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新しい生活2(カルロス視点)


 それから程なくして夜が明ける。庭の木々から鳥の囀りが響き始めると、庭いじりをしていたセレットがひと休みするべく、東屋へ向かって歩き出した。

 まだ屋敷はしんと静まり返っている中、カルロスは静かに自室を出ると、足音を立てずに廊下を進んでいく。向かった先は物置きになっている屋根裏部屋で、そこでお目当ての物をいくつも引っ張り出した。


「多ければ多いほど良いだろう……確か外の物置小屋にもあったはず」


 ぽつりと呟いた後、とある作業を始めた。二階廊下を行ったり来たりしたあと、カルロスは一階に降りて、外へと出た。物置小屋からも、目的の物をあるだけ引っ張り出し、すべて居間へと運ぶ。各部屋や廊下など経た後、居間に戻って作業の手を動かしていると、背後から呆れた声で話しかけられた。


「カルロス坊ちゃん。おはようございます」


 ゆるりと振り返ったカルロスの目には、彼が幼い頃からジークローヴ家に仕え、五十代となったばかりの侍女のエリンが映り込む。


「おはよう、エリン。そっちこそ早いな」

「ええ。いつもはもう少し寝ているのですが、物音に起こされてしまいまして」


 遠回しにうるさいと言われてカルロスは遠い目をし、「それは災難だな」のひと言で片付けた。


「朝早くからいったい何をされているのですか?」

「彼女にとって生活する上で必要なことだ」


 曖昧な返答を聞いて、エリンはわずかに顔を顰めた。


「夜更けにどこかに出かけられましたね。まさか、その彼女とやらを連れ帰ってきたなんて言わないでくださいね」

「その通りだ。俺の隣の部屋で寝てる」


 さらりと事実を述べるとエリンが右手で頭を抱えて大きくため息を吐いたため、カルロスは呆れたように続ける。


「言ったはずだ。近いうちに嫁をもらうと」

「はいはい、確かに聞きました。しかも相手はあのバスカイル家の娘だとも。あの家の者たちは光の魔力の優秀さ以上に高慢さが目立ちます。私も何度嫌な思いをさせられたことか」

「……それは否定しないが、違う者もいる」

「でも坊ちゃん。町で噂を小耳に挟みましたが、虹の乙女としてチヤホヤされてきたからか、とっても我がままな性格をされているらしいじゃないですか」


 遠慮なく自分の考えを並べていくエリンの後ろから「こら、エリン」と嗜めるように低い声がかけられた。

 ふたりの元に歩み寄ってきたのは、エリンの旦那である五十代後半の大柄の男、レイモンドだった。


「カルロス坊ちゃんが伴侶に選んだお方を悪く言うのはやめなさい。ようやく愛し愛せる相手を得て、結婚する気持ちになったのだから、俺たちはカルロス坊ちゃんの幸せを喜ばなければ」

「そうね。口が過ぎました。申し訳ありません」


 エリンは自分の発言を反省し心から謝罪するが、当のカルロスは気にしている様子など全くなく、肩を竦めて言い放つ。


「構わない。俺もアメリア・バスカイルは鬱陶しいと思っているから、むしろ同意見」

「……それならどうして嫁に?」

「俺の相手は妹ではなく、姉のルーリアだ」

「姉、ですか?」


 アメリアを連れ帰ってきていると思い込んでいるエリンに対し、カルロスは訂正を入れる。すると、エリンは目立って表に出てこなかったルーリアの存在を知らなかったようで目を大きく見開いてみせた。


「それとこの結婚に幸せなど望んでいないし、愛なんてものも生まれない。互いの利害関係が一致したから婚姻を結んだまでだ。同居人が一人増えただけだと思ってくれて良い。それと、そう遠くないうちに、彼女のことでいろいろと手を借りることになると思う。一応覚悟しておいてくれ」


 続けてカルロスから発せられた爆弾発言に、なんだか思っていたのと話が違うぞといった様子でエリンとレイモンドは顔を見合わせた。


「とりあえず、お仕事に行かれる前に必ず私たちに花嫁様を紹介してくださいね。お願いしますよ」


 気を取り直すようにエリンが注文をつけると、カルロスは「了解した」と呟き、話はこれで終わりだとばかりに再び作業を始めた。

 エリンはその姿を物言いたげに見つめていると、レイモンドから腕を軽く引かれ、小さくため息をつく。そのままふたりはカルロスに背を向け歩き出すが、やはり黙っていられなかったようで、エリンはぶつぶつと独り言を言い始めた。


「真夜中に花嫁を迎える時点で、そういうことだと察するべきでした。そもそも、坊ちゃんにはずっと気に掛けているお相手がいらっしゃいますものね。その方が見つかれば最良でしたのに。本当に上手くいきませんね」


 それを耳にしたカルロスは、作業の手を止め、肩越しにエリンたちを振り返る。そのお相手はまさにルーリアその人であると告げようとしたが、それを報告する義務はないと思い直して口を閉じた。

 居間にひとりとなり作業に集中していると、廊下でエリンが驚きの声を上げたのが聞こえてくる。


「まあ、ここにも魔法石が……あそこにも! まるで聖域ね。バスカイル家の娘さんはここまでしないと暮らしていけないのかしら。変わっているわ」


 遠ざかる足音と共に、理解できない様子のエリンにレイモンドが「エリン、やめなさい」と再び注意する声が続き、それらを聞いていたカルロスが「まあそんなものだ」と認めるように小声で独りごちた。


「外にもいくつか設置しておきたいが、これだけでは心許ないな。レイモンドに購入しておくように頼んでおくか」


 テーブルの上にはランタンと魔法石がふたつずつ置かれてある。今カルロスが向き合っているランタンの中には魔法石があり、光り輝いて存在感を示していた。

 ランタンと魔法石を抱え持って外に出て、屋敷正面と裏門の二箇所にそれぞれランタンを設置すれば、ひとまず今できることは終了となる。

 カルロスは屋敷の中に戻ると、炊事場でエリンが食事を作っている気配を感じながら廊下を進み、一階の奥にある書斎へと足を運んだ。

 そこから精霊に関する書籍をいくつかかき集めると、それを抱えて二階の自室へと戻った。文机の上にそれらを置くと、カルロスは椅子に腰掛け、一番上の本を手に取った。


(果たして俺の欲しい情報はあるだろうか)


 屋敷にある本はひと通り目を通してあり、その中で、精霊のことについて書かれていたと記憶しているものを持ってきたのだ。ぱらぱらとページを捲り、二冊目、三冊目へと手を伸ばした後、カルロスはため息をついた。

 精霊に関して記載はあっても、「人と同じ見た目をし体が小さい」とか「大地と光の魔法を得意とする者が多い」や「臆病で人が近づくと姿を隠す」など、誰もが知っている基本的な情報しか載っていない。

 ましてや黒精霊に関しては「闇の魔力を扱う。姿を見かけても刺激を与えてはならない」のみ。

 本を閉じて四冊目に手を伸ばした時、机上の五角柱の小さな箱の中からかたりと音が鳴り、カルロスは目だけそちらに向けた。

 箱の側面は一部がガラスで中が見えるようになっていて、そこには昨晩カルロスが真っ二つに割ったルーリアの髪飾りの魔法石が入っている。

 それがわずかに動いていて、尚且つカルロスの目にはまだ石の中で闇の魔力が蠢いているのが見えた。

 その動きがまるでルーリアを探しているかのようで、カルロスは「鬱陶しいな」と忌々しげに呟く。ふと気になったように隣の部屋へと目を向けたあと、本をぱたりと閉じて椅子から立ち上がる。


(魔力の乱れを感じる。一応様子を確認しておくか)


 自室を出て、ルーリアがいる部屋の前まで移動すると、寝ているだろうと考えながらも軽くノックをした。やはり無反応で、カルロスは少し躊躇いはしたものの、静かに扉を開けて室内に踏み込んだ。

 ルーリアはブランケットも掛けぬまま、ベッドの上に体を横たわらせて眠っている。体のすぐ近くにはランタンが置かれていて、その中で弱々しく魔法石が輝いていた。

 カルロスは歩み寄り、ルーリアの様子を窺う。寝顔はあどけなく、幼い頃の面影が残っているように見え、ずっと探していた少女が目の前ですやすや眠っている光景が何だか不思議に思えてくる。

 柔らかそうなはちみつ色の髪、白くて綺麗な肌、長いまつ毛、小さな唇。つい観察してしまっている自分に気づき、一瞬で苦々し気持ちになった瞬間、ルーリアの表情が苦しそうに歪んだ。


「……来ないで……こっちに、来ないで……」


 彼女から感じ取った光と闇のふたつの魔力に、カルロスはぞくりと背筋を震わる。考えるよりも先にルーリアの手を掴み取ると、光の魔力の守りを固めるべく、彼女の魔力の流れに沿うように己の力を分け与えた。



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