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凍てつく乙女と死神公爵の不器用な結婚 〜初恋からはじめませんか?〜  作者: 真崎 奈南
三章、

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17/40

新しい生活5(カルロス視点)


 カルロスは手早く食事を済ませると、ルーリアに「行ってくる」とだけ告げて食堂を出た。自室に戻ると、着慣れた騎士団の黒の制服を身に纏い、魔法石の入った小箱をポケットに入れ、そして婚姻契約書を掴み取る。

 これから頼み事をすることに対し少しだけ気の重さを感じつつも、颯爽とした足取りで屋敷を出て、愛馬に跨って騎士団の詰め所へと向かう。

 すれ違う団員たちから「おはようございます」と次々と声を掛けられながら廊下を進み、執務室の前で足を止めると、短く息をついてからドアをノックした。


「失礼します」


 応答がなかったがドアノブを回せば扉が開いたため、ひと言断ってから室内に入った。ソファーに腰掛けて、手に持っている筒状の婚姻契約書に視線を落とせば、カルロスの脳裏にアズターがひとりで訪ねてきた時の記憶が蘇ってきた。




 庭園前から屋敷の居間へと移動したところで、早速アズターが口を開いた。


「単刀直入に言います。私の娘を嫁にもらっていただけませんか?」

「は?」


 まさかそんな話をされると思っていなかったカルロスは冷たくひと言返し、じろりと睨みつける。それにアズターは怯んだ様子を見せるが、すぐに強い眼差しでカルロスを見つめ返した。


「あなたに頼みたい。どうか娘の、ルーリアの命を救って欲しい」


 ここ最近、カルロスは騎士団の任務で町を巡回している時、頻繁にアメリアに遭遇している。その度にあれこれ誘われ、うんざりしていたところに嫁の話を持ち出されたため、咄嗟に頭に思い浮かんだのが妹の方の顔だったのだ。

 そういった理由でたっぷりと棘を含んだ声を返してしまったのだが、アズターの口から出た名前はルーリアで、思わずカルロスは動きを止める。


「俺は医者じゃない。命を奪うことは簡単だが、救うことは出来ない」

「では、ルーリアの命をあなたに預けたい。私はこのまま、あの子を失いたくない」

「それはどういうことだ」

「……内密でお願いします。ルーリアは出生時に、黒精霊から祝福を受けました」


 わずかに声を落として告げられた事実にカルロスは息をのみ、目を瞠る。


「バスカイル家は光の魔法の名家として名を馳せ、光の魔術師としても最高位の地位を得ており、その高い信頼のもと、回復や浄化などの仕事を請け負い、生成した魔法薬も高値で取引しています」


 騎士団でもバスカイル家から購入した魔法薬は貴重品扱いで、誰でも気軽に使用できるものではなく、カルロスはアズターの言葉を認めるように軽く頷く。


「そのため、一族の中に穢れた力とされている闇の魔力を宿している者などいてはならないのです。誰にも知られないように、ルーリアを必死に隠してきました。しかし、ルーリアの光の魔力の暴走が頻出し、それに比例して闇の力も増幅し始め、正直我々の手に負えなくなってきている」


 カルロスの脳裏を掠めたのは、幼き日の別れ際に見た光景だ。ルーリアへの態度が粗雑だった理由を知り、思わず拳を握りしめた。


「闇の魔力に飲み込まれれば、黒精霊だけでなく闇の魔術師も呼び寄せてしまうだろう。だから、危惧していることが現実となる前にと……娘はもうすぐ一族の手によって消されます」


(いくらなんでもそこまでするはずは……)


 そう考え、小さく笑い飛ばそうとしたが、どこまでもアズターの表情は真剣で、嘘でも誇張でも無いのだと受け止めるほかなく、カルロスは表情を強張らせた。


「私はルーリアに生きていてほしい。先日のパーティーでの活躍を目にし、勝手ながら、娘が囚われている祝福という闇の鎖を断ち切れる強さを、あなたなら持っているような気がして、こうしてお願いに参りました」

「そこまで万能ではない。勝手に期待してくれるな。預かったところで、目の前で闇の力に飲まれでもした場合、俺はその命を確実に奪いに行くが良いのか?」


 厳しい口調で覚悟を問うと、アズターはハッと息をのんだ後、力強い眼差しをカルロスに返した。


「その罪は私のものです。娘もひとりでは旅立たせません」

「……少し考えさせてくれ、返事は近いうちに必ず」


 カルロスが考え込むように瞳を伏せると、アズターは大切なことを言い忘れていることを思い出し、付け加えた。


「それから、もうひとつ言っておかないといけないことが、実は私たち夫婦だけで留めておいたことなのですが……」


 そこで、居間の扉がぱたりと開きエリンが顔をのぞかせたため、アズターは口を閉じた。


「まあお客様! 気付かずにすみません、今すぐお飲み物をお出ししますね」

「いえ。すぐにお暇させていただきますので、お気遣いなく」


 慌てるエリンにアズターは幾分表情を和らげると、首を横に振って丁重に断りを入れる。そして、カルロスへと近づき言いかけたことを小声で告げる。

 驚きで大きく目を見開いたカルロスへと、アズターは「事実です」と弱々しく笑う。そして、「何卒よろしくお願いいたします」とカルロスに深々と頭を下げると、そのままジークローヴ邸を後にしたのだった。




 考えるとは言ったが、その時にはもうすでにカルロスの心は決まっていた。ルーリアを引き受けることに少しの抵抗も覚えなかったためだ。

 その二日後、カルロスはアズター・バスカイル宛にルーリアを嫁にもらうと返事をしたのだが、なぜかその返答が二通戻ってくることとなる。

 一通はお断りの文言が書かれてあり、もう一通は差出人不明のもので「満月の夜が明ける頃、連れて行きます」とだけ書かれてあった。

 どちらがアズター本人の返事かをすぐに判断し、宣言通りその頃合いにカルロスは迎えに出て、黒精霊に取り囲まれている親子の元へ飛び込んでいくこととなる。


「ルーリアが家を出たことはいつまで隠し通せるのか。バレたら大丈夫そうだな」


 カルロスはルーリアが伯父夫婦の屋敷の裏にある粗末な小屋に閉じ込められていたことなど知らない。バレるまで時間の問題であることも想像すらしていないため、気軽な口ぶりでそんなことを呟く。

 続けて「遅いな」と文句を口にしつつ時計に目を向けるとガチャリと扉が開き、カップ片手に鼻歌を歌いながらエリオットが部屋に入ってきた。


「カルロスじゃないか。確か、お前今日は非番だったよな、どうした?」

「書類にサインをお願いしたくて来ました」

「急ぎか。わかった」


 ソファーから立ち上がったカルロスが机に向かったため、エリオットも自然と足早になる。


「いったいなんの書類だ」

「婚姻契約書です。認め人のところにサインを」


 飲み物を口に含んだ後に、カルロスの口から飛び出した衝撃の台詞に、エリオットは激しくむせ返った。


「こっ、婚姻って、お前っ、いったい誰と……ルーリア・バスカイル!?」


 問いかけながらエリオットの視線は、机上に広げて置かれた婚姻契約書へ向けられる。自然と新婦の欄を確認し、そこに書かれてあった名前にさらに大きな声をあげた。そしてゴホゴホと苦しそうに咳き込む。


「いつの間に。俺、紹介されてないんだが」

「紹介する必要が?」

「あるだろ。俺は上司である以前に、お前を弟のように思ってる」


 熱く告げられた思いに、カルロスは目を細めて「……はあ」と呟き、それにすぐさまエリオットが「煩わしそうな顔をするな!」と指摘する。


「何でもいいんで、早くサインください。すぐに締結してしまいたいので」

「なんでそんなに急ぐ。彼女、ちゃんと合意してるよな? お前に脅されてたり」

「なぜ俺がそんなことを?」


 何か言いたげなエリオットをカルロスはじろりと見下ろし、黙ったところで自署の下の唯一の空白となっている認め人の欄を指先でトントンと叩く。

 早く書けという圧力に屈するように、エリオットは婚姻契約書を手に取り、署名を施していく。


「すぐに食事の場を設けろよ。じゃなきゃ、家に押しかけるからな」


 エリオットのぼやきにカルロスは「はいはい」と返事をし、そして、ポケットから小箱を取り出して机上に置く。


「それとこれも調べてもらいたい」

「なんだこれ」


 エリオットは婚姻契約書をカルロスに手渡すと、代わりに五角形の小箱を手に取った。中に入っている魔法石をじっと見つめた後、固い声音で感じたことを告げる。


「闇の魔力か」

「闇の魔力の他に、光の魔力、それとごく僅かだが水の魔力の残滓を感じる。闇と水は同一人物のものだと思われます。魔力紋から、どこの一族の者か割り出して欲しい。もちろん内密で」

「これは、新妻と何か繋がりが?」


 それにカルロスは澄まし顔で肩を竦めてみせた。否定しないということは肯定と捉え、エリオットはニヤリと笑う。


「面白そうだな。引き受けた」

「恩に着ます」


 カルロスはいつの間にか丸めた婚姻契約書を軽く掲げると、微笑みを浮かべて執務室を出て行った。


「いい顔しやがって」


 滅多に見られない美麗な微笑みにエリオットは苦笑いする。そして、すぐさま扉がノックされたため、「どうぞ」と答えながら小箱を机の引き出しに隠した。


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