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俺は扇動するつもりはなかった

「悪魔って何なんだ?」


 俺はケーキを奪い合いクリームだらけになった四人の少女に尋ねてみた。

 きょとんとしたメメは指に付いたクリームを俺の口に当ててきた。俺の分少なすぎ。


「ざくーのぶん、つくる?」

「いや大丈夫だよ」


 シエラが魔法で創り出そうとするのを止めて、頭をなでなでした。


「ふぅん? ザコお兄さんの癖に、私のこと心配してくれてるのぉ?」


 しなだれかかるメメを見て、シエラも真似して俺の逆の腕を取ってきた。俺の隣を奪い合い遊びである。美女だったなら喜ばしい限りだが、残念ながらぺたんこ幼女悪魔なのである。


「いやそうでもない。心配されるようなタマじゃないだろ」

「じゃあなんで?」

「アリエッタに聞いたけど、どうもよくわからなくてなぁ。人と悪魔って何が違うんだ」


 メメとシエラはきょとんとしていた。

 そんな中、ヨウコは俺の膝の上に座った。リルゥはそれを見て、俺の背中にくっついた。囲まれてしまった!


「それは主が近すぎてわからぬだけじゃよ」

「近い?」

「うむ」


 ヨウコは俺の胸をつんとつついた。


「わちのおった国にも悪魔はおった。鬼という。鬼は人を襲い、人を食う。天敵じゃな」

「こわ!」

「じゃがそれだけなら狼もかわらぬ。鬼は人語を解し、人と住むのもおった。そうじゃな、何が違うかと言えばじゃが……」


 ヨウコは人差し指でとんとんと頭を叩いた。


「角じゃな」

「つの?」


 俺は隣のメメの頭を髪を分けてみた。メメは「きゃーえっちー!」と逃げ出した。

 代わりにシエラの頭をなでなでする。シエラはいつもお菓子の甘い香りがする。まだ顔にクリームを付けたままだった。俺の袖に顔を擦りつけたから、袖にクリームがべとりと付いていた。このやろー。

 ところで、何度もシエラの頭を撫でてきたが、角なんで生えてないのだが。


「その、鬼とか悪魔って角が生えているもんなのか?」

「うむり」

「じゃあ、メメとシエラは悪魔じゃない……?」


 そういやリチャルドに「メメは悪魔」と言われた時も疑った。悪魔と言ったら角に黒い翼が生えているのが定説だ。ないのもいるのかなって思ってた。


「失礼ね! ちゃんと悪魔よ!」


 メメはぷりぷりしながら隣に戻ってきた。やっぱり角は生えてなかった。


「そこは悪魔じゃないって言っておけよ。この狐は悪魔狩りしようと企んでるんだぞ」

「な! ばらしおったな!?」

「この女狐ー!」


 そして殺し合いが始まった。

 だがここは、酒場の二階の一室を間借りしているだけだ。一応大昔は宿酒場ではあったらしいが。そういうわけで魔法は禁止でキャットファイトが始まった。いやフォックスハンティングか。悪魔狩りは狐狩りで終わった。メメがヨウコの首筋に噛みつき、ヨウコは降参した。


「しえらもー!」


 決着が付いたあとに今度はシエラvsヨウコの戦いが始まった。シエラだって悪魔なのだ。思う所があったのかもしれない。多分ない。遊んでるだけだ。ヨウコがシエラの耳たぶをかぷって囓って戦いは終わった。


「……(うずうず)」


 今度はベッドの上でシエラとリルゥが掴み合ってきゃーきゃー転がり始めた。長い髪がこんがらがり、引き分けとなった。

 俺は絡み合った髪を櫛で梳かしてやる。


「主の知っとる悪魔はどんなのじゃ?」

「うーん、メスガキとぷにぷに幼女……」

「こやつらの事ではない。悪魔としての知識のことじゃ」


 悪魔は、闇から生まれ、魔力が強くて、欲深いとアリエッタは言っていた。他にもモンスターを使役して人を襲うともどこかで聞いた気がする。そしてヨウコの話しでは角が生えていて、生えてないメメは悪魔を自称……教会も認めてるから他称でもある。


「ヨウコの国の悪魔は人と暮らすのもいたのだろ?」

「そういう話しもあるのじゃ。数は少ないじゃろうが」

「じゃあ害が無ければ問題ないんじゃないか?」


 ヨウコはメメを殺そうと考えている。キャットファイトはじゃれついているだけにしか見えなかったが、彼女の本心は変わっていないのだろう。


「害があるかどうか、本人に聞いてみればよかろう」

「え? なぁに?」

「メメが何を考えてるのかって話し」


 メメはシエラとリルゥの髪を三編みにしていた。これなら絡まることはない。


「んー?」

「例えばこの街の事をどう思ってるとか」


 メメは街の人に愛嬌を振りまき、歌ったり踊ったり、少なくとも悪く思っていないはずだ。そう思っていた。


「街ぃ? 支配したいよねー♥」

「見よ。これが悪魔の本質じゃ」


 そういや「領主殺して街を乗っ取る」とか過激発言してたなこいつ。そして嘘や冗談は言わないタイプだ。本気かもしれん。俺は身震いした。


「あい!」


 シエラはぴょこんと手を挙げた。


「しえらもー。しえらもするー!」


 なんと何も考えてないと思われたぷにぷに幼女もちゃんと悪魔だったらしい。メメに追従したことに驚愕した。


「しえらはー。えーと。んーと。おかしのー? おかしのくにつくゆー」


 ぷにぷに幼女はやっぱりぷにぷに幼女だった。


「じゃあ私は肉の国にするわ! 毎日下僕たちに違う肉を献上させるの♥」


 肉欲少女もやっぱり肉欲少女だった。いや食欲だった。


「やはりそのためには人心掌握しないとね♥」

「がんばるー」


 シエラは「おー」と拳を掲げた。

 なんだと……まさかこの幼女は幼女の皮をかぶった幼女だとでもいうのか……。悪魔のような幼女だ。


「……(ぶんぶん)」


 リルゥも必死に主張した。シエラの訳によると、「人はエルフに支配されるべし」と言ってるらしい。くそ、この幼女も油断ならぬ。


「お狐様はいかがでございましょう」

「ふむ。この街の有力者どもはわちらを舐めておるな。奇妙な穴ぼこをわちらに押し付けて何もしておらぬ。一度わからせたほうがよい」


 メメが「そうだそうだ!」と声を上げた。こいつら仲がいいのか悪いのか。

 そしてクーデター作戦が立案された。

 まず街の有力者、領主、冒険者ギルド長、教会の偉い人を誘惑して穴に誘い出す。そして穴に突き落とす。かくして、俺たちは穴の調査の任務から解放されて、メメは街の支配権を得た。


「なるかー!」

「えー。ザコお兄さん反対なのぉ?」

「主よ冷静に考えるのじゃ。わちらの力ならできるじゃろ?」


 うっかり本当にできそうだから反対しとるんじゃ!

 ヨウコが聖女に化ければ教会を動かす事ができそうだ。

 領主はメメが誘惑できると自信たっぷりに言う。

 冒険者ギルド長はお菓子好きという謎の情報から、シエラが有効だ。

 まあ衛兵に防がれるだろうが。


「ああん? ガードなんかアシがぶち殺してやんよ!」


 どこからともなく「面白いこと話してんなぁ」と現れたディエナの姉御が過激な発言をする。声がでかいやめて。

 通信の魔石が光り、ぺたんこの声が流れる。


「エッタもリチャルドが小間使い扱いされてるのが気に食わないわ。エルシアの正統な王はリチャルドということを思い知らせてやるべきだわ」


 眉間に皺を寄せた人嫌いエルフが壁際に立つ。そしてその足元にはリルゥが腕を上げ人差し指を立てた。エルフ側は森林居住権を主張している。もういいよ。勝手に住めよ。


「アホな事言ってないで散れ散れ。もう遅いんだから静かにしろ。寝るぞ」



 翌朝。

 さてはて。盗み聞きというか、俺たちの声は普通に外へ響いていたようだ。

 街は比較的落ち着き平和であったが、それでも燻る火は残っていた。もたらされた物資で腹を満たされた民衆は自分の立場を考えず好き勝手に不満を口にした。「復興が進まないのは領主のせいだ」「俺たちはテント暮らしなのに領主はいい暮らししとる」「冒険者ギルドの仕事が渋い」「教会は何も救ってくれない」「女抱かせろ」「メメちゃん今日もかわいいね!」「あんたらが潰してくれるんだろ?」「応援してるよー」「小悪魔かわいー!」「やーねーあの子悪魔なんだってさー」「みすぼらしい男がお付きなんだって」「おい座長! メメちゃんのお付きの座長!」「悪魔()きのザーク!」


「なんだこれ……」


 宿から出たとたんに俺たちは囲まれてしまった。


「ザークさん……残念ですよ……」


 人垣が割れた先に、リチャルドが立ちはだかった。

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