三組目
「ちょ、ちょっと二人とも早いって」
「いいえ、そんなことないです」
「さっきから震えているから進むのが遅いのだ。トイレならそこで済ませてくるのだ」
「違うわ! 俺は慎重に行きたいんだよ!」
「トイレに?」
「肝試しにだよ! このわんぱくちびっ子!」
小学校に上がるかどうかという年齢の一守琉伊と元不良高校生の合田康仁の漫才じみた掛け合いもそうだが、女子中学生の山辺天音も奇妙な存在と出会うかもしれない期待によって、普段よりも気分が高揚していた。
そんな彼らが初めに向かったのは音楽室。そこはまるで学校の怪談の詰め合わせみたいな場所だった。
「うわあ……」
康仁は扉を開けてすぐに萎れた声を出した。教室内には、それは見事なピアノの旋律が満たされているが、黒板の前に置かれているピアノの前の席にはどう見ても人間の姿が見当たらなかった。
「…………」
しかもそのピアノに近づくために歩き出すと、所狭しと壁の上方にかけられている音楽家たちの肖像画の目が一斉にこちらを向くのだ。ちなみに普段の音楽室にはこんなにたくさんの肖像画はかかっていないはずだが、そんなツッコミをする余裕はもうどこにもなかった。
「誰もいないのにピアノが勝手に弾いてくれるなんて、とっても便利なのだ!」
「それは幽霊が弾いてるんだよ」
「幽霊ってすごいのだ……」
「お前らはもっと怖がれ!」
とはいえ、二人が全然怖がらないので、雰囲気も何もない。意気揚々とツッコむ康仁の表情は安心感によってとても輝いていた。
ピアノの下に貼りつけられていたお札を手に入れて、次に向かったのは保健室だ。
入った瞬間、すかさず目を走らせる康仁だが、普段と変わったところは見られない。となれば、何かがいるのは確実にベッド。怖くなってくる前に手前のカーテンを勢いよく開ける。誰もいない。次に奥のカーテンを開ける。そこで彼の手は止まった。ベッドの膨らみは予想通りだが、フォルムが明らかに人間ではない。しかも、蠢きがシーツを不自然に波立たせている。
「なんだよコイツ……」
そして、心を決めて手をシーツにかけた瞬間、シーツが宙を舞い、その姿が露わになる。
「う、うおわあああああああああああ!?」
その姿は康仁の予想を遥かに超えていた。異常に小さな瞳のすぐ下に威嚇するようにむき出された牙、鋭角的な体のフォルムは未知の肉食動物を想起させた。
「なんだこれ、もう肝試しじゃねえよこんなの!」
腰を抜かして後ろに尻もちをついた康仁と入れ替わるように天音が前へ出た。
「あなたはもしかして、去年来た人の知り合い?」
この天音という少女は去年の肝試しで、佐々木扮する銀色の宇宙人と遭遇している。
「そ、そうなんや……グーさんが楽しいゆうてたから来たんやけど来る途中にケガしてもうて、ちょっとここで休ませてもろてたんや」
「なんで関西弁なんだ?」
「あんな奴、今まで見たことないのだ」
完全に蚊帳の外になった二人がこそこそ言っているが、窓の外から聞こえてきた爆音にかき消されてしまう。
「な、なに?」
「迎えが来たんや……」
強烈な光が室内を白に塗りつぶす。
「ほなな」
「待って……」
頭に温かい感触を感じた直後、部屋に暗闇が戻る。
「あ、天音ちゃん……」
彼が消えたベッドの上には、お札だけが残っていた。




