ふたごの月 6
「こちらが、双羽池跡に向かう順路になります」
わざわざ小金井さんが地図を持ってきて説明してくれた。
湖だの川だのが多い土地だと思っていたが、どうやらその一つ一つに名前がつけられているらしい。
俺たちは全員で地図を覗き込んだ。
「一番わかりやすいのは、この夜烏川を逆行する道順ですな。とはいえ霧小路のお嬢さんがいるのであれば、迷うことはないと思いますが」
「任せて、おいて……」
霧小路さんが胸を張る。
地元だからか、普段よりいきいきしているように見える。
行き道にも思ったが、彼女はどうやら郷土愛が強いようだ。
住んでいる場所は違うものの、その気持ちはなんとなくわかる。俺も長く暮らした幸ヶ瀬にはそれなりに愛着があるからな。
なんにせよ、人見知りの彼女が合宿を楽しめているのならいいことだと思えた。
「朧森に入ってすぐに見えるのが鶴名池、その奥には最大の湖である月見鳥池があります。ここまでは観光地として紹介されていますので、まだ人通りもあるかと」
「というと、目的地までのルートにはあまり人がいないんですか?」
「はい……もう二十年以上前になりますかな。豪雨の影響で、夜烏川が氾濫したことがあったのです。この御善乃様のお堂がある祠より北の森は、その影響で随分と荒らされました。月の虹が失われてからというもの、訪れる人もすっかり見んようになりまして」
話を聞きながら、ふと引っかかる文言があった。
御善乃様という名前を、どこかで聞いた気が…………ああ、そういえば、さっき霧小路さんが口走ってたな。『森のミヨシ様』がどうとか。
どうやらあれは、土着の守り神みたいなものらしい。
その手の話は大和が興味を持ちそうだ。
「ここから先は川に沿って脇道に入ります。巣鷺池を越えた先に貯水池の朧森ため池がありますので、左手の道を進んでください。しばらく歩けば件の双羽池跡はすぐに見えてくるでしょう」
指差された問題の池の跡地は、肥えた鳥が小さな羽を広げたような、あるいは角の生えた牡羊の頭部みたいな形をしていた。
なるほど、この形状だと、たしかに羽より羊の角かもしれない。
この池の名づけ親は、鳥に関連する名前で統一したかったのだろうか? 妙なこだわりを感じるな。
小金井さんが説明を終えたところで、一つ問題が生じた。
それは、
「ねえ、アキにぃ……ここまで歩くの?」
心底うんざりした声で蕗が訊ねてくる。
お前はこの中じゃ一番体力あるはずなんだけどな……と呆れつつ、しかしその心情も理解できなくはなかった。
目的地が遠い。
地図の縮尺を見る限り、森の入口から双羽池までは五、六キロはあるだろう。ここからだと移動距離はさらに伸びる。さっき歩いてきた道を引き返すというのも、心理的には微妙な負担になっていた。
「ニーヤ。調査に行くというなら、わたしはここでお茶をいただきながら待つことにするわ。そうね、ダージリンのセカンドフラッシュがいいかしら」
「あ、あたしも……これ以上、汗くさくなるのは、そのー…………年頃の女子としては、ちょっと、あれかなー? なんて……あ、べ、別に、お兄さんと一緒に行くのがいやなわけじゃないんですよ!? せ、せめて、お風呂のあとだったら……っ!」
「あたしは普通にイヤ」
「も、申し訳ありませんが、この家には紅茶がありません……」
……こいつら、好き勝手なことを言ってくれる。
あとミシェルは自重しろ。気の弱い小金井さんが、とくに意味もなく恐縮してるだろうが。
「朧森なんていくら探しても無駄ですよ。もう三回も行ったけど、なにも見つからなかったんだから……」
「おまえがメガネだからだろ?」
「兄さんもいっしょに行ったよな!?」
いつの間にか双子が話に参加していた。
それにしても、よくケンカするやつらだな。
「和磨くんは、どうして子供の方の説を推すんだい?」
「……ふふ。簡単ですよ」
待ってました、とばかりに弟が眼鏡をくいっと上げる。
「『ふたごの月』のメロディーです」
「メロディー?」
「はい。実際に聴いてみるとわかるんですけど、あの曲の旋律はどこか哀愁を誘う音色をしているんです。ただのお月見の歌にしては暗すぎます。
――おそらく“ふたごの月”というフレーズは、子供たちのことを差しているんでしょう。早くに亡くなってしまった弟の魂の隣で、お兄さんも仲良く浮かんでいる、と」
なるほど。
論理的なようでまったく論理的じゃないな。
その理屈だと、なぜか兄まで死んでるんだが。
自信満々といった答えを聞いた大和も、曖昧な笑みを浮かべていた。
『……まるで、「シャボン玉」問題のようですね』
黙っていた織目さんが、ぽつりとつぶやいた。
誰かに聞かせるという風でもなく、ただなにかを思い出したように。
「シャボン玉問題……って、なんだ?」
『“野口雨情”の童謡に関する考察です。曲自体は有名なので、新屋さんもご存知だと思うのですが……』
童謡の『シャボン玉』というと……あれか。最後に屋根まで飛んで割れるやつか。
織目さんに訊ねると、その歌で間違いないという。
『童謡の詞が書かれるより前に、作詞家の野口雨情さんは生まれて間もない娘を亡くしています。“その娘の鎮魂歌として作られたのが「シャボン玉」である”という仮説が、作者の死後に放送されたテレビ番組で真実めかして紹介され、世間に広く知れ渡ってしまいました』
「へえ……あの童謡って、そんな意味があったのか」
『いいえ。それは仮説の一つに過ぎません。実際のところは、まだ充分な判断材料も揃っておらず、検証も済んでいない状態なのです』
「偏向報道だね。昔から政治問題なんかでよく使われてきたけど、いまじゃどこの情報番組も大なり小なりそんな感じらしい」
ああ、それなら俺も聞いたことがある。
テーマに支障の出る研究データを恣意的にカットしただとか、有名人のコメントを自分たちの都合のいいように改ざんしただとか。
要は、制作側にとって真実よりも番組をいかに盛り上げるかの方が重要なのだろう。
はたして童謡の歌詞ひとつで、その番組がどこまで盛況を得られたのかは知らないが。
『……作品にこめられたメッセージを読み解くのは、作家本人が真意を明かさない限り、とても難しいことなのだと思います。それこそ、人の心を見通すことと同じくらいには』
織目さんは、そうやって話を静かに結んだ。
人の心を見通す、か……。
たしかにこの『ふたごの月』の読解は、そういった問題なのかもしれない。
そもそも俺は、澤切慈天という作家のことをなにも知らなかった。
「……とりあえず、この仕事場から調べるか」
あまりにも地道な最初の一歩。
けれど、なぜだろう……今回の件に関しては、それが正しいように思えた。
◇
全員で行動するには建物の中が狭すぎるので、二手に別れて探索することになった。
こちらは織目さんとミシェル、そして大和に双子を加えた五人で、まず庭の方を見て回る。家の中を探す桂姉たちとは三十分後に交代して、最後にそれぞれ気づいた意見を出しあう予定だ。
ちなみに、小金井さんは紅茶を買い出しに行っていた。
その傍若無人なオーダーをした張本人が、ついとこちらを見上げる。
「それで、わたしたちはなにを探せばいいのかしら?」
「わからん。俺も教えてほしいぐらいだ」
われながらどうしようもない答えを返すと、ミシェルがじとっとした目で睨んでくる。
「……随分と頼りない探偵さんね」
「何度も言うが、俺はそんなオモシロジョブに転職した覚えはない。そういうのはMIT帰りの天才児にでも頼んでくれ」
「うちにたくさんいるけど、呼びましょうか? 悪ふざけを人生の至上命題にしてるような連中だから、一瞬で事件を迷宮入りにしてくれるわよ」
「おいやめろ……俺の周りに、これ以上頭のおかしい人を増やすな」
ミシェルに厳しく注意する。
まったく、こいつはロクでもないことを考えるな。
そして隣の織目さんが『あの……これ以上、というのは誰のことですか? ……新屋さん、なぜこちらを見ようとしないんですか? ねえ、新屋さん』と詰め寄ってくるが、いくらなんでも本人の前で言えるわけないだろ。いい加減にしてくれ。
「きみたち、イチャつくのはいいけど、まずは問題の解決を優先した方がいいんじゃない?」
からかうように大和が声をかけてきた。
まずその認識には大きな誤りがあるし、普段からふざけているお前にだけは言われたくないと思うのだが、その忠告はけして間違っていない。
苦い顔になるのを自覚しながら、俺は奇抜な建物に目を向けた。
改めて見ても、歪な家だと感じる。
無軌道に増築を繰り返した外壁。計画性を微塵も感じない複数の異なる素材。はたしてあの斜めに突き出した煙突は必要なのだろうか? 俺の方向感覚が狂っていなければ、あそこはたしか、なにもない場所だったと思うのだが。
「本当に変わったデザインだよね。まるで抽象画みたいだ」
「抽象画なあ」
まあ、その感想は理解できなくもない。
無造作に建てられた小部屋や物置のシルエットは、まさに画家が独特の感性でもって描き上げた意図不明の絵画か、もしくは幼い子供がなにも考えずに組み立てた、積木のオブジェのような様相を呈している。
「お前ら、曾祖母さんからなにも聞いてないのか?」
振り向いて当事者の二人に訊ねる。
さっきから静かな二人は、なにやらぽーっとした顔で、一点を凝視していた。
潤んだ視線の先を辿ると――――姿勢よく歩く、ミシェルの背中が。
「……ヤバい。オレ、天使見つけちゃったかも……」
「ミシェルさん……マイスウィートハート……」
たしかに小学生でその語彙のセンスはかなりヤバめだなと思いつつ、このままではなんの情報も得られないので、俺は素知らぬ顔で歩くミシェルを見た。
視線に気づいたのか、空の色をしたビー玉みたいな瞳がこちらを向く。
「……なに?」
「後ろだよ、後ろ」
なんとかしろ、と目線で訴えると、訝しむ表情で振り返る。
瞬く間に赤面した小学生二人組は慌てて身だしなみを整えだした。
やがて、しばらく双子を観察していたミシェルが、再びこちらに向き直った。
「子供を相手にする趣味はないわ」
――せめて子供相手には手加減してやれよ。
心底つまらなさそうな声音に、俺は冷や冷やしながら背後を窺う。
恋に破れた小金井兄弟が、庭の真ん中で崩れ落ちていた。
面倒くさいやつらだな。
だんだん早く帰りたい気持ちが抑えきれなくなってきたぞ。
「おい、しっかりしろ。一目惚れだったら傷はまだ浅いだろ。さっさと起きて情報を吐け」
「ただの鬼じゃん……」
「あの人、怖いの顔だけじゃなかったんだ……」
やかましい。元はといえば、これはお前らの問題だろうが。
うんざりしながら、二人の襟首を掴んで強引に立ち上がらせる。
「ほら、服についた土払え。お前らそのまま家に上がるなよ」
『ふふ……新屋さん、なんだかお父さんみたいですね』
「どっちかっていうとオカン属性じゃない? 暁彦のあの世話焼きスキルはさ」
もう誰でもいいからあいつらを黙らせてほしい。
時間がないって言ってるだろ。
俺は胸にこみ上げる苛立ちを噛み殺して、しょぼくれた双子に訊ねた。
「なにか知らないのか? 澤切慈天のことでも、童謡のことでもなんでもいい」
「んなこと言われても……」
「大ばあちゃん、ヒントもくれなかったし…………あ」
ぼやいていた声が途切れる。
少々間抜けな顔で固まった和磨は、しかし、発言を躊躇うように視線をさまよわせる。
「なにか思い出したのか?」
「あー……はい。といっても、ヒントになるかわかりませんが……」
どうも有効とは言いがたい情報らしい。
だとしても、いまはわずかでも手がかりがほしい状況だ。俺は「気にしなくていい」と先にフォローを入れて、話の続きを促した。
「えっとですね、似ているらしいんです。僕らと、大ばあちゃ……んんっ…………その、曾祖母の、お兄さんが」
「似てる?」
「そういや、前にそんなこと言ってたかな。なんか、大ばっちゃの兄ちゃんたちも、よくケンカしてたって」
はあ、なるほど。
となると、こいつらがよくいがみあうのって遺伝のせいなのか? 性格ならまだしも、兄弟間の相性が似るなんて話は聞いたこともないが。
いずれにせよ、現状で役立つかどうかは微妙な情報だ。
結局、外装からはこれといった手がかりを見つけられず、全員であてもなくうろうろしている間に、俺たちの探索はタイムアップとなった。
◇
玄関に戻ると、ちょうど出てきた桂姉たちと行き会った。
「お疲れ様。なにか見つかった?」
「いいや、まったくだ。そっちは?」
「……参考になりそうなものは、とくになかった」
消沈した霧小路さんが首を振る。
……全滅か。
まだお互いに半分残った状態だが、なんとも気が滅入る結果だ。
そもそも澤切慈天という人物は、もう何十年も前に亡くなっている。はたしてその痕跡が、いまも残されているなんてことが有り得るのだろうか。
そう自分の選択に不安を感じはじめた時、ふいに蕗が「あっ」と小さく声を上げた。
「……そういえばさ、壁に小さい絵が描いてあったよ。なんか、デパートのレストランのマークみたいなやつ」
「あ! それ、あたしも見た。あれはたぶん、つばめ……かな? はっきりとは見えなかったから、あんまりよく覚えてないですけど」
「レストランに、つばめ……? なんだそりゃ」
「よくわかんない。ごはん食べるとこかなーと思って覗いてみたけど、ただの押入れっぽかったし」
「扉があるのに開かない部屋があったり……変な家だよね、ここ」
二人が揃って首を傾げる。
小さな絵……絵、な。
子供の落書きのような気もするが、実際に見てみないことには判断のしようがない。
桂姉たちと入れ替わりで戸を潜った俺は、ゆるみかけた気を締め直して、小金井邸の玄関に立った。
「あったわ」
建物内の探索をはじめて五分が経った頃、最初にその絵を見つけたのはミシェルだった。
相変わらずのすまし顔で、彼女は壁の一点を指差す。
「ああ、本当だ……よく見つけたね、こんなの」
感心したように大和が言う。
つられて二人の頭上から覗き込むと、壁の低い位置にうっすらと絵が見えた。
かすれた黒一色の、小さな絵だ。
「あれは……蟻か?」
『そう見えますね。私では、気づけなかったかもしれません』
たしかに、織目さんも女性の中だと背が高い方だからな。……それ以前にライオン越しの狭すぎる視界は、探しものにはまったく向いていないと思うが。
その蟻を模した古い絵は、俺の腰あたりの高さにあった。
全長二センチほど。使われているのは墨か。とくに補修された様子もなく、絵のシルエットはすっかり薄れてしまっていた。
「あ、あの! 僕、見つけました! 『桜』です! 間違いありません!」
「オレも! オレも見つけた! これ……草? ……なんか、そんなやつ!」
廊下を先行していた双子が声を張る。
ただ一人――冷めた眼差しのミシェルに向けて。
「そう。ご苦労さま」
愛想の欠片も感じられない返事に、それでも色ボケ兄弟は悶絶する。
隣で深々と吐き出された溜め息が耳に届いた。
あいつらの将来が心配になるな。いろいろな面で。
『大人気ですね、ミシェルさん』
「……そのお面をここで剥いでやろうかしら」
『な、なぜです!?』
他人事みたいに余裕なのが腹立つのよね……とミシェル。
まあ、織目さんも美人だからな。もしライオン頭をはずしたら、あの双子がどんな反応を示すかは予想もたやすい。
必死に覆面を押さえてあとずさる織目さんに嘆息しつつ、俺は再び壁の絵に目を向けた。
「レストラン、つばめ、蟻……それに、桜と草か」
いったいどういう意味だろう?
そもそも、これを描いたのは澤切慈天なのか。
絵を見る限り、大人の手によるものだとは思うが。
……ふと、あることに思い至った。
俺は血相を変えて廊下の壁を凝視する双子に呼びかける。
「お前ら、いままでこの絵に気づかなかったのか?」
「あー……オレら、あんま大ばっちゃの家には遊びに来ないからなあ」
「お父さ…………父、が、曾祖母を怖がるので」
孫にまで怖がられてるのかよ。いったいどんな婆さんなんだ。
あと、別に言い直さなくても、お前らの歳なら「お父さん」でいいんじゃないか? 大人ぶりたい気持ちはわかるし、いまだにおじさんおばさん呼びの俺が言うのも変な話だが。
会話が終わるなり全力の探索に戻った双子から視線を戻し、散らかった情報を頭の中で整理する。
『ふたごの月』の謎。
澤切慈天という人物が、その童謡を作った真意は。
――もうすこし。
本当に、あとちょっとで、どこかに手が届きそうな気が……
「……時間切れだね、暁彦」
そんな声が聴こえて、思考が途切れた。
気がつけば、遠い玄関から、ガラガラと立てつけの悪い引き戸が開く音。
ちょうどそこに車のエンジン音が重なって……俺は、一度目の探索が実りなく終了したことを知った。
◇
小金井邸の居間で、休憩を兼ねた情報交換をすることになった。
空間をダイナミックに無駄遣いしたトリックハウスの部屋は狭く、この大所帯では狭く感じられる。
年季のいった卓袱台には人数分の紅茶とケーキ。
さすがに無償で手伝わせるのは悪いと、小金井さんが買ってきてくれたものだ。
隣に腰をおろした蕗など遠慮なく桃のムースを頬張っているが、よくそんなに入るなと感心する。ついさっき霧小路さんの家で昼食をごちそうになったし、その前にはお茶とケーキも出してもらったはずなのだが。
「ん? アキにぃ、食べないの?」
食欲の権化である蕗が、俺の前のチーズケーキに目をつけた。
出されたものに一度も手をつけないのは失礼かと思ったが、たしかにあまり腹がへっているわけでもない。
無言で皿を寄せてやると、わが妹はどんぐりみたいな目をキラキラと輝かせた。
身内ながら、あまりのチョロさに不安を覚える。
『……新屋さん、大丈夫ですか?』
気遣うような声に顔を上げると、作り物のライオンの目と視線が合った。
やっぱり彼女もケーキとお茶は手つかずのままだ。昼食は霧小路さんが気を利かせて、かぶりもののままでも食べやすいサンドイッチを準備してくれていたが、見ず知らずの他人の家でそれは厳しいだろう。
いずれ蕗の餌食となるか、あるいは、ちらちらと目をやっている芳倉さんの胃に収まることになりそうだ。
「……なにがだ?」
『いえ……その、あまり食欲がないようでしたので……』
尻すぼみな声が仮面の奥で消える。
……まったく。
相変わらず、妙なところで勘の鋭い人だ。
「大丈夫だよ。こっちは気にするな。それより、みんなが見つけた絵はこれで全部か?」
少々強引に話の流れを変える。
箇条書きのメモを指で弾いて訊ねると、返ってきた答えは全員の肯定だった。
その紙面には、全部で七つの語句が記してある。
・星
・桜
・草
・つばめ
・蟻
・時計
・皿とナイフとフォーク
蕗がレストランのマークと称した絵は、食器を描いたものだった。
確認したところ、どれも墨らしき塗料を用いた黒一色の絵だ。
推定ではあるが、描かれた時期はまったく同じ。ミシェルによると筆遣いがどれもいっしょとのことで、これらを澤切慈天が描いたという可能性は高くなった。
「でもさ、それってなにか今回の問題のヒントになるの?」
「わからん。……だが、ちょっと引っかかってるんだ」
あまりにも曖昧な。
輪郭すらも朧げな、抜け道の気配。
どこかで繋がる気がする。しかし、それはどんな風に。
紙切れの隣に、画像を表示したスマホを並べる。
さっきの『ふたごの月』の歌詞を写したものだ。
月 月 お月さん
ふたごのお月さん
お空でなかよくうかびます
なかまはずれがもしおれば
たかくて手がとどきやせん
こんどはあの子もつれてこよ
なぜだろう。
――この独特な歌詞と、壁の奇妙な絵は、どこか似ている気がする。
しかし、肝心なところでひと押しが足りない。
どこだ……繋がりはどこにある?
時間の経過とともに、焦りだけが募っていく。
おじさんにもらったアナログの腕時計に視線を落とすと、すでに午後三時を回っていた。
急がなければ。本来解決するべき問題は、ここじゃなく…………うん?
ふいに――――頭の中で、かちりと音がした。
回る。
思考が。
脳を巡る血液が。
熱すら生じそうな速度で、情報を並べ替えていく。
「……ミシェル、調べものを頼めるか」
訊ねると、異国の少女は瑞々しい唇を吊り上げた。
「答えがわかったのね?」
事情を察した楽しそうな声音に、全員からどよめきが起こる。
とはいっても、確認がまだなんだが。
しかしおそらくは、
「ああ――――見つけた、この一連の繋がりを」




