蚤
トンテンカントンテンカン。ギーコギーコ。壁の外では木材を切る音が断続的に続く。街の瓦礫を外に運び出し、再利用してるのだ。それを冒険者たちが慣れぬ手付きで組み立てる。冬が訪れる前に避難民が凍死しないよう、集合住宅を造っている。中にはケルベロスの毛皮の毛布が備え付けられる予定だ。
キャンプ地の北門広場では、リュートを持つ男がぽろりと鳴らす。建築音に負けぬ声で男は歌い出した。
大地の竜が寝返りて 街に大穴を作りたもう
底なき穴の三つ首の獣 飛び起き這い出て火を吹いた
剣を掲げる英雄リチャルドと 彼を慕う偉大な戦士たち
鼻を蹴られ突き刺され 怒り狂う悪魔の獣
蚤の男が噛み付いて 獣は立ち上がり吠え立てる
回る回る獣の首に 鉄の鎖が絡みつく
聖女の光が闇を撃ち 獣の身体は真っ二つ
英雄リチャルドが剣を振り 三つの首は穴に落とされた
ぽろんと最後の一小節を弾き終わると、英雄を称える声とともに拍手喝采で観衆は立ち上がり、吟遊詩人は一礼する。
「おーい! 蚤のザコ! 釘足らねえぞー!」
「うっせ! 蚤じゃねえ!」
俺の二つ名が「蚤のザコ」となった。あの吟遊詩人の歌のせいだ。
内容はかなり改変されているが、冒険者ギルド、領主、教会の意向の元だ。三つを取りまとめたリチャルドが英雄という扱いは俺も文句はない。
「ノミお兄さん、この木材どっちー?」
「のみー」
蚤じゃねえ! メメにもからかわれて、シエラも真似して蚤扱いしてくる。
「かわいそうな主よ。わちが身体で慰めてやるのじゃ」
「まずは抱ける大きさになれよ」
ヨウコは相変わらず小さいままで、俺の頭にしがみついている。
俺の首の火傷痕は、ケルベロスのマナを吸った影響か、さらに大きく、黒くなっていた。メメはソレを見て、「おっきくなってるぅ♥」と褒め立てるが、それが良い事だとは思わない。少なくともアリエッタは「うわぁ……」という目で見ていた。間違いなく良くない兆候なのだろうが、「馬鹿には何を言っても無駄」という感じの目で蔑まされた。
決死の思いで止めたのに褒めてくれないの酷くない? と主張してみたら、「エッタとシリスの魔法で動きを止めるくらいはできたし? なんであんたがあの場面で無茶したのかわかんない」とか言われてしまった。くそ! 俺の行動は無駄だったのか!
一応照れ隠しっぽく小さく褒めてくれたので、俺はアリエッタの頭をいっぱいなでなでしてあげた。そしたら右手を凍らされた。その様子を見ていたシリスはにこやかに笑っていたので、シリスの頭もなでなでしてあげた。そしたらシリスは驚いた顔をして、恥ずかしそうに俺の左手を曲げちゃいけない方向に曲げながら「※※※※!」と古代語で俺を罵った。
ディエナの姉御は逆に俺の頭を撫でて、個室に連れ込もうとしたので、通りすがりのリチャルドに全力で助けを求めた。前々から気になっていたが、ディエナの姉御でもリチャルドの言うことには素直に聞くようだ。
そういやアリエッタがリチャルドの事を、王家の血筋っぽい仄めかしていたのを思い出し、リチャルドに聞いてみた。
「それはアリエッタの妄言ですよ」
「なんだちびっ子の嘘かよ」
「アリエッタは間違いないって言うんですけどね。そんな証拠も話しもありませんよ」
ううん……。だけどアリエッタがそういうならそうかもしれないと思わせるリチャルドには気品がある。それになんというかカリスマ性というか。男でも惚れてしまう面があるというか。ちょっと女装させたら似合いそうだなとか。
いや違う。そうじゃない。
「なあ」
「ところで」
俺とリチャルドは同時に話しだし、そして聞こうとしたことが同じだった。「これからどうするんだ?」と。
「冬が来たら宿もないしなぁ。南の街にでも移動するかな」
「僕も行きますよ。一緒に行きませんか?」
「といってもリチャルドはあれだろ。買い付けで往復するんだろ?」
「あはは。知っていましたか」
今この街はとにかく物資がない。
南の街も地震の被害は少なくないが、それでもこの街よりはマシだ。南の街も援助を進めている。すでに難民が少しずつ流れているため、押し止めるためだ。
「メメの事はどうなった?」
ケルベロスの戦いの最中、俺を救うためにメメは人前で大人バージョンになった。誤魔化しきれる人数と相手ではない。確実に街の各権力者に「人間ではない何か」とバレたはずだ。
「ええ。条件付きで認めてくださいましたよ」
リチャルドはぺらりと何事やら書いてある羊皮紙を見せた。俺は顎をしゃくってリチャルドに読ませた。
「簡単に言うと、街の穴の調査をすることで人として認める、だそうです」
「全く、面倒な」
「引退できなくなりましたね。ザークさん」
リチャルドが手を伸ばし、俺はそれを握る。そしてリチャルドを抱き寄せた。
「お前、商人の買い付けなんかできないだろ」
「お願いしますね」
俺はリチャルドの背中をぽんぽんと叩き、メメを呼んだ。
「おーいメメ! 英雄リチャルド様からの願い事だぞ」
皮肉たっぷり込めているが、リチャルドのやつには通じない。
ぴょんぴょんと作業員の頭を飛び越えやってくるメメをにこやかに笑っていた。
「ザコお兄さん。また下働きぃ?」
「俺はこのくらいがちょうどいいとわかったんだよ」
俺の両手で掴めるのは栄光じゃない。求めるものはもっと柔らかいものだ。
「ぷりんー」
うん。プリン柔らかいね。俺の手の上に出さないでね。メメも横から勝手に食わないでね。
俺の求めるものは近くにあって遠いのだ。
だが、それは確かにある。
そう、俺は気づいたのだ。
メメを大人バージョンにさせるには、本気にさせる必要がある。つまり俺が強くなれば……リチャルドくらいになればメメを本気にさせられる!
そして俺は勝利してこの手に栄光を掴み取るのだ!
「ザコお兄さん、えっちな顔してるぅ♥」
「えちちー」
「し、してねえし!」
俺はいそいそとみんなから離れたところで、頭の上のヨウコがぼそりと呟いた。
「主は男色じゃったとはのう……」
「ち、ちげえし!」
変なことを言い出した頭の上のヨウコを掴もうとしたが逃げられた。
ヨウコを追いかけた先にいたのはまさかの聖女様で、俺は衝突は免れず、せめて怪我をさせてはならないと聖女様を抱きしめて、くるりと身体を入れ替えて、俺は聖女様を抱きしめ胸に顔を埋めたまま仰向けに倒れた。
「大丈夫ですか聖女さま」
「はい、たぶん……」
俺は身体を起こし、胸のチェックをした。たぷんたぷん。よし。状態良好。
「お一人ですか? 危ないですよ」
「ええ。お忍びで……」
「そうだよ危ないよー」
俺はメメに両手を拗じられ、担がれた。
「こういう痴漢が出るから」
「うむ。後のことはリチャルドに頼ると良い」
「あの……?」
さて、俺はメメに担がれて、街の穴の上で両足を持たれ、逆さ吊りにされた。
「もう穴の調査に行くのか? 気が早いな」
「そうだね。行ってみようか♥」
「ごめんなさい」
俺は怯えて素直に謝った。
「そんなことより、何が見える? ザコお兄さん」
「なにって……」
スレンダーな太ももと、頼りない布地で守られているスリットしか見えないが。
いや、メメの話しではなく、穴の方だろう。
真っ黒い穴は真っ黒なままだ。見てると吸い込まれそうで怖い。
意識を持っていかれそうになる……。
「なんで底が見えないんだろうね」
「なんでって、そりゃあ穴の底がないからじゃあないか?」
底なし沼というものがあるんだから、底なし穴もあるんじゃないの。
そしたらこの穴に落ちたらどこまでも落ちていく無限地獄なのだろうか。ぷるぷる……。
「ザコお兄さんなら見えるんじゃない?」
「何も見えんが」
目を凝らしても闇は闇。月のない嵐の夜くらい真っ暗だ。
「メメは何か見えるのか?」
「エルシア……」
エルシア? どこかで聞いたような。
「ねえ。私を穴の中に連れて行ってくれる?」
「調査するんだからそのうち行くだろ。それよりそろそろ地面に戻して欲しいです。お願いします」
頭に血が昇ってきた。いや下ってきた? 物理的に。
どんどん視界が暗くなって意識が落ちそう。ほら、目の前の闇が迫ってきてる気がするし。
……なんか実際迫って来てない?
手の先にもにゅっとした感覚があった。
「おっぱい……いや……」
俺は闇のマナを掴んでいた。
そして手から腕に絡みつき、俺の頭に、首に巻き付いてくる。
「メメ! 引き上げ――ッ!」
黒いもやもやは形を作り、まるで艷やかな髪と成した。
流れる黒髪。掴んだ胸。それはまるで聖女様のような――
『王よ。』
黒聖女様に語りかけられた瞬間に、俺はメメに引っ張られた。
「おわぁ!」
俺は地面にゴロゴロと転がり、おならがぷぅと出た。
「見えた?」
「見えた」
俺の中にいくつもの謎が生まれ、だがすぐに考えることを放棄した。
そんな事より、メメに一番に伝えないといけないことがある。
「もしかしたら俺、王様かもしれん」
「いや、それはないでしょ……」
俺はメメに可哀想なものを見る目で即答で否定された。
完結!ご愛読ありがとうございました!
しようと思ったのに終わらなかった……おつぱい……お評価いっぱいありがとうございます




