七組目
「ええっと、七組目は司さんと桜也くん、冴さん、誓さんですね」
香我見から準備が終わったという連絡を受けると、風野は残った三人を呼んだ。わざわざ名前を呼ぶのは、襟元のマイクを通じて脅かし役に伝えるためだ。
「では、懐中電灯と回る場所を書いた地図をお渡しします。楽しんできてくださいね」
懐中電灯を受け取った誓と冴の後ろを、息子の桜也を抱いた司がついていって、教室を出た。この三人は、実のところ肝試しというイベントがそれほど得意ではない。人間相手ならおおよそ敵なしの清水司も実体のない相手は苦手だし、岡本誓は悪友に引きずられるように巻き込まれただけだし、魚沼冴は一見冷静だが内心はかなり緊張している。とはいえ、まさか教室を出て二歩歩いたところで脅かされるとは思わない。その人影は、完全に意表を突いた完璧なタイミングで三人を襲った。
「ひっ」
「きゃっ」
厳密には、前を歩いていた冴と誓だけだった。司は持ち前の優れた眼でその正体を正確に捉えていた。
「おい、天狗仮面。こんなところで何をしているんだ」
「えっ?」
誓の懐中電灯が改めて前方を照らすと、うろな町民には見慣れた、しかし暗闇の中で見るには少々不気味な天狗面の男の姿が浮かび上がった。
「私は佐々木殿に頼まれたものを持ってきたところである。だが、どうにも慣れない場所に迷ってしまったのだ」
「そういうことなら校門まで送っていきたいが、私たちは肝試しの途中だ。悪いが、そこの教室にいる風野さんに案内してもらってくれ」
「ありがとう司殿。そして、二人とも。驚かせてしまってすまなかった」
天狗仮面が教室に入っていくのを見送った三人は、そのあとに上がった風野の悲鳴と弁解する天狗仮面の声を後にして目的地に向かった。
「何もないな」
放送室の中を注意深く見回しながら、司はそう呟いた。てっきり何か仕掛けがあるのだと思っていたが、放送機材の色とりどりのランプはちゃんと消灯しているし、普段から片付けろと言っている放送用の資料はいつも通りダンボール箱から溢れている。
しかし奥に進んだ司に続いて後から放送室に入ってきた冴が放送機材を見ると、赤いランプがまるで人ならぬものの瞳のように光っていた。
「ひいっ」
「いたっ」
後ずさりした冴がどん、と司の背中に追突し、彼女の頭はちょうど目の前にあった空のダンボール箱にはまって取れなくなってしまった。
「ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……」
間髪入れず、それを見計らったように室内に響く不気味な唸り声がこの場を恐怖に突き落とした。
「な、なんだ? 何が起こっている!?」
パニックに陥った二人は司の声を頼りに振り向いた。が、このときの司の外見を彼女たちの目線から言うなら、宙に浮いたダンボールがこちらに向かって襲い掛かってくるように見えたのだ。
「きゃあああああああ!」
「お。おい、二人ともどうした? お、桜也、安心しろ。私はここにいるぞ!」
司を置いて二人が逃げ出したため司はしばらくの間、息子を泣かせているのが自分の頭だということに気づかなかった。
「いいか。何があっても落ち着くことが大事だ」
次のお札がある教室を前にして、司は二人を振り返った。
「わ、分かりました」
「でも私、赤い瞳には少々嫌な思い出が……」
「何か言ったか?」
「い、いいえ」
清水母子置いてきちゃった問題によって少し司の機嫌が悪くなったものの、お札を探しているうちに彼女の怒りは沈静化し、この教室が過去に彼女が担任を務めた教室であってお札が簡単に見つかったこともあって、三人の中にこれが肝試しであるという認識すら薄れかけていたときだった。お札が二枚手に入ったため、多目的室に戻ろうと誓が教室の扉に手をかけた際、それは起こった。
「あれ?」
「どうしたの?」
「扉が開かなくって」
「ちょっと代わってくれる?」
誓に続き、冴が扉を開けようと試みるが、なぜか扉が開かなかった。
「司さん、これは……」
冴が司に相談しようとしたその時、三人の耳にコツ、コツ、と妙に甲高い音が聞こえた。三人の脳裏に浮かんだのは、肝試しの前に聞いた佐々木の怪談だ。
「ど、どうしましょう」
「とりあえず廊下側の壁を背にして座って、過ぎ去るのを待とう」
この教室に近づいてくる靴音を聞きながら、三人は息を殺して座っていた。そして教室の前で靴音が止まると、ガタガタと扉を鳴らし始めた。まるで無理やり入ろうとしているかのようだ。
「ひぃぃぃ……」
目を瞑っている大人二人と、目を潤ませる女子中学生は永遠のようにも感じられる時間をじっと待っていた。そうすると、扉の音は止み、靴音も教室から遠ざかっていく。扉を開けるときと廊下に出るときに何度も周りを確認したが、それらしき影は無く、三人は無事に多目的室にたどり着いて、第二回納涼肝試しは終了を迎えた。
しかし企画課の二人、佐々木達也と香我見遥真には絵の具塗れにした職員室、お化け屋敷に改造した体育館など、後片付けしなければならない場所が山のように残っていた。そんなわけで、まず二人は職員室の清掃に取り掛かっている。
「はあ、最後の最後にまたやってもうたなあ」
「ん? ああ、あれな」
佐々木は電気に貼りつけた赤いセロファンやそのほかの飾りつけを外し、香我見は部屋中の絵の具を落とすという役割分担だ。
「あれな、やのうて、香我見クンが鍵なんか閉めるから扉揺らすしかなかったんやん!」
先ほどの教室での演出は、最初の怪談になぞらえて真っ赤なスーツを着た女性に扮した佐々木が参加者に対して靴音で恐怖を煽り、教室に侵入して脅かしてもう一方の扉から逃がすという予定だった。が、佐々木が教室に入ろうとすると鍵がかかっていた。中から鍵がかけられるとはいえ、参加者が鍵をかけるとは考えられない。香我見が鍵を使って閉めたと考えるのが自然だろう。また、参加者からしてみれば脅かし役の人間が鍵をかけたのだと感じたに違いない。
「ちょお、聞いてんの?」
「ああ、うん。俺の今後の予定やったっけ。来週は神楽子と」
佐々木の呼びかけに、香我見は笑顔で答えた。
「そんなこと誰も聞いてへんし! しかもその話、今日だけでもう十五回ぐらい聞いてるからね!」
一瞬背筋を走った冷たい感覚は、香我見しか知らない。
こんばんは、弥塚泉です。
初めて読んでくださった方も、去年に引き続き読んでくださった方も、企画課の肝試しにお付き合いいただき、ありがとうございました。
至らない点も多々ありますが、少しでも楽しんでいただけていれば、とても嬉しいです。
間違っているところ、おかしなところがあれば、感想やメッセージなどでお知らせくだされば修正いたしますので、遠慮なく教えてください。
そして、温かいメッセージをいただいた参加者のみなさんには特別の感謝を。
今年も肝試しを書けたのは、皆様のおかげといっても過言ではありません。
今回参加してくださったのは、
小藍さんの『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』から、青空陸さん、青空空さん、青空渚さん、青空汐ちゃん。
とにあさんの『URONA・あ・らかると』から、日生鎮くん、日生芹香ちゃん、高遠碧くん、長船祥晴くん、山辺天音ちゃん、中島千歳ちゃん、岡本誓ちゃん、一守琉伊くん。
桜月りまさんの『うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話』から、魚沼鉄太さん、魚沼冴さん。
YLさんの『"うろな町の教育を考える会" 業務日誌』から、高原直澄さん、高原蒼華さん、田中倫子さん、鹿島茂さん、鹿島萌ちゃん、合田康仁くん、清水渉さん、清水桃香ちゃん、清水司さん、清水桜也くん。
そしてスペシャルサンクスとして、
綺羅ケンイチさんの『うろな町、六等星のビストロ』から、須藤慶一さん。
三衣 千月さんの『うろな天狗の仮面の秘密』から、天狗仮面さん。
オフ会での会話から、お借りしました。
企画ものを書いてるときはいつもしんどくて、もう二度とやるかと思うのですが(笑)
終わってみるとやっぱり楽しくて、たぶんまた懲りずにやりますので、そのときはまたよろしくお願いします。
そのときは今以上に楽しんでもらえるものが書けるように、これからも頑張っていきますので、楽しみにしておいてください。
それでは、これで第二回納涼肝試し大会を終わりとさせていただきます。
今夜はありがとうございました。




