二つのベッドで五人が寝るには
さて、貸し与えられた部屋は、一部屋二ベッドのごく普通の部屋だ。今までもこの条件で俺たちは寝ていた。ベッドのサイズは普通でも、約0.5人のサイズのメメとヨウコ、そして一人サイズの俺が最小のシエラを抱えれば、おねしょ問題以外は問題なかった。
そこへ少女が一人追加されたらどうなるだろうか。ベッド争奪戦である。
「ねえねえ。ザコお兄さんは床で寝たらいいじゃない?」
そうなるとヒエラルキー最弱の俺が犠牲となる。
俺はぷーくすくすと笑うメメに襲いかかるが、ひょいと躱されてしまう。それを冷ややかな目で見るロリエルフのリルゥ。
「……」
言葉がわからないわけじゃないのだろうが、声を出さないし、感情を表に出さない子だ。シエラは子供同士の何かで察することができるのか、リルゥの手を引いて、ベッドの毛布の中に潜り込んで避難した。
「わちが床で寝てもいいのじゃぞ?」
「おばあちゃんは無理しないで」
「消し炭にするぞたわけ」
メメとヨウコが火花を散らす。文字通りマナの火花が散っている。バチバチバチと木の床が火の粉で燃え上がりそうだ。
「やめやめろ!」
「この小娘には一度わからせねばならぬと思っていたところじゃ」
「獣臭い年寄りをベッドで永眠させてあげるわ」
こいつら仲が悪かったわけではないのだが……いや、ヨウコはメメを殺す気でいたし、今でもそれは変わっていないから、最初から仲が悪かったのか?
「ふんっ。小娘の魔法でわちのノミ取りをさせてやるわい」
「それじゃあ私は今夜もその尻尾で暖を取ろうかしら」
んー。んんー?
お互いキレながら微妙にデレてるような気がする。しかし飛び散るマナは本気である。
俺はネックレスの魔石をぎゅっと握った。
『助けてアリエッタ!』
『ザーク!? どうしたの!?』
『俺はもうダメかもしれん。セクハラして悪かったな。お前の小さい胸も悪くなかったぜ。じゃあな』
『んな!? いや、え!? 死ぬつもり!? 何があったの!? ちょっと――』
俺は二人を止めるべく、間に挟まった。
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「ザーク! あんた生きてるの!?」
アリエッタがどばんと部屋の扉を開けた。
「助けてくれ。俺の理性が危ない」
メメとヨウコの戦いは、どちらが女として魅力的かに広がり、その対決を俺の身体で行い始めた。
ベッドの上で俺はまな板の鯉になり、左右からまな板を身体に押し付けられたり擦り付けられたりしている。
「なんじゃ。まな板が増えたぞ」
「失礼ね。私は本気を出せば手に余るほど大きいわ♥」
「わちだって、元のサイズに戻ればまんじゅうのようじゃぞ」
待て止めろアリエッタ。杖を構えるな。話しを聞け。
「はぁ。心配して損したわ。あんた明日もう出発でしょ。ちゃんと寝なさいよね」
「そうだ。悪ふざけは終わりにしろ」
するとメメとヨウコは俺の身体をつねってきた。
「元はと言えばザコお兄さんのせいでしょー?」
「そうじゃぞ。主がわるい」
ええ!? そうだっけ!? アリエッタも何かを悟った顔するんじゃねえ!
「うん。まあ。最後の夜になるかもしれないしね……。ほどほどにしなさい」
「なにが!?」
「……リチャルドを見つけてきてね」
アリエッタは去り際にぽつんと呟いた。
え。なにそれ。
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翌日。まだ肌寒い季節なのに熱源二つに引っ付かれて汗だくになった俺は、身体を拭いて、外に出て、剣を振る。
俺はこの半年で剣を手足のように振るうことができるようになった。これは剣の腕というより、マナの力を薄く身体上に伸すことに慣れた感じだ。剣の腕は素人に毛が生えたものだろうが、今の力で成すべきことをするしかない。
「おあよー」
「メメも起きたか」
俺は剣をぶんと一振りし、土に突き刺……剣先が汚れるからやめとこ。鞘に納めて木に立てかけた。
「それじゃいくぞ」
「んー」
寝ぼけ眼を手でしこしこするメメに、俺は駆け寄り殴りかかった。
ぱしぱしと受けられて、ぐるりと力を回されて、俺は気づくと地面に横たわり、まだ星が見える朝空を見上げていた。
むっと腹筋に力を入れ、海老反りになって立ち上がり、フェイントを入れて蹴りを放つ。
メメはぐるりと回転して俺の股間を握り、地面に押し倒した。
肺の空気が冷たい朝もやに白く抜ける。
「ぐえっ」
「ふわわ……」
メメはあくびを噛み殺しながら、俺の身体を足で踏みつけた。俺が息をついて回避できるまで待っていたようだ。俺は地面を転がり、立ち上がり左手を前に構え、静かにマナを漲らせる。
「まだまだ鈍いけど、形になってきたじゃない♥ もうざことは煽れないね」
「そうかな。まだまだなんだろ?」
メメの突きを受け流し、受け流し、蹴りを腹に受けた。悶絶したところに、メメは俺の身体に密着し、背後から腕を取り、関節を決めた。
「あででででっ!」
「あーやばい♥ 壊したくなっちゃう♥」
「やめて」
俺は解放されてぽいと捨てられた。
腕を抑えて立ち上がる。マナを流して痛みを軽減し、回復させた。
「ねえ。そろそろ本気だしなよ♥ 今度は私、負けないから」
「俺が勝ったことなんて一度もないだろ」
「セクハラお兄さんに身体を弄ばれたけどー?」
メメはにこりと笑いながら、目を細めた。
俺はその目にぞくぞくっと感じ、興奮した。
「悪いが、あの力は使えなくなってしまった。マナ過剰の暴走が引き起こしたのだろう。ガスの抜けたパンみたいな今の俺じゃあできないようだ」
「私の身体に触れられたら大人の身体を一日触り放題」
「行くぞ!」
セクハラの呼吸。それは内に滾り迸る己の感情を、さらに内側と玉に秘め、自然と一体と成り。
この朝もやのように世界はマナに満ちていて、それは暖かくも冷たくもなる。肌表面のマナを空気と渾然一体と成せば、存在は風と成す。
メメは俺の身体に蹴りを放ったが、俺はすでに彼女の背後にいた。
「残像だ」
「!?」
俺はぷりんとしたメメの尻に手を伸ばした。手の甲でそっと撫でると、俺はしゃがんだ。
そこへメメの拳が放たれる。
「いない!?」
俺はぬめるようにメメの身体に密着した。
密着状態では突きも蹴りも放てない。メメが投げを選べば実質俺の勝ちだ。俺のセクハラは投げられて完成する……!
だがメメは最高のカウンターを放ってきた。
「んん!?」
メメは俺の鼻をつまみ、俺に唇を重ねた。
少女の薄くてふにんとしてつやんとした唇が、俺の唇を割って開き、俺の中のものを吸っていく。
一瞬の恍惚。
俺は美少女に愛されたと感じてしまった。高ぶる感情が脳の思考を止め、幸福感の絶頂で世界がお花畑となる。
だが、それを自覚できたころにはすでに遅かった。
メメに俺の中のものを、マナを吸われている。俺の中の力は消え去り、抗うことができない。
ならばいっそ。
俺はメメを強く抱きしめ、メメを求めた。
メメは「んっ」とかわいく漏らし、そして身体を緊張させた。なんてことはない。ただ、俺を投げる準備をしただけだ。俺はメメに担ぎ上げられ、地面に叩き降ろされた。
「ぐへぇ! おぐぅ!」
打ち付けられた背中の痛みに悶絶する中で見た、メメの涎を拭う姿はとてつもなくエロく感じた。
「ずいぶん情熱的な投げだったじゃねえか……」
「私の勝ちね」
「いや、俺も負けたつもりはないがな」
むしろ得をした。俺は先ほどのキスを脳内で反芻する。でへへと顔がにやけてしまう。
「きも! 変態お兄さんキモ! 死ね♥」
メメが金的を狙った蹴りを止め、俺の命を救ったのは、壁から一連を覗いていたロリエルフの土魔法だった。
リルゥちゃん役に立ったぜ……さんきゅーババア……。




