俺は帰還する
アリエッタを背負って、凍った巨大蜘蛛の脚を抱えて、遠くに見える館を目指して十分。リチャルドを見つけ、アリエッタをお持ち帰りする許可を得て、さらに急ぎだと伝えて馬を借りた。案の定「僕も行きます!」と付いてきそうになったのでお断りした。仕事しろ。
芦毛の綺麗なお馬さんにアリエッタと共に乗り、落ちないように紐で縛る。背中に少女の胸の感触を感じない。
ハイヨーと踵で馬の腹を蹴飛ばし街道を駆け出した。
半日走って腰とケツがやべえとなり始めたので休憩する。アリエッタも半分死にかけていた。馬は半分溶けた巨大クモの脚の氷を齧った。
「やばい。限界。前乗せて」
残りの帰路はアリエッタを前で抱える形とした。
あちこち触るけど文句言うなよと伝えておく。了承を得たのでぴっちりくっ付く。暑い。なんで子供って体温が高いんだ。
手綱を持ちながらアリエッタの腰や胸を抱えないといけない。半分寝てるから、いつ倒れて落ちるかわからない。当然触って嬉しい膨らみはない。
太陽が西に傾き始めたころ、ようやく街が見えてきた。
馬とともに門をくぐり、「いつもの嬢ちゃんを一人で帰らせて、違う少女を連れて帰ってきたのか?」と門番に言われた。メメは先に戻ってきているらしい。
「馬はどこへ?」
「ギルドの裏へ向かって」
タッポトッコとアリエッタを乗せた馬を引いて冒険者ギルドへ向かう。なんだか今日は午後を過ぎたのに少し騒がしい。
人を避けながらギルド裏までたどり着くと、アリエッタを抱き下ろして馬を厩舎に預けた。
ギルドの中へ入ったら、メメが冷風機の魔道具の前でぐでーとだらけていた。
「あ、おかえりー♥」
「軽いなおい」
心配してるかと思ったら、全くそんな気配がなかった。メメらしいっちゃメメらしい。
「びっくりしたし心配したよ。本当だよ? こっちに向かって来てたのは聞いてたから」
「え?」
「これだ」
メメの隣にいたシリスが胸元に入れていたネックレスを取り出した。先には転移部屋で見たような黒い物質の、小さい球体が付いていた。
「通信装置だ。アリエッタから話しを聞いた」
「途中で休んだ時にシリスに伝えといたの。そういう魔道具」
同じものをアリエッタも持っていた。どうやら遠くからでも会話ができる魔道具らしい。すげえ便利だ……。
「とにかく合流できて良かった」
「ねえ。報告行くわよ。付いてきて」
アリエッタと受付に行き、巨大蜘蛛の脚を見せた。
俺が消えた――転移した事はメメとシリスからすでに聞いていたようで、そこから俺が転移先で巨大蜘蛛をアリエッタと倒し帰ってきたことを伝えた。
「最近のザークさんの活躍が多すぎる気がしますが……もっと上を目指してるのですか?」
「いやいやトラブルに遭ってるだけだ。それに巨大蜘蛛もアリエッタの魔法が斃したんだ」
「まあね。こいつも子蜘蛛を斃すのに役立ったけど」
詳しい調査報告を求められたが、用事があると伝えてシリスとアリエッタに託した。
俺とメメは蜘蛛の脚を抱えて薬師ババアの店へ向かった。
途中パステルカラーの店の前を通る。
「シエラの様子は見たか?」
「死んだように眠ってるよ。まあ半分死んでるんだけど」
「おいおい大丈夫なのかよ」
「そのためにエルフの秘薬を作るんでしょ」
ババアの店に突撃し、巨大蜘蛛の脚を見せた。
「使えんよそれは」
「え? なんで?」
「そりゃあ死んどる。死んどるマナじゃ。秘薬のぉ材料にはならんっ」
ええ……。
俺はメメの方を見た。
「私だって詳しいことは知らないし」
「それじゃあ材料集めは振り出しに……って、アリエッタがいるじゃん!」
そのために連れて帰って来たんだった!
ギルドへトンボ返りをして、アリエッタとシリスを連れてパステルカラーの店へ連れて行く。
パフィさんに通されて、シエラの寝ているベッドを囲んだ。
「あちゃあ。これは難しいかもね……」
アリエッタがシエラの顔を一目見て、ため息を付いた。
「そんな……アリエッタならなんとかできるって」
「絶好調ならまだしも、ってとこね。いまエッタは疲れてるのよ」
アリエッタは杖で身体を支えてぷるぷるしていた。それに気づいたパフィが椅子を用意して座らせた。
「まあ、様子は見たげるわ」
俺には幼女がただ寝ているように見えるだけだが、やはり時間はあまりないようだ。
俺とメメとシリスは外へ出た。足取りは重い。
「あれは無茶をしたようだな。子供にはよくある」
「俺のせいだ……。俺がお菓子で釣らなければ……」
「でもあの子のおかげで、子供たちも私達も助かったじゃない」
俺には一人の犠牲のおかげで多くの人が助かったと言われても、気休めにしか感じなかった。
俺は依頼でゴブリンの巣を潰した。それはただ、狩人が巣を見つけただけで、村に被害があったわけじゃあない。この先、村を襲う事もあったかもしれないが、俺はシエラの“みどりのともだち”がそのような行動を取るようには見えなかった。もしかしたら畑の野菜を盗むような事はしたかもしれないが、精々その程度な気がする。穴で一人孤独に生まれたシエラにできた“みどりのともだち”はどのような存在だっただろうか。
それを殺したのは俺だ。それなのにシエラを救いたいと思ってる。これはただのエゴだ。俺のエゴだ。それにみんなを付き合わせて、俺自身は何もできない。結局俺は無力なままなんだ。
「そう気負うな人間。死は終わりじゃない。それに虹の子はまだ死んでいない」
「そうだよザコお兄さん」
メメが丸まった俺の背中をばふんと叩いた。俺はよろめきたたらを踏む。
振り返ってメメの顔を見て、俺はふと思い出した。
「そうだ、三つ目の案は!? まだ何かあるんだろ!?」
「あー、うーん……」
メメは俺の首を両手で触った。
「マナをぶつけて目覚めさせる。大抵は死ぬよ」
「しぬ……」
メメが背伸びして、俺の首に腕を巻きつけた。
「ザコお兄さんはザコなのに、なんで死ななかったんだろうね」
「さあ。運が良かったんだろ」
人嫌いエルフが俺の肩にぽんと手を置いた。
「運は大事だ。なればこそ虹の子はお前に名付けられたのだろう」
「そうかな……」
俺は冷静に考える。まだシエラは死んだわけじゃない。エルフの秘薬の材料である、世界樹の若芽の代わりを見つければいい。
ひとまず身体を休めるか。疲れは気も重くする。
大通りから歓声が上がる。覗いてみると、今日は結婚式だったようだ。燕尾服を着た新郎と、萎れた精霊花を手にしていたドレスを着た新婦が、通りを歩いていた。
「あれだ」
「ああ! そうね!」
あれとは?
シリスは新婦を指差していた。
「微かに精霊のマナを感じる」
「精霊花か?」
「あれなら材料の代わりになりそうねー」
もっと早く気付けよメメ!
「よし! 採りに行くぞ!」
「今からじゃ夜になっちゃうよ? 今日は支度して、早朝採りに向かおうよ」
「そ、そうだな。工房へ行くか」
すでに休憩に入っていたガラス工房のおっちゃんを奥の部屋から呼び出して、瓶を六つと籠を買う。
別の武具の工房で研ぎに出していたロングソードを受け取り、腰に付ける。ついでにダガーの研ぎを頼み、代わりのダガーを購入する。
「おなかすいたぁ」
と、言う声と共にグォォォォとメメの腹が鳴り、酒場へ向かう。足取りは軽い。
明日に備えて、腹いっぱい食べて体力回復させとかないと。腰と太ももがガクガクだ。
なぜか酒場に人嫌いエルフも付いてきた。おっちゃんがビビりまくりながら注文を取る。
「かんぱぁい!」
「かんぱーい!」
「……」
エルフには乾杯の文化はないようだ。
「何の宴だ?」
「ザコお兄さん生還祝い」
「薬の目処が立った祝いもな」
人嫌いエルフはしかめっ面を緩めた。
「なるほど。そうだな。それはめでたい」
そしてエールを口に含めて盛大に吹き出した。
俺の顔がびしゃびしゃになる。美少女エルフだから許すが……。
「なんだこれは……泥水か……」
エルフには口に合わなかったらしい。
メメが声を上げて笑った。メメはシリスに甘いミードの入った自分のジョッキを渡し、シリスはそれをちびちびと舐めた。




