二組目
「ほらほら早くー!」
中島千歳は教室から出るなり先頭を買って出て、懐中電灯を振り回している。ちなみに彼女は行き先を知らないまま歩いている。
「おい、引っ張るなよ」
「せっかく倫子さんと肝試しに来たのに、結局今日もガキどもの保護者ですか、そうですか……」
不愛想な顔をして引き回されている高遠碧の後ろで、高原直澄は落ち込んだ様子。彼はもちろんいちゃいちゃするために想い人と一緒に来たのだが、佐々木が仕込んでいるくじは高確率でカップルを引き裂くというジンクスを知らなかったようだ。
「おっと、おい中島ー、最初はここだぞ」
気を取り直した直澄が二メートルほど通り過ぎてしまった千歳を呼び戻す。
「職員室……こんなところまで、よく許可出してくれたなぁ」
碧は特に身構えることなく、その扉を開けた。
「うわっ、なんだこれ!」
しかし、その中の光景が身に飛び込んでくると、思わず声が口から洩れた。
「きゃー!」
「叫ぶほどじゃないだろ! くっつくな!」
千歳の叫びは大げさにしても、あちこちを真っ赤な鮮血で彩られた部屋というのは、見る者になかなか衝撃的な印象を与える。床に壁に机に椅子にといたるところが赤いうえに、この部屋には赤いセロファンを被せられた電気がついていて、さらにおどろおどろしい雰囲気が出ている。しかも、机の陰になって足しか見えないが、どうやら部屋の中央には人間のようなものが横たわっている。
「これだけ絵の具で汚すと、後片付け大変そうだな」
「お前も、食いつくのはそこじゃねえだろ!」
碧はまだまだ冷静なようだった。
「ちょっと見に行ってみよ」
やはり千歳が一番に死体らしきもののところへ近づいていく。
「ちゃんと絵の具乾いてるから、靴も汚れないだろうし」
「お前、たぶん肝試しに向いてないぞ」
「知ってます」
そんなやり取りをしながら碧と直澄も職員室に足を踏み入れる。
「もしもし、大丈夫ですかー」
千歳が肩を持って揺らしているのは間違いなく人間だった。眼鏡をかけたスーツ姿で、芸の細かいことに口から赤いものを垂らしている。
そしてこのパターンだと、恐らく死体が急に動き出して驚かすという趣向だろう。千歳もそれを期待しているに違いなく、口元が少しにやけている。
先ほどの直澄のように抱き着かれてはたまらないと思った碧が一歩下がった瞬間、目の前に生首がぶら下がってきた。
「ひっ」
反射的に上がりそうになった悲鳴はなんとか飲み込み、よく見ると当然だが作り物の顔面だ。
「よくできてんなあ」
首が落ちる音に振り向いた直澄はぶら下がった首をくるくる回して眺めはじめた。
「えー、じゃあお兄さんどうしてこんなカッコしてるの?」
自分ではなく碧の方に面白い仕掛けがあったことに不満そうな千歳は、肩を抱いた死体を激しく揺さぶった。心なしか、顔色がだんだん悪くなってきているような気がしないでもない。
「それが引っかけだったんじゃないか? ほら、この頭の後ろにお札があったし、次に行こうぜ」
次に一行が向かったのは、校庭だった。
「ん、何か書いてある」
碧がいち早く異変に気付いた。三人で近くに行ってみると校庭をいっぱいに使って白線が引かれていて、何か文字が書かれているように見える。
「なんて書いてあるの?」
「そうだな……高遠、俺が肩車するから読んでくれよ」
「分かりました。よっ……と」
一階の廊下から一歩分だけ校庭に出たところから見ると、今度は字が読める。
「えー……っと……」
「どうした?」
「早く読んでよ」
「祝ってやる、って……」
三人はしばしそのまま沈黙していた。
「あ、お札が落ちてきた」
校舎の窓から放られたお札を千歳がキャッチして、三人は多目的室に向かった。
一方、企画課の二人は職員室に潜んで反省会をしていた。
「まさか……このボクがあんな古典的なボケをかましてまうなんてーっ!」
「佐々木君、その格好のまま悶えんといてや。佐々木君の絵の具はまだ乾いてないんやから」
先ほど職員室に横たわっていた死体に扮していたのは赤い絵の具を塗りたくられた佐々木だった。
「それもさあ、別にボクは引っかけのつもりでも何でもなかったからね! ボクがびっくりさせようと思った瞬間、飛びつかれて動くに動かれへんかっただけやからね!」
「はいはい、また次がんばろな」




