表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獅子とアンティーク  作者: 結木さんと
第2章 もし死角を見つけたら
6/37

もし死角を見つけたら 3





「さて、そこのお兄さんは一刻も早くこの部屋から出たいらしい。時間もないことだし、手短にいこう」


 そんな前置きをすると、男の顔が苦々しく歪む。

 それでもさっきまでの勢いがないのは、そろそろ不安になってきたからか。

 とはいえ、時間がないのはこちらも同じ。

 さっさと話を進めることにする。


「まず大前提……霧小路さんは、本当に万引きをしたのか」


 武装ゴスロリ少女の肩がビクッと跳ねる。

 隣の織目さんが慌てて手をぱたぱたと振ってきた。

 なんだそれ……抗議の舞いか?

 次いで蕗も物言いたげな視線を向けくるが、双方に手振りで「まあ待て」と合図を送る。


「先に言っておくと、その可能性は低い」

「ハッ、身内をかばうのか?」

「可能性って単語が聞こえなかったか? 誰も、一言だって、ゼロとは言ってないだろう?」


 わざとゆっくり言い聞かせてやると、青年は「このクソガキ……」と低い声を漏らして押し黙る。

 俺はその射殺さんばかりの視線をすっぱり無視して、説明をはじめた。


「仮に、これが計画的な犯行だったとしよう。

 霧小路さんは事前に何度もこの店を訪れ、監視カメラの位置を計算し、その死角になっている場所を見つけ出した。あとは適当な日に店員の目を盗んでこっそりと商品を鞄に忍び込ませれば、万引きの証拠は映像に残らない」


 だが、と反証を打ち出す。


「状況を見ると、それはおかしい。今回の万引きが計画的な犯行で、わざわざこれだけの数の監視カメラの死角を探し出すほど彼女が慎重だったのなら…………防犯装置の対策をしていなかったのは、あまりにもお粗末すぎる。何度も店に来ていたのならまず気づいたはずだ。

 では衝動的な犯行だった場合はどうか。

 そう仮定すると、彼女は店内どころか表の大通りからも丸見えの場所で、しかもこんな目立つ格好をしながらこっそり万引きに及んだことになる。……これじゃあ『捕まえてくれ』と大声で宣伝しているようなもんだ。ここへ来る前にそこのライオンさんも言ってたが、よほど度胸のある人間でも、あとすこしは実行する環境を考えるだろう。

 ……これらの条件から、彼女が自らの意思で万引きを行った可能性は限りなく低いと、俺は判断する」


 そう言いきると、武装ゴスロリ少女たちから「ほう……」と安堵の吐息がこぼれた。

 対照的に、名も知らない青年は忌々しげに舌打ちをする。たぶんうまい反論が見つからなかったのだろう。その顔色も心なしか優れないように見えた。

 ……しかし、これで終わりじゃない。

 お前の出番はここからだ。


「次に、芳倉さんが目撃したという通り、霧小路さんの鞄に赤の他人が勝手に商品を放り込んだのだとしたら……現時点で証言以外の証拠がないから、容疑者は『X』としよう」


 蕗と芳倉さんが揃って不満そうな顔をする。

 わかりやすいな、二人とも。

 類友というやつだろうか。


「で、犯人Xはなにが目的だったのか。霧小路さんが店を出てから商品を奪い取るつもりだったのなら、万引きを成功させないと意味がない。このパターンはさっき挙げたいくつかの理由から否定される。

 だったら単純に嫌がらせか。犯人Xは、なんらかの動機で霧小路さんを困らせたかった……それが一番しっくりくると思われそうな理由だが、やっぱり可能性は低い」

「ど、どうしてですか……?」

「霧小路さんがここの常連だからだよ。しかも、毎回かは知らないけど、高価そうな本もきちんと買ってくれる優良客でもある。とにかくこの派手な出で立ちだ、顔を憶えている店員がいてもおかしくない。そんな彼女が『知らない』といえば、店側も穏便に済ませるか、あるいは本当に濡れ衣を疑いだすことだって有り得るんじゃないか?」


 目を向けると、店長がゆっくりと頷いた。

 現にこの店長は霧小路さんを疑うような態度を見せていない。事情を聴く時も『見覚えはないんだね?』とまるで容疑を否定するような訊ね方だった。

 おそらく最初から疑ってなどいなかったのだろう。

 ……先代オーナーの方針(、、、、、、、、、)を考えると、それが最適解のように思える。





 万引きの可能性をあらかた潰したところで、店長が興味を覚えたような顔で訊ねてきた。


「……それで、そのXとやらは、いったいなにがしたかったんだい?」


 頼りなさそうな態度は変わらないが、どこか雰囲気が変わったように感じる。

 さながら商売人の顔といったところか。

 俺は一つ頷いて、その問いに答えた。


「商品の窃盗じゃなければ、嫌がらせでもない。……では、犯人Xの本当の目的とはなにか」


 全員を見回す。

 その中で青年の表情は、いよいよ強張っていた。

 ……まさかバレるはずがないと思ってたんだろう?

 証拠がないから絶対に捕まらない、とも。

 だからこそ、彼はあれだけ余裕を持って振舞えた。


 その一角を、これから突き崩す。


「――――“人形を無傷で手に入れること”……だろう? 犯人X」


 そう言って、霧小路さんの鞄にくくられた大きな人形を指差した。

 ――青年の目がはっきりと見開かれる。


「ち、違う……言いがかりだ!」


 もはやその焦る様相が自白しているようなものなのだが、せっかくここまで来たのだ。

 構わず解説を続けることにした。


「犯人Xはどうしてもこの人形がほしかった。あるいは、手に入れる必要があった。

 しかし人形は見ての通り頑丈そうな革のバンドで鞄にくくられている。もし無理に強奪しようとすれば壊れてしまうかもしれない。

 そこで絶対に人形を傷つけず手に入れたい犯人Xは、目的を達成するために一計を案じた。

 ――そうして実行されたのが、今回の万引き騒動だ」


 簡潔にまとめた推察をそう結ぶと、蕗が小さく手を上げた。

 いつもより元気がないように見えるその顔には、それでも「意味がわからない」という素直な心の声が表れていた。


「どういうこと? これ、そんなすごい人形なの?」

「いや、どうだろうな?」

「ええ……もう意味わかんないよ」


 心の声が口から出ていた。

 もったいぶるのもなんなので、すぐに専門家とバトンタッチする。


「それじゃあ頼む、織目さん」

『はい。承りました』


 あらかじめ手短に頼んでおいたので、交代はスムーズに行われる。

 織目さんがあの日と同じように白手袋をブレザーから取り出して、困惑する武装ゴスロリ少女の隣に膝をついた。


『霧小路さん。お人形をすこしの間、お預かりしてもよろしいでしょうか?』

「う、うむ……」


 戸惑ってはいるものの、彼女はすぐに分厚い革のベルトを外しはじめた。


 そうして織目さんに手渡されたのは、三十センチにも満たないフランス人形。

 たしか、ビスク・ドールと呼ぶのだったか。葬儀用と思しき黒いドレスを纏うその人形の顔は、帽子から垂れ下がる薄いベールに隠されてかろうじて表情がわかるといった程度。明らかに無理やり持たされている十字架などの小物は元々の付属品ではないだろう。

 しかし、あの織目さんがそれを見て反応した。

 気づくきっかけはもう一つあったのだが、いまはまだいい。

 受け取った人形をまるで宝物のように恭しく掲げて、織目さんは告げた。



『それでは――――遥か遠き昔日のカケラを、拝見いたします』



          ◇



 以前の偽サンパティークに比べて、鑑定は短い時間で済んだ。

 とはいっても、帽子をとって表情と首の裏を眺め、ドレスの背を肌蹴てそこにあるラベルらしきものを確認したぐらいのことだが。

 あとは指先や人形のボディーを触りながらチェックしていたが、鑑定に関係あるのかはわからない。

 受け取った時と寸分違わずきっちりとドレスを戻し、織目さんは顔を上げた。


『この子が着ていた元の衣装は、どんなものでしたか?』

「古い、海外のドレスだった……大お祖母様の形見分けでいただいた時、あちこち傷んでいたから、崩れないように仕舞ってある」

『そうですか。よかった』


 その答えを聞いて、織目さんは安心したように息を吐いた。

 丁寧な手つきで人形を返しながら、彼女はやわらかな声で言う。


『大切に保管してあげてくださいね』

「うむ……衣装は、ドールの命」


 気のせいだろうか、ライオンの中にある顔が綻んだように感じる。

 やがて織目さんは静かにこちらを向いた。


『新屋さんが推察された通りでした』

「骨董品だったのか?」

『はい。――これはフランスの人形師、レオン・カシミール・ブリュが制作したビスク・ドール「ベベ・ブレベテ」初期モデルのオリジナルです。作られたのは1880年代……衣装が当時の物かは見てみないと判断できませんが、このドール本体だけでも最低数百万円の値がつくと思われます』

「す、数百万っ!?」


 蕗と芳倉さんの声が裏返る。

 やっぱり似てるな、この二人。

 ……そして霧小路さんまでやたらと驚いてるのは、もしかして知らなかったのか?

 人形を抱く腕が、さっきよりもずっと強張っているように見える。


「霧小路さんは、人形に詳しくないのか?」

「わ、われは、衣装作りが、専門なので……」


 そうですか。

 もう驚きすぎて口調も崩れているが。


「くっ……」


 低い呻き声が聴こえて、視線を向ける。

 悔しげに歪む青年の顔が見えた。

 ……ずいぶんと欲深い目をするものだ。

 こちらもすでに外面を保っていられないらしい。


「でもさ……どうして人形を盗むのに、万引きの濡れ衣を着せる必要があったの?」


 衝撃から立ち直った蕗が、不思議そうな表情で訊ねてくる。

 その点は店長も気になるようだ。さりげなく耳をそばだてているのがわかった。


「いまはちょっと特殊な状況だけど……もし普通に万引きが発覚してこの部屋まで連れて来られた場合、次にすることはなんだと思う?」

「なにって……そりゃあ、他にも盗ったものがないか荷物検査……」


 ハッ、と短く息を呑む。そして「信じられない」というような視線を――――ポカンとした表情の店長に向けた。

 その意味に気づいたのか、丸い顔からサァッと血の気が引いていく。


「店長……」

「ち、ちちち違う!? オジサンそんなことしてないぞ!? ……ぬ、濡れ衣だ! 弁護士を呼んでくれ!」


 慌てて弁明する店長に、蕗はますます猜疑の眼差しを深める。

 まあ、遊ぶのはこれぐらいにしておこうか。どうにも店長の反応は犯人っぽいが。


「蕗、残念だが店長は犯人じゃない」

「残念ってなんだい!?」


 店長、静かに。


「……なに? じゃあ、どういうことなの?」

「監視カメラの数を見ればわかるように、この店の防犯対策はかなり厳重だ。万引き犯を捕まえた時のマニュアルもきっちり作られてると思う。……ところで店長、質問なんですが」

「な、なんだい?」


 こちらを警戒するように店長が訊ね返す。……遊んだことは、ちょっと悪いと思ってる。


 それより、まだ気づいていないのだろうか?

 店の人間ならわかるだろうと思ったのだけど……


 いずれにせよ、俺は店の責任者にとってあまり嬉しくないだろう質問を口にする。


「捕まえた万引き犯が女の子だった時、手荷物をたしかめるのは誰ですか?」


 静寂が波紋のように広がる。

 この二人だけではなく、青年を除くみんなが首を捻っていた。

 やがて――いち早く答えに辿り着いた店長の目が、驚愕に見開かれた。


「なっ!? そ、そんなことが……っ」


 ばっ、と扉を振り返る。慌てて駆けだそうとするが……寸でのところで思い止まった。

 それはそうだ。ここにも容疑者の一人がいる。店の責任者として、さすがに放り出していくわけにはいかないだろう。

 続いて答えを理解したらしい織目さんが、ぎこちなくこちらを向いた。


『新屋さん、それって……』

「ああ」


 俺は頷いて、解答を告げる。


 ……もう一人いたのだ。

 俺の知る限り、問題の骨董人形に誰よりも早く注目していた人間が。


「こいつには共犯者がいる――この書店に勤めてまだ日が浅い、女性従業員のな」


 視界の真ん中に、青ざめる男の顔が映った。






 その可能性を考えはじめたのは、ある違和感がきっかけだった。


「こいつが店に残り続けた理由がわからなかったんだ。商品や嫌がらせが目的だとしたら、さっさと現場から離れるだろう。すくなくとも目撃される危険を冒してまで店内に残る意味がない。……だけど、実はこいつにはまだ役割が残っていた」


 もはや紙のように白くなった青年の顔を一瞥し、霧小路さんが腕に抱くビスク・ドールに視線を移す。


「だいたい二十センチちょっとか。フランス人形としては小さい気もするけど、どこかに隠し続けるにはサイズが大きい。

 共犯者の女がこの人形を盗んだあと、扉の外で受け取る人間が必要だった。

 ……そうして、もし霧小路さんが紛失に気づいても、お前たちは知らぬ存ぜぬで押し切るつもりだったんだろう? 現物が店のどこを探しても見つからなければ、他の場所で落としたと反論することもできるからな」


 霧小路さんが怯えたようにギュッと人形を抱きしめた。自分の知らないところで持ち物を狙われていたと知れば、怖くなるのも仕方がない。

 そして、青年の方はさらに酷かった。膝が小刻みに震え、額から滝のような汗を流す。ぎょろぎょろと不安定に揺れ動く目は、必死に窮地から逃れる方法を探しているようにも見えた。

 常犯というわけではないのか。

 あるいは、これまではうまく逃げられたのかもしれない。


「たぶん計画を持ちかけたのは女の方だ。彼女はこの店で万引きした犯人が女性の場合、荷物検査を店長の奥さんが行うことを知った。それで、女性店員がいない日は自分が呼ばれると踏んだんだろう。監視カメラの死角も、従業員なら誰でもチェックできる」


 まあその計画は、はじまった時点ですでに詰んでいるわけだが。

 ……しかしそのことにまだ気づかない人間がいた。

 挙動不審になっていた青年が、砂漠で湖を見つけた遭難者のような表情を浮かべる。


「……そ、そうだ! 証拠がない!」


 甲高い声で叫ぶ。

 気分的には大逆転、といったところか。


「おい! どうした! 証拠を出してみろよ! 僕がやったって証拠をさあ!?」


 調子づいて盛り上がっているが……どうやら時間切れのようだ。

 重々しい音を立てて従業員室の扉が開く。

 そこから見えた姿に、喚いていた青年は愕然とした面持ちで口を開いた。


「な……なんで…………」

「言っただろ? ……時間がない(、、、、、)、って」


 扉の向こうに立っていたのは、二人組の警官だった。

 その隣に、書店のエプロンをつけた老人と――――憔悴した女性従業員の姿があった。

 ……しかしこれは俺も想定外だ。

 彼女が犯行に関わっていたことは、ここで判明したばかりの情報のはず。とうに警察を呼びに出ていた人間が、どうやってその話を知ったのか……


 ふと、視線を斜め向かいのソファーに向ける。


 慌てて店長が携帯を隠すところが見えた。……ああ、なるほど。

 やけに静かだと思ったら、あの年配の従業員に連絡をとっていたらしい。

 意外としたたかだな。経営者としては当たり前なのか?

 そうして焦る太っちょ店長を観察している間に、ベテランっぽい初老の警察官がこちらに近づいてきた。


「お兄さん、ちょっと事情を聴かせてもらえるかな?」

「え、あ……い、いや…………しょ、証拠が……」

「ああ、カメラにちゃんと映ってたからね。そこの女の子の鞄に、君が本を入れたのはもう確認してあるから、そのことも含めてお話ししようか」

「…………え?」


 警官からのダメ押しがあって、今度こそ青年は声を失くして硬直した。

 もう幕切れか。

 そう思っていると、女性の店員がキッと血走った目を霧小路さんに向けた。

 彼女の瞳には――――あきらかな狂気の色が滲んでいた。


「……そいつが悪いのよッ! 価値のあるドールにそんな気持ち悪い格好させて! どうせ金持ちなんでしょ!? いいじゃない! 新しいの買ってもらえばッ! ブリュのドールはね、私みたいにちゃんと扱い方を知ってる人間が持つべきなの! あんたみたいなガキが持ってちゃいけないのよッ!」

「ひっ……」


 ガラスを引っ掻くような金切り声に、霧小路さんが悲鳴をあげて縮こまる。

 ……これはまずいか?

 間に入ろうかと足を進めかけた時、誰よりも早く動いた影があった。

 その少女は、怯える女の子を守るように立ちはだかる。


 ――しゃんと背筋を伸ばした織目さんだった。


『それは違います』


 静かに、けれど芯の通った声が言う。


「はあ? なんなのよ、アンタ」

『あなたは価値を知る者こそがアンティーク・ドールを持つべきだと言いました。ですがベベやそのモチーフとなった市松人形は本来、母から子へと受け継がれていくものです。子供の成長を願い、年を重ねるごとに新しい衣装を誂え、やがてその子が母親になれば、次に生まれた子供を見守ってくれる』


 その深い森を吹き抜ける風のような声は、周囲に口を開くことを許さない、一種のお告げのような厳かな空気をはらんでいた。

 誰もが言葉を失う中、織目さんの静謐な声は尚も続く。


『世代を越えていく中で、注がれる愛情のカタチは様々です。汚れることや、壊れてしまうことだってあるかもしれません。

 このドールも、まったくの無傷というわけにはいきませんでした。そこかしこに細かな傷がありますし、素材の経年劣化も散見されます。

 ですが、よくお手入れされています。ここまで保存状態のいい物はそう見つからないでしょう。この人形の現状は、最近もきちんと手入れがなされていたことを証明しています。

 ――それは霧小路さんが曾祖母様(ひいおばあさま)から受け継いだ“想い”です。

 赤の他人が、自分勝手な理由で奪ってよい物ではありません』


 ――ぴしゃり、と。

 最後は撥ね退けるように、そう言いきった。

 決して大きな声ではない。しかし、有無を言わさぬ迫力を籠めた彼女の声に、狂ったようだった女の新人店員は色を失くして口を噤んだ。

 もしかして……織目さんは、怒っているのだろうか?

 だとするなら珍しいと思った。

 などと会って二度目の俺が言うのも変な話だが、彼女の印象と負の感情というやつはどうにも結びつかない。なんというか、いかなる時でも楚々と笑っているような、そんなイメージを勝手に抱いていたのだ。

 まあ人間である以上、怒ったり泣いたりするのは当たり前だと知ってはいるのだけど。


 さて、あちらはもう片がついたようだ。

 ちらっと視線を向ければ、青年の方は俯いてカタカタと膝を震わせていた。

 それもそうだろう。さっきの女の自白はどうしようもない決定打だ。

 追い打ちをかけるようでなんだが、事情聴取がはじまってしまう前に、俺も迷っていた言葉を吐き出すことにした。


「お前、さっき万引きが家族にバレたら困るだろうって、うちの妹を脅したよな?」


 それこそ人形みたいに表情の抜け落ちた男が、恐怖に震える目をこちらに向ける。


「――困るわけないだろ。こいつが好んで他人に迷惑かけるようなやつじゃないってことは、俺たち家族が一番よくわかってる。お前らみたいなしょうもないコソ泥と一緒にするな」


 目に力を籠めて切り捨てると、青年は情けない悲鳴をあげて後ずさった。


 ――よし、すっきりした。

 ようやく胸のつかえが消化できた。

 これで気兼ねなく残りの休日をすごせるというものだ。


 …………なので蕗さん、ちょっと背中から離れてもらえませんかね?


 さすがに恥ずかしいこと言った自覚はあるんだ。

 とくに店長とベテラン警官からの生温かい視線がつらい。



 かくして、厄介な騒動は無事に解決したものの、俺は微妙な空気に包まれたまま聴取を受けることになった。

「妹さんは大丈夫だからね」とか、別に前置きしなくてもいいんですよ、おまわりさん。

 知ってるから。俺を殺す気か、この人。



 この釈然としない気持ち、いずれ店長に復讐を果たすまで心に留めておこうと思う。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ