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凍てつく乙女と死神公爵の不器用な結婚 〜初恋からはじめませんか?〜  作者: 真崎 奈南
六章、

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37/40

ふたりで作る未来へ5


「お前たちはそんな物を売りつけていたのか!」

「高かったから使えなくて取っておいてあるバスカイルの魔法薬があるわ。使って穢れ者になったら嫌だから返品したい!」


 慌ててディベルが場を取りなそうとし、クロエラも引きつった笑みを浮かべて、周囲に話しかける。


「そんなことには決してなりませんので、安心してお使いください」

「この娘が言っていることはデタラメです。耳を傾けないでください」


 しかし、すぐに別の場所から厳しい声がどんどん上がり始め、止められない。


「いや、事実だ! 俺はさっきガーデンパーティーに参加していたが、その女が闇の魔力で黒精霊をたくさん呼び寄せたようにしか見えなかった!」

「闇の魔力を使える人間が作ったものなんて信用できるわけないじゃない!」

「返品できるなら俺もぜひそうさせてもらいたい。最近買った物も効果が薄かった。あんな物、高額を払ってまで買う価値はない」


 最後の発言は自分を否定するもので、アメリアは拳を握り締め、怒りで震え出す。

 馬から降りて、少し遠巻きにその様子を見物していたエリオットが笑いを堪えながら感想を述べた。


「これで、バスカイル家の評判は地に落ちたな」


 これまで必死に隠していた恥が、ルーリアの告白により瞬く間に広がっていく。そしてバスカイルの地位の失墜を肌で感じて、ディベルは怒りで顔を赤くする。


「ルーリア、貴様!」


 ディベルはルーリアの胸ぐらを掴み上げ、拳を振り上げる。反射的にルーリアは体を強張らせるが、振り上げられた手はしっかりと掴み取られた。


「良い度胸だな。俺の目の前で、俺の妻に暴力をふるおうとするなんて」


 カルロスが声に怒りを滲ませて睨みつけると、ディベルは顔色を無くし、すぐさま後退りする。

 安心させるかのようにカルロスから抱き寄せられたルーリアは、力強い腕の中でホッと息をついたのだが、次の瞬間、悔しそうに歯噛みし、こちらを睨みつけているアメリアと目が合った。

 自分の中の闇の魔力が騒めき出した感覚に、ルーリアは思わずカルロスの腕を掴む。


「カルロス様、闇の魔力の気配がします」

「ああ」


 ルーリアの囁きにカルロスは頷き、すぐにエリオットへと目配せをした。

 どうしてもアメリアの様子が気になりながらも、ルーリアはカルロスの腕の中から、まだ立ち上がれないでいる老婆の元へと移動する。


「治癒をさせてください。嫌だとは思います。けどお願いです、少しだけ我慢してください。そして痛みが引いたら、皆さんと一緒にすぐにこの広場を離れて。周囲から闇の魔力を感じます」


 老婆の前に膝をついて必死にお願いすると、老婆から温かな微笑みが返ってきた。


「若奥様……嫌なもんか。私はあなたの人柄が好きだ。ぜひお願いする」


 ルーリアは目に涙を浮かべて、老婆の腫れ上がった足首へと両手をかざした。


(大丈夫。光の魔力を扱えるのだから、私にもできるわ。少しでも痛みを軽くできたらそれでいい)


 前にレイモンドが治癒行為を行った時の姿を思い出しながら、ルーリアは光を操る。もちろん闇の魔力が大きく反応しないように、力を抑えての治癒にはなったが、心配そうにルーリアと老婆を見守っていた人々は、徐々にルーリアの強い魔力に圧倒され始める。

 それはディベルやクロエラ、そしてアメリアも同様だった。

 輝きが消え、ルーリアが息を吐くと同時に、老婆が先ほどまでが嘘のように、軽々と立ち上がる。


「ありがとう……さあみんな若奥様の言葉に従って、ここを離れよう!」


 老婆はそう声をかけて、周囲にいる者たちを引き連れるようにして広場を離れていく。

 一気に騎士団員の姿が目立ち始めるが、その場から動かない者もやはりいる。ルーリアはどうしようと焦りを滲ませた時、部下のケントが広場に入ってきて、エリオットにこそっと報告し、何かを手渡した。

 そこでエリオットはにやりと笑って、ディベルに向かって動き出す。


「先ほど部下が、アズター・バスカイルの元を訪ねまして、ひどい怪我をされているのを発見しました。あなたがやったのですよね」

「なんのことだ」

「それから、個人の尊厳を無視した一方的な能力の搾取は禁じられています。ルーリアさんの件は、これからたっぷり調べさせていただきますね」


 ディベルは思わず顔を背けるが、エリオットは容赦なく話し続ける。


「まだありますよ。この魔法薬の取り引きの公正さを疑う声が次々と寄せられていまして、あなたがたが最近売りに出した魔法薬の価値が金額と見合っているかどうかを、魔力量を測定し調べさせていただきます。虹の乙女とやらがどの程度の能力か楽しみだな」


 エリオットの最後のひと言にアメリアの目に黒い影が生まれる。


「なぜ私を苦しめるの。私は虹の乙女。みんなから敬われる存在のはずなのに」


 荒々しく思いを吐き捨ててから、アメリアは両腕で自分の体を抱き締め、苦しそうに顔を歪めた。


「アメリア、だめ。力を抑えて!」


 ルーリアはたまらず声を掛けたが、しかし、アメリアの耳には届いておらず、その体からゆらりと黒い影が立ちのぼる。

 その力に刺激されたかのように、一体、また一体と、黒精霊が広場に姿を現す。そしてどこからともなく現れた穢れ者に、人々から悲鳴が上がった。


「バスカイルは光の魔力で有名だろ! 虹の乙女だと言うなら、こいつらをどうにかしてくれ!」


 誰かがそんな言葉を投げつけてくるが、そこでアメリアの体が大きな影に飲み込まれ、やがて目も黒く染まっていく。


「穢れ者たちを取り押さえろ!」


 近くにいた男性へとアメリアは尋常じゃない力で襲いかかっていき、エリオットの指示で、騎士団員たちは取り押さえにかかる。


「バスカイルは妹も闇の魔力を宿しているじゃないか! もしかして一族全員、闇の魔力に通じているんじゃないだろうな」

「そんな訳あるか! バスカイル家は光の魔力の名家だぞ!」


 男性から詰め寄られたディベルは唾を飛ばしながら言い返し、クロエラは「アメリア、正気に戻って!」と騎士団員を押し退けるようにアメリアへと近づいていく。しかし、アメリアは呼びかけに反応せず、クロエラの腕に爪を立てて加減なく引っ掻いた。

 クロエラの悲鳴が上がる中、ルーリアは自分ににじり寄ってくる黒精霊へと警戒の眼差しを向ける。


「エメラルドの姿は見当たらないな。どこにいる」


 カルロスの呟きを耳にし、ルーリアも周囲を見回すが、やはりヴァイオレットそっくりの姿は見つけられない。


『あなたにも闇の魔力に蝕まれた者たちを救う存在になってもらうはずだった』


 不意にヴァイオレットの言葉を思い出し、ルーリアは黒精霊たちへと視線を戻した。すると、黒精霊たちの姿が今までと違うものに見えてくる。


「もしかして、私を捕らえて襲おうとしているのではなく、助けを求めている? みんな元は普通の精霊のはずで、我を無くしているように見えるけれど、心の奥底では自我が残っていて、元に戻りたくて私に助けを求めているとしたら」


 ルーリアはカルロスと視線を通わせてから、自分の中に確かに生まれた気持ちを少し緊張気味に言葉にした。


「光の魔力でみんなの闇を祓ってあげたい。私にできるでしょうか」

「ヴァイオレットから祝福を受けているんだ。ルーリアならできる」


 カルロスの力強い微笑みと、信じてくれているとわかる眼差しに、ルーリアは勇気をもらう。

 そして、ヴァイオレットがそうしたように、ルーリアも胸元で手を組み、目を瞑った。


(みんな、元に戻って)


 廊下で目にした光景を頭の中でしっかりと思い描けば、ルーリアの中で光の魔力が膨れ上がり、一気に光を放出し広場を浄化する。


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