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凍てつく乙女と死神公爵の不器用な結婚 〜初恋からはじめませんか?〜  作者: 真崎 奈南
二章、

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12/40

真夜中の再会5

 ルーリアは寝静まっている街並みに目を向けていたが、少しばかり続いた無言を打ち破るようにぽつりぽつりと話し出す。


「お父様もお母様も、私が居なくなってしまったら、伯父様たちにひどく怒られてしまいますよね」


 先ほど「またね」と言われたことで、自分がいなくなった後のことにようやくルーリアは気が回り、本当にこのまま行ってしまって良いのかと複雑な気持ちになっていた。


「気にするな。俺たちの覚悟はすでに出来ている。家を出ることになっても、後悔などしない。俺たちは兄さんたちに抗い続ける」


 両親が伯父たちから理不尽な扱いを受けてしまうかもしれないと想像し、それでも、アメリアは伯父たちに大切にされ続けるだろうとも予想する。

 アメリアの顔を思い浮かべると、唇の傷がちくりと疼いた気がして、無意識に傷口に触れる。そして肝心の嫁ぎ先を確認していなかったことに気づいて、慌てて質問を投げかけた。


「あの、お父様、聞いていなかったのですが……」


 カルロスとの出会いの場であるあの庭園が目の前に現れ、ルーリアは思わず言葉を途切らせた。


(あの場所で間違いない。思い出のこの綺麗なお庭をまた見ることができるだなんて、嘘みたい)


 いつかまたこの場所に来たいと思っていた。それは美しい風景を改めて眺めたいという気持ちもあったが、ここに来ればまたカルロスに会えるような気がしていたからだ。

 さすがにこんな夜更けに彼はいないだろうが、それでも記憶の中にいる幼い彼には会えたような気持ちになり、嬉しくて心が温かくなる。


「もうすぐ着く……なっ!」


 アズターが呟いた直後、目の前に現れた黒い影に、馬が驚いたように前足をあげて嘶いた。

 急停止したためルーリアは振り落とされそうになるも、アズターがルーリアもランタンもしっかりと支えつつ、なんとか手綱を操り、興奮している馬を制御する。


「黒精霊」


 周りを見回しながら、いつの間にか自分たちが取り囲まれていたのを知り、アズターは忌々しげにその名を口にした。

 黒精霊は十体近くいるが、困惑している間に近くの茂みから新たに一体這い出てきたため、足を止めていればもっと数は増えるだろうと予想できた。


「強行突破するぞ」


 アズターの宣言を受け、ルーリアがランタンをぎゅっと抱き締めた時、黒精霊に足を噛みつかれ馬が再び嘶いた。

 光の魔力をアズターが放ち、黒精霊は弾かれたように馬の足から離れたが、他の黒精霊たちは着実に距離を狭めてきているため、一斉に飛びかかられたらひとたまりもない。


「私、馬を降ります。お父様はすぐに逃げてください」

「何を言ってる。そんなことできるわけないだろう。目的地はもう目の前だ。だからここを切り抜けられれば、きっとなんとかなる」

「駄目です。それでは黒精霊を引き連れて行くことになります。迷惑をかけてしまう」


 黒精霊の目はいつも通り、ルーリアだけを見ている。

 自分が囮になればアズターは逃げられると考え、ルーリアが訴えかけたその時、黒精霊たちの動きがぴたりと止まった。

 不思議に思い目を瞠ると、黒精霊たちは怯えた様子を見せ始め、一体、また一体と逃げ惑い出す。

 代わりに馬の足音が近づいてきて、やがてルーリアの前にひとりの男性が姿を現す。


「……カルロス様」


 馬に乗ったその男性は間違いなくカルロスで、ルーリアは思わずその名を口にする。

 カルロスにじろりと睨みつけられ、黒精霊たちはあっという間に夜の闇に紛れ込むように姿を消した。


(まさかカルロス様に会えるなんて)


 驚きと嬉しさが入り混じり、ルーリアはそわそわと落ち着かないでいると、アズターが馬から降り、カルロスに頭を下げた。


「ルーリア、降りるんだ」


 続けて、アズターからそう求められ、ルーリアがきょとんとしながらも、言われるがままにまずはランタンを手渡し、それからアズターに支えてもらって馬を降りた。

 カルロスも軽やかに馬から降りると、ルーリアの前まで進み出る。


「迎えに来た」

「え?」


 真っ直ぐ自分を見つめて伝えられた言葉の意味をルーリアはすぐに飲み込めない。瞬きを繰り返してから隣にいるアズターを見上げて「え?」と疑問を投げた。

 まったく理解できない様子のルーリアを、カルロスは呆れ顔で見下ろす。


「なんだよその反応は。何も聞いていないのか?」

「すまない。来る途中で詳しく話そうと思っていたのだが、周囲に気を張っていたらすっかり抜けてしまった」


 ついでにアズターにも呆れた目線を送った後、カルロスは短く息を吐き出しつつ、ルーリアへ視線を戻す。


「まあいいか。俺がお前の夫になる男だ。不満はあるだろうが、我慢しろ」


 ルーリアはすぐさま首を横に振る。ルイスの元に連れて行かれるだろうと予想していたため驚きはあるが不満など少しもない。むしろ、カルロスのように素敵な男性に娶ってもらって良いのかと、申し訳なさを覚えてしまうほど。

 そこでルーリアは唇の傷のことを思い出し、恐る恐る確認する。


「もしかして、カルロス様は私に結婚の申し込みを?」

「申し込みではなく、嫁に貰うという宣言だったら送りつけた。こうして父親とは話をしているのだから、他の誰かの許可など必要ない」


 ようやくアメリアが怒り心頭だった理由がわかり腑に落ちると同時に、ルーリアは癖のように口角の傷に触れる。

 カルロスはルーリアのその仕草から、庭園の方へと視線を移動させ、眉根を寄せる。


「黒精霊がさらに集まってきてるな」


 彼の指摘にルーリアは怯えた顔を庭園に向ける。先ほど取り囲んできた黒精霊たちが距離を置いてこちらを窺っているのはなんとなく気づいていたが、確かに、その数が増えているように感じられた。

 ランタンの魔法石による結界などではすぐに打ち破られているだろう。黒精霊が近寄って来ないのは闇の魔力を斬れるほどの力を持つカルロスを恐れているからで間違いない。


「本当にあなたはすごい人だ。どうかルーリアをお願いします」


 アズターは感服するかのようにそう告げると、外套の下から筒状に丸められた紙を取り出し、カルロスに差し出す。

 受け取ったカルロスは留めてある紐をほどき、紙を広げた。

 書面にさっと目を通すと、ためらうことなく、紙の上で文字を書き付けているかのように指先を動かす。カルロスは小さく頷いた後、その紙をルーリアに渡す。

 ルーリアは抱え持っていたランタンを地面に置いて、思ったよりも厚みがあり、しっとりとした重さが感じられる紙を緊張気味に受け取る。

「魔法で署名を」とカルロスから求められ、紙面に視線を落とした。

 上部に「婚姻契約書」と書かれてあり、それに続いてつらつらと契約における文言が並んでいる。その下に記入欄がふたつあり、きらきらと輝いているカルロスの名前の隣に自分も記名すればいいのだと理解する。

 そして一番下に認め人の欄があり、ルーリアが書き込むべき欄の下にはすでにアズターの名前が書かれてあった。

 魔法での署名などやったことがないルーリアは戸惑うものの、カルロスがしていたように人差し指を署名欄へと近づけてみると、そこに温かさが生じて多くの光が舞い始める。

 初めての経験にルーリアは目を大きく見開いた後、指先を動かして自分の名前をそこに書き連ねると、指先から魔力を吸い取られていく。


(魔法薬を作っている時の感覚に似ている)


 そんな印象をルーリアが持った時、アズターがたじろぐ様子を見せた。ルーリアの魔力に反応するように、隠れていた黒精霊たちが一歩前に出てきたからだ。

 ルーリアも恐怖に足を竦ませたが、カルロスが黒精霊たちのそんな行動よりも、自分に対して不審がるような視線を向けていることに気付き、一気に焦りが込み上げる。


「……も、もしかして、署名の仕方、間違ってましたか?」


 それとも間違えたのは自分の名前の綴りの方である可能性もあると、ルーリアが改めて書面に視線を落とした時、カルロスがルーリアから髪飾りを掴み取った。


「これも呼び寄せになってる」


 言うなり、カルロスは髪飾りを地面に投げ捨て、踏みつけた。すると、完全に砕けた魔法石から黒い影が立ち上り、すぐさまカルロスは剣を抜いて、それを真っ二つに切り裂いた。


「今のは闇の魔力。魔法石には伯父様の光の魔力が込められていたのに、どうして」

「光の魔力を隠れ蓑にして、巧妙に闇の魔力を流し込んだのだろう。相手はそれなりの使い手だ。面白い」


 カルロスは壊した魔法石を掴み取ってじっと見つめた後、挑戦的な笑みを浮かべる。そしてルーリアから婚姻契約書を受け取り、確認後「問題ない」と呟いた。


「すまないが、明日早い。今夜はこれで失礼します。もし何かあったら、直接詰め所の第五部隊まで来てください」


 婚姻契約書をくるりと丸め、紐で縛って元の状態に戻すと、カルロスはアズターに対して軽く頭を下げた。そして踵を返し自分が乗ってきた馬に向かって歩き出すが、途中で肩越しに振り返った。


「何してる。帰るぞ、ルーリア」


 あっさりと、しかし当然の様にカルロスからかけられた言葉に、ルーリアの鼓動がとくりと跳ねた。


「はっ、はい!」


 ルーリアは緊張の面持ちで返事をすると、足元に置いたランタンを抱え持って、カルロスに向かって走り出す。彼の隣に並んでから振り返ると、アズターはこちらに向かって深く頭を下げていた。


「こっちだ」


 父親の姿を深く目に焼き付けてから、ルーリアも怯えや不安を乗り越えるように、今までにない一歩を踏み出した。




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