人の兵士が走り寄る。


「泯様、残る家は二つ、二人の兵士がそれぞれ向かっております」

「分かった。そちらの二つは彼らに任せましょう。貴方は周囲を警戒して。もし人が居れば殺しなさい」

「はっ!」


 泯は松明を燃やして黒百合村の周囲を警戒しながら歩いた。

 松明よりも明るい家々の灯が一面に咲く花を鮮やかに映し出していく。


 黒百合の花畑は静かにその身を揺らしていた。燃え盛る炎と黒百合との光と闇の境界線の狭間で泯は立ち尽くした。


「消すには惜しい村のように思います……」


 泯は言い終えると、持っていた松明を黒百合の花畑へと放り捨てた。消えそうな松明の火をもう一度大きな炎に変える為、手元に残していた油を辺り一面に飛散させる。

 火は炎へと変わり勢いを増していった。


「……?」


 泯の後ろから駆け寄ってくる足音。振り向くと三人の兵士が揃って泯の元へと走って来ていた。先程の兵士が泯へと跪き後ろの二人もそれに倣って跪いた。


「泯様、全ての村人の処刑および家屋の破壊、完了致しました」

「ありがとう……」


 泯の声は小さかった。


「あ、あの……何故ここも燃えているのですか?」


 後ろで並んでいる兵士の一人が燃え広がる黒百合の花畑を見ながら泯へと問いかける。

泯は悲しそうな表情を浮かべていたが兵士達には泯の目しか映っていなかった。

 泯はそっと声を発した。


「弔い……ですかね」

「弔い?」


 先程の兵士が聞き返す。


「ええ、村人達の謝罪も含めて……」


 兵士は泯の言葉に食いつく。


「しかし、彼らは反逆罪で殺されたのでは――」

「おい、口を慎め……」


 泯の言葉に対して質問をしようとした兵士を、隣に居た兵士が小突いて制止させた。


「質問してくれて構いません。聞きたい事があるなら聞きなさい」


 兵士が何故、泯の「弔い」という言葉に反応したのか――


 三人の兵士達は今回の黒百合村の壊滅の本当の理由を知らずにいた。泯が伝えたのは「王への反逆罪」としての任務だった。「黒百合村の者達が総出で何かを企んでいるという情報を得た。よって、村人全てを殺害する」という内容だった。

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