四組目
四組目が出発したという風野からの連絡を受けてから、意外に早く佐々木の潜む理科室に足音が近づいてきた。
「夜の学校ってドキドキするね」
「あんまり走っちゃだめよ」
「あ、田中先生、もう理科室ですよ」
彼が妖精のあだ名をつけている、青空汐。うろな高校の物理教師、田中倫子。何かと有名な日生さんちの上の双子の一人、日生鎮。後の二人と佐々木は面識がなく、苦手なものもよく知らないので、脅かしにくいというところもある。それに問題はそれだけではない。
「あら? 電気のスイッチがガムテープで塞がれてるわ! 誰がこんないたずらを」
「いや、肝試しなんだから電気つけちゃまずいでしょ先生」
「そ、そうだったわね……」
三人ともまだ入り口にいるうちに、佐々木は手早く仕掛けを起こして回る。
「きゃっ、なに?」
「おお、すげー」
「綺麗だねー」
真っ暗な理科室の奥で、怪しい炎がゆらゆらと揺れる。化学反応による変わった色の炎で、佐々木たちとしては人魂と思ってほしかったのだが、倫子を少し驚かせただけで他の二人に至ってはいいものを見たとすら思っていそうな反応だ。
「やっぱあかんかったか」
棚に並んでいるビーカーに仕込まれていたお札を回収して三人が理科室を去った後、佐々木はひとりごちた。
「まあ、正直もうネタ切れやな」
それに対してトランシーバーから香我見のあっさりした返事が返る。
「ホンマやで。去年は五組目までもったのに、今年はどないしたん!?」
「他人事みたいに言うな。他のところでネタ使ってるから、しゃあないやろ。ほら佐々木君、頑張って」
伝えることだけ伝えると、ぶちっ、と会話を打ち切る音がした。
「せやけど、このままやったらつまらんし……そうや!」
佐々木は次の持ち場に着くまでに必要なものを持ってきてもらうため、ある人物に電話した。
一方、三人は次のお札があるという校長室を訪れていた。
「校長室まで使うなんて、やりすぎじゃないかしら」
「あんまり入れないとこに入るのって、俺は新鮮で面白いですけど」
「お札どこかなー?」
応接用のソファの下や机の裏側なんかを調べる。重要なものが入っていそうな机の引き出しやガラス棚などの場所はしっかり鍵がかかっているので、さほど遠慮はいらない。
「ひっ」
「どうかしました?」
倫子の小さな悲鳴に鎮が振り向くと、彼女はなぜかきょろきょろしていた。
「先生?」
「な、何でもないわ」
「そうですか?」
鎮が再びお札探しに戻ると、足首を掴まれたような感触が襲った。
「なんだ?」
足元の暗さもあって、人間の姿は見当たらない。
「どうしたの、お兄ちゃん」
「いや、誰かに足を掴まれたような気がして」
二人は会話とお札探しに意識を取られていて、びくっと倫子が肩を震わせたのは気づかなかった。
「あ、それならこれだよ!」
そう言って、汐は両手で何やらうねうね動く物体を目の前に持ち上げて見せた。
「渚お姉ちゃんがこの前作ってたんだー」
よく見ると、ヒトデのようなものから小さな機械音が聞こえる。どうやら鎮の足首を掴んだのはこれであるらしい。
「あ、あら、そうなの」
「田中先生、なんでそんなほっとした声なんですか」
「生徒に危害を加えるようなものでなくて良かったわ、ええ、ほんとに」
「これのお腹にお札あったよ」
「じゃああとは多目的室に行くだけだな」
「うわ、もうバレたんか。渚ちゃん特製やから、汐ちゃんにバレたんかなー」
あの機械仕掛けのヒトデは助っ人その二、機械いじりが得意な青空渚に頼んで作ってもらったものだ。ちなみに先ほどの保健室での光と音の仕掛けも彼女の助力によるものである。
脅かすネタに困った佐々木は、念のために持ってきていた黒髪のウィッグと白いワンピース姿で廊下に待機していた。肝試しはもう終わったと思って油断しているところを脅かしにかかる腹だ。
「ん?」
しかし、佐々木の目に奇妙なものが映った。校舎の中は真っ暗で、この廊下にも光源は月明かりと参加者に貸し出してある懐中電灯の光しかないはずだ。なのに、前方からゆっくりと、虹色に光る二つの小さな光が近づいてくる。まるで、双子の人魂のような。
「ひ、ひやあああああああああ!」
そこまで考えたとき、佐々木はなりふり構わず反対方向に逃げ去った。
「……佐々木お兄ちゃん、どうしたのかな?」
「なんか言ったか? 汐」
「ううん、なんでもない!」
その栗色の瞳を細めて、汐は鎮のもとに走っていった。




