幼女はピストルを手に入れた
「しえらもいくー」
ちょっと出かけてくると伝えたら、シエラにしがみつかれて困った。
アリエッタがベッドに寝転がりながら顔を向けた。
「連れて行ってあげたら?」
「ダメだ。今は街中も危ないんだ。盗み聞きしてたんだろ?」
「写し身の者ねえ。また妙なのに狙われたわね」
「なんでメメが狙われたんだ?」
メメも小首をかしげている。
「そんなの簡単でしょ。街を荒らしたいからよ」
「どゆこと」
「最近街で話題のメメを悪魔認定して偽聖女が殺す。教会の権威が聖女頼りのこの街じゃぐちゃぐちゃになるわね。まあ誤算が二つあったようだけど」
アリエッタがぴっと二つ指を立てた。
シエラが真似して両手でピースして「かにさーん」とぴょんぴょん跳ねた。かにさんは跳ねないぞ。
「一つはメメが本当に悪魔だってこと。可能性として、成功したとしてもただ聖女が悪魔を討伐したと功績になる可能性もあるわね」
「討伐されないしー」
「仮定の話しだろ」
メメはかにさんを追いかけて掴まえた。カニ鍋にして食べてしまうらしい。かにさんは仰向けになって両手足をぴくぴくさせた。
「二つ目はあんたがよくわからない力に目覚めたこと」
「マナを吸い取る力か」
俺は両手をわきわきさせた。アリエッタは起き上がり、俺の手に手を重ねた。俺とアリエッタの手の間にバチィと閃光が走る。
「この力で偽聖女を拘束した。悪魔が抵抗できないほどの魔法でね」
「もしかして俺って凄い?」
アリエッタは首を横に振った。
「使うのは控えなさいそれ。せめて制御できるように。そうじゃないと廃人になるわよ」
「ええ……」
突然の宣告に身体が震えた。ぶるるる。かにさんの身体もぶるるるしていた。
俺は、鍋で調理されてるかにさん――の演技をするシエラをメメの悪の手から救った。
ぷにぷに幼女を抱きかかえたままベッドに座る。甘い匂いがして落ち着くわー。
「私のかにさん盗られたぁ!」
「かにかにっ」
「そういえばシエラは俺が触っても嫌がらないな」
くすぐったそうに身体はよじるけど。
「それよ。ちょっと話し長くなるけど良い? ええとまずマナっていうのは万物に宿る性質なのよ。それは普遍であって、人が魔法として行使するには――」
「短くして」
「あんたがドッペルゲンガーのマナを吸い取って頭おかしくなりかけたけど、シエラちゃんに移して助かった」
すげえ端折られた気がするけどわかりやすい!
「え? それってシエラは平気なの?」
「シエラちゃん。クッキー出して」
「あいっ!」
シエラの掌が輝き、ぽふんとクッキーが生まれた。そしてシエラは生み出したクッキーをもぐもぐする。「ちょうだい」とおねだりしたらクッキーを半分に分けてくれた。口にしたらパフィの店のクッキーだった。メメが俺の手から残りのクッキーの欠片を奪い取り口に入れると「洞穴であげたクッキーね」と答えた。
「考えたの一晩。あんたの昨日やってみせた『人の胸を大きくしたことにして触る幻術』とかいうわけわからない魔法。それとシエラちゃんの『プリン魔法』とかいう理解不能な魔法。そしてプリンだけじゃなくてクッキーも生み出せることがわかった」
「短くして」
「きっとそれドッペルゲンガーの能力なのよ」
なんだってー!? ということは俺の手はマナだけじゃなく能力まで奪える……!?
「とか思ってるでしょうけど、そう簡単な話しじゃないから」
しょんぼりした。しょんぼりした俺にシエラはクッキーを作り出して口に入れてくれた。もぐもぐ。
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ということで、俺はシエラを肩車して街に出た。メメは俺の腕に絡みついてきてお気楽だ。
昨日の今日で襲ってくるわけないだろうけど。
とか思っていたら、いきなり俺の偽物が現れて、「俺が本物のザークだ!」とか言ってきた。
メメはすかさず偽物の俺に蹴りを入れた。良い感じに吹っ飛んでいく偽ザーク。地面をゴロゴロと転がり、気絶した偽ザークはただのおっさんに姿を変えた。
「幻術ね。本体じゃないわ」
「躊躇ないのな」
「いつも通り蹴っただけよ」
よくよく考えたら偽物も本物もメメからしたら蹴り飛ばすのは変わらなかった。
しかし、一般市民をけしかけるとか質が悪いな。今思うに昨日のハゲたちもそうだったのだろう。
「今のはこっちの出方を見たというところか」
「これでザコお兄さんには成りすまさないと思うよ」
「ごろごろー」
シエラが肩からぴょいんと跳び出し、地面を転がりだした。服が砂だらけだ。あーあ。
シエラはぴたっと止まって立ち上がり、「だれー?」と路地に走り出した。
メメは素早くシエラを掴まえて、「危ないから一人で行っちゃだめ」と叱った。
「何がいたんだ?」
「こどもー」
子供? 少年冒険者だろうか。
後を追ってみる事にしたが、路地の先にはすでに姿はなかった。
「メメ、どう思う?」
「子供を雇って様子を見張らせたんじゃない?」
ひとまず戻っておっさんを叩き起こす。
目覚めたおっさんは現状がわからず混乱していた。問い詰めてみたが幻術(自分の姿を違うように見せる魔法+洗脳のようだ)の前後の記憶を失っていた。
そう簡単には尻尾を掴ませないようだ。
「まあいいや。買い物済ませちゃおうよ。どこいくの?」
「ああ、武器工房だ。剣を新調したいしな」
以前使っていたバスタードソードはギルドに回収されていたが、金属部分まで腐食してしまっていた。今は腰にロングソードを差しているが、こいつは片手剣で盾と併用するものなので使い続けるつもりはない。
「メメもなんか頼んだらどうだ?」
「そーねー」
武器工房にはサンプルも置いてあり、オーダーメイドしなくてもそれを買うこともできる。俺は以前使っていたものと同じものを注文した。
メメとシエラは棒みたいなのを手にしてきゃあきゃあはしゃいでいる。
「オイコラァ。女子供のおもちゃじゃねえぞぉ」
色黒の鍛冶屋のおっさんが出てきて叱りつけるが、シエラは物ともせず、棒を手にして走っていき、「えーい」とおっさんを殴りつけた。
おっさんはぱしっと棒を止めて取り上げて、シエラはぶらーんとぶら下がった。
「おいザーク。なんだぁこのガキどもは」
「それはなんか拾った」
「拾っただぁ?」
俺はぶらんぶらーんしているシエラを指差した。そして今度はメメを。
「あっちの露出少女は最近話題のオークロードやコカトリスに止めを刺した相棒」
「あれがぁ!?」
まあそりゃ驚くだろうなと思う。改めて見ても下着姿でうろつく子供の娼婦にしか見えない。
「なあメメ。この前の様子だと剣も使えるんだろ? 自分用にどうだ?」
「えーやだ。重いもん」
「なあおっさん。肉弾戦が主でも使える武器ってある?」
「あるっちゃある。鋼を甲に付けたグローブとかな」
おっさんが取り出したグローブをメメは一目で「かわいくない」と一蹴した。
「あとは暗器とかな」
ぶっとい針のような武器だ。手で持っても使えるし、投擲もできる。
メメはそれを手にし、ひょいと投げて店の壁に掛けてあった的を打ち抜いて板を割った。それを見たおっさんは目をまん丸くして「冗談かと思ったが本物か?」と尋ね、俺は頷いた。
「これちょうだい。三本くらい」
「でも嬢ちゃんの服にはしまう所がねえな」
とおっさんはがははと笑ったが、メメは胸の間にひょいとそれをしまい込んだ。うーん何度見ても謎収納だ。
「そっちの子供は……刃物は奨めねえぞ」
シエラはよいしょと自分で持てるサイズの武器を探し、レイピアをぶんぶん振っていた。危なすぎる。すかさずメメが取り上げた。
「木製のナイフとか」
「うちは雑貨屋じゃねえぞ。いやまて、良いものがある」
おっさんがゴソゴソと取り出したのは手のひらサイズの鉄の筒だ。
「鉄砲だ。知ってるか?」
「聞いたことはある。投石具の魔道具だろ?」
「ああ。値段が高いおもちゃみてえなもんだ。ケツのとこが爆発の魔石になっててだな。上から弾込めて、ケツに親指当ててマナを込めて、人差し指んとこの引き金を引くと魔石を叩いて筒の中で爆発。弾が飛ぶって仕組みだ」
「へー。面白いじゃない」
メメが興味津々に手を取って、シエラは筒の中を覗き込んだ。
「なんでこれがおもちゃなの?」
「そりゃあスリングショットの方が手軽で威力も高えからな」
それじゃあ確かに値段が高いおもちゃと言うわけだ。だけどメメはピストルを気に入ったようだ。買う気満々だ。
「銀貨10枚でいい」
「たか! いや、安いのか?」
「質で受け取ったが持て余してる。上手く使ってくれるなら武器も喜ぶだろうよ」
シエラがピストルを手にはしゃいでる。メメは振り回してるのを止めて、使い方を教えた。
でも弾ねえぞ。おっさんも首を横に振った。わざわざ鉛の玉を作ってもらうのにも金がかかるぞ。
「この穴に入る飴玉つくって」
「あめだまー」
おいまさか。
シエラの魔法で作られて詰め込まれた飴玉は、バゥンと音を立てて筒の先から飛び出し、割れた的の板をさらに半分にした。
シエラは音にびっくりして目を回してる。
おっさんもおもちゃらしからぬ威力にびっくりして目を回してる。
飴鉄砲……世にもお菓子な幼女の危険なおもちゃが誕生した。




