オールドカメラは知っている 3
なにからはじめるべきかと思案して、俺はぐるりと部屋の中を見渡す。
特筆しておかしなところはない。壁際に組み立て式の棚が複数あること以外は、他の教室とそう変わらない部屋だった。
ソファーやテーブルは写真部が持ち込んだのか。他にも撮影用の機材らしき道具が納められたガラス棚が鎮座している。さらに壁の一部を埋め尽くすように貼られた大量の写真は、おそらく部員が撮ったものなのだろう。一応は掃除用具入れもあるが、うっすらと埃の溜まった床の隅を見る限り、あまり掃除はされていないらしい。
たった一人であの部室を維持していた霧小路さんは、もっと褒め称えられるべきだと再確認した。
「……とりあえず情報収集が優先だな」
言い置いて、当事者の方を向く。
「ここの鍵を開けたのはどっちですか」
「部長だよー。あーしがちょっと用事で学校にいなかったからー、先にミタセンに鍵を借りてきて待っててくれたの」
確認のために戸森先輩を見る。
彼はとくに口を開くことなく、静かに首肯した。
ふむ。そうなると、二人がここに来るまで、部屋は本当に密室だったということか。
なんだか余計にややこしくなってきた気がする。
「大和、写真部の鍵の管理方法は歴史研究部と同じか?」
「そうだね。というより、幸高の部活はみんなそうだよ。顧問の先生から鍵を預かって、下校する時に返す。近頃はなにかとセキュリティー管理にうるさいから、そういう手続きが必要になったんだと思うけど」
持論による補足をつけたして大和が答える。
まあセキュリティー云々に関しては、俺もなんとなく似た感想を持っていた。幸ヶ瀬の校舎自体はそこそこ古いが、各教室の鍵だけが比較的新しく感じられたからだ。おそらく俺たちが入学する前に取り換えられたのだろう。
さて、そうなるといよいよ外部犯の線が薄くなってきたぞ。
「そういえば、写真部の顧問は誰なんだ」
「御手洗先生だよ。あの人、休日には山まで野鳥を撮影しに行くような本格派なんだ」
……もうこの中に犯人がいるんじゃないか?
あるいは、巧妙なトリックを考えて実行に移すような馬鹿が校内にいるのか。
あまり想像したくない事態ではある。
そんな危険人物のいる高校に通うのはとても嫌だ。
「鍵のかかった部屋に侵入してカメラを壊す理由、か……」
ふと思いついて、織目さんの方を向いた。
「このハッセルブラッドって、いくらぐらいするんだ?」
『えっと……』
なぜか言い淀んだ彼女は、躊躇うように戸森先輩を見た。
なんだ。なにか訊いちゃまずいことでもあったか?
「……そこまで高くはないよ。僕は住んでた街の写真屋のじいさんが引退する時に、レンズ三つをつけて五万円で譲ってもらった。オークションや中古品を扱うカメラ屋で買えばもっとするが、それでも二倍か三倍といったところだろう」
織目さんに代わり、持ち主の戸森部長が教えてくれた。
なるほど、いままで見てきた骨董品と比べれば随分と安い。ただ本人の前で「安い」と率直に口に出すのは気が引けるだろう。なんとも彼女らしい配慮ではある。
しかし、市場価格で十万前後か。
見た感じ、もっと高額なカメラなのかと思っていた。
『新屋さん、この一眼レフは決して安価なカメラではありません。日本での販売が開始された時、各種パーツつきで現代なら八百万円ほどする高級カメラだったんです』
「え……そんなに高かったのか?」
『はい。ですからハッセルブラッドは、当時の愛好家たちにとって憧れのカメラだったと聞いています。所有していたのも、お金持ちか名の売れたプロの写真家ぐらいだと』
まるでその光景を見てきたかのように彼女は語る。
そう感じられるのは、たぶん教えた人間の影響なのだろう。
織目さんの祖父は、まさにその時代を生きていたのだから。
「どうして、そんなに値段が下がったの?」
『やはり高性能なデジタルカメラの登場や、それに伴うフィルムの生産縮小が原因ではないでしょうか』
「とくに中判カメラは、特殊なブローニ―フィルムを使うからね。そういう“なんだか難しそう”な仕様が、一般の人を遠ざけたのかも」
たしかに俺も変わったカメラだと思ったからな。
周りに詳しい人間がいなければ、気軽には手を伸ばせないかもしれない。
「――だがハッセルブラッドは、デジカメにはないやさしさを持っているんだ」
ぽつりと、戸森先輩がそんな言葉をこぼした。
「僕がこの500Cを手に入れたのは、小学五年生の頃だ。両親にわがままを言って、小遣いやお年玉を二年分前借りする約束で買ってもらった。
……一目惚れだったんだ。シンプルで無骨なフォルムや、撮影する姿。昔から写真を撮るのは好きだったが、あんなにも心惹かれたカメラは生まれてはじめてだった。
じいさんがおまけでつけてくれた数本のフィルムで、夢中になってあちこちの景色を撮って回ったよ…………まあ、あとでフィルムの値段を知って絶望することになるんだが」
当時のことを思い出したのか、先輩はブラックコーヒーでも一気飲みしたような顔をする。
そんなに高いのか。……いや、小遣いを前借りしたんだったな。
たとえいくらでも、戸森少年には手が出せなかっただろう。
「子供の頃は気にもしなかったが、様々な写真を目にするにつれて、だんだんと中判の良さがわかるようになってきた。
……モデルをやさしく写すというのも、魅力の一つだと僕は思う」
心なしか、先輩の声が弾んだ気がする。
そして――眼鏡の奥の瞳が、きらりと輝いた。
「デジタルはたしかに驚異的な解像度で隅々まで鮮明に表現することができる。しかし、フィルムの丸いドットは被写体をより滑らかで自然に見せることができるんだ。こと中判の6×6フォーマットでポジフィルムを使った時の画質の美しさは電子の視界にも引けを取らない。さらにハッセルブラッドの特徴でもある大胆なぼかしが……」
「ぶちょー、語りがマニアックすぎて、みんなドン引きしてるっすー。帰ってきてー」
だんだんと陶酔したような顔つきになっていた戸森部長が「ハッ」と肩を揺らす。
……まあ、うん。それぐらい好きだ、という気持ちは理解できた。
話の内容はさっぱりだが。
しかし、そうなると疑問が一つ浮かび上がる。
「どうして、そんな大切なカメラを部室に置きっぱなしにしてたんです?」
いまの話だと、ハッセルブラッドは部の備品ではなく戸森先輩の私物だ。たとえ活動が禁止されても持ち帰っちゃいけないなんて道理はない。
そんな俺の指摘に、戸森先輩はバツが悪そうに頭を掻いた。
「あれだけ語っておいてなんだが……実は、近頃はあんまり使ってないんだ」
「そのハッセルブラッドをですか?」
「ああ。やっぱり、フィルムや現像代が馬鹿にならなくてね。最近の作品は、ほとんどデジタルで撮ってるんだ」
「そんなん部費から出せばいいって言ってんだけどねー」
「さすがに、それはなあ……せめてバイトでもできればいいんだが」
まあ受験生にアルバイトは難しいだろう。
なんなら部活だってとっくに引退していてもおかしくない頃だ。
興味本位で、どうして先輩は残り続けているのかと訊ねると、困ったような苦い表情が返ってきた。
「うちも部員がギリギリなんだ。ここで僕が抜けると、星崎君や有栖川君たちの三人だけになってしまう。せめて、引退前にその問題だけでも片づけておきたくてね。……そういうことをいろいろと考えているうちに、500Cを部室に忘れてしまって」
「部長はいったん集中して考えだすとめっちゃボケるからねー。こう、ぽっかーんと上の空で……なんか、学校中を徘徊しはじめるし」
「おれもそれ見ました。あの時はプールの更衣室の陰で項垂れてましたけど」
「め、面目ない……昔からの癖で、考えごとをするときは無意識に静かな場所を探してしまうんだ……」
その癖は早急にどうにかした方がいいと思う。
街中で発症したら人身事故が起きそうだ。
しっかりしてそうでやっぱり変人だな、この先輩は。
「新屋くん……わかりそう?」
「いや、さっぱり」
むしろそれが普通なのだが。
いままでが奇跡的に問題を解決できていただけの話で。
だが、
「……どうも変だ」
『変、ですか?』
「ああ」
明確に指摘はできないが、こう……どこか、歪な感じがする。
たとえばカメラが壊された状況。
提示された情報を信じるなら、犯行は六時限の終わりから現在までの約一時間以内に実行されたことになる。
戸森先輩が借り受けるまで、物理科準備室の鍵は御手洗先生が持っていた。
この時点で生徒が犯行に及ぶのはほぼ不可能だ。
仮になんらかの方法で無理に突破したとして、今度はその目的が読めない。
どうも危険を冒してまで手に入れるほど高価な品でもないようだ。カメラ自体も、先輩や織目さんの口振りからすると、探せばどこかで売っていそうな感じがする。
あるいは本当に破壊することが目的だったのか。
だがそれなら部室に物証を残した理由はなんだ。
しかも、帰り際には丁寧に鍵まで閉めて。
そもそもこの犯人は、なぜカメラが置き去りにされていることを知っていた……?
……だめだ。まるでそれらしい答えが浮かばない。
過剰労働気味の頭が煮えてきた。
「――あ」
ふいに、炭酸の抜けたサイダーみたいな声があがる。
目を向けると、大和が口を半開きにしたまま呆けていた。
「そうだ…………ぶ、部長、あの人にアリバイはあるんですか?」
「あの人?」
「ほら、おれが写真部に入ってすぐの頃、よく部室に来てた三年の……」
大和の曖昧な言葉に、戸森部長が硬直する。
……なんだ?
不可解な反応を訝しんで見ていると、続いて星崎先輩も「ああ!」と声を上げた。
「それってアイツ? あの……誰だっけ? なんか、絶望した時みたいな名前のヤツ」
覚えてないのかよ。
そいつは重要人物じゃないのか。
……とりあえず、どんな名前なのかは気になるが。
頭の中に『迷宮入り』というワードがちらつきはじめたその時、一番近くの階段から誰かの足音が近づいてきていることに気づいた。
歩調が速い。随分と急いでいるようだ。
なんだなんだと全員の視線が向いた先で……部室の扉が、荒々しく開かれた。
「おい! 戸森ッ!」
現れたのは、憤怒に顔を染めた男子生徒。
その口ぶりから察するに、三年か。
いかにも女子が騒ぎそうな甘い顔立ちだが、やや軽薄そうな印象も受ける。
そんな怒れる色男を指差して、ギャル先輩が「あーっ!」と嬉しそうな声を上げる。
「アイツだよ、さっき言ったの! えーっと…………そう! オワタ!」
「尾和田だッ!!」
静まり返った部室に、男の叫びが響く。
…………もう真面目に考えるのが馬鹿らしくなってきた。
◇
勢いのまま踏み込んでくるかと思われた男子生徒は、しかし、ようやく人の多さに気づいたのか、小さく呻いて足を止める。
さもありなん。それほど広くもない部屋に六名が密集している上、こちらには気合いの入ったギャルメイクの星崎先輩や、見るからに異形の存在である織目さんがいるのだ。さすがにこの場へ躊躇せず突入できる人間は稀だろう。
それにしても、あの尾和田という男と戸森先輩は、いったいどういう関係なのか。
「尾和田竜犀。三年の文系クラスで、元テニス部の部長だよ」
「おい……名前はまだしも、なんでお前は上級生の進路選択まで把握してるんだ」
「なに言ってんのさ。自分の部にちょっかいかけてきた相手の詳細を調べるぐらい、情報戦においては基礎以前の話だよ?」
こいつはいったいなにと戦っているのか。
まるで諜報員みたいな口ぶりだが、お前はただのゴシップ好きだろうに。
「いろいろと調べてみたけど、彼の周囲の評価は良くも悪くも『軽い』って感じだね。とくに女性関係。三年に上がるまでは、あちこちで浮き名を流してたみたいだよ」
まあ、たしかにそんな感じはする。
大和の説明する口調もいかにもつまらなさそうだ。
しかし、後半の物言いは引っかかった。
「……三年に上がるまでは?」
訊ね返すと、昔なじみの顔が『よくぞ聞いてくれました』とばかりに輝く。
こいつ……わざとか。
「そう! 二年の終わりに恋人ができてから、ピタッと女遊びをやめたんだって。それにはちょっと興味が出てさ、噂の彼女を実際に見に行ってみたんだ。すると意外や意外、過去の派手な恋人たちとは正反対の、おとなしそうな女の子だった。よく言う“守ってあげたくなる”って感じかな? おれには理解できないけど、いまはその女子生徒に随分と熱を上げてるみたいだね」
水を得た魚とはまさにこのこと。
お前は本当に他人のそういう話が好きだな。どちらかといえば、俺にはお前のその趣味の方が理解し難いが。
……しかしいまはそんな話、どうでもいい。
さっきから無言のまま写真部の部長を睨んでいる色男を眺めつつ、悪友に訊ねた。
「で? ……あの男は、なんで戸森先輩をあそこまで警戒してるんだ?」
俺の質問に大和は嘆息しつつ答える。
「それがわからないんだよねー。……たぶんその新恋人がらみっぽいんだけど、彼女は二年の中頃に編入してきたばかりで情報がすくないし、部長も写真以外で自分のことはあんまり話さない性格だから、三人の間になにがあったのか知ってる人がいなかったんだ」
結局、動機すらはっきりしないってことか。
なにやら戸森部長と因縁があるのはたしかなようだが、それだけで犯人と決めつけるのは無理がある。
いまだ真相は闇の中。
砂粒ほどの手がかりを探して思考を巡らせる俺の視線の先で……ついに、膠着していた事態が動いた。
口火を切ったのは、尾和田という名の色男だった。
「……おい、清花になにをした」
きよか……?
知らない名前に首を傾げると、再び大和が寄ってくる。
「豊内清花は、さっき言った尾和田先輩の恋人だね。去年の文化祭で、幸高男子生徒の間で秘密裏に行われた『彼女にしたい女子ランキング』の投票では、転校してすぐであるにも関わらず十位以内に入ってる……ちなみに、桂さんは一年生でありながら堂々の四位だよ。今年はさらに順位を上げてくるだろうと、おれは予測してるんだ」
しょうもない行事だな。
そのランクづけにはなにか意味があるのか?
……それ以前に、なぜこいつは去年の文化祭で秘密裏に行われた投票の結果を知っている。
どうして俺の周りには、こうもクセの強い人間ばかり集まってくるんだ。
「豊内君を……? 彼女が、どうかしたのか?」
「しらばっくれんじゃねえ! お前があいつを脅してたのは知ってんだぞ!」
「な、なんの話だ? 僕は彼女を脅してなどいない!」
あわや一触即発といった事態に空気が張り詰める。
室内が緊張に包まれる中、ひどく場違いな明るい声が上がった。
「まーまー、落ち着きなってオワタ氏。ウチの部長は知らないっつってんだからさー、まずはなにがあったのか話してみたら?」
堂々とした星崎先輩の態度に、色男が一瞬怯む。
星崎先輩は女性としては長身の部類だ。俺の知人の中では織目さんと桂姉が百六十を越えていそうだが、それよりもまだ高い。
派手なメイクも相まって、仁王立ちした彼女は結構な迫力がある。
「……待ち合わせの時間に、清花が来なかったんだよ」
「はあ……? なにそれ? そんだけ? たったそんだけの理由で、部長を疑ってくれたワケ?」
「あいつは俺との待ち合わせに遅れたことがないんだよ! 一回も!」
いや、そうだとしても心配しすぎじゃないか?
普通に暮らしていれば、用事なんかで遅れることもあるだろう。
恋愛というものをしたことがないからよくわからんが、これはどうも大和が言う通り、その豊内という彼女に随分とご執心のようだ。
「清花は頑なに教えようとしないが……お前と話してから、あいつが泣きそうな顔で帰ってくるところを見たやつがいるんだ。どんな弱みを握ってんのか知らねえが、清花のことは俺が守る。ふざけたことしやがったらタダじゃおかねえ」
「い、いや、あれは……」
戸森部長が口ごもる。
反論しかけたようにも見えたが、思い当たる節があるのか?
……ふむ。
「あれ……あ、暁彦、どこに行くのさ?」
「ちょっと外に」
ここは騒がしいからな。
すこし確認したいこともある。
自然と視線が集まるが、気にせず扉を開けて廊下に出た。
肌に触れる空気が涼しい。
さすがにエアコンもない部屋にあの人数はキャパオーバーだ。
軽く深呼吸をして、俺は周囲を見回した。
左手には壁。次いで右を向けば、空き教室を挟んで俺たちの下りてきた階段がある。
窓から見下ろせる中庭を眺めつつ、コマ切れの情報を頭の中で並べた。
曖昧な点が多すぎるが、これはおそらく――……
『……新屋さん、大丈夫ですか?』
気がつくと、うしろに織目さんが立っていた。
相変わらず表情は見えないわけだが、なんとなく気後れしたような雰囲気を感じる。
「どうした?」
『あの……申し訳ありません。私が、無茶なお願いをしたせいで……』
まったくだ。なぜ俺がこんな他人の内輪揉めに頭を使わなければならないのか。
しかし、いまはそんなことを論っている場合でもない。
一つ息をついて、俺は俯く織目さんと向き直る。
「まあ、なんとかできそうな目途は立った」
『ほ、本当ですか!?』
「ああ。……だが、その前に訊きたいことがある」
そうして必要最低限の情報を得た俺は、再び部室に舞い戻った。
◇
室内には相変わらず剣呑なムードが漂っていた。
苛立つ尾和田と、困惑気味の戸森部長。
星崎先輩は沈黙したまま、それでも二人の近くから動いていない。
このままでは殴り合いにでも発展しかねないような状況だ。
早めになんとかしないとマズイ。……いろいろと。
居心地悪そうに縮こまる霧小路さんのそばまで戻った俺は、やむをえず下手な芝居を打つことにした。
「あ、そうだ。すごくいいことを思いついたんですけど、聞いてもらえませんか?」
うん、酷い。
われながらなんという棒読みだ。
みんなから注がれる微妙な視線が痛い。
こういうのはまったく向いてないな、と実感する。
「……なんだい?」
訝しむような顔をしながらも、戸森部長が反応してくれた。ありがたい。
俺はぐるりと全員の顔を見渡して、最初の一歩を踏みだした。
「さっきフィルムは無事だって言いましたよね? ――それ、現像してみませんか?」
発言に対する反応は二種類あった。
大半は意味がわからずキョトンとしている。
そして、
「おい! 関係のない話をするなよ!」
……一人だけ慌てた尾和田が、怒声を張った。
その態度に確信を得つつ、しかし俺はとぼけた演技を続行する。
「いやいや、俺たちはカメラを壊した犯人候補として連れてこられたんです。むしろそっちの方が重要ですね。……ほら、ひょっとすると床に落ちた拍子にシャッターが切られて、犯人の姿が写ってるかもしれないでしょう? だから現像してみてください。それで俺たちの無罪は証明されるはずです」
白々しい物言いだと自覚はあるが、誰も口を挟もうとはしなかった。
どうやらこの奇妙な状況に理解が追いつかないようだ。
反面、尾和田の態度の変化は顕著だった。
あれほど燃え盛っていた怒りはとっくに萎み、みるみるうちに顔色が青ざめていく。
……申し訳ないとは思うが、事態を解決する上で最も邪魔なのがあんたなんだ。ここは無駄に抵抗せずさっさと退場していただきたい。
はたしてそんな身勝手な祈りが通じたのか、色男は最後の虚勢を張るように背を向けた。
「勝手にしろ!」
吐き捨てて、彼は逃げるように部室を去った。
乱暴に扉が閉められたあと、部屋の中には再び沈黙が満ちた。
「…………暁彦。きみ、尾和田先輩になにをしたんだい?」
大和がぎこちなく顔を向けて訊ねる。
別に、なにもしていない。
ただあの人が勝手に追い込まれただけだ。
「まったくわからない……新屋くん、どういうこと?」
『私も、なにがなんだかさっぱり……』
まあそうだろうな。
さっきのは単に邪魔者を追い払うための方便だ。
そしてここからが本番。
狐につままれたかのような三人に向けて、俺は穏やかに告げた。
「さて――帰るぞ」




