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俺はお前らの召使いじゃない

 領主の命を受けた領主代理リチャルドの代理の俺、という下請けの下請け(途中で冒険者ギルドも挟むのでさらに中間多い)という立場で働いた。めちゃくちゃ働いた。そして俺は思った。勤労ってクソだね。

 あれから俺はしばらく南の“石の町”で過ごした。石の町は俺たちの住んでいた“穴の町”と比べて特別都会的ということもなく、地方の田舎町なんてどれも似たようなものである。

 穴の町は――名もなきただ森の魔物を狩るための町は、穴の町と呼ばれるようになった。少なくとも石の町では。

 石の町は、その名の通り石材の町である。ゆえに町も主に石でできていた。穴の町で使われていた石も街道の石畳もここからの輸入だ。

 だが、石造りゆえに地震の被害も少なからず受けた。例の地震は街中に突然できた生窟が原因で、離れた石の町では大きくは揺れなかったのは幸いか。

 一番の問題としては、さしてつまらない町だ。平和といえば平和だ。冒険者としては仕事がない町だ。もちろん石材の切り出しやら荷運びやら護衛やら、無くはない。だが、そんな仕事はぐーてんだらけりのメメ様がお気に召すはずがなく。


「退屈ぅー」


 と、暖炉の前で伸び切っていた。

 そろそろ雪解けの季節であるが、三人娘は完全に溶けていた。


「おなべー」

「はいはい。今夜は鍋にしようね」


 足にくっついてきたシエラの要望に頭に撫でて答えると、メメがごろごろと転がりぶつかってきた。


「ザコお兄さんってシエラにだけ甘くなぁい?」

「しえらあまいのすきぃー」

「知ってる」


 メメはそんな事言うが、甘味を生み出すシエラに甘いのは俺だけじゃない。


「和菓子も生み出せればいいのにのう……」

「豆を甘く煮たのとかぜったい気持ち悪いぞ」


 ヨウコは手乗りサイズから少女サイズまで回復した。ひとまずこのくらいが限界のようで、俺が最初にマナをおっぱいから吸った影響が大きいようだ。

 聖女砲の時は、核を分けて分身体を偽聖女としマナも変質させたらしい。ヨウコが「スライムがいるじゃろ。あんな感じじゃ」と言ったため、今ではスライム娘に見えてしまう……。アリエッタがその話しを聞いたら「ありえない……」を一日中呟いてた。


「自分で作ったらどうだ?」

「わちは料理はできん!」

「無い胸を張るな」


 シエラも真似して腰に手を当て、むんと身体を反らした。

 シエラは相変わらずなのだが、ほっとくとお菓子を創ってもぐもぐするので、食事の後だけルールを作った。そもそもこのお菓子魔法は「マナ消費がえげつないからポンポン使うようなものじゃない」とアリエッタが言っていた。物質構成の魔法の難易度をこんこんと授業されたが、「とにかく倒れないようにしなさい」と言うことはわかった。


「ねー召使いーご飯まだぁー?」

「召使いじゃねえ」


 食材に齧りつくメメは、とにかくやる気が消失していた。冒険者ギルドの討伐依頼といってもはぐれゴブリンくらいで、一人で行かせていたが三日で飽きたようだ。戦闘狂だからなこいつ……。

 街中の屋台もあまり美味しくないらしく、食べ歩きもしなくなり、俺に料理を作らせるようになった。領主命令を受けたリチャルドの手伝いで商人の真似事をしてるため、そりゃ食材はついでに買って帰れるのだが。

 石の町は観光的にいえばつまらない街で、そういう意味では穴の町より活気がない。冬の間は特にだ。


「主は下働きが似合うのう」


 ヨウコはくつくつと笑った。からかいながらも消えた竈に火を入れてくれるのでまだ役に立つ。メメは立たない。

 宿の主人が夕方に薪を使わせてくれるのは、俺が賓客であり、薪代も出しているからだ。ついでに多めに作ると夕食なのに温かいものが食えると評判になった。薪代以上に給与がでた。俺はコックじゃねえ。


「だけどそれも今日で終わりだ」


 俺は懐からぴっと封書を取り出した。


「えー帰るのぉー?」

「どっちにしても不満だな」


 メメはスープをずずずと飲みながら、自分の銀の髪の毛をくるくると指先で回した。


「せっかくだからもっと都会に行こうよぉー」

「そうじゃのう。わちはワインが美味しい西に行きたいのじゃ」

「しえらはだーくえるふーのむらぁ」


 三人娘が好き勝手な事を言い出す。


「だめです。俺たちは穴に潜らないといけません」

「もうそんなのどうでもよくなーい?」


 人の興味、じゃなかった悪魔の興味も半年も過ぎるとすっからかんになって、脇腹に肉を蓄えるようだ。


「忘れたのか? メメの秘密を黙っていてくれる見返りだぞ」

「えー。そんなの全員殺せばいいじゃん」


 悪魔か! 悪魔だった。


「ころせー」


 シエラまで感化されてしまった。


「じゃが、あのオーガのような女は厄介じゃぞ」

「あの大女ねー。本当に人間なのかしら」

「てっぽーつかうー?」


 ディエナの姉御を殺す算段するな。

 恐ろしい会話を繰り広げる悪魔たちは放っておいて、俺はチェックアウトの手続きをしておく。そしたら調理人として残ってくれと頼まれたが、「いやいや無理だから領主命令だから」と断った。断るしかない。

 そして戻ると、メメが「決まったよ」と声を上げた。


「何がだ?」

「領主を殺して町を乗っ取るの♥」


 宿屋のおっちゃんは背後で苦笑した。

 とんでもない発言だが、少女の戯言と思ったのだろう。やりかねんぞこいつは。

 メメが凶暴化――その煽りを受けたのは俺だが、したのは、ストレスとフラストレーションが溜まっている他に、マナを使わなすぎて安定化したから、と自分で言っていた。

 普通は安定化したなら、特に俺だが、精神状態も安定するはずだ。毎日の訓練で全く使っていないわけではないが、性欲が安定した。大丈夫? 俺もう男として終わってない? というくらいに枯れちまった。幼い顔立ちとはいえ美少女なメメと、少女体のままとはいえ妖艶なヨウコと、シエラは置いといて、かわいい女の子三人と暮らしていると、どうしても、どうしても比較してしまう。しかもここは田舎町である。石材産業が主な男くさい町だ。街中で女の子を見ても、「うん、まあまあかわいいんじゃない?」と思うくらいだし、そもそもかわいい子はコブ付きだ。そそられないのである。

 それをこっちの酒場の男たちは贅沢な悩みと言うが、彼らは俺が一緒に暮らしている三人娘がぺたんこ少女だと知っている。「妹があんなにかわいいと芋女どもにも興味わかねえよなぁ」と賛同してくれつつ女に殴られるアホな男たちだ。俺も一緒に笑うが、寂しくなる。

 俺の情熱はどこへ消えたのか。

 俺は自分の両手をじっと見た。


「なにしてるの? ザコお兄さん♥」


 メメが俺の両手を取り、身体を密着させ、腰に手を回した。


「お腹いっぱいで動けなぁい。部屋まで運んで♥」

「はいはいお姫様」


 よっこらしょと抱きかかえ、背中にはうつらうつらとしているシエラを乗せて、それを後ろからヨウコが支えた。なんだこれ。


「そうよー。私が穴の町のお姫様になるのぉ」

「はいはい。じゃあ俺は王様になるかな」


 そしてふと、あの穴で聞いた声を思い出す。


『王よ。』


 俺を王と呼びかけたあの影はなんだったのか。何を伝えたかったのだろうか。


「主よ。言わねばならぬことがあった」

「なんだ?」


 メメとシエラをベッドに下ろすと、ヨウコが改まって俺と向き合った。


「あのとき主を襲ってすまんかったのう」

「なんだよ今更」

「いたずらだと誤魔化したが、わちは本気じゃった」


 どゆこと?


「じゃから。わちは本気で悪魔を狩ろうとしておった」

「メメを?」

「左様」


 ぴょいと跳ねて、ヨウコはベッドに横たわるメメの隣に座った。


「人の欲望が形を成したのが悪魔じゃ。ゆめゆめ忘れるでないぞ」

「ヨウコもそうなのか?」

「ばかたれ。悪魔のようなものと言ったじゃろう。わちは巫女じゃぞ。しゃーまんじゃ」

「へぇ。嘘っぽい」


 ヨウコはぷぅと口を膨らませてベッドに突っ伏した。狐の尻尾がもさっと膨らんで、倒れた。

 子供か。

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