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黒もや

 俺は慌てて剣を抜いた。

 いや、なんで? どういうこと?

 黒いもやもやがお花畑に立っていて、リルゥの姿はどこにもいない。


「ははーん。さては夢だな?」


 よくわからんことは大抵マナのせいで、夢だ。

 かといって俺は目覚める様子はなし。そして夢の中でも死霊に取り込まれると死ぬという話しを聞いたことがある。


「ならば望み通りこの剣で斬ってやるよ!」


 黒いもやもやに言われた王の剣。これがそれだか知らないが、わけのわからん状況を打開するにはそれしかないと思った。

 王の剣で胴体を真っ二つにしてやった。

 やった! やってやったぜ!

 黒いもやもやは二つに別れ、それぞれリルゥとシエラの姿になった。


「ああなるほど。そういうあれね?」


 剣を手にした時に俺は王の姿を見せられた。ならばその逆に、黒いもやは俺の記憶を見ることができるのだろう。

 黒いもやのリルゥとシエラはぴょんぴょんとお花畑の中で跳ね出した。

 やはり。俺の記憶の中から作り出されたのだ。

 俺はそれを斬る――斬ろうとして手を止めた。


「本物の可能性もあるのでは……」


 ほんの僅かでもその考えが頭をよぎり、俺は踏み出すことができなかった。

 今の俺の状態は控えめに言って狂っている。

 死霊に惑わされ、狂乱し、仲間を切り出す話しを知っている。

 今の状況が、それだとしたら……?


「確かめる方法は……確かめる必要もないか」


 本物だろうと偽物だろうと、問題はお互いに害があるかどうかだ。

 黒いもやに見せかけた本物だろうと、そのまま偽物だろうと、俺に害をなさなければ斬る必要はない。

 そして害をなすつもりならば、俺が倒れていたときに首を刎ねているはずだ。


「すると、こいつらは何がしたいんだ?」


 くるくると回りながら、黒リルゥと黒シエラは跳ね回っていた。喜んでいるのはわかるが、それ以上はわからん。

 そして彼女らは徐々に離れていくので、気づくと俺はふらふらと追いかけていた。


「この先に何かあるのか?」


 この世界は果てもなく花畑だ。生窟せいくつが創り出した部屋なのだろう。果たしてどこかに出口はあるのかどうか。

 俺はまだ楽観的でいた。もしリチャルドがここまで来ていたとしたら、リチャルドはここから出られたということだ。そしてその線は高いと思っている。

 リチャルドも、きっと黒いもやを追いかけて抜け出せたのだ、と思う。


「うん?」


 黒リルゥと黒シエラは当てもなく進んでいるのかと思っていた。

 だが何か歩きにくいなと、ふとその原因に俺は気がついた。


「風上に向かっているのか」


 ずっと向かい風だったのだ。そして風も不自然で、常に流れ続けている。

 つまり風の原因がこの先にあるのだ。

 そして風はどんどん強くなる。黒もや達は風を苦にせず先をぴょんこらと進んでいく。徐々に俺は遅れていく。

 俺は出口に近づいているから、風源ふうげんに向かっているから、風が強くなっているのだと思っていた。

 だが違った。

 ふと後ろを向いたら、闇が迫ってきていた。


「え!? ええええっ!?」


 闇は世界を飲み込んでいく。大地を削り、花を食い、空の雲も呑み込んで、世界を闇へと変えていく。

 風は、闇が世界を吸い込む力だったのだ。


「ちょっ! おぇえ!?」


 俺は慌てて走り出すも、風は、吸い込む力はますます強くなっている。

 先を行く黒もやは、すでに遥か先を跳ねていた。

 のんびりしすぎた。後ろから死が迫っているとは。


「うぉぉおおおっ! おおっ!?」


 出し惜しみせず、俺はマナを身体に漲らせた。全力で走ってあの子たちに追いつこうと考える。

 だが、マナが首根っこから漏れ出している。風に乗って、闇に吸い込まれていく。

 あ、死んだわこれ。


「んぎぎぎぎぃ!」


 こうなると筋力だよりだが、筋トレをサボっていた俺は半年前から体つきは大して変わっていなかった。ディエナの姉御だったらこんな吸い込み、苦にしなかっただろうに!


「なにしてるのザコお兄さん」

「メメ! たすけてぇ!」


 どこから現れたのか、メメは俺の左手を取り、引っ張り、走り出した。

 俺は旗のようにばたばたばたと身体を宙でばたつかせた。腕がもげる!


「いいから早く手を伸ばして掴まって」

「んぃいいっ!」


 俺は右手を伸ばし、メメの身体を掴まえようとした。


「あ、なるほど。呑まれてるのか。ザコお兄さんはガバガバだもんね」

「え?」


 俺の身体はすぽーんと宙を浮き、空に浮かび上がった。

 リルゥとシエラを追い越して、俺は尻から地面に落下した。


「んぎぃ!」


 あ、これ一生立てなくなるわ。

 お尻を抑えて悶絶し、そこが花畑じゃなく硬い岩の一枚板と気づいた。

 本物のリルゥとシエラが俺の顔を覗き込み、「うわぁ!」と俺が驚くと、幼女たちはわーと逃げていった。


「目は覚めたかの」

「あ、はい」


 ヨウコにお尻を撫でられて、俺は辺りを見回した。

 やはりというか、白い厚いマナの壁の前だった。俺はマナ酔いでわちゃわちゃしていただけだったようだ。


「俺、どうなってたの?」

「んむ。穴に落ちかけていたようじゃの」


 メメがむにょんと白いマナの壁を通り抜けて出てきた。体中にべっとりとべとべとの白いマナを滴らせている。

 そうだ。俺はこのメメの姿を見るために無茶をしたのだった。


「うむ。今日もメメはえっちでかわいいなぁ」

「頭打ったの!?」

「そのようじゃのう」


 俺はうつ伏せで這いつくばったまま腰をとんとんと叩いた。ヨウコのふとももを枕にしている。うむ。ふとももの間から濃厚なマナの香りがする。俺の腰が回復していくのを感じた。

 メメが俺の後頭部を撫でる。打ったのは頭ではなくお尻なのだが、俺は黙って撫でられていた。

 そんなことより、黒もや幼女二人と、本物幼女二人が視界の端でぴょんこら跳ねていたからだ。


「俺のことよりあっちあっち!」

「なんじゃ? 他の部分も痛いのかの?」

「ほら、仰向けになって」


 いま表向きになるのはまずい!

 俺は必死に手を伸ばしてアピールするも、その手を取られてマッサージされる。気持ちいい。

 じゃなくて。


「幼女が四人に!」

「だいぶ重症のようじゃの……」

「私やヨウコは幼女って見た目じゃないでしょ! もー!」


 メメがぐにぐにと背中を押してきて、気持ちいいけど痛い。そもそも岩盤で痛い。お腹とその下の方が痛い。


「おかちー」

「……(♪)」


 シエラは勝手にケーキを生み出して、リルゥと一緒にもぐもぐし始めた。


「あー! ケーキ食べてるぅー!」


 メメが俺のことをぽいと放り出し、ケーキを頂戴していた。

 あれ? 黒リルゥと黒シエラが見えてない?

 そういえば階段を下りる時も見えてなかったような。やはり俺だけにしか見えないのか?


「ヨウコも、あそこにいる死霊見えないのか?」

「ううむ? そのような気配は感じないのう。何がおるのじゃ?」

「リルゥとシエラに化けた黒もやが一緒にぴょんこら跳ねてる」


 ヨウコは首を傾げた。


「敵意はないのかの?」

「一緒にケーキ食べてる」


 黒シエラも真似て黒いケーキを生み出して、黒リルゥと一緒にもぐもぐしていた。

 なにこの……なに?


「死霊であっても色々おるからの。怨念であれば悪霊に、そうでなければ精霊になるのじゃ」

「へえ。精霊って感じじゃなさそうだけど」


 黒もやがケーキもぐもぐしてる姿を見ていると、リチャルドの言った「可哀想」と言った気持ちが少しわかった気がした。

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