ふたりで作る未来へ6
力を増幅させたことで闇の魔力も反応し膨らみ、ルーリアもアメリアのように体から影が滲み出てくる。大きく息を吐き、額から汗を滴り落とすルーリアの背にカルロスが手を添えると、徐々にルーリアの状態が安定していった。
「大丈夫か」
「はいなんとか。でもそんなに戻せてあげられませんでした」
「仕方ない。魔力を抑えながらでは、ヴァイオレットのようにいかないはずだ」
黒精霊の何体かは闇の魔力を払い除け、元の姿へと戻すことはできた。しかし他の多くは闇の力を弱まらせた程度だ。
元に戻れた精霊たちが慌てふためきながら逃げていく様子を見つめていると、ジャラリと鎖の音が響き、ルーリアはハッと息をのむ。
「カルロス様」
「ああ。捕まえるぞ」
噴水のそばに、ようやくエメラルドが姿を現した。エリオットとも視線で意思疎通を図るカルロスと共に、ルーリアは噴水へと向かって歩き出す。
しかし、三歩進んだところで、黒い外套に目元を仮面で隠した三人の男が行く手を遮るように現れた。
真ん中の男が手をかざし、ルーリアたちに向かって蛇に似た影を飛ばしてくる。すぐさま、カルロスが剣を抜き、難なく影を切り裂いた。
両脇の男たちも同様に闇の魔力を発動させ、それを受けた穢れ者が凶暴性を増していく。
アメリアも自分を捕らえていた騎士団員を突き飛ばし、同時に団員から剣を奪い取ると、周りの人々へと斬りかかっていく。
そして闇の力に捕まったクロエラも穢れ者へと変わろうとしていて、ディベルはもうここにはいられないとばかりに広場からひとり逃げていく。その様子を仮面越しに見ていた男は呆れたように鼻で笑った。
「どうせお前らが殺すと思っていたから放っておいたのに、使えない奴らだ。おい、今ここで、ルーリア・ジークローヴを殺せ。その能力は目障りだ」
声音から、仮面の男はルイス・ギードリッヒで間違いない。ルイスに命じられ、アメリアはルーリアに向かって一直線に走り出し、がむしゃらに剣を振り上げる。
「俺にはお前らが目障りだ」
ルーリアに襲いかかってきたアメリアの手から、カルロスは難なく剣を弾き飛ばす。そのまま風の魔力でアメリアを吹き飛ばし、そこへと騎士団員たちが縄を持ってやってくる。
カルロスは剣先をルイスに向けると、
「十年前の復讐を始めようか」
カルロスが剣先をルイスに定めて宣戦布告すると、魔力の流れを見極めるように目を細めた後、「外道が」と苛立たしく吐き捨てる。
ルイスと他の二人の魔力の核と、エメラルドが繋がれている鎖の先が魔力で繋がっている。そして魔力はエメラルドから三人へと流れていることから、小さな体から大量の魔力を引き出しているのは明らかだった。
「復讐だと? お前も同じくらい目障りだ。今度こそ殺してやろう。この国を我々の国とするために、邪魔者はすべて消す」
楽しそうに口元を綻ばせているルイスへと、カルロスは「やれるもんならやってみろ」と呟き、素早い動きでルイスへと斬りかかっていく。
ルイスも剣を抜いて応戦するが、やはりカルロスの鋭い太刀筋に押され気味となり、さらにエメラルドから魔力を得る。
「やめろ」
カルロスの怒りの一撃がルイスの仮面を斬り落とし、その顔を顕にさせた。
ちょうど同じくして、三人のうちひとりと鍔迫り合いをしていたエリオットが力で押し勝ち、地面へと倒れた男へと馬乗りとなり、仮面を奪い取る。
「ドルミオ・ギードリッヒ」
ニヤリと笑って男の名を口にしてからから、エリオットはカルロスの方へと顔を向ける。
「そっちはルイス・ギードリッヒ。父に弟ときたら、残ったひとりは兄のトイロスだな。他の面子も近くにいるはずだ。探し出して捕えろ!」
エリオットが声高に叫ぶと、捕らえられていたドルミオの目が漆黒に染まっていったのにカルロスは気付き、すぐさま剣を振るう。
すると、エメラルドが繋がれていた鎖が地面に散らばり、その数秒後、エメラルド自身も力を失うように、地面へ落ちていった。
「お前!」
ルイスは怒りに震えながらカルロスを睨みつける。カルロスはエメラルドと三人の間にある魔力の流れを断ち切ったのだ。そのため、黒精霊や穢れ者の動きも一気に鈍くなる。
ルイスは怒りに任せてカルロスへと闇の魔力で襲いかかる。手のひらから放たれる髑髏や死神のような姿をした影がカルロスへ勢いよく向かっていくが、カルロスは冷静に見極め、見事な剣捌きで閃光を瞬かせながらそれを打ち破る。
「悪趣味だな」
面白くなさそうにカルロスが呟くと、ルイスは苛立ちを顕にした後、何かに気づいてニヤリと笑った。
「……良いのか。愛しい彼女が死ぬぞ」
ハッとして振り返ったカルロスの目に、クロエラに掴み上げられているルーリアの姿が映り込む。
慌てて駆け寄ろうとしたカルロスに、ルーリアは必死に声を振り絞った。
「大丈夫です。私も一緒に戦います……カルロス様は……エメラルド様を助けて!」
言い終えると同時に、ルーリアは光の魔力で闇の魔力に染まったクロエラを押さえ込もうとするが、すぐにクロエラが嫌がるようにしてルーリアから距離を置いた。
ルーリアの本気を受け取り、カルロスはエメラルドの元へと駆けて行く。噴水のそばでぐったりと横たわっているエメラルドは蠢く黒い影で覆われているが、カルロスは躊躇いもなく、抱き上げようと手を伸ばす。
しかし、触れるその寸前で、後ろから迫ってきた刃を避けるように、機敏に身を翻す。
「なんだこの精霊が欲しいのか。それは無理だな。こいつの力を使わないと一度に大勢の手下を動かせない」
エメラルドを乱暴に掴み上げた兄、トイロスは自ら仮面を外し、投げ捨てた。
「でもこの際仕方ない。お前が動けば殺す……そこのお前もだ。動くな!」
そして、トイロスはエメラルドの首元に剣を突きつけた。エリオットはすぐに状況を判断し、父親から距離を置く。
兄は父と弟に目配せした後、その場から逃げるようにゆっくりと後退したが、大きく呻き声をあげて、右肩を抑えてその場にうずくまった。
放り出されたエメラルドはステイクが支えていて、兄の体の上には短剣を持ったセレットがいた。
「精霊!? 兄貴に何をした」
ルイスが声を震わせながらセレットに問いかけると、セレットは冷たい眼差しでルイスを見下ろす。
「魔力の核を壊した。こやつはもう魔法を使えない……カルロス、何をぼやぼやしている。さっさとやってしまえ」
唖然としているルイスからカルロスへとセレットは視線を移動させ、促すように顎をしゃくった。
咄嗟に後ずさりし、ルイスは逃げ出そうとするが、素早くカルロスに先回りされ、足を凍らされると同時に、その場に倒される。
「闇の魔力を使う者は誰ひとり逃がさない」
続けて、ルイスの肘も手も凍らせ動けなくすると、カルロスは手のひらに存在する魔力の核を見極め、一気に剣を突き立てた。
騎士団員たちがギードリッヒ家の三人を捕縛するべく一斉に動き始める横で、ステイクは支えるようにしてエメラルドの体を起こすと、回復薬を飲ませた。
「エメラルド様、しっかりしてください」
エメラルドを包んでいた影が少しずつ引いていくと、程なくしてエメラルドの目が開けられる。そして、ルーリアに向かって手を伸ばして何かを唱え、気絶した。
その瞬間、ルーリアはハッとし、エメラルドの方を振り返る。胸に手を当てて、自分の中から闇の魔力が消え去ったのを感じ取ると、目の前にヴァイオレットが現れた。
「ルーリア!」
「私、闇の魔力が」
「そうよ。エメラルドが祝福を解除してくれたわ。一掃するわよ!」
ヴァイオレットが自分に向かってかざした小さな両手を驚き見てから、ルーリアは表情を引き締めて、自分の両手をぴたりと添わせる。
ルーリアとヴァイオレットが目を瞑ると、二人の魔力が混ざり合い、一気に膨れ上がっていく。光は広場いっぱいに広がり、温かな風を巻き起こしながら弾け飛んだ。
穢れ者や黒精霊たちから闇の魔力が取り祓われ、元の彼らへと戻っていく。
怪我を負った人びとの傷が癒え、唖然する中、ルーリアとヴァイオレットは目を開け、見つめ合い、笑顔を浮かべた。
心配で少し離れたところから広場の様子を窺っていた老婆が慌てて戻ってきて、キラキラと漂う光が七色に輝いているのに気がついて、「虹の乙女だ」とにこやかに呟いた。




