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凍てつく乙女と死神公爵の不器用な結婚 〜初恋からはじめませんか?〜  作者: 真崎 奈南
五章、

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過去と繋がる4(カルロス視点)


 レイモンドが戻ってくると、ルーリアたちは行きと同じようにそれぞれ荷馬車に乗り込み、愛馬に跨ったカルロスがそれに並走する形で騎士団の詰め所を後にした。

 ルーリアの表情はどことなく強張ったままで、穢れ者を目の当たりにしてショックを受けているのは明白だった。


(こういう時、どんな言葉をかけたら良いのか見当がつかない……騎士団長なら気の利いた言葉のひとつやふたつ言えそうだが)


 脳裏に浮かんだエリオットの顔にカルロスは顰めっ面をし、視線をルーリアから前方へと戻した。

 道ゆく人々からは相変わらず好奇の視線を向けられ、それに嫌気がさす。中央に大きな噴水がある広場に出たところで、黒い外套を纏った人物が視線の隅を掠め、すぐさまそちらを確認した。

 広場の中でもカルロスから一番遠い位置にあたる花屋の手前に黒い外套を纏った人物がいた。体つきから男だと判断した後、隣接する店との間に、もうひとり似た格好の男がいることに気付く。


(……誰だ)


 距離がある上、フードを深々と被っていて、なおかつ目元を仮面で隠しているため顔は良く分からない。しかし、男たちの異様にも映るその格好は、カルロスに十年前の記憶を呼び起こさせ、一気に肌が粟立っていく。今すぐ外套の男たちの元へ駆けて行きたいが、その衝動を押さえ込むように手綱をぎゅっと握り締めた。


(今は優先すべき者がいる)


 カルロスは不安そうに荷台で小さくなっているルーリアへと視線を落とし、屋敷への道から逸れることなく馬を走らせた。

 屋敷の中に入り、ようやく肩の力を抜いたルーリアを見て、カルロスもつられるように安堵する。


「やっぱり、屋敷の中は落ち着きます」


 穏やかな声でルーリアはそう呟いた後、炊事場に向かって休む間もなく歩き出したエリンに気付いて「お手伝いさせてください」と話しかける。しかし、エリンから「大丈夫ですよ。奥様は休んでいてください」と微笑み返され、ルーリアは足止めをくらう。

 それでも行くべきか行かないべきかと悩んでいる様子の彼女にカルロスは苦笑いする。


「団長に振り回されて疲れただろう。のんびりしていたらいい」

「……あの、でしたら私……もしかしたらまたすぐ魔法薬が必要になるかもしれませんし、持っていった分だけでも、生成しておこうかなと思います」


 気持ちはすでに書斎に向かっているような様子で、少しばかりそわそわしながらルーリアはカルロスにお願いする。


「あのカルロス様、必要な時はまた魔法薬をお譲りしてしまっても構いませんか? カルロス様は立場がありますし、私が出しゃばったりしたら何か不都合があるのでしたら、もちろん辞めておきますけど」

「構わないよ。でも時々俺も依頼状況を把握させてもらう。無理は絶対に禁止だ」

「はい。ありがとうございます!」


 わずかに口元を綻ばせたルーリアにカルロスは思わず目を奪われ、そのまま書斎へと足早に歩き出したルーリアの後ろ姿をじっと見つめる。

 そんなカルロスの横にやって来たレイモンドも、眩しそうにルーリアを見つめる。


「最近、穢れ者が多出しているからか、魔法薬、特に回復薬の消費が早いですからね。協力してくれるのは正直助かります」


 そこでレイモンドは逡巡するように話を途切らせるが、すぐに自分の考えを言葉にした。


「最近のバスカイル家の魔法薬は価格と効果が見合っていません。はっきり言ってひどいです……だからか、今まで騎士団がバスカイル家から買っていた魔法薬は、ほとんどルーリアさんが生成されていた物のように思えてなりません」

「本人はそうとは思っていないようだが、俺はルーリアひとりで作らされていたと確信している。このままバスカイル家の評判は落ちていくだろう。もし、ルーリアに接触しようとするなら、全力で阻止してやる。彼女は二度と渡さない」


 カルロスの脳裏に、初めてルーリアと出会った時のことが蘇り、引き止めれば良かったという後悔がまた胸を苦しくさせた。


「二度と、ですか。カルロス坊ちゃんはルーリアさんと、前に会ったことがあるのですか?」

「ああ、十年前に一度。その頃、レイモンドにも、はちみつ色の髪色の女の子を知らないかと何度か聞いたと思う」


 告げられた事実にレイモンドは目を丸くして、ポンと手を打った。


「あの時の! 確かに何度も聞かれましたね。その子が子がルーリアさんだったのですか……なるほど納得しました」

「何をだ?」

「結構な数の縁談話が来ていたのに見向きもしなかったカルロス坊ちゃんが、どうしてルーリアさんとは結婚する気になったのか不思議だったのですよ。それはルーリアさんだったからですね。長年の片想いが実って本当に良かった」


 カルロスは動きを止め、「片想い」という言葉を頭の中で繰り返す。そして数秒後、大きく首を横に振る。


「俺は別に。ルーリアを手元に置いといた方が得だと思っただけで」

「結婚するまでに、カルロス坊ちゃんが異性を気に掛けている姿を見たのはあの時だけです……と言っても、その後いろいろありましたからね。幼くして当主となった坊ちゃんはずっと走り続けるしかなくて、そんな余裕が無かったのは仕方ないと思います」


 ルーリアと出会ったその後に、ジークローヴ家は悲劇に見舞われた。レイモンドとエリンはたまたま外出していたため被害に遭わずに済んだが、それ以外で生き残ったのはカルロスただひとりだ。

 少しばかりしんみりとした空気になってしまったところに、炊事場からエリンが戻ってきて、「どうかしたの?」と不思議そうに問いかけた。カルロスは何でもないという風に肩を竦めてみせた後、「俺は詰め所に戻る」と呟いて、そのまま玄関へと向かっていった。




 屋敷を出て、先ほど通りかかった広場へ愛馬を走らせる。もちろんカルロスの脳裏に浮かぶのは、黒い外套を纏った男たちの姿だ。


(……思う通りにはいかないな)


 広場に到着すると走る速度を落とし、花屋付近はもちろんのこと全体を見回すものの、それらしき姿は見つけられなかった。

 歯痒さを募らせた時、前方から「カルロス隊長!」と声を掛けられ、見回り中の騎士団員四名が近づいてきた。


「ご苦労様……怪しい動きがある。くれぐれも油断するなよ」


 カルロスから小声で告げられた言葉に、団員たちは表情を引き締めて「はい」と返事をする。

 またそこに二名の騎士団員がやって来て、「これから、先ほど穢れ者が現れた地点を調べてきます」とカルロスに報告した。

 それぞれ騎乗しているため、近くにいる幼い男の子が「かっこいい」と声を上げながら、こちらを見上げている。そんな様子に騎士団員たちは気付いてにこやかに手を振った後、それぞれがこの場を離れていく。

 次の瞬間、そこにカルロスの姿はなく、馬だけが残されていた。


「詰め所まで来てもらおうか」


 カルロスの真後ろに位置していたパン屋の裏手にて、息をひそめて身を隠していた黒外套の男の背中へと、カルロスが剣先を突きつけていた。

 両者の殺気が混ざり合い、緊張感が張り詰める中、カルロスは挑戦的に口角を上げた。


「拒否するなら、このまま首を跳ね飛ばす」


 宣言した瞬間、店の表の方から悲鳴とどよめきが上がる。「黒精霊よ!」と女性が引き攣った声で叫んだ後、幼い男の子の泣き声が続いた。


「お仲間の仕業か」


 先ほどは一緒にいたもうひとりの姿が見えないため、カルロスが苦々しく吐き捨てると、フードの下で男が小さく笑った。


「俺に構っていて良いのか? 被害者が出るぞ」


 低い声で告げられた言葉は、次々と上がる悲鳴と苦悶の叫び声で現実味を増していく。

 カルロスは舌打ちすると、男の元から広場へと戻っていく。見回せば、すでに三人ほどが闇の魔力によって暴れ出していた。逃げ惑う人々の中に、騒ぎに気付いた戻ってきた団員たちの姿もあった。


「黒精霊」


 広場の上空にはぽつりと黒精霊が浮かんでいる。ぶつぶつと何かを唱えるその女の黒精霊の足からは短い鎖が垂れ下がっていて、カルロスは城で見た精霊と同じだとすぐに判断した。

 黒精霊の虚ろな眼差しがカルロスに向けられ数秒後、ゆっくりと宙に溶け込むかのように姿を消す。

 カルロスは苛立ちを込めるかのように剣の柄をぎゅっと握り締め、この場を鎮めるべく、力強く地面を蹴って走り出した。



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