新しい生活7
「お待ちください。ただいま、カルロス坊……カルロス様は屋敷におりません」
「そう。だったら今すぐ呼んで来てちょうだい。バスカイルの者が話をしたいと言えば、応じるはずよ」
ようやく相手が誰か理解したエリンが狼狽えるように身を引いたことで、クロエラはその場を見まわし、廊下の奥にいるルーリアに目を留める。
表情に怒りをみなぎらせながら、クロエラは一直線にルーリアへと向かってくる。
「あんたって子は!」
怯えきっているリーリアの頬を、クロエラが力一杯叩いた。よろめいたルーリアに尚もクロエラが掴み掛かろうとしたため、慌てて追いかけてきたエリンが割って入った。
「いきなり何をするのですか!」
「うるさいわね。私はこの子の伯母よ。部外者は口を挟まないでちょうだい」
「そうはいきません!」
喰らいついてくるエリンにクロエラは煩わしそうに顔を顰めた。男たちへ目線で命じると、すぐさま男のひとりがエリンを捕らえ、引き離しにかかる。
邪魔者がいなくなると、クロエラは体を震わせて下を向いているルーリアの髪を掴んで、強引に顔を上げる。
「自分が何をしたかわかってるの?」
「……も、申し訳ございません」
「もちろん誰にも何もバレてないわよね」
「バレていない」と嘘を吐くことができず、そこでルーリアは口を噤んだ。黒精霊から祝福を受けていることはすでにカルロスが知っている。ここで嘘をつくのは、知った上で自分を受け入れてくれた彼に対する裏切り行為のように思えてしまったからだ。
そのルーリアの態度に、クロエラは顔色を変える。そして、湧き上がってきた怒りをぶつけるように、再びルーリアの頬を叩く。
「今すぐ連れ出して」
クロエラが命令すると、三人のうち一番屈強そうな男がルーリアの腕を掴んで、引きずるようにして歩き出した。
いくら抵抗しても男の手からは逃れられず、どんどん玄関の扉が迫ってくる。ルーリアは目に涙を浮かべ、必死に声を上げた。
「……いっ、いや……行きたくない。私はここにいたい!」
保てていた心の均衡が崩れ去り、ルーリアの体の中で光と闇の魔力が一気に力を増していく。いつもならそこで暴走が始まり、溢れ出す闇の魔力で黒精霊たちを引き寄せてしまうのだが、ランタンの中の魔法石が強い輝きを放ち始めたことで、ルーリアの中に根付いた闇の魔力が抑え込まれていった。
唖然としているクロエラへ、すかさずエリンが非難の言葉を浴びせた。
「ルーリア様はもうカルロス様の奥様でございます。バスカイルではなく、ジークローヴ家の人間なのです。奥様に不敬を働いたこと全て報告させていただきます。カルロス様は黙っておりませんよ」
「婚姻の申し込みははっきりお断りしたはずです。それなのに勝手にルーリアを連れ出すなんて、カルロス公爵はどうかされていますね。そもそもこの娘にそこまでの価値などあり……」
クロエラが不愉快そうに眉を顰めてエリンに言い返している途中で玄関の扉が開き、同時に、ルーリアを捕らえていた男が体を痙攣させながら、バタリとその場に倒れた。
そして一斉に、ルーリアのために置かれていたランタンの中の魔法石が火花を散らし始めた。習得するのが非常に難しいとされている雷の魔法が発動され、魔法石が反応したのは一目瞭然で、クロエラとエリンを捕まえている男は唖然とする。
「俺は最初からお前らに許可など求めていない。ルーリアを嫁にもらうとはっきり書いたはずだ。それは文字通りの意味でしかない。なぜ理解できない」
コツコツと靴音を響かせながら屋敷の中に入ってきたカルロスから鋭く睨みつけられ、クロエラは息をのむ。
カルロスは倒れている男のそばで震えているルーリアを自分の元へと引き寄せた。
「ルーリアを手放す気はない。もし、お前らが彼女を連れ去ってどこかに隠すことがあれば、バスカイル家を潰す。俺の妻を狙う者は許さない。一人残らず命を奪い取る」
不敵な笑みを浮かべたその顔はゾッとするほど美しいのに、命を狙うその様子は騎士団の黒い制服と相まってまるで死神のように見えてくる。
ルーリアは目に涙を溜めたままカルロスを見上げると、カルロスもすぐにルーリアへと視線を落とした。そして、ルーリアの左頬がわずかに腫れていることに気付いた瞬間、カルロスは躊躇いなく鞘から剣を抜き去る。
「すこぶる気分が悪い。悪いが、俺は女だろうと容赦しない。これ以上俺たちの視界に留まり続けるなら斬り殺す」
カルロスが剣先をクロエラに定めると、クロエラは小さく悲鳴をあげ、逃げ惑うようにして屋敷から逃げ出す。残された男たちはカルロスから睨みつけられると慌てて走り出し、倒れている仲間をふたりで支えるようにして屋敷を出ていった。
「カルロス様、ありがとうございます……ここにいられることが、すごく嬉しい」
ルーリアの目から流れ落ちた涙をカルロスは指先で優しく拭ってから、そっとルーリアの顎を持ち上げて、痛々しい腫れを悔しそうに見つめる。
「まったく、可愛い顔に何してくれる」
「……えっ?」
カルロスからぽつりと発せられたひと言に、思わずルーリアは目を丸くする。
(可愛い顔っておっしゃった)
ルーリアが顔を真っ赤にさせると、そこでカルロスも今さっきの自分の発言を思い出し、完全に動きを止めた。そして、おずおずとルーリアから手を離し困惑げに視線を彷徨わせた後、くるりと背を向ける。「着替えてくる」と冷ややかな低い声音で言い残し、自室に向かって歩き出した。
「あらやだ。坊ちゃんが照れてるの、初めて見ましたよ」
そばに寄ってきたエリンからこっそり囁きかけられ、ルーリアは困惑気味に言葉を返す。
「照れていましたか? 私には不快そうなお声に聞こえましたが」
「ルーリア奥様と同じように、顔を赤くさせていましたよ」
奥様と再び呼ばれてしまったことよりも、彼が頬を赤らめていたという事実に動揺してしまい、ルーリアは耳まで熱くなっていく。
恥ずかしさと共に嬉しさが心を占めていき、心が熱くなる。そこにぽつりと芽生えた愛しいという感情に、ルーリアは気づかないふりをした。




