SS 「心から探し求めた(カルロス視点)」
それは王妃の四十七回目の誕生日パーティーでのこと。
黒色の騎士団服を身に纏ったカルロスは、部下のケントと共に会場となっている大広間の壁際に並び立ち、室内や招待客たちの様子へと目を光らせていた。
豪華な食事が並び、華やかな貴族服にドレス、煌びやかな宝飾類で着飾った人々が多くひしめき合っている。
騎士団員として、カルロスはこれまで何度も城内に足を踏み入れている。もちろんこの大広間も同様で、賑やかな光景など些細な変化でしかないくらい見慣れた景色だ。
(特に問題なし)
招待した貴族たちとにこやかに談笑する王妃の様子もしっかり確認してから、出入り口へと視線を移動させる途中で、女性と目が合った。
すぐに視線は外したが、視界の隅でその女性が自分に向かって近づいてくるのを感じ取り、カルロスは嫌な予感を覚え、同時に心の中でうんざりとため息をつく。
女性はカルロスの目の前で足を止め、「お久しぶりです」と笑いかけてきた。顔と名前を思い出せず眉根を寄せたカルロスに向かって、「アカデミーで同じクラスだった」と女性が続けて自分の名前を名乗った。
顔は全く思い出せなくても名前に聞き覚えがあったため、そこでようやくカルロスが「ああ」と反応すると、女性は嬉しそうににこりと笑った。
「久しぶりだし、私と一曲踊ってくださいな」
「すみません。俺は招待客ではなく騎士団員としてこの場にいるので、遠慮させていただきます」
キッパリとカルロスが断ると、女性は「そう……よね。ごめんなさい」と引き攣った笑みを浮かべた。そして女性はまだ話を続けたいように視線を向けるが、カルロスは興味なさげに早々に視線を会場内に戻した。そのため、女性は諦めきれなさそうにしつつも、ゆっくりとカルロスの前を離れていく。
「部隊長、今の女性のことをちゃんと思い出せていましたか? ……って、今の女性だけじゃないですよね。その前に声をかけてきた人に対しても、お前誰だって顔をしていましたよ」
隣のケントに苦笑いで指摘され、カルロスは思わず動きを止めた後、わずかに肩を竦めてみせた。
実は本日、ダンスに誘われるのが先ほどの女性で五人目なのである。
「この黒の騎士団服が見えていないのか?」
「仕事中だとわかっても、カルロス部隊長の気を引きたいんでしょうね。先ほどの女性もお綺麗な方だったのに、カルロス部隊長はどんな女性なら興味を持つんですか?」
ケントの言葉を聞いて、カルロスは先ほど自分の目の前に来た女性の顔を思い出そうとした。しかしうまくいかず、思わずため息がこぼれた。
(……興味が持てない)
来客の女性たちに改めて目を向けても、パーティーの景色の一部にしかカルロスには見えず、心も動かない。
そこに他の騎士団員がやってきて、ケントが「外の見回りに行ってきます」とカルロスに告げて、その場を離れた。
ひとりになると自分に向けられる視線がさらに多くなったように感じ、カルロスは遠い目をした後、真っ直ぐに王妃へと目を向け、表情を引き締めた。
まとわりつく視線は不快で嫌ではあるが、王妃のいる大広間の警備の責任者を任されているため、冷静さを欠くわけにいかない。
……そんなことわかっていたはずなのに、大広間入り口で起きたわずかなざわめきに目を向けた瞬間、カルロスの思考が数秒停止した。
入ってきたのはバスカイル家の一行だった。事実上一族の実権を握っているディベルと、虹の乙女となったアメリアのふたりに父親のアズターが続き、周囲の人々はアメリアに視線を向けているが、カルロスは違った。
三人の後ろを控えめに歩く女性の姿だけが、カルロスの目には映っていた。
はちみつ色の髪も、圧倒されるように大広間の様子に目を奪われている面持ちも、背は伸びても華奢な体の線も、すべてがカルロスの記憶の中にいる彼女と一致している。
「……ようやく見つけた」
女性は三人に続いて歩いていく。周囲を見回していた彼女の瞳が不安そうに揺れたのを目にした瞬間、カルロスの足が自然と動き出していた。
(こっちを見て欲しい。俺に気づいて)
そんなことを思った自分にひどく驚いても、それでもカルロスの足は止まらない。
彼女に向かって一歩踏み出すごとに、体の中で鼓動が強く響き始める。
見慣れたはずの単調な景色が、一気に色鮮やかなものへと変わっていき、力強く時が動き出す。
人の壁に阻まれると同時に、カルロスの五歩分ほど先を彼女が横切っていった。彼女の視線は王妃に向けられている。
そのままカルロスも彼女と平行するように、時折人にぶつかりながらも、横へ横へと移動していく。
(逃がさない)
心の中で幼い自分がそう叫ぶ。強い思いに背中を押されるようにして、カルロスが人の壁を抜けて彼女の後ろへと出ると、ちょうど楽師たちが演奏を奏で始めた。
それにつられるように人々が動き出し、流れにうまく乗れなかった彼女がよそ見をしていた男とぶつかった。
彼女が倒れそうになるのを目にし、カルロスは無我夢中で手を伸ばし、華奢な体を自分の元に引き寄せた。
「すっ、すみません。ありが……」
ようやく彼女と視線が繋がる。ようやく自分を見てくれた。ようやく……会えた。
あの時の女の子で間違いないと確信し、驚いていることから彼女も自分を覚えていてくれていたことを感じ取る。
「……大丈夫ですか?」
素直に嬉しくて、心がどうしようもないくらい熱くなり、発した声はわずかに震えていた。




