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新しい生活4

 殺すと宣言されたのにも関わらず少しも取り乱さないルーリアにカルロスは違和感を覚える。そして、近づいてきた彼女の手に当然のごとくランタンが握りしめられているのに目を留めると同時に、それを素早く取り上げた。


「これは置いていけ」


 さっきは顔色ひとつ変えなかったというのに、ルーリアは大きく息をのんだあと、顔を青ざめさせて、ぶるぶると首を横に振る。


「こ、これだけは駄目です。手放せません」

「邪魔だ。必要ない」

「わっ、私にとっては、必要なものです。実は魔法石に光の魔力が込められていて、結界代わりになっていて闇の魔力が抑えられています。これがないと、皆さんにご迷惑を……カルロス様!」


 カルロスはランタンをテーブルに置くと、それを掴み取ろうとしたルーリアの手を素早く捕らえて、そのまま手を引っ張る形で共に部屋を出た。

 ルーリアは怯えた様子で体を小さくさせていたが、次第に廊下が光の魔力に満ちていることに気づいたらしく、驚いた様子で周囲をきょろきょろ見回し始める。

 そこでルーリアは、カルロスが朝早くから設置していたランタンを見つけて言葉を失う。しかも、それはひとつだけでない。二階廊下や階段、そして一階廊下にいくつも並んでいる。案内された先は食堂で、そこの窓際や棚の上にもふたつほど置かれてあった。


「カルロス様。これってもしかして」

「ああ。ランタンを持って歩くのは何かと不便だろう? とりあえずこれで屋敷の中は自由に動き回れるはずだ。でも外は足りないから、まだ庭には出ないように」


(……すべて、私のためにしてくださったの?)


 ルーリアは口元を両手で抑え、わずかに肩を震わせ、目に涙を溜めた。

 今にでも泣いてしまいそうな様子に、カルロスが「ちょっと待て」と慌てて声をかけたところに、エプロン姿のエリンが姿を現す。


「そちらがカルロス坊ちゃんの花嫁様ですね?」


 先制攻撃を仕掛けるかのように棘のある口調でエリンが声をかけると同時に、ルーリアがエリンへ振り返った。瞬きと共にルーリアの目から涙がこぼれ落ち、「すみません」とすぐさまルーリアが顔を伏せる。

 一瞬で毒気を抜かれてしまったエリンは、必死に涙を堪えているルーリアと同じく状況を飲み込めていない様子のカルロスを交互に見た。


「カルロス坊ちゃんが、意地悪なことを言ったのですね?」

「言ってない、はずだか……今は」


 珍しくはっきり言い切らないカルロスにエリンが疑うような眼差しを向けると、ルーリアがふるふると大きく首を横に振った。


「私、カルロス様に意地悪なことなんてひと言も言われていません。逆です。お心遣いが嬉しくて。ありがとうございます」


 カルロスに対して頭を下げながら、涙を堪えきれないでいるルーリアの姿に、エリンは「あらまあ」と呟き、ポケットからハンカチを取り出してルーリアに差し出した。

 ルーリアはそれに戸惑いながらも、恐縮した様子で受け取ると、そっと目元に押し当てる。エリンは頭に浮かんできた素朴な疑問をそのまま口にした。


「この方……カルロス坊ちゃんの花嫁様で合っておりますよね?」

「合ってる」

「ルーリア・バスカイルと申します。世間知らずでご迷惑ばかりおかけすると思いますが、よろしくお願いいたします」


 即答したカルロスへと動揺の眼差しを投げかけたエリンへと、ルーリアが丁寧に頭を下げたため、エリンは混乱した様子で頭を抑えた。


「ハンカチ、ありがとうございます。洗ってお返しします」

「あらやだご冗談を」


 ご令嬢がハンカチを自分で洗う訳がないとエリンは笑い飛ばしたが、もちろんルーリアはこれまでそうしてきたように自分の手で洗って返すつもりであったためきょとんとする。

 そんなルーリアの反応にエリンは表情を固まらせた後、ぎこちなくもルーリアの手からハンカチを掴み取り、そそくさとポケットにしまう。


「奥様となられるお方にそんなことさせられませんよ。それより、ご挨拶させてくださいな。私、ジークローヴ家に仕えさせて頂いております、エリン・ファーカーと申します。お食事ができておりますので、どうぞお座りになってください」


 エリンに軽く背中を押され、ルーリアは戸惑いながらもテーブルへと近づいていく。テーブルは十名ほどが着席できるくらい大きく、そこにはもうすでにセレットが座っていた。


「先に食事をいただいているよ」


 セレットはカルロスとルーリアに向かってニヤリと笑うと、グラスに入った飲み物を一気に飲み干して満足そうに息をつく。エリンが「こちらへどうぞ」と椅子に手を差し向けつつルーリアに話しかけると、セレットから「おかわりをいただけるか」と声がかけられる。すぐさまエリンは「朝っぱらから酒ばかり。これで最後だからね」と呆れた顔で答え、その場を離れていった。

 いつもひとりで食事をしていたため、ルーリアは落ち着かなくて立ったままでいると、今度はカルロスが椅子を引いて「ほら座れ」と促してくる。

 そこまでしてもらったなら座らない訳にもいかず、「はい」と小さく返事をし、ルーリアは椅子に腰掛けた。

 カルロスもルーリアの隣に座ると、壁際に置かれてある彼の背丈ほどの高さがある柱時計へちらりと目を向ける。


「俺は食事を終えたら一度外に出る。用が済んだらすぐに帰ってくる予定だが、俺がいない間、何か困ったことがあればエリンを頼るように」

「はい。わかりました。お気を付けて行ってらっしゃいませ」


 食事を乗せたワゴンを押して戻ってきたエリンは、女性に対して冷めた態度しか取ってこなかったカルロスが、気遣いの言葉を発していることについつい笑みを浮かべる。

 しかし、続けてエリンはルーリアへと視線を移動させぎょっとする。よく見ると、ルーリアが着ている寝巻きは、ところどころ繕ったような跡もあり大変粗末な物だったからだ。

 本当にバスカイル家のお嬢様なのよねと、本日何度目かの疑問を頭に浮かべて激しく動揺しながら、エリンはカルロスとルーリアの前にサラダとスープを並べ置いた。


「奥様、食事の後、屋敷の中を案内しますね」

「ありがとうございます。お願いします」


 ルーリアは恐縮しながら返事をした後、スープから立ち上る湯気をじっと見つめた。


(温かなスープなんて久しぶり。サラダも瑞々しい)


 たくさんの種類のパンやハムエッグなどエリンによって次々と並べられていく食事にルーリアが目を奪われていると、カルロスが思い出したように忠告する。


「……ああそうだ。準備が整うまで、俺がいない時にルーリアを屋敷の外に連れ出すのは絶対に禁止だ。庭も同様。彼女の命に関わることだから忘れるな」 

「い、命だなんて」


 そんな大袈裟なとばかりにエリンが呟くが、それを聞いていたセレットが口を挟んだ。


「お嬢ちゃんなら有り得る話だ。闇の魔力の影響を受ければ均衡が崩れて取り込まれる。大人しく屋敷の中にいた方が懸命だろうな」

「……闇の魔力ですって!?」


 セレットの言葉を聞いて、エリンが忌々しそうに声をあげる。それが闇の魔力に対する一般的な反応であり、ルーリアは現実に引き戻されたような気持ちとなり、顔を俯かせて拳を握りしめる。


「それも、時が来るまで口外するな。屋敷の者たちの間で留めておくように」


 カルロスにぴしゃりと命じられても、理由が分からぬエリンは納得できない様子で再び口を開こうとする。しかし、ルーリアの華奢な体がわずかに震えているのに気づいてしまえば、それ以上聞くことが出来なくなり、諦めるように短く息をついた。


「薄々感じておりましたが何か訳ありなのですね。承知いたしました……さあ、お話はこれくらいにして、奥様、召し上がってくださいな」


 エリンに促され、ルーリアはスープに手を伸ばし、器に指先が触れた瞬間、嬉しそうに呟いた。


「とっても温かい」


 その程度で喜んでいるルーリアに、彼女のこれまでの境遇をそれぞれが察し、エリンは胸の痛みを覚えて顔を歪め、カルロスは苛立ったようにムッと顔を顰めた。とはいえ、それをルーリアには見せずに、ふたりはすぐさま表情を元へ戻した。

 そんな様子には気付かずに、ルーリアはスプーンで飴色のスープをそっと掬って口に運ぶと、表情を一瞬で明るくさせた。


「美味しいです!」

「そう言ってもらえて嬉しいです。たくさん有りますから、お腹いっぱい食べてくださいね」


 ルーリアはエリンに「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べてから、ひと口ひと口噛み締めるように食事を進めたのだった。



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