ふたりで作る未来へ2
ヴァイオレットのおかげで闇の力を押さえられたルーリアは、ようやく落ち着きを取り戻す。ひとまずカルロスにヴァイオレットを任せて、ルーリアはレイモンドと共に調合室でエリンの怪我の治療にあたる。
「エリンさん、ごめんなさい」
「奥様は何も悪くありませんよ。お気になさらないでください」
幸いにもエリンにまとわりついていた黒い影も、ヴァイオレットによって浄化されていたため軽傷で済んだ。
「小さなお客様もいらっしゃいますし、掃除道具をいろいろ出しっぱなしにしたままなので、片付けてきますね。そうだわ、お茶もお出ししなくちゃ!」
エリンは腕に包帯を巻いた状態ではあるが、もうすでに完治したかのように、いつも通りテキパキと動き出した。
ルーリアはレイモンドにも謝りながら、カルロスたちがいるだろう居間へと戻っていく。その途中で女性の楽しげな笑い声が聞こえてきた。
そっと居間を覗き込むと、ソファーでブランケットの上にいるヴァイオレットと目が合って、「ルーリア、こっちこっち」と笑顔で手招きする。
「まだ横になっていた方がよろしいのでは?」
にこにこ笑っていても、顔色が優れないようにルーリアには見え、思わずそう声をかけると、銀髪の精霊がすぐさま同意する。
「ほらみろ、ルーリアさんだってそう言うんだ。大人しく寝ていろ」
「嫌よ。せっかく来たのだし、いろいろ見たいし、喋りたいじゃない。寝てるなんてもったいないわ」
「そんなことを言って。無理しないという約束を忘れたのか。お前に倒れられるとこっちも大変なんだぞ」
若い精霊ふたりのやり取りに耳を傾けながら、ルーリアはカルロスの隣まで進み行く。先ほど愛の告白をしてしまったからか、少し気恥ずかしそうな眼差しを向けてきたカルロスへと、ルーリアは小さく微笑みかけた。
「とりあえずこの状態ならいいでしょう? 私は大事な話をしに来たのだから」
ヴァイオレットは頬を膨らませると、椅子の背もたれに寄りかかり、ブランケットにくるまって顔だけ出すような状態となる。
「まずは自己紹介からしましょうか。私はヴァイオレット。そしてこちらは私の付き人のステイク」
「ヴァイオレット様は、精霊界の王の姫君様だ」
ヴァイオレットの説明だけでは足りないと感じたステイクがすぐさま補足し、カルロスとルーリアは揃ってヴァイオレットに対して首を垂れた。
「そしてなぜ私がルーリアの名前を知っていたか。それは、私が最初にルーリアへ祝福を授けているからよ」
「私に祝福を下さったというのは、あなただったのですね」
驚いて目を丸くしたルーリアに、ヴァイオレットはにこりと笑い返すと、記憶を掘り起こすように宙を見つめた。
「ルーリアがジェナのお腹の中にいる時よ。あの頃は私も体力があったし、人間の生活の様子を眺めるのが好きで、この街によく遊びに来ていたの。勝手に行くものだから周りには怒られたけど、楽しくて止められなかったわ」
そこですかさず「お転婆姫として名を馳せておりましたから」とステイクが付け加えてきたため、セレットが思わず吹き出す。ヴァイオレットは冷ややかにステイクを見つつも、何も聞こえなかったかのように続ける。
「そこで偶然ジェナを見かけて、お腹に宿った魂が強い魔力を秘めているのを感じたの。その子なら、私の力を分け与えられるって直感したから、まだ生まれてもいなかったけれど祝福を授けたの」
カルロスは「すみません、いいですか?」と断りを入れつつ、疑問をぶつける。
「ルーリアの妹も、精霊から祝福を受けたとされていますが、それもあなたが?」
「いいえ違うわ。私はルーリアの魔力に希望を見い出し、託しただけで、その家族や一族に恩義があるわけじゃないもの……何か知っている?」
「ええ把握しております。バスカイル家ととある精霊一族との間に昔、深い絆が結ばれ、それ以来、数年に一度祝福を授けてきたようなのですが、ここ最近は関係も薄れ、精霊側も代替わりをし、新しい当主はこれで最後だとして祝福を贈ったと聞いています」
ヴァイオレットからステイクへと話の主導権が移り、返された事実に、カルロスはわずかに首を傾げる。
「我々人間は、祝福を授かることで、高い能力を得ることができると認識しています。それで合っていますか?」
「はい。大体はその認識で合っています」
「こう言ってはなんだが、妹の作った魔法薬はそれなりでしかなかった。精霊から祝福を受けたというのは嘘ではないかと疑っていたけど本当だったか」
そこでステイクはおかしそうに笑いを挟んで、淡々と見解を述べた。
「授ける程度は精霊側の気持ち次第でどうとでもなります。新当主は今のバスカイル家を良く思ってなく、軽く済ませたのでは? 祝福を授けるという行為は自分の命を糧に行うものですから、相手に価値を感じられなければそうなります」
「命を糧に……ヴァイオレットさんが倒れてしまったのも、私への祝福の影響が?」
「いいえ。それはまったく関係ないわ」
倒れた姿も目の当たりにしているため、思わずルーリアはヴァイオレットへと戸惑いの眼差しを向ける。ヴァイオレットが明るく否定したところで、エリンが人数分のカップとティーポット、そして焼き菓子をワゴンに乗せてやって来た。
エリンがカップに紅茶を注ぐ音に耳を傾けながら、ステイクは先ほどの続きを話し出す。
「精霊は四、五百年は生きるため、人間と比べれば長寿でありますが、だからと言って、簡単に命を差し出せるはずがありません。ほとんどの精霊は祝福など行いませんが、気に入れば別だ。能力に秀でている人間は必ず祝福を受けていますよ。カルロス君も例外じゃない」
「俺も? ……まさかセレット? 聞いていないぞ。いったいいつ」
ステイクがちらりとセレットを見たのに気づいて、カルロスは驚きを重ね、誤魔化しを許さないかのように、じっとセレットを見つめる。セレットは小さく息を吐いてから、疑問に答えた。
「ご両親が亡くなる前だ。父親に引き続き、同様の力を授けることにした。お前は教えなくてもすぐに魔力を見切り、それを断つまでできるようになった。とてつもない強者となるだろうと父親と笑っていたら……あんなことになってしまった」
「……そうだったのか。両親を亡くした後、あの年齢でも騎士団に入れてもらえたことは俺にとって大きかった。セレットのおかげだ。ありがとう」
カルロスはしばし言葉を失った後、セレットに感謝の気持ちを伝えるように頭を下げた。その姿にステイクは満足そうに微笑んで、自慢げに補足する。
「セレット様は私が心の底から尊敬している方です。名誉騎士の称号を得ているだけでなく、魔力の核を斬ることで、相手が魔法を使えなくすることができる特殊能力をお持ちのため、精霊の世界では最上級の位に名前を連ねていらっしゃいます」
続けて、ステイクは恭しくヴァイオレットへと手を差し向けた。
「そして、ヴァイオレット様もまた最上級の位を授かっていらっしゃいます」
「ということは、あなたも何か特殊能力を持っているということですか?」
「ええ。私は闇の魔力を祓ったり、弱めたりする力があるの。私が黒精霊になってしまった精霊たちを救うように、ルーリアにも闇の魔力に蝕まれた者たちを救う存在になってもらうはずだった」
カルロスから眼差しでも確認され、ヴァイオレットが自らの能力を説明する。そして、求めるようにルーリアを見つめた。
「でももちろん、闇の魔力を持つ人間たちは自分たちを脅かす能力を嫌がり、排除しようとする」
「それの対抗処置として、黒精霊がルーリアに祝福を授けたということか」
「黒精霊は悪くないわ。ただ良いように利用されているだけ。悪いのは闇の魔力を操る人間の方よ」
ステイクのため息混じりの言葉に続いて、カルロスが憶測を述べると、ヴァイオレットがムキになって発言する。カルロスは少しばかり呆気に取られつつも、「どういうことですか?」と問いかけた。
「多くの精霊は闇の力で堕とされて、あいつらの手下として動かされている。そして、我々の祝福の力を逆手にとり、精霊の命を削り取って利用することで魔力を強めている」
不意に、ルイスが鎖と発言したことを思い出し、ルーリアは声を震わせながら確認する。
「もしかして……鎖に繋がれた女性の精霊がそういった扱いを受けているということなのでしょうか。その精霊はあなたによく似た姿をしていました」
何かがつながりそうな予感を覚えながら、ルーリアとカルロスが注目した先で、ヴァイオレットがとても悲しそうに笑った。
「見たのね。似ているなら間違いないわ。私があなたに祝福を授けたすぐ後に、一緒にいた双子の姉のエメラルドが奴らに捕まってしまったの。目立たないようにしていたけど、私たちふたりでこの街によく来ているのを奴らは知っていて狙われたのよ……ルーリアに祝福を授けた黒精霊はエメラルドで間違いない」
ヴァイオレットが顔を伏せると、セレットがそっと歩み寄り、ヴァイオレットを励ますように肩に手を乗せた。
「エメラルドからの祝福は、人間側の意思で行われています」
「どうしてそんなことを」
「私の力を厄介だと思っているから、その力を得たルーリアさんに脅威を覚えたのでしょう。力を発揮するようならいつでも殺せるように目印として授けたのだと私は思っています」
自分には闇の素質があるのだと思い、それを恥とすら思っていたルーリアは、ヴァイオレットの見解に言葉を失う。
「あなた方からの祝福を破棄することはできますか。俺はルーリアの中に植え付けられた闇の魔力を取り除きたい」
「……できます。祝福を授けたその倍の寿命を削ることになりますが、授けた精霊本人なら可能です。後は、その精霊の命が消えれば自然と解けます」
挑むように発した質問に、ステイクからの固い声音での返答を聞き、カルロスは不敵に笑ってみせた。
「なるほど、だったらまずは、あなたの姉君をギードリッヒから奪い取ろう」
力強く感じられる宣言に、ヴァイオレットは感激したように目を潤ませ、セレットの手を掴んだ。ステイクも嬉しそうに口元を綻ばせる。
「ぜひそうしていただけると助かります。双子の魂の核は繋がっております。エメラルド様の魔力を酷使されることで、ヴァイオレット様も影響を受け、思うように力を使えない状態が続いております。最近は少し無理をすると倒れるほどです」
「確かに最近、闇の力を持つ者たちの動きが目立っているからな。ここで良ければ、用意してくれた菓子を食べて休んでいってくれ。他に必要なものがあれば、エリンに言ってくれ」
エリンがヴァイオレットとステイクににこりと笑いかける一方で、カルロスは頭の中で作戦でも立てているかのように顎に手を添えて考え込む。
「そんな中、会いにきてくださったのですね。おかげで助かりました。ありがとうございます」
ルーリアは感謝の気持ちを伝えるように、ヴァイオレットに頭を下げると、ヴァイオレットはハッとしたような顔をし、苦しげに顔を歪めた。
「姉が攫われてしまったのは、街に行きたいからって姉を付き合わせていた私の責任で、私の場合、祝福も勝手にしてはいけない決まりになっていたのに、破ってしまっていたから、私はあなたのことを言えなかったの」
ヴァイオレットは身を包んでいたブランケットから出ると、ルーリアへと真剣に、それでいて苦しそうな面持ちで向き合った。
「しばらくして、唯一、打ち明けることができたのがセレットだった。セレットだけは諦めず姉を助け出そうとしてくれているから。でも罰を恐れず、ちゃんと言うべきだったのよ。そうすればあなたのこれまでの状況も変わっていたはずだわ。本当にごめんなさい」
「謝らないでください。ヴァイオレットさんが悪いわけじゃありません。悪いのは……」
頭を下げて謝罪するヴァイオレットにルーリアは慌てて首を振る。そして頭に浮かんできた伯父夫婦とアメリアの顔もかき消すように言葉を途切らせた後、ぽつりぽつりと語り出す。
「あの過去があるから、こうして私はカルロス様と共にいられるのです。私は今、とても幸せです」
ルーリアはその場にいるみんなに幸せを分け与えるように微笑みかけ、最後に穏やかにカルロスを見つめる。精霊たちもつられるように微笑みを浮かべ、レイモンドとエリンはわずかに目に涙を滲ませる。そしてカルロスは目を見張った後、そっとルーリアを引き寄せ、額に口付けた。
驚いて顔を赤らめたルーリアを見て、我に返ったカルロスが気恥ずかしそうに顔を逸らしたところで、ばたんと玄関の扉が開けられる音がして、足音を響かせながら騎士団員たちが居間に飛び込んできた。
「カルロス、大丈夫か! 黒精霊は……って、どうなっている」
先頭にいたエリオットが平和な様子にポカンとすると、カルロスは胸に手を当てて、時は来たとばかりにヴァイオレットに騎士団流の敬礼をする。
「ちょうど心強い仲間が来ました。すぐに動き出します」
「お願いします」
それに礼儀を返すように、ヴァイオレットとステイクも揃って丁寧な挨拶を返した。




