不器用な結婚生活2
窓の向こうから鳥の囀る声が聞こえ、ルーリアは目覚めた。体を起こしてすっかり明るくなっている空へと視線を移動させ、少しばかり唖然とした表情を浮かべた。
「もう朝なのね」
いつもみたいに悪夢を見ていたような記憶は朧げにあるのに、今の今まで目が覚めることなく眠り続けていたことにルーリアはただただ驚く。
すると、自分の枕元にきらきらと輝く魔法石があることに気づき、見覚えのないそれを慌てて手に取る。
「綺麗」
傾ければ輝きの濃さが変化し、魔法石を自身の魔力で磨き上げて結晶化したとも言えるような代物だ。熟睡できた理由を早々に理解し、ルーリアは魔法石を大事に抱え持って、部屋を飛び出した。
もちろん向かう先はカルロスのもとである。彼の部屋をノックしてみたが応答はなく、声をかけてみようかと迷っていると、居間の方でエリンの笑い声が響いたため、自然とルーリアの足はそちらに向かう。
様子を窺うように室内を覗き込めば、トレーを小脇に抱えているエリンと、窓際のひとり掛けの大きな椅子に座り、本を手にしたカルロスの姿を見つける。
「……おはようございます」
声をかけてからルーリアはふたりに歩み寄っていく。するとすぐにエリンから「奥様、おはようございます!」と明るく笑顔を返され、カルロスからも「おはよう」といつも通りのあっさりとした挨拶を返された。
「カルロス様、ありがとうございます!」
感謝の言葉に「え?」と疑問で返してきたカルロスへと、ルーリアはもう一歩近づく。
「これって、カルロス様ですよね? 久しぶりにぐっすり眠れました」
ルーリアが手のひらに乗せた魔法石を、差し出すようにして見せれば、ようやくカルロスは腑に落ちたような顔となる。
「眠れたのか、良かったな」
「カルロス坊ちゃんが魔法石をそのように輝かせているのですか? さすがですね」
「カルロス様は本当にすごいお人ですよね」
後ろからルーリアの手元を覗き込んだエリンが驚きの声をあげ、ルーリアは同意するように力強く頷く。
ふたりから褒め称えられたカルロスは、嫌がるように肩を竦めた。
「やめろ……それはちょっとムキになって張り合った結果でしかない。俺をすごいというなら、ルーリアこそだ」
そして、手にしていた本をぱたりと閉じると、椅子の横の小さなサイドテーブルにそれを置き、代わりに淹れたてらしい湯気の立ち上るティーカップを手に取り、口へと運ぶ。
ひと口飲んだ後、思い出したかのようにカルロスの目がルーリアに向けられる。
「そうだ。朝食が済んだら三人で買い物に出るぞ」
思わずルーリアはこの場にいる人数を数え、おずおずと確認する。
「……それは、私もということでしょうか」
「ああ。そのつもりで準備を頼む」
町に買い物に出るのは初めての経験で、自分の魔力が暴走したらどうしようとやはり不安を覚える。そんな中でも、カルロスと一緒ならば大丈夫かもしれないと一度考えれば、前向きな気持ちとなり楽しみにすら思えてきた。
ルーリアは魔法石を胸元で抱き締めながら、少しだけ緊張気味に「はい」と返事をした。
カルロスが騎士団員となってから、エリンたちと共に食事をしていなかったらしいのだが、カルロスの提案でレイモンドを含めた四人で毎朝の朝食をとることになった。
レイモンドが騎士団の馬や王城で飼われている犬や猫など多くの動物たちの健康管理を任されているため、今朝はその話題が多く飛び交い、ルーリアはふむふむと話に耳を傾けた。
食事の後は、再びカルロスの妹カレンの衣装部屋へとルーリアはエリンと共に足を踏み入れる。そして、「デートですもの。腕がなりますね」と楽しそうなエリンの手によって、ルーリアはあっという間に着飾られていった。
支度を終えて小さなバックをしっかり持ったところで、エリンから「居間でお待ちくださいね」と言われ、ルーリアは先にそちらへと移動する。しかし居間に到着すれば、ソファーでセレットがイビキをかいて気持ちよさそうに眠っていた。
眠りの邪魔になったら嫌だなという気持ちと、でも居間で待っていてと言われたこともあり、入り口のところで立ち尽くしていると、後ろから「ルーリア?」とカルロスから声をかけられた。
「セレットさんが眠っていらっしゃって、中に入って起こしてしまったら申し訳ないなと思いまして」
振り返ると、カルロスが不思議そうな顔をしていたため、ルーリアは居間に入らない理由を伝える。しかし、それでも彼が自分をじっと見つめてくるため、ルーリアは大きく戸惑う。彼の青い瞳が、着ているドレスの方へ移動したことで、ようやくルーリアは理解し、頭を下げた。
「カレン様のドレスをお借りしました。実は他にも寝巻きとか色々着させていただいております。勝手にすみません」
クロエラが訪ねて来たその夜に、エリンが「よかったら、これもどうぞ」と衣類を両手いっぱいに抱えて部屋にやって来たため、クローゼットの中身が一気に充実したのだ。
そして、つい先ほど着たばかりの白と淡いピンク色のドレスへと、ルーリアは改めて視線を落とす。レースやリボンやフリルがふんだんに使われていて、とっても可愛らしいドレスだ。エリンには「可憐だわ!」と褒めてもらったが、自分に似合っているように思えなかったルーリアは、カルロスのどことなく冷めた眼差しにやっぱりと心の中で納得する。
「お見苦しいと思いますが、エリンさんが髪まで整えて下さっていますし、今日だけ我慢してもらえたら嬉しいのですが」
「……え? あっ、いや。違う」
ルーリアが体を小さくさせてお願いすると、カルロスはハッとし、小刻みに首を横に振る。
「見苦しくなんてない。むしろ……」
(……むしろ?)
より強い否定の言葉が続く気がして、ルーリアは顔を強張らせたままカルロスをじっと見つめる。
「……気にするな」
カルロスは気まずそうに頬をかいてから、ルーリアの眼差しから逃げるように背を向ける。そこへ準備を終えてやって来たエリンが、カルロスを見て微笑ましげに目を細め、こっそりと話しかけた。
「あらあらカルロス坊ちゃんたら、また照れちゃって」
「やめろ。照れてない」
「わかりますよ。奥様、とても可愛らしいですものね」
ルーリアにはふたりの会話が聞こえておらず、カルロスの背中しか見えていない。不安そうにしていると、気付いたエリンが素早く側までやってきて、「さあ行きましょう!」とルーリアの手を取り足取り軽く歩き出した。
カルロスを先頭に三人は屋敷から出て、門の外で待たせていた馬車に乗り込む。
窓から、店先に立って客を呼び込んでいる活気ある姿や、ベンチに座って談笑している女性たちの楽しそうな姿など、そこに流れている馴染みのない日常をルーリアは興味深く見つめた。
それほど走らず馬車は停止し、ルーリアはソワソワしながら外へと降りた。
通りは多くの人が行き交っていて、それらの視線をカルロスが一気に集めている。尊敬や憧れだけでなく、恐れを抱いたような視線まで様々ではあるが、カルロスの知名度の高さを知るには十分である。
「ルーリア、こっちだ」
カルロスに声を掛けられ、ルーリアは「はい」と小さく返事をし、彼の後ろに続く形でエリンと並んで歩き出す。しかし数歩も進まぬうちに、「いやああ」と女性の悲痛な悲鳴が聞こえてきた。
何事かと辺りをキョロキョロ見回し、ルーリアは自分より少し年上だろう女性三人の姿に視線を留める。
「カルロス様が結婚したというのは本当だったのね!」
「信じたくない! 誰なのよ、あの女!」
「私たちのカルロス様が、あんな地味女を選ぶだなんて!」
嫉妬に満ちた言葉にルーリアは息をのむ。思わず足を止めかけたものの、素早くカルロスに手を捕まれ、そのまま目の前にある小じんまりとしたお店の中へと入っていった。
「ああいった言葉に耳を貸す必要はないからな」
カルロスはきっぱりとルーリアにそう告げてから、「お待ちしておりました」と朗らかな笑顔で近づいて来た男性店主へと体を向ける。
「坊ちゃんの言う通りですよ。ただの醜い嫉妬です。お気になさらないでくださいね」
続けてエリンにもそう声を掛けられ、ルーリアは「はい」と頼りない声で返事をしたが、重苦しい感情が心の中では渦を巻き始める。




