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穴があったら行ってみたい

 商隊の馬車が列を成す。買い付けの資材が石の町から穴の町へ運ばれるのだ。重量物の石や木材は船で川を下って運ばれるので、それ以外の物が載せられている。衣食住の衣だ。毛皮はどれだけあっても足りず、春物の服も需要が増している。加工食品や蒸留酒なども詰まれている。穴の町の生産施設はまだ立ち直っていないためだ。

 そして俺たちは護衛として同乗していた。


「武器を持った男らが並んでるんだが」


 荷台に乗った俺たちに報告が入った。危険な雰囲気はないのでのんびりしていたが、仕方なく降りて先を見通した。この辺りは大農場の手前である。商隊を襲う野党など現れるはずもなく、案の定、ただの冒険者たちだった。


「あれが冒険者なんですか? 盗賊と変わりないように見えるんですが」

「石の町の上品な冒険者とは違うんだよこっちは」


 武器を手に見送る彼らは、街道と農場の安全の確保をしていたのだろう。

 冒険者酒場で見たことのあるむさい男たちに囲まれて、商隊は止まった。

 トラブルということではない。


「俺たちが番をしますんで、休んでってくだせえ」


 町の中間位置にある大農場は、簡素な宿場町が存在する。今日はそこで泊まるというだけだ。


「退屈なんだけどぉ」


 平和でいいことだが、メメは不満げだ。


「そうは言われてもなぁ。そもそも地震の頃がおかしかったんだよ」


 夏頃から次々にトラブルが連続して起きた。

 魔狼に、オークに、大蜘蛛に、ドレイクに、ケルベロスに。いくらモンスターの発生が多い森に囲まれているとはいえ、頻度がおかしかったのだ。


「あーあ。ドラゴンでも来ないかなぁ」

「みんな死ぬわ」


 もちろんメメも本気ではないのだろうが、俺も久々に身体を動かしたくはある。訓練は欠かしていないし、メメとの戦闘訓練も続けていたが、モンスターを切るということはしていなかった。もちろんメメみたいに戦闘狂ではないのでそれを求めていたわけではないのだが、カンが鈍った状態で穴の調査を進めるのは不安があった。


「そうだ。この辺りに俺が転移で飛ばされた生窟せいくつがあるんだ。暇つぶしに行ってみないか?」


 あまり乗り気ではないメメと、眠そうなシエラと、ブラシで尻尾の毛づくろいをしているヨウコを引き連れて、大蜘蛛の居た生窟に入る。


「なんかモサモサいっぱいいるぅ……」

「子蜘蛛が残ってたのかもな」


 すっかり焼き尽くしたと思ったが、生き残った卵があったらしく、蜘蛛は再び増殖していた。

 久々に俺は剣に血に吸わせる。なんてかっこよく言うほど動けなかった。


「気持ち悪いから、ヨウコ焼いちゃって」

「あいよ」


 ヨウコが扇を振るい、炎が舞い上がる。洞窟内の蜘蛛がこんがりと焼かれていく。香ばしい香りが漂い、メメのお腹がぐぅと鳴った。


「蜘蛛も食べるのか?」

「いらなぁい……」


 焼き尽くした先を行こうとしたら、ヨウコに袖を引っ張られた。


「待てい。わちの炎は空気を使うのでの。先に風を送るので待つのじゃ」


 ヨウコは再び扇を払い、風だけを起こした。こんがり蜘蛛の香りは飛んでいった。


「アリエッタも炎で蜘蛛を燃やしていたが、なにか違うのか?」

「あのおなごは杖の魔石でマナそのものを熱に変えておったの。わちは空気を燃やしたのじゃ」

「ふぅん」


 空気を入れ替えた先の部屋は、俺が転移してきた部屋だ。天井の魔石が青く煌々と光っている。


「真ん中の触れるなよ。飛ばされるからな」

「とぶー?」


 駆け出して、真ん中の黒いぬめっとした立方体に触ろうとしたシエラを、俺は慌てて掴まえた。


「さわっちゃメ」

「あい」

「ねーねー。奥にも部屋あるよー?」


 メメが壁をゴンゴンと叩くと、人が通れる穴の形にがらがらと崩れ落ちた。


「隠し部屋?」

「まだ開通してなかっただけなんじゃないかな。ねえこれ見て」

「地図?」


 魔法で光を灯して暗い部屋に入ると、宿舎のような一室だった。歪んだ二段ベッドが二つ並び、テーブルに地図が置いてあった。


「随分と昔の地図のようじゃのう」

「ちーずぅ?」

「チーズじゃない」


 シエラも抱え上げて見せてやる。

 真ん中に街が描かれ、その周囲に六角形を描くようにマークが付いていた。

 シエラはそのうちの左上のマークを指差した。


「しえらーここー」

「いや、俺たちのいる場所はここだろ」


 この地図がこの周辺の地図だとしたら、今の場所は真ん中の街の南に位置している。

 シエラは俺が指差したのを見て、「くもー」と言った。


「じゃあこっちはなんじゃ?」


 ヨウコがその左を指差した。街の南西のマークを見てシエラは「よーせー」と言った。

 メメが俺の肩を揺さぶり、「わかった!」と叫んだ。そして街の南東のマークを指差して「ここはコカトリスね」と言った。


「こかとりゅりゅー」


 俺は街の北東のマークを指差した。


「じゃあここはドレイクか」

「おにくー」


 お肉か。確かに食べたけど。

 マークはそれぞれ穴ができたところと、シエラはそこにいたモンスターを口にしていたのだ。

 すると、南西の精霊花のところにも、穴があったということか。そういえば泉が湧いてたな。


「このマークの所、全部マナ溜まりになって生窟ができたとこだよ」

「なんじゃと……、こんなにもか……」


 ヨウコが驚愕しぷるぷる震えだした。


「なにか不味いのか?」

「わちの所では魔素泉と言うのじゃが。妖怪は魔素から生まれるのは知っておるじゃろ?」

「ようかい?」

「魔物のことじゃ。こんなにもマナが満ちているなら街に大穴が空くのも納得じゃ」

「ふぅん」


 それより俺は気がかりな事が一つあった。


「この街の北のマークって知らないな」

「めめー」

「メメなの!?」


 そういえばメメも悪魔だ。そんなことは知っている。

 同じ悪魔のシエラは穴のうちの一つから生まれた。ならばメメも同じように生まれていてもおかしくない。というか当然だ。

 メメがどこから来たのか知らなかったが、おそらく街の周辺で生まれて、ふらりとやってきたのだ。


「どうだったかなぁ」


 しかしメメは首を傾げた。


「覚えてないのか?」

「真っ白の世界は覚えてる。たぶん外に出たときの事だと思う。そのあとの記憶はこの布をもらって身体に巻きつけた事」


 メメは素っ裸で外をうろつき、人に出会った。それ以前の記憶はおぼろげだと言う。


「それまでは頭に霧がかかったような感じだった……のかなぁ。それまでは存在があやふやだったというか」

「わからんなぁ。シエラは?」

「おかちー」


 シエラはぽんとクッキーを生み出した。


「シエラもきっと私が食べさせたクッキーが印象に強く残ったのだと思う」

「だからこんな菓子好きになったのか」

「おかちすきー」


 シエラはクッキーをもしゃもしゃと口に含んだ。

 その前の記憶は残っているのだろうか。俺は聞くことはできなかった。


「今度メメの生まれた穴にも行ってみたいな」

「えー? ザコお兄さんのえっちー」

「えちちー」

「なんで!?」


 何気なく口にしたら批難された。


「主は乙女心のわからんやしよのう」

「いや、意味わからんし!」


 ヨウコはくつくつと笑い、メメはらしくなく恥じらい俺の腰を突付いた。

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