過去と繋がる5
騎士団の詰め所に魔法薬を運んでからちょうど一週間後、再びエリオットがルーリアに会いに屋敷を訪れた。
もちろんやって来た理由は魔法薬生成の依頼で、既にカルロスの許しを得ていたこともあり、ルーリアはその場で引き受けたのだった。
それから三日が経ち、ルーリアが魔法瓶に栓をし、ふうと大きく息を吐き出したところで、カルロスが書斎に姿を現した。
「お疲れ、ルーリア」
「カルロス様、おかえりなさいませ! たった今、依頼されていぶんを作り終えました。レイモンドさんの予定が大丈夫なら、早速、明日渡しに行ってこようと思います」
「早いな。無理は……していないみたいだな。それなら、無茶はするなよ」
カルロスは調合台のそばに箱がいくつも並べ置かれているのをちらりと見たあと、顔色も良く、何なら少し楽しそうにも見えるルーリアへと視線を戻し、苦笑いを浮かべる。
「それとこれ。前回の報酬だ。団長から預かってきた」
言いながら、調合台の上に布袋がどすんと置かれ、ルーリアは目を丸くする。袋自体はそれほど大きい物では無いが、中身がぎっちり詰まっているのが見てわかるくらい、ぱんぱんに膨らんでいる。
「……そ、それは、カルロス様が管理してくださいませ。お願いします」
ルーリアは金貨袋にはまったく手を出そうとせず、どうして良いのかわからない様子でカルロスを見つめる。
「とりあえず今は預かっておこう。必要な時は言うように……あとそれから……」
そこでおもむろにカルロスが腕を組み、珍しく言いにくそうな様子でルーリアを見つめ返した。
「ルーリアに頼みたいことがあるのだが」
「私に頼みたいこと……はい、何でしょう!」
金貨袋を目にした時よりも表情を明るくさせて、声まで弾んでいるルーリアに、カルロスは少しだけ苦笑いする。
「半月後に、王妃様がガーデンパーティーを催される予定だ。国内のいくつかの貴族を招いてもてなすといった感じで、定期的に開かれているのだけど、それに公爵家当主として俺も呼ばれた。夫婦として共に参加してほしいのだが」
まさか夫婦としてのお願いだとは思っておらず、ルーリアは思わず目を大きくさせる。
「これまでも何度か招待されていたんだ。でもその度に、騎士団の一員として参加させていただきたいと返事をし続けて、実際そうしてきた。だから今回もそうするつもりだったが、ぜひ夫婦でと王妃から直々に言われてしまって」
カルロスが難儀だといった様子で前髪をかきあげるのを見つめながら、王妃からお茶会に呼ぶと言われていたのをルーリアは思い出す。きっと王妃の耳にもカルロスとルーリアの結婚の話が届いていて、夫婦での参加を譲らなかったのかもしれないと予想できた。
カルロスの立場を思えば、断るという選択肢はなく、ルーリアは緊張気味に返事をした。
「……貴族としてのマナーがよくわからず、迷惑をかけてしまうかもしれませんが、私で良ければご一緒させてください」
「ありがとう。恩に切る」
「いいえ。いつもカルロス様にはお世話になっておりますから、私の方こそ、少しでも恩返しができたら嬉しいので」
「急ですまないが、よろしく頼む」
カルロスは小さく息を吐いてから、「金庫にしまっておく」と言いながら金貨袋を掴み取り、踵を返し歩き出す。
立ち去ろうとするカルロスの背中を見ているうちにルーリアは急に不安を覚え、慌てて話しかけた。
「あのっ、最低限覚えておかないといけないこととかありますか? ……カルロス様の妻として」
言いながら、思わずルーリアは頬を赤らめた。振り返ったカルロスも妻という言葉に反応し動きを止める。動揺するようにルーリアから顔を逸らすが、すぐに視線を戻し、少しばかりたどたどしく言葉を紡ぐ。
「俺のそばを離れないこと、くらいか。何かあれば手助けする、夫として」
「……は、はい。わかりました」
ルーリアも「夫として」と返されたことに、さらに顔を赤くする。
目を合わせては、気恥ずかしさからお互い視線を逸らすのを二、三度繰り返してから、ルーリアは「楽しみにしています」と小さく呟いたのだった。
そして半月後、屋敷の居間で、準備を整え終えた貴族服姿のカルロスが、御者を買って出てくれたレイモンドと話をしていると、そこへエリンに連れられてルーリアがやって来た。
「カルロス様、お待たせしました」
「……あ、いや。そんなに待っていない」
向かい合って早々に謝ると、カルロスからポツポツと言葉が返ってくるが、その間もじっと見つめてくるため、ルーリアはどこかおかしいだろうかと自分の身なりを気にし出す。
ドレスは前にカルロスに買ってもらった薄紫色の、レースがふんだんに使われている可愛らしいものだ。髪もリボンを編み込みながら可憐に結ってもらい、薄くはあるが化粧もちゃんと施している。そしてしっかりとカルロスからもらったネックレスもつけている。
エリンのおかげで、これが自分だとは思えないくらい素敵な見た目にしてもらった。しかし、カルロスの様子から、隣に並ぶには物足りなく感じているように感じられ、ルーリアは申し訳なさそうに表情を曇らせた。
そんなふたりに苦笑いを浮かべながら、エリンが口を挟んだ。
「お花のように可愛らしくて、奥様は注目の的ですね」
「そ、そんなことないです」
「いいえ、既にカルロス坊ちゃんの心は掴んでおりますよ」
ルーリアが恐縮気味に否定すると、すかさずエリンが指摘し、カルロスが慌てて顔を背けた。
そして「準備が出来たなら行くぞ」とぶっきら棒に呟いて、カルロスは先に居間を出て行く。
エリンと同じく、苦笑いするレイモンドと共にルーリアも居間を出て、カルロスに続くように屋敷を出る。
用意してあった馬車に向かって進んで行く途中で、玄関先まで見送りに出てきてくれていたエリンが「おふたりとも!」と声を張り上げて呼びかけた。
「会場は混雑すると聞いております。もっとぴったり寄り添って歩いてくださいな。ルーリア奥様が迷子になって、行方が掴めなくなってしまったら、本当に大変ですからね」
にっこり笑いながらのエリンの言葉にカルロスは一瞬で真顔となり、レイモンドをちらりと見た。エリンの口振りから、かつて探していた少女がルーリアであることが伝わっていると察したからだ。
頬を染めるルーリアの横で、レイモンドは堪えきれずに笑い出した。
そのままルーリアはカルロスと共に馬車に乗り込む。
普段忙しい彼とふたりっきりの時間を持てているのだから、何か話をしたいと思ってはみても、話題が思いつかない。その上、彼が難しい顔で何か考えていることもあり、ひと言も言葉を交わすことなく城に到着する。
馬車を降りた後、「楽しんで行ってらっしゃいませ」とレイモンドに見送られ、ルーリアはカルロスに続いて城の中へと移動する。
(とっても綺麗ね)
まったく余裕がなかった前回と違って、ルーリアは廊下に飾られてあるステンドグラスや、細かい模様が入った柱などに気を取られながら進んでいく。
しかし途中で、カルロスに気づいた女性たちが一様にはしゃいでいることに気づいてしまえば、そればかりが目についてしまい徐々に視線を俯かせていく。
女性たちはカルロスに黄色い声を上げた後、必ずルーリアの方を見て、不満そうな顔をするからだ。
(カルロス様は素敵な方だもの、女性に人気があるのも納得だし、本当なら私が結婚できるような人じゃないっていうのも、ちゃんとわかってる)
「ルーリア」
そっとネックレスの魔法石に触れた時、カルロスが肩越しにルーリアを振り返った。
「……掴まれ」
そう言って、カルロスはルーリアが掴みやすいように、己の腕を動かしてみせた。
「大丈夫です。私、カルロス様のそばを離れませんから、迷子にもなりません」
彼の仕草からすぐにエリンの言葉を思い出し、ルーリアはそう返すが、カルロスはゆるりと首を横にふる。
「迷子にはさせない。俺がルーリアから目を離さないから……気になるんだ、男共からの視線が」
言われてルーリアは周囲を見まわし、女性だけでなく男性までもこちらを見ていることに気が付いた。
「男女問わず、カルロス様は人気ですね。わかります。とってもお優しくて、とっても強くて、とっても素敵で、とっても……」
ぽつりぽつりと称賛の言葉を並べるルーリアにカルロスは一瞬動きを止めるが、まだまだ続きそうな予感を覚え、慌てて言葉を遮った。
「ちっ、違う。ちゃんと見てみろ。男どもが見ているのは俺じゃなくてルーリアの方だ」
改めて周りを見渡せば、確かに男性数人としっかり目が合ってしまい、素直な疑問がルーリアの口をつく。
「……どうして私を?」
「可愛らしくて、魅力的だからだろ」
「えええっ!?」
思わず大きな声を上げてしまい、すぐさまルーリアは両手で口を塞ぐと、カルロスがふっと表情を和らげた。
「そんな声も出るんだな」
口を抑えたまま気恥ずかしくて頬を赤らめたルーリアへと、再びカルロスは己の腕を差し出す。
「だから、手を添えて欲しい。ルーリアをじろじろ見る眼差しが妙に腹立たしい。俺の妻だと周りに牽制したいんだ」
「……わっ、わかりました。失礼します」
俺の妻というひと言がくすぐったく、そして嬉しさが心の中で熱となってじわりと広がっていくのを感じながら、ルーリアは彼に手が届く距離までゆっくりと近づいていく。
視線が近づいたことへの気恥ずかしさを堪えつつ、ルーリアはカルロスの腕をそっと掴んだ。服越しに逞しい腕の感触が伝わってくれば、否が応でも異性として意識してしまい、ルーリアは熱くてたまらない顔を彼に見られないように、視線を俯かせた。




