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 ケルベロスの巨体に踏みつけられ、ディアナの姉御の骨がミシミシと聞こえてくる。

 ケルベロスは厄介な人間の一人を抑えつけ、排除できたと思っているだろう。だが、それがケルベロスの隙となった。ディエナの姉御があの程度で死ぬわけがない。


「私達も行くよ!」


 俺たちが駆け出し接近したのと、ケルベロスの足の下で「犬っころがぁ!」と叫ぶ声が聞こえたのは同時だった。

 ケルベロスの足先は姉御によって抱き握り潰された。姉御の筋肉が膨れ上がり、ケルベロスの足先は反り返っていく。

 ケルベロスは怯み、姉御の頭を噛みつこうとした。その下げた三つのうちの右の頭の顔の鼻先を、メメは横から蹴り飛ばした。さらにそこへ、リチャルドの細剣が突き刺さる。


『ガルゥウッ!』


 痛覚は三つの首で別のようだ。真ん中の首がリチャルドを狙うが、シエラの飴玉がゴンと犬の額にめり込んだ。

 さらにケルベロスの背後から弓と魔法が降り注ぐ。

 周囲に気を散らされたケルベロスは、再び火を吹こうと頭を下げた。


「火吹きはもうさせぬぞ」


 ヨウコが扇を下から上に扇ぐと、ケルベロスの左の頭の顎が、下から殴られたかのように閉じられた。

 そのむき出しになった首元に、俺は下から剣を振り上げた。剣にマナが込められ、刀身が白く光り輝く。俺の中では最高の一撃だった。

 しかし剣は、鋼の塊を叩いたかのようにガキンと弾かれた。


「なに!?」


 ふさふさの犬の毛の一本一本が鋼鉄の鎖のような強度を持っていた。

 俺は素早く距離を取る。

 ああやばい。もう頭がクラクラしてきた。


「犬っころぉ!」


 ディエナの姉御がケルベロスの足から抜け出し、大剣を振るう。しかしディエナでも毛を刈り皮膚に傷つける程度のダメージしか与えられなかった。


「硬すぎるぞ」

「弱点も警戒されちゃったね」


 鼻を攻撃されたケルベロスは頭を下げようとせず、巨体を活かした突進と足の薙ぎ払いで攻撃してきた。

 俺はメメと合流し、メメに抱きかかえられながらケルベロスの攻撃を回避した。そして離れていたシエラとヨウコの元に合流する。


「くそ、お荷物にしかなってねえな俺」

「そんなのいつものことでしょ♥」


 冒険者たちも即死は免れているものの、打つ手がなく、次第に動けない者が増えていく。

 するとケルベロスは遠くから攻撃している弓や魔法使いに標的を変え、口から火を吹いた。

 廃墟と化した街中に紫の炎が立ち上る。まるで地獄の様相だった。


「何か手はないのか」

「おっきーあめだま!」


 シエラは掌にぽんとこぶし大の飴玉を創り出した。そしてそれを魔導銃に入れようとした。


「はいんない」

「そりゃそうだ」


 シエラは口にも入らない飴玉をぺろぺろと舐め始めた。


「お困りのようじゃない」

「その声は!?」


 ちびっ子がない胸を張っていた。アリエッタだ。隣にシリスも連れていた。


「あんなやつ一発で……ってケルベロスじゃない。逃げるわよ」

「逃げ、え?」

「地獄の番犬ケルベロス。英雄譚で聞いたことあるでしょ? みんなが死んでないのが不思議よ」

「しかしそれじゃあ街の人は……」

「遅かれ早かれ。それよりもリチャルドとディエナを生かす方が大事だわ」


 だが、リチャルドはアリエッタの横に立ち、肩に手をおいた。


「少しのあいだ、時間を稼いでください」

「……んもう、しょうがないわね!」


 アリエッタが「少しってどのくらいよ!」と叫ぶ前にリチャルドは戦線に戻っていった。


「あんたそれ貸しなさい」

「しえらのあめぇー!」


 アリエッタがシエラの手から巨大飴玉を奪い取り、シエラはぴええと泣いた。

 アリエッタはそれを無視して、左手に巨大飴玉を持ち、右手の杖を当てた。


「何をしてるんだ?」

「マナで創られた飴玉。つまりマナ結晶よこれ。はいこれ投げて」


 渡された光り輝く飴玉はクソ熱かった。


「俺がやるの?」

「あんたくらいがちょうどいいでしょ。シリス。準備良い?」


 人嫌いエルフは弓を構えた。

 ええいどうなっても知らねえぞと俺は光り輝く巨大飴玉をケルベロスに投げた。距離があるため山なりに飛んで、全く投石として役立ってない。

 巨大飴玉を追うように、シリスの弓矢が放たれた。ケルベロスの目の前で飴玉が矢に撃ち抜かれ、飴玉が炎を噴き、大爆発を起こした。

 欠けた飴玉が辺りに散り、それがさらに爆発を起こす。


「あっはは! すごー!」

「やりすぎじゃね?」

「知らないわよ。時間は稼いだでしょ」


 爆発でダメージを受けた様子はないが、光と音でケルベロスは混乱を起こしていた。立ち尽くし、呆然として、三つの頭はアリエッタを睨んだ。


「それで、どうするんだ?」

「仕事は終わり。命も終わりかも?」


 命のやり取りなのにあっさりしてるもんだと、当事者でありながら思った。

 そう。俺たちは遅かれ早かれ死ぬ。立ち向かっても刃は立たず、ケツを向けて尻尾巻いて逃げてもきっと殺される。街の住民が何人か生き残ればいい。重要な人物が逃げ延びれば、いつか軍がケルベロスを討伐し、街を復興させるだろう。

 俺はそのための、吟遊詩人の物語に語られない数多の一人だ。


「メメ! 行くぞ!」

「ザコお兄さんの癖にぃ。男の顔しちゃって♥」


 まずケルベロスの火吹きが来たが、ヨウコが扇を手に舞い、それを防ぎ、さらにそれを打ち返した。


「こんなもの来るとわかってりゃあ、容易いのじゃ」


 そしてケルベロスの突進がくる。

 ディエナの姉御が尻尾に掴まっているのが見えた。ははは。あの人は流石だ。


 ふと、俺の脳裏におっぱいが浮かぶ。大きいおっぱい。中くらいのおっぱい。小さいおっぱい。色白のおっぱい。褐色のおっぱい。形の良いおっぱい。みんな違って、みんな良い。

 こんな時なのに俺は目の前の戦いに集中できていなかった。これが走胸灯か。

 いや待てよ。止めるだけなら手はあるはずだ。俺は剣をメメに投げた。


「潜り込む! 援護してくれ!」

「んにゃ!?」


 俺の剣を受け取ったメメは、変な声を上げて、飛び跳ねた。

 ケルベロスはそれを顔で追い、首を上げた。

 さんきゅーメメ。

 俺はケルベロスの胸毛にしがみついた。毛は斬りかかった時とは違い、もふもふしていた。


「うおぉぉおおおお!!」


 勢いで腕が千切れそうだ。一瞬でも握力を緩めたら持っていかれる。

 死なないように集中しろ。

 ケルベロスのマナの流れを掴む。俺はそれを吸い込んでいく。

 ケルベロスが身体に異変を感じたのか、突進を止め、ビクンと身体が飛び跳ねた。ブルブルと身体を震わせるが俺は離れない。

 俺は胸毛の中に潜り込む。でっけえノミやダニはいないよなと恐怖したが、幸い変な虫はいないようだ。むしろ俺がそれだ。ケルベロスの乳首を見つけた俺は、それに噛み付いた。


 ケルベロスが吠える声が聞こえる。

 それとともに、「死ぬよザコお兄さん」といつものメメの言葉が聞こえてきたのは幻聴だろうか。


「ママァ……」


 俺はケルベロスの乳首からマナを吸い出し、飲み込んでいく。

 俺は全能感、多幸感に包まれる。頭はガンガンと警戒を鳴らし、しかし俺は世界を手に入れた感覚だった。しかしきっとこれは、死の感覚なのだろう。マナが飽和した俺は、あの飴玉のようにきっと爆発四散する。


 真っ白な世界の中におっぱい神が現れた。空から現れたおっぱい神は、当然おっぱいの形をしていた。そうか。世界が母乳で溢れてるから真っ白い世界なんだと俺は気づいた。

 おっぱい神に俺は告ぐ。「死ぬのは怖くありません」

 おっぱい神は胸を横に振った。「いいえ心残りがあるはずです」

 心残りなどなかったはずだ。

 いや、あるな。俺はまだあのクソ生意気なメスガキの顔に、一撃を入れていない。

 だがそんな事はとっくに諦めた。今の俺はメメに感謝をしている。どうしようもなく弱かった俺を、死を恐れぬほどに強くしてくれた。そんなメメを殴りたいと思うことは……たまにしか無くなった。

 そうだ。きっと俺はメメが好きなんだ。おっぱい抜きにして、俺はいつしかメメに好意を感じていたのだ。俺はロリコンを認める事にした。認めたらすぅと心が楽になった。

 だが、おっぱい神は認めなかった。


「メメっぱいにビンタを」


 おっぱい神さまは恐ろしい事を言う。

 その一言で俺の魂に火が付いた。

 そうだ俺はまだ、大人バージョンのメメのおっぱいを諦めてはいない!

 メメは本気を出す時にしか大人バージョンにならないようだ。それはいつだ?

 今だろ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 普通だったはずの主人公が段々人間離れしてゆくところ すごく生き生きしてる 仲間たちも個性的で魅力にあふれてる 見ていて元気がもらえるところ [一言] 神小説に出会ってしまった・・・ …
2020/12/24 21:24 みそカレー
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