もし死角を見つけたら 2
災難は忘れた頃にやってくる。
たぶん天災の類ではないのだろうが、間違いなく人災の範疇には入るだろう。
あの奇妙なカラクリ時計の騒動から一週間――――俺は、再びもめている女子中学生を目撃した。
「だーかーらーっ! こいつが鞄に入れたところを、この子が見てたんだってば!」
「いやあ、そうは言ってもだねえ……」
近頃はトラブル発生強化月間なのだろうか?
そんな危ういキャンペーンはどうか俺と関係のない地域で催して欲しいと思いつつ、物陰からそっとレジ前で行われている攻防の様子を窺う。
ここは駅前の大型書店。繁華街のものとは比べるべくもないが、幸ヶ瀬では最も大きな店舗である。
土曜日の昼すぎに今日が愛読書の発刊日であることを思い出し、まだ夕飯の支度まで時間もあるのでぶらりと出かけてみたところ、唐突に甲高い怒声が響いて驚いた、というのが俺の置かれた状況だった。
そしていまも憤懣やるかたなしといった様子で怒っているその少女――わが妹の新屋蕗は、なにやら見覚えのある女生徒を背にかばいつつ、捲くし立てるように声を張り上げていた。
「そうだ、お店の監視カメラ確認して来てよ店長さん! そしたら一発でわかるからさ!」
「それがねえ……映ってないんだよ」
「は?」
「ああ、うん……だからね? さっき従業員にチェックしてもらったんだけど、このお二人が同じ場所にいたっていう映像が、記録の中になかったんだよねえ……困ったことに」
「はあああ!? ……そ、そんなことって……」
蕗が目を見開いて絶叫する。やや肥満気味の中年男性は、そんな自らの発言通り、困り果てたように首を撫でた。
なんというか、「中間管理職」という言葉が持つイメージを体現したようなおじさんだ。
くたびれている。とても。
いつもなんとなく見ていたが、あの人が店長だったのか。ここには子供の頃から何度となく通っているというのに、まったく気づかなかった。
しかし、話が見えない。
漏れ聞こえた会話の内容的に、この店で万引きの捕り物でもあったのか。
そしてその被疑者らしき人物を、蕗ともう一人……例の女子中学生、芳倉さんが一緒になってかばっている、と。
……あいつら知り合いだったのか?
そういえば、芳倉さんのこともぼかしたんだよな。あまり身内の不幸が絡むプライベートな話題で名前を出すのもよくないかと思って……。
こんなことなら蕗にも訊いておけばよかった、と多少後悔しつつ、だがどうしたものかとしばし逡巡する。
兄の立場からすれば、出て行って妹をフォローするのが正解だろう。
しかし状況がまるで掴めない。この状況でいたずらに出しゃばっても、かえって場を混乱させるだけではなかろうか。
幸い、蕗が疑われているというわけでもないようだ。
いっそこのまま気づかれないようにこっそり店から出て……
「……あの、お客様。どうされました?」
――――心臓が止まるかと思った。
「あ、ああ……いや、なんでも……」
咳払いをして立ち上がる。
商品棚に隠れてこそこそ女の子の様子を盗み見る男――なるほど不審者だ。下手したら犯罪者認定されてもおかしくない。
醜態を誤魔化すように平静を装いつつ、ちらりと背後の店員を窺った。
黒い髪をひとまとめにした、いかにも生真面目そうなイメージの若い女性だ。この店舗では見ない顔だが、たぶん新人さんだろう。制服の一部であるエプロンもまだ真新しい。
……ただ残念なことに、その眼差しはあきらかに怪しい人間を見つけた時のそれである。
これ、釈明とかちゃんと聞いてもらえるのだろうか?
「す、すみません。実はあの騒いでる中学生と知り合いなんですけど、なにかあったんですかね?」
「……」
その『本当か〜?』とでも言いたげな顔。
ここまであからさまに疑われたら、いっそ清々しくさえあるな。
「…………三十分ぐらい前に、出口の万引き防止用ブザーが鳴ったんです。それで店長がお客様に声をかけたら、あの女の子たちが……」
「騒ぎだした、と……なるほど。それで、そのお客さんってのは」
「二人の後ろにいるでしょう? ……あの、不気味な人形を鞄につけた」
言われて俺は身体を傾けた。実は棚が邪魔で、二人と店長の姿しか見えていなかったのだ。
そしてそこに見えたのは――――これまた奇妙な格好の女の子だった。
あれは、ゴスロリというやつか?
……しかし世にゴシックロリータと呼称されるファッションには、はたして金属製の籠手や胸当てなどの武装も含まれるのだろうか? そっち方面に疎いので明言はできないが、おそらくそんな物騒な服飾文化ではなかったような気がする。
黒と白で統一されたフリルだらけのドレスに、服の上から装着された物々しい全身鎧の部品みたいな防具。あと、あの髪は染めているのか。さながら熟れたトマトのごとく真っ赤なドリルが、胸元のフリルの上でぐりんぐりんと渦を巻く。
そして服装と同じくゴテゴテした大きな鞄には、たしかに葬式帰りみたいな格好の不気味なフランス人形がくくりつけられていたが、もはやその程度の小道具など「些事である」と割り切れるぐらいには、あまりにも彼女の出で立ちは奇抜だった。…………ていうかもうただのコスプレじゃないのか、アレ。
「幸ヶ瀬にいったいなにが起きてるんだよ……」
街に変人が増えすぎだった。
いや、俺の遭遇率が上がったのか。
どっちにしても涙が出そう。嫌すぎて。
「……もういいですか?」
――あまりのショッキングな事態にすっかり忘れてました。
などと正直すぎる胸の内を明かせるわけもなく。
とにかく丁重に礼を述べると、店員さんはいまだに訝しむような顔をしつつ、さっさと自分の持ち場に戻って行った。
さあ、どうしよう。
いっきに関わりたくなくなってきたぞ。
『本当に不思議ですね……』
「ぎゃあああああああっ!?」
のそっと隣から現れた異形の存在に絶叫する。
そのせいでビクッと肩を震わせたライオン頭の少女が『ど、どうされました!?』と狼狽えているが……お前だよ。いきなり視界にサバンナの生き物が入ってきたせいで心臓が止まりかけたんです、俺は。
「……なあ、頼むから登場する時にワンクッションおいてくれないか?」
『も、申し訳ありません。……一応、数分前にお店の外からご挨拶したのですが』
それでどうやって気づけと……?
相変わらずこの織目という女、微妙にズレたことを言う。
『それよりも新屋さん、おかしいと思いませんか?』
おかしいといえば目の前に怪奇の塊みたいな存在がいるのだが、いちいち茶化していては話も進まない。
さっきからチラチラとこちらを窺う野次馬に慄く俺は、一秒でも早くこの場を離れるために話を合わせることにした。……ていうか、なんで休みの日に制服なんだこの人。
「……おかしいって、なにが」
『この状況、ということになるでしょうか……お店に入った時にあちらの方が抗議されている内容が聞こえたのですが、私もドレスの彼女が万引きをしたとは思えないんです』
わずかにくぐもった声で、彼女は自身の見解を告げる。
やはり変人同士、なにか共鳴するものがあるのだろうか……と思ったが、彼女の意見には俺も同意せざるをえない。
「……まあ、わざわざあんな目立つ服装で窃盗なんて、リスクが大きすぎるからな」
『はい。それに、見てください』
そう言って、織目さんは店内の天井を指差した。
つられて顔を上げると、さして珍しくもない白色の機械が目に入る。
「ああ、なるほど……監視カメラか」
もはやどこにでもある防犯設備だが、この書店には他の店の倍以上の数がある。
そういえば前に聞いたな。昔なじみの悪友いわく「暁彦、知ってる? 駅前の本屋は万引き犯の検挙率が日本一なんだってさ」と。
どこであいつがそんな情報を得たのかは知らないが、たしかにこの数ならいくら隠れて犯行に及んでもすぐに見つかることだろう。
『私がこのお店にお邪魔するのははじめてですが、カメラの存在にはすぐ気づきました。いくら豪胆な方でも、この環境で後ろ暗いことはできないのではないでしょうか』
「なるほど。そういう見方も……って、織目さんは来たことなかったのか?」
『はい。お恥ずかしながら』
いや、別に恥ずかしくはないと思う。
どうもこの人と話してると調子が狂うな……。
恐縮するライオン女子高生に閉口していると、こちらへ向けられる視線に気づいた。
店長だった。
全身から「疲れた係長感」を滲ませる中年店長が、大きく目を見開いて俺たちを凝視していた。
――やがて彼は、瞠目した表情のまま動きだす。
だんだん、こっちに近づいてくる。
一歩、二歩、三歩。
ゆっくり、ゆっくりと。
『ひっ!?』と小さく悲鳴をあげた織目さんがしがみついてきた。
……こ、この、腕に当たるやわらかな感触は…………いや、それどころじゃない。
なんだ? あの店長どうして……ちょ、怖っ! 怖いって!? その顔やめて! なんでこの人ずっと真顔なの!?
「……あの、お客様。フルフェイスヘルメット着用でのご入店は、ご遠慮いただけると」
「それぐらい普通に注意しろ!!」
もう帰りたい……。
結局、蕗や芳倉さんにも店内にいたことがバレて、俺たちはひとまとめにされてバックヤードに放り込まれることになった。
他の客の目を気にした緊急措置だろう。
現在、関係者以外立ち入り禁止のはずの空間にいるのは、店長に中学生の二人組、そしてライオンの織目さんと俺、さらに騒動の当事者らしきゴスロリ少女と、髪をうっすら茶色に染めた青年、という面子だった。
当然ながら大型書店の従業員室は骨董屋の面談スペースより遥かに広いため、この人数でもまだ多少の余裕がある。
また大きなライオン頭に圧迫されるのではと危惧していたが、その心配もなくなりひそかに安堵した。まあゴスロリ少女と青年、あと店長以外は立ちっぱなしだが。
「あの……この間は、ありがとうございました」
こっそり隣にやってきた芳倉さんが、俺と織目さんに小さな声で告げる。
そういえば会うのはあれ以来か。といっても、一週間しか経っていないのだけど。
不思議そうな顔をした蕗が「なになに? なんのこと?」と覗き込んでくるが、いまはそれどころではない。
関係者として控えている俺たちの前には、ソファーに腰かけたゴスロリ少女と青年がいる。
蕗の主張によると、この青年が武装ゴスロリ少女の鞄に店の商品を忍ばせる場面を、芳倉さんがたまたま目撃したのだという。
そのまま少女が店を出ようとして防犯ブザーが鳴り、慌てた彼女の鞄からレジを通していない新刊のコミックが見つかった。
そして店長が彼女から事情を聴こうとしたところ、蕗たちが待ったをかけた、と。
うん。……どうすればいいのかわからん。
当事者の身内であるだけの人間にできることなんて、なんにもなさそうな気がする。
なぜ俺はここに連れてこられたのか。
件の万引きを疑われているゴスロリ少女は、その尖った出で立ちとは裏腹に、憔悴しきった様子で顔を俯けている。
意外と気の小さい子なのか。
そりゃあ身に覚えのない万引きで捕まりかけたら、誰でも不安になるとは思うが……。
化粧でわかりにくいけど、年齢は俺たちとそう変わらないぐらいだろう。
まだすこしあどけなさの残る顔が真っ青になってしまっている。たぶんメイクなんてしなくたって充分に可愛らしい顔立ちだと思うのだが、いまやその美貌も台なしだ。
「……店長さん、僕はいつまでここにいないといけないんですかね?」
対してこちらは憮然とした面持ちでスマホをいじっていた青年が、痺れを切らしたように口を開いた。
「あ、ああ、そうですな……えー、こちらのお嬢さんから、まずは事情を……」
「困りますよ。僕、夜から用事があるんですけど」
不満を露わにする青年に、小太りの店長は視線をさまよわせながら対応している。
まあ彼のその攻撃的な態度も、唐突に言いがかりをつけられた立場なら仕方がない。
……本当に言いがかりなら、の話だが。
「もう警察を呼びませんか。その方がさっさと片づくでしょう?」
「えっ!? あ、ああ……いやあ、それは……」
警察を呼ぶ……か。
もし彼が本当に犯罪行為に関わっていたとして、ここまで強く出られるものだろうか?
パッと見た感じ、彼の年齢はわかりづらい。せいぜい二十代から三十代の半ばといったところだ。顔立ちにもこれといった特徴はなく、言い方は悪いが、「どこにでもいそうな顔」という印象を受ける。
服装もデニムにネルシャツというごく一般的なファッションだった。見たところ手荷物の類も持っていないようなので、芳倉さんの証言がなければ万引きに携わっているなどと想像すらしなかっただろう。
『……これは』
隣の織目さんがぽつりと声を漏らした。
なにごとかと目を向けると、彼女はソファーにおかれた武装ゴスロリ少女の鞄を凝視していた。
「どうした?」
『あ、いえ……なんでもありません』
小さく首を振ってはぐらかされる。
いったいなんなのか。
表情が見えないせいで、この人の動作はいちいち不審に思える。
「申し訳ありません。すぐに済みますので……」
「だったら早くしてください。言っときますけど、時間になったら帰りますから」
「は、はあ」
……この店長、大丈夫か?
どうにも頼りないおじさんだ。はたしてこれで店の経営などやっていけるのだろうか。
それこそ余計なお世話だろうが、他人事ながら気になってしまう。
「えー……で、では、お嬢さん。この商品に、本当に見覚えはないんだね?」
「…………われは、知らぬ……」
われ。
――――正気か?
いや、その狂った一人称もさることながら、こんな状況でも常用をやめない彼女の勇気。
きっとただものではない。
己の信念を貫きすぎだった。
俺の中に芽生えた『帰りたい欲』が、破竹の勢いで膨らんでいく。帰りたい。
「見覚えなんてあるわけないでしょ! そこの男が勝手に入れたんだから!」
「ああ、いや、だからまずは、その確認をだね……」
「なんで信じてくれないの!? あたしたち、もう何回もここで買い物してるのに! 店長も知ってるよね!?」
「そ、それとこれとは、話が……」
まあ、関係のない話だよな。
しかし蕗のやつ、本屋の店長とも知り合いだったのか。相変わらず無駄に顔が広いな。
……誰にでも懐くからか?
怒り狂う蕗の背後に、毛を逆立てた犬を幻視する。
「ハア……店長さん、もういいでしょう? こんなふざけた連中の言うことなんて信用できるわけないじゃないですか。どうせそこの女とグルなんですよ。こいつら万引きがバレそうになったから、僕に罪をなすりつけようとしてるんです」
「ふざけんな! あたしたちが万引きなんてするか!」
「犯罪者はみんなそう言うんだよ。そろそろ君も素直に認めた方がいいぞ。学校や家に連絡されたら困るだろう?」
犯罪者扱いされた蕗の顔が真っ赤になる。
その様子を眺めていた青年は、口端を吊り上げて嘲るような笑みを浮かべた。
「……あのさ。そんなにお金が欲しいんだったら、万引きなんてしてないで金持ちのオッサンにでも頼めばいいんじゃないか? 君ぐらいの顔なら、結構な値がつくと思うけどね」
…………ほう?
「こいつ……ッ」
「まあ待て、蕗。落ち着け」
怒鳴りかけた蕗を制止する。
こちらを振り向いた彼女の目には、じわりと涙が浮かんでいた。
小さな頭を撫でて宥めつつ、俺は前を向く。
「訊きたいことがあるんだが、ゴス……えっと、あんたの名前は?」
「なんだ、君は。関係ない人間が首を突っ込むなよ」
「……ああ、先に名乗った方がいいか。俺は新屋暁彦。こいつの兄だ。もしよければあんたも名前を教えてほしい。悪いが、あんたをどう呼んだらいいかわからないんだ」
苦言を軽く聞き流して、武装ゴスロリ少女に訊ねる。
青年が苛立って睨みつけてくるが、気にしない。
やがて彼女は戸惑うような表情を浮かべながら、それでもおずおずと口を開いてくれた。
「……き、霧小路……潤……」
『霧小路…………もしかして、入霞の?』
「う、うむ。われが住んでるの、そこ……」
ライオン少女が顔を寄せて小さな声で訊ね、霧小路というらしい武装ゴスロリ少女がやや怯えた様子で頷いて答える。
ほとんど聴こえなかったが……入霞といったか? たしか、幸ヶ瀬からバスで四十分弱くらいの山麓にある町だ。
「織目さんの知り合いなのか?」
『いいえ。ただお名前だけは…………霧小路家は、入霞の古い地主さんなんです』
これまた内緒話をするように耳打ちで教えてもらう。
……怯えたゴスロリ少女の気持ちがよくわかる。ゾクッとするよな。喰われそうで。
あと、そんな情報を知ってるってことは、織目さんもいいとこのお嬢さんなのか。
旧家名家の人間ってやつは変わり者が多いのかもしれない。今後も絶対に関わり合いになりたくないな。
などとくだらないことを考えていると、全員の視線がこちらに集まっていた。
誤魔化すように咳払いを一つ。俺は本題に入ることにした。
「霧小路さんは、ここの本屋にはよく来るのか」
「う、うむ……月に、二、三度くらい」
多いな。地元の人間ならそうでもない回数だが、距離を考えるとかなりの頻度だ。
すくなくとも受験勉強だのなんだので一年ほど来ていなかった俺よりかは多い。
「今日はどこにいたか思い出せるか?」
「手芸の本を、ずっと見ていた……これ」
そう言って、彼女は鞄の脇に置かれた重そうなビニール袋を持ち上げる。
買ってはいるんだな。どうやら本屋の迷惑になる立ち読み専門の客ではないらしい。
しかし、手芸の本ってどこの棚にあるんだ……?
「新刊コーナーの隣です。ほら、あの窓際の……」
芳倉さんに教えられて場所を把握した。
ああ、あそこか。
数年前に改築されたこの書店は、その時に大通りに面する壁をガラス張りに変えていた。
当時はその大通りの改修工事も同時に行われていたのでよく憶えている。あの時期は駅に行くのにいちいち遠回りしないといけなくて、非常に面倒くさい思いをした。
たしかこの書店の先代オーナーがここら一帯の組合の会長だからそんな無茶な工事が実現したんだよ、とかなんとか、これまた噂好きの昔なじみが自慢げに語っていたのを思い出す。
中学生だった俺は「ふーん」とあからさまに興味のない返事をするしかなかったが。
……話が逸れた。
なんにしても、霧小路さんがいたのは目立つ場所だった。
そして万引き疑惑のマンガが並べられた棚のすぐ近くでもある。
状況だけ見れば、限りなく黒に近いグレーといったところか。
「おい! いい加減にしろよお前!」
情報を整理していると、向かいのソファーから怒声が響く。
そこには、憎々しげに歪んだ青年の顔が見えた。
「さっきからなんのつもりだ! 大人を無視しやがって! こっちはガキの探偵ごっこに付き合う暇はないんだよ!」
大人ねえ……。
こいつ、煽ってみたら驚くほどあっさり化けの皮が剥がれたな。
ちょっと短気すぎるんじゃないか?
――お前が仕掛けた手法に、自分で引っかかってどうする。
「まあ落ち着けよ。お前はなにもしてないんだろ? ……こんな状況で怒ったら、後ろ暗いところがあるって喧伝してるようなもんだぞ?」
あえて諭すように言ってやると、男の小さな目がこぼれ落ちそうなほど見開かれた。
思い出したか。自分が扱いやすそうな中学生に向けた罠だからな。
まあこんな短時間で忘れてたら、脳の欠陥を疑うところだが。
しかしそんな内心はおくびにも出さず、静かになった空気の中で考察を続ける。
実はすでに思いついたことがある。
ただ、疑問もまだいくつか残っていた。
なにかヒントはないかと周囲を見回して……ふと、あることに気づく。
顔を上げると、相変わらず挙動不審な店長がきょろきょろと視線を飛び回らせていた。
その目が向けられるのは、バックヤードの扉と――
「……監視カメラ、か」
視線の先を辿って、録画中の画像が映し出された六台のモニターの前に移動する。
「き、君!? そっちは……」
「すみません。ちょっと確認するだけなので」
大きな画面にそれぞれ四分割された店内の景色。
驚くことに倉庫やスタッフルームまでカバーしているカメラは、わずかな空白すら埋め尽くすかのように、建物内部のあちこちへ監視の目を交差させている。
しかし……どういうわけか、ただ一点だけモニターに映されていない場所があった。
――――その一瞬、暗闇に光が差した。
死角になっていたのは、霧小路さんがいたという新刊コーナーの一角。
なぜ、そんな場所が無防備な状態で放置されているのか。
俺は背後で狼狽えている店長に小声で訊ねた。
「このカメラの仕掛けを知ってるのは、店長を含めて何人ですか?」
「はあ!? ……な、なんのこと」
「……バラしますよ?」
店長が真顔で固まる。
これもう間違いなく俺が一番厄介な客なんだろうな……と思いながらも、中途半端に追及は止められない。
たぶん、時間はそれほど残されていないのだ。
「……よ、四人、です」
本当に申し訳ない。
逡巡の末、引き攣った顔で答えた店長に、尚も質問を重ねる。
「それは誰ですか?」
「親父……先代のオーナーと、家内、先代の頃から働いてくれている社員が一人……」
「なるほど。なら、今日は奥さんが休みの日なんですね」
「え!? ……ああ、まあ、そうだけど…………あの、なんでわかったんだい?」
まあそれが必要な条件だからなんだけど、いまは時間が惜しい。
あとで教えますと返事をして、今度は霧小路さんに向き直った。
「なあ、霧小路さんは毎回この本屋で手芸の本を見るのか?」
「う、うむ……ここ、専門書の種類が、豊富。他のお店は、こんなに置いてない」
その返答で大まかな部分は把握できた。
さて、そうなると残る問題は――あと一つ。
『……新屋さん、なにかわかったんですか?』
声が聴こえて顔を上げる。
見れば、織目さんだけではなく、全員の視線がこちらに集中していた。
その表情はまさに十人十色といったところ。
一つずつそれらの顔を見渡して、俺は告げた。
「そうだな、だいたいの事情はわかった――それなりの説明もできると思う」
いずれにせよ、もうすぐ騒動は決着する。
もし平穏を望むのなら、なにもしないのが一番だ。
俺は刺激的な日常なんて求めていないし、胸の躍る冒険にも憧れない。
……だが、今日はいい。
あいつは絶対に触れてはいけないものに手を出したのだ。
だから今日、この瞬間は――――至極自分勝手な理由で、信条を裏切ろうと思う。




