不器用な結婚生活5
どうせなら備蓄をいっぱいにしてしまおうと考え、先ほど教えてもらった戸棚を開けて、まずは在庫を確認する。
中には、毒消しと表記された小瓶が五つほど並んでいて、その横のがらんとした空間に、新たに十個くらい並べられるだろうと目算する。
続けて、棚の中で見つけた水差しを手に取ると、そのまま炊事場に向かって歩き出した。
これ以上高価な聖水を使うのは気が引けるため、自分で水を聖水に変えてしまおうとルーリアは考えたのだ。
聖水の生成は、幼い頃にクロエラに言われて一度だけ行ったことがある。生成は成功したが、大量の魔力を一気に増幅させたことでルーリアの中にある闇の魔力が強く反応してしまい、結果、失敗に終わったのだ。
クロエラからもそれ以来求められなかったため、もう一度やってみようとは思わなかったのだが、先ほど生成を終えた後、これなら力を発揮しても問題ないと感じたのだ。
屋敷中にあるカルロスの魔力が込められた魔法石と、何より首から下げているネックレスの魔法石のおかげで、ルーリアの中にある闇の魔力が完全に抑え込まれたからだ。
(まるで後ろからカルロス様に抱きしめられているような感覚だった)
その瞬間のことを思い返せば自然と頬が熱くなり、思わずルーリアは水差しを抱きかかえる手に力を込めた。
廊下を進む途中で、玄関先でエリンに繰り返し頭を下げている老婆の姿を目にし、ルーリアは思わず足を止め、わずかに肩の力を抜く。
(良かった。喜んでもらえたみたい。私でも役に立てた)
ふたりの様子からそう判断した時、屋敷の中に栗色の髪を可愛らしく結い上げた女性が入ってきて、その光景に不思議そうな表情を浮かべた。
続けて、その女性と目が合ったため、ルーリアは慌ててお辞儀をして、炊事場に向かって小走りで進み出した。
今日はたくさんの人が屋敷内にいるというのに、炊事場には誰の姿もなかった。ルーリアはきょろきょろしながら室内に足を踏み入れて、水差しに水を汲み入れる。
「今日はお手伝いに来てもらう日だったのね。失敗したわ」
誰かがぼやきながら入ってきたのを感じ、ルーリアがすぐさま顔を向けると、そこにはついさっき見かけた栗色の髪の女性が立っていた。
「この様子じゃ、お兄様は外出中ね」
「……お兄様ですか?」
キョトンとしたルーリアに、女性は信じられないといったような表情を一瞬浮かべてから、はっきりと告げた。
「ええそうよ。カルロスお兄様。私は妹のカレンです」
そこでルーリアは書斎で見た写真に写っていた少女を思い出す。言われてみれば確かに幼い頃の面影が残っていて、突然のカルロスの妹との対面に大きく戸惑う。
(ご挨拶をした方が良いわよね)
緊張気味にルーリアが口を開きかけた時、カレンが問いかけてきた。
「あなたもお手伝いに呼ばれたの? でもなんで白衣を着ているの? ここで何しているの?」
次々と疑問を投げかけられ、ルーリアは口籠った。しかし、大きめの白衣や手にしている水差しをカレンに不審がるように見られたことで、思わず潔白を訴える。
「私は、魔法薬の生成の準備をしていたところで」
「ああ調合師だったのね。お兄様、魔法薬にはうるさいから大変でしょう」
勘違いされてしまいルーリアは再び口籠る。そんなルーリアの様子に気付かぬまま、カレンは質問を続けた。
「お兄様は騎士団へ? それとも結婚相手と一緒に外出中?」
結婚相手は目の前にいる自分なのだが、そんなこと想像すらしていない様子の妹のカレンに打ち明けたらどう思われるかが不安になり、ルーリアはぎこちなく笑みを浮かべた。
「あなた、兄の相手のルーリア・バスカイルを見た? 妹の私はまだなのよ。信じられないわよね。突然お兄様ったら、結婚したとだけ手紙を寄越してきて、しかも式もあげないとか、そのうち紹介するだなんて書いてあるし、驚いて飛んできたの」
ルーリアにとってもすべて突然のことだったため、それも仕方なかったことだとカルロスを庇いたいが、ルーリアは何も言い出せないまま黙り込む。
「相手はバスカイル家の虹の乙女として期待されている妹の方かと思いきや、姉の方らしいし。どんな方かを聞き回ってもみんな良く知らないの。体が弱くて、引きこもってたらしいわ。きっと根暗な女ね」
体は弱くないけれど、引きこもっていたのは事実で、周りの女性と比べてうまくお喋りできない自覚もあり、根暗というのも合っている。
ルーリアが徐々に視線を落としていくと、カレンは苛立った様子で短く溜め息をつく。
「お兄様、きっと嫌々結婚したのでしょうね。だから扱いがこれほどまでに雑なんだわ」
それも間違っていない。そう分かるのに、カレンの言葉はルーリアの心に容赦なく突き刺さる。
「私の自慢のお兄様だし、もっと素敵な女性と結婚してほしかったわ。王女から気に入られていたし、国王様から結婚の話もちらつかされたそうじゃない。そっちとくっついて欲しかったわ。そうすれば、間違いなく騎士団長にもなれたし、王子様のお付きの護衛にだって抜擢されたのに」
「……カルロス様は王女様と結婚のお話があったのですか?」
「ええそうよ。それを蹴って、バスカイルの妹じゃない方と結婚だなんて、何か弱みを握られたとしか考えられないわ。ルーリア・バスカイルがお兄様の花嫁として相応しくないようなら、私が追い出してやるわ!」
「カレン様!」
それが妹である自分の使命だとばかりに、カレンが高らかに宣言した瞬間、エリンの強張った声が響いた。
「あらエリン。ちょうど良かった、喉が渇いたから冷たいお茶をいただける?」
エリンは求めに動かず、責める様な表情まで浮かべてきたため、カレンは狼狽える。
「何?」
「カルロス坊ちゃんの花嫁様が、こちらにいらっしゃるお方です」
真剣な声音でエリンから告げられた事実に、カレンは唖然とした顔をし、改めてルーリアを見た。
「ちょ、調合師でしょ?」
「いいえ。ルーリア奥様です」
「……初めまして、ルーリア・バスカイルです。ご挨拶が遅くなり申し訳ありません」
ルーリアは手にしていた水差しを調合台の上に置くと、体を小さくさせながらカレンに向かって膝を折って丁寧に挨拶をした。カレンは今さっきの自分の発言を思い返したのか、手のひらで口を覆う。
「カルロス坊ちゃん、もうすぐお帰りになりますよ。お茶の準備をしますから、どうぞお待ちください」
「いっ、いえ。絶対に会いたくないわ。皆さんもお忙しそうだし出直します」
エリンが少し冷たい口調で提案すると、カレンは一気に顔を青くする。そのまま炊事場を出て行こうとしたが、途中でルーリアへと振り返った。
「……あの、ルーリアさん……ごっ、ごめんなさい!」
深く頭を下げた後、淑女らしからぬ様子でバタバタと足音を立てて、その場から逃げ出した。
「奥様、すみません。カレンお嬢様は根は悪くないのですが、言葉が過ぎることが多々ありまして」
「い、いいえ。だいたい本当のことですから」
申し訳なさそうに謝ってきたエリンにルーリアは大きく首を横に振り、気にしていないことを伝えるように極力明るい声で返事をした。
「先ほど回復薬をお渡ししましたが、とっても喜んでおりました。奥様の負担にならなければ、ぜひまた譲って欲しいと」
「そんな風に言ってくださったのですか。嬉しいです。私、回復薬、もう少し作っておきますね」
幸せそうに水差しを抱きかかえると、ルーリアは書斎へ向かって歩き出す。エリンは「無理なさらないでくださいね」と声をかけ、ルーリアの華奢な後ろ姿を少し切なげに見つめた。




