過去と繋がる2
それから三日が経ち、暖かな日差しの下、花壇に水を撒き終えたルーリアはふうっと息を吐くと、すぐに近くで雑草を抜いている老婆の側へと移動する。
「手伝います」
そう言って笑いかけると、老婆が嬉しそうな笑みを返し、そこへ「私も水撒き終わりました」とエリンも合流する。
ジークローヴ邸の庭にはこの三人の他に、近所に住む年配の男性がふたりいて、彼らは大きな鋏を手に、木々の剪定を行っている。
セレットがまだ戻ってきていないため、今もまだ庭仕事はルーリアの担当だ。
やり始めて間もない頃のこと、カルロスとレイモンドも一緒になって慣れない手つきで水やりや草むしりをしていると、老婆が屋敷を訪れた。
この老婆は以前ルーリアが回復薬を生成し譲った相手で、「先日、あのように上等な回復薬を少ない金額で譲ってくれたお礼に、私にも手伝わせてください」と申し出てくれたのだ。
それ以降、老婆は近くで暮らしている庭仕事が好きな人々にも声を掛けて、こうして度々来てくれているのだ。
ひと段落したところで、みんなで東家に集まる。賑やかに、木の実のジュースやお菓子を飲んだり食べたりし終えたところで、ルーリアは庭仕事を手伝ってくれた三人にお手製の回復薬を一つずつ手渡した。
「私に出来るお礼はこれくらいしかなくて、必要ないかもしれませんが、どうぞもらってください」
老婆と高身長の男性はとびっきり嬉しそうな顔をすると、ルーリアの回復薬を大切に抱きかかえて「ありがとうございます」と繰り返す。
そして、もうひとりの恰幅の良い男性は、驚いた様子で目を丸くさせ「これほどの物を、いただいてしまって宜しいのですか?」とルーリアに確認する。
ルーリアがもちろんといった様子で頷くと、他のふたりと一緒に深く頭を下げた。
「カルロス様のお嫁さんが作った薬は本当に素晴らしいんだよ。俺は腰痛持ちで、少し前に虹の乙女と言われる娘さんの治癒を受けたが一向に改善されなかった。でもこの前いただいた魔法薬を使わせてもらったら効果てきめんで、仕事も捗るよ」
長身の男性からアメリアの話が出て、ルーリアは恐縮するように言葉を挟む。
「それはきっとたまたまです。私の力なんてアメリアの……虹の乙女の足元にも及びませんから」
「いやいや。そんなことはない。むしろあの娘よりも、カルロス様のお嫁さんの方が虹の乙女のようだよ」
これまでずっと、アメリアを尊い存在として敬ってきたルーリアには、それは思うことすら許されなかった言葉であり、表情を強張らせて懸命にふるふると首を横に振る。
「さあ皆さん、今日はもうこの辺でお開きとしましょうか。私たちはこれから用事がありますので、準備しなければいけませんし」
ルーリアの妹が虹の乙女であるのをエリンは思い出し、慌てて話に割って入ったところで、屋敷の門が開き、ちょうど荷馬車に乗ったレイモンドが入ってきた。
「ちょうど良かった、積み込むのを手伝っていただけませんか?」
御者台から降りてきたレイモンドは、男性ふたりにニコリと笑いかけてお願いする。すると、男性ふたりは快く了承し、レイモンドと共に屋敷の中へと入っていった。
「私も一緒に運んだほうが」
「いいえ。大丈夫ですよ。魔法薬はたくさんありますし、まとめて運ぶのは重いですし、ここは男三人に任せちゃいましょう」
後を追って屋敷に向かおうとしたルーリアは、あっさりとエリンに引き止められる。お婆さんを見送ると、そのまま馬車のそばで待つことにした。
「今から騎士団の詰め所に行くと思うと、少し緊張しますね」
心なしか速い鼓動を感じながら、ルーリアは隣に立つエリンへと話しかける。
実は今朝、カルロスが出勤した後、屋敷にエリオットが訪ねてきたのだ。
気安い態度で「あなたにお会いしたかったです」と握手を求められ、ルーリアは戸惑い、固まってしまう。黒い騎士団の制服を着ていることから騎士団員なのは分かっていたが、その場にやって来たレイモンドが「騎士団長!」と驚いたことで、カルロスの上司であると分かり、ルーリアは少しずつ表情を和らげていった。
それから「生成した魔法薬があれば見せていただきたい」とお願いされ、断る理由のないルーリアは、すぐに書庫へと案内し、作り置きしていた魔法薬をすべて見せた。エリオットは回復薬を手に取るとすぐに感激した様子となり、騎士団にすべて売ってくれないかと申し出たのだ。
人々のために働いている騎士団の力になれるなら、そして、自分の魔法薬が少しでもカルロスの役に立てばと考え、ルーリアは「これらで良ければ」と返事をした。
レイモンドも含めて話をし、後で騎士団へ持っていくと約束を交わした後、エリオットは「カルロスと一緒に待ってるからね」と笑顔で屋敷を後にしたのだった。
騎士団の詰め所に行くのは初めてで、騎士団員としてのカルロスを見るのも久しぶりであるため、それからずっとルーリアは楽しみでソワソワし通しだったのだ。
「実は私も初めて中に入りますよ。楽しみですね」
エリンがにこやかに答えた時、屋敷の中から大きな箱を抱え持ったレイモンドたちが出てきた。荷台に積み込み終えると、男性ふたりは「また手伝えることがあったら、遠慮なく言ってください」とルーリアに笑いかけ、そのまま屋敷を出ていった。
そしてレイモンドは御者台へ、ルーリアとエリンは荷台に移動し、騎士団の詰め所へと出発する。
カルロスの力が込められた魔法石のペンダントを得てから、ルーリアの闇の魔力はしっかりと抑えられている。そのため「短時間で済むなら買い物に出ても構わない……でもまあ、俺かレイモンドが付き添える時が望ましいが」と、カルロスからの許可は一応出ている。
とはいえ、ルーリアが不安を感じない訳もなく、ペンダントの魔法石をそっと両手で包み込んだ。
あっという間に荷馬車は騎士団の詰め所に到着し、レイモンドが門番をしている団員と少し言葉を交わしただけで、敷地の中へと入ることが出来た。
門の側で荷馬車を止めて待っていると、すぐにエリオットが数人の騎士団員を引き連れてやって来た。
「ご足労お掛けしました。せっかくだし、みんなにルーリアさんを紹介したいし、このままカルロス第五部隊長の所へ行きましょう」
エリオットは「そっちは頼んだよ」とレイモンドに声を掛けると、レイモンドは頷き、エリオットが連れてきた団員たちに「一緒に医務室まで運んでくれますか」とお願いした。
ルーリアはエリンと共にエリオットに続いて歩き出した。すれ違う団員たちがルーリアへ不思議そうな眼差しを向けるたび、エリオットが「彼女、カルロスの嫁さん」と紹介する。その度、団員たちが姿勢を正して「カルロス隊長にはお世話になっております!」と頭を下げるため、ルーリアは恐縮しきりで、同時にカルロスの存在の大きさを改めて感じたのだった。
「失礼するぞ……あれ。いない」
エリオットはノックしたものの返答を待たずに、カルロスの執務室のドアを勢いよく開けたが、そこに主人の姿はなかった。そのため、ちょうど隣の部屋から出てきた剣をふたつ携えた団員に声を掛ける。
「おいケイン、カルロス隊長がどこにいるか知ってるか?」
「カルロス隊長なら先ほど、医療室に行かれました」
すぐに返ってきた言葉を聞いて、ルーリアは思わず息をのむ。
「カルロス様、もしかしてお怪我をされたとか」
不安そうにルーリアが確認すると、ケインと呼ばれた団員は慌てて両手を振った。
「確かに怪我人は出たのですが、それはカルロス隊長ではありませんので……ところで、そちらの女性は?」
そこでケインは、ルーリアとエリンを気にかける様子を見せ、問いかけた。それを受け、エリオットから「自己紹介を」と促されたため、ルーリアはおどおどしながらお辞儀をした。
「私は、ルーリア……ルーリア・ジークローヴと申します!」
バスカイルと名乗りかけるが、自分はもう既にジークローヴであることをルーリアは思い出し、声を上擦らせながら今現在の名を名乗った。
「ジ、ジークローヴ!? ってことは隊長の奥様ですか。バスカイル家の方だと聞いております」
「はい。そうです……姉の方です」
「失礼しました! 初めまして! カルロス隊長にはいつもお世話になっております。ケント・ニードリーと申します」
彼は第五部隊の一員らしく、ここまで会ったどの団員たちよりも感激した様子でルーリアへ挨拶する。緊張で早まった鼓動と気恥ずかしさから熱くなった頬、そして、妹ではなくなぜ姉の方を選んだんだと思われているかもしれないという不安で、ルーリアが固まってしまうと、緊張をほぐすかの様にエリオットがルーリアの背中に軽く触れる。
「とても優秀なお方だ。これから我々騎士団は彼女に力を貸してもらうことになるだろう」
エリオットに褒められて、ルーリアが驚いた様子で彼を見上げる。
今朝方のエリオットとの会話の中で、実は「今日だけでなく、これから継続して、騎士団のために魔法薬を作っていただけないか」と頼まれたのだ。今回は自分の判断で魔法薬を渡すことにしたが、ずっととなると話は別だとルーリアは思い、「カルロス様と相談してから決めてもよろしいですか」と保留にしたのだ。
そのため返事はまだだが、期待されているのはひしひしと伝わってきて、ルーリアが戸惑いの眼差しをエリオットに返す。そのままゆっくりと視線を俯かせた時、背中に感じていたエリオットの手が離れ、後ろから低い声が響いた。
「……いったいこれはどういうことですか?」
「戻ってきたのか。早いな」
「カルロス様!」
振り返り見つけた姿につい声が弾んでしまい、ルーリアはさらに頬を赤らめた。カルロスは不機嫌にエリオットを見つめていたが、ルーリアの様子に気持ちを削がれ、掴んでいたエリオットの手を離した。




