メルメリアのメメ
お花畑が一面に広がる。そして青空が広がっていた。
ああまたか。しかもここ二度目だぞ。白いマナの壁の時に倒れた時の場所だった。
そうそう。俺がマナ酔いで苦しんでいると、ここにリルゥが現れたんだ。
そして俺はそれに向かって剣を振る。
「なんですかザークさん! 急に!?」
「あれ? リチャルドじゃないか」
子供の頃のリチャルドがいた。子供の姿なのはリルゥのイメージに引っ張られたのだろうか。
「そうですよ! びっくりしました。危うく死ぬところでしたよ」
「いいや、俺の剣で死ぬような腕してないだろお前は」
リチャルドは何も言い返せなくなり、頭をぽりぽりと掻いてあははと笑った。
「こうしちゃいられねえ。後ろから穴が迫ってくるんだ」
「そうですよ、穴です。どうしましょうか。先にメルメリアに向かいますか?」
「どうもこうも、逃げるんだよ!」
「え? 逃げる? なぜです?」
「なぜってそりゃあ……」
俺は風下の方を見た。穴だ。穴がある。だがその穴は世界を吸い込む穴ではなく、ただの穴だ。
そしてそこから何か出てきた。
「なんでしょうか……人のような……」
「ううん? なんだメメじゃないか」
そうそう。穴に吸い込まれそうになった俺を、メメが助けてくれたんだ。
「おーい! メメ! 早く来いよ!」
「……」
メメはふらふらしながらぼーっと穴から歩いて出てきた。
そしてその姿は素っ裸であった。ついにこいつ、痴女服まで脱ぎやがったか!
野外露出美少女。こんな姿を見られたら、一緒にいる俺たちが危うい。良くて人さらいにしか見えないだろう。
「おいおい、服はどうしたんだよ」
「?」
「いいから、この布でも巻いとけ」
俺は一反木綿の布をメメに巻きつけた。うむ。これでいつもどおりだ。
「それにぼーっとしてどうした? あれか? 珍しくマナ酔いか? 傍から見るとそんな感じになるんだな。おーい! 俺がわかるか? ザークだぞ」
「ざーく」
「おかしいな。やっぱりわかってないな。いつもは『ザコお兄さん』と呼ぶはずだ。記憶が飛んでるのか?」
「ざこおにいさん」
「そうだ」
ううむ。俺も記憶が混濁したことがあるからわかる。頭がもやもやっとなるのだ。
「しかし素直なメメも気持ち悪いな。もっと普段は猫のように気まぐれにすり寄ってきて、辛辣な言葉で煽ったり罵ったりするメスガキじゃあないか。『ざーこざーこ』とか」
「ざーこざーこ?」
「そうそう。名前も忘れてそうだな。メメだぞメメ。メルメリアのメメだ」
「めめ」
後ろで細剣を抜く音がした。
「ザークさん……その子は……もしかして悪魔じゃあないでしょうか……」
「そうだよ。悪魔だよ。なんだよリチャルドも記憶無くしたのか? 俺が酒場でパーティーを抜ける話しをしたときに、話しかけて来たんだよ。害はない悪魔だぞ。いや無いかな……まあ大丈夫だ」
「酒場で……? 何を言っているのですか?」
「なにって……」
そうか。この夢の中でのリチャルドは子供の頃か。
「まあ気にするな。そのうちわかる」
「はいわかりました。……このままでいいんですね?」
「そのうち元に戻るだろ。お前もメメも。おーいメメ! 帰るぞー!」
俺の身体はぬるりと地面を抜けた。黒いシエラとリルゥがどこからか現れて引きずり込んだのだ。
メメは寂しそうな顔をしていた。
ああだから最初の頃シエラに辛辣だったのかあいつは。
そして濁流に呑み込まれる。ああ今度は転移か。これめちゃくちゃ気持ち悪くなるんだよなぁ。
・
・
・
「おえぇぇえええ!!」
「酒精の残りで酔っ払うとかザコお兄さんだっさー♥」
「戻って……来たのか……」
気持ち悪い。脳みそが揺さぶられ視界がぐるぐる回る。耳障りな音がザザザザザと聞こえる。
メメが目の前に座り込み、俺の顔をぺしぺしと叩いた。仰向けに倒れた俺は下からメメの顔を見上げた。ああ良かった。いつものメメだ。
色々な感情がぐちゃぐちゃになって襲ってきた。ああ、戻ってきて夢を理解した。メメは本当の事を言っていたのか。確かに俺はメメに会っていた。いま会ってきたのだ。だからさっきまでの俺はその事を知らなかった。今知ったのだから。
「それじゃあメメがこうなったのも俺のせいか」
「え? なに? なにか変?」
みんなはヤマタノオロチの討伐に喜び、歌い、財宝を漁っていた。
幼女二人が死んだとて、勝利には違いないのだ。むしろ二人しか死ななかった大勝利だ。大型モンスター相手では普通はもっと死ぬものだ。全滅の可能性もあった。ケルベロスなんて数え切れないほど人が死んだ。
勝利の宴が始まろうとしている中、床に倒れたままの俺は騒げる気分にはなれなかった。
その中で黒いシエラとリルゥが一緒に混ざり、ぴょんこら跳ねていた。
「そうか。お前達はそうだったんだな。俺にだけ見えてたのも、俺が連れて行ってたのか」
マナ溜まりは人の願いの残滓だとアリエッタが言っていた。
シエラとリルゥの二人は死して俺を導いていたというのか。その結末を知りながらも。
なら俺は……なぜ……。
「え? ザコお兄さん泣いてるの? だっさー♥ 泣いて喜んでるぅー!」
俺は俺に伝えられるはずだ。シエラ、リルゥ、もう一度連れて行ってくれ。
そうしたならば助けられるはずだ。
黒いシエラとリルゥが手を振って消えていく。
なぜ。どこへ行く。
「どうしたの?」
「シエラと……リルゥが……」
「え!?」
メメはキョロキョロと辺りを見回した。そして首を傾げた。
メメには黒シエラと黒リルゥは見えない。
「何よー。付いてきたのかと思った!」
「俺はシエラとリルゥの二人を助けられたはずなんだ……」
「はぁ?」
メメは呆れた顔をしたあと、俺の頬をパシーンと叩いた。
俺の様子が変わらないと見て、さらに二度三度往復ビンタをした。
俺はメメの手を掴む。
「なぜ! なぜみんな平気なんだ! 俺は……、仲間が死んだら……喜べない……。こんなの勝利じゃあない……」
メメは俺を蹴り飛ばした。俺はごろごろごろと転がり、流れ落ちる金貨の山に埋もれた。
「まだ酔ってるの?」
「……」
「誰も死んでないじゃない」
「……?」
「だーれーもーしんでなーあーいー!」
メメが叫び、みんなが集まってきた。
メメが俺の様子がおかしいと伝え、そしてみんな笑い出す。
「ザコお兄さんがシエラとリルゥが死んだって言い出したの」
それを聞いたアリエッタが俺の胸を掴んだ。
「通信の声が届いたの!? って、やっぱりノイズだけじゃない」
俺の胸元の通信の魔石が「ザザザザザ」と耳障りの音を立てている。ああ、この音は通信の音だったのか。
「で? シエラちゃんの幻聴でも聴こえたわけ?」
「げん……ちょう……?」
「その音の、声の元はシエラちゃんでしょ」
何言ってんだこいつ。
俺がアリエッタを睨みつけると、リチャルドが慌てて間に入った。
「待ってください。ザークさんはマナの影響で記憶が混濁しているようです。ザークさんはシエラとリルゥの二人が死んだと言っているのですね?」
「ああ……。八つ首のドラゴンに食われちまったんだよ!」
「それはありません」
リチャルドに掴みかかろうとしたところを、メメに押し倒されマウントを取られた。
「シエラとリルゥは危ないからとパフィさんに預けて来たでしょ? 忘れたの?」
「……へ?」
「ザコお兄さんが言い出したんでしょ。二人は危ないからパフィさんに預けていくって。そして連絡が取れるようにアリエッタの通信の魔石を預けたでしょ」
「うん?」
アリエッタが残念そうに、俺の胸の通信の魔石を手にした。
「これだけマナが濃いとやっぱりダメだったわ。すぐに声が聴こえなくなった。こっちからも届いてないと思うわ」
俺はメメを押しのけて立ち上がった。
そしてヤマタノオロチの死体へ近づく。
その傍らにあったはずの、二つの幼女だったものの寄せ集めはない。リルゥの赤い血も、シエラの黒い血もない。
そこで俺はやっと理解した。
俺は二人を救えたのだ。




