一組目
一癖も二癖もあるうろな町の人々だから、肝試しで驚かせるにも一苦労なのだが、一組目となったのは脅かし役に優しい者たちだった。
「わ、ちょっとドキドキするね」
東の海で海の家を絶賛経営中である青空家の中でも、大人しい性格である三女の青空空。
「よ、夜の学校なんて初めてです」
病弱な体質で儚げな少女、鹿島萌。
「まーね。えっと、それで最初はどこに行けばいいんだっけ?」
明るいムードメーカーの長船祥晴も、積極的とは言えない二人を引っ張ってくれる役割を期待できる。
「ええっと」
彼女たちが回る二つのチェックポイントを書いた紙は、教室を出るときに先頭にいた空に渡されていた。
「最初は屋上だって」
「屋上って、あんま肝試しに似合わないような……」
「とにかく、行ってみようよ」
空は先頭に立って歩き出した。
「青空先輩って、意外に積極的?」
「だって、わくわくしない?」
隣を歩く萌にそう言われて、祥晴は妙に納得できるような気がした。
参加者が集まっているのは、校舎の最上階にある教室だったので、屋上まで行くのに時間はかからない。
「なんか新鮮だね。普段はあんまり屋上に来ないから」
「まあ、今の時期は暑いだろうし……」
「きゃあっ!」
「どうしました、青空先輩っ」
「な、何か気持ち悪いものが……」
空の震えた指先が示すものを確かめるため、祥晴がゆっくり半開きになった扉を開けると、確かに何かが屋上に立っているようだった。夜の暗さに加えて今ちょうど月が雲に隠れているので、かなり近くまで行かないと分からない。
おっかなびっくりな祥晴に対して、その後ろをついてくる萌は意外に落ち着いている。
成人男性のようなシルエットまであと二メートルというところで雲が晴れていき、月明かりがその正体を暴き出す。
「なんでこんなもんがここにあるんだよ!?」
それを見た祥晴の第一声は恐怖の叫びではなく、そんなツッコミだった。
屋上の真ん中にはなぜか、人体模型が裸で立っていたのだ。
「確かにちょっと怖いけど、ふつー理科室とかだろ!」
視界を遮るもののない屋上で人体模型が風に晒されているのは、恐怖というよりシュールな光景だ。
「あ、お札ってこれじゃない?」
人体模型の背中に回った萌がひらひらと風に揺れる紙を振ってみせる。
「あ、たぶんそれだ。ていうか、鹿島さん、意外とこういうの平気なんだ?」
「ううん、脅かされたらびっくりするよ」
人差し指を顎に当てて笑うその顔には、恐怖の色など微塵も映っていなかった。
「さて、指示に従って美術室に来たわけだけど」
絵の具や彫刻用の木など、様々な臭いの入り混じった独特の空気を感じながら、祥晴はゆっくり扉を開けた。暗闇に慣れた目でざっと見ても、特に変わった様子はない。少なくとも何かが運び込まれたということはないようだ。
「お札どこかな?」
躊躇なく奥まで歩いていく萌に対し、空は恐る恐るきょろきょろしている。
「あれ、こんなのあったかなあ」
彼女が首を傾げて頭を傾げたのは入り口のそばにある像だ。教科書に載っているようなギリシャの英雄ではなく、平凡なサラリーマンのような男性をモデルに採ったようで、石膏の白さによって闇の中に浮かんでいる。
空は不思議に思いながらも、ドアの内側に目を向ける。そのとき、誰かに肩を叩かれた。
「どうしたの……」
振り返ったまま、空はしばらく固まっていた。
彼女の肩に置かれた手は暗闇でも分かるほどに白く、石膏で固められたその表情のないその顔は酷く不気味に見えた。
「きゃああああああっ!」
「青空先輩!? って、うわああああああ!」
空の悲鳴に駆けつけてきた祥晴も顔を向けた石膏像に思わず声を上げたが、萌は冷静に空に近づいた。
「青空先輩、脅かし役の人ですよ」
「……あ」
落ち着いてみると、そんなに怖がることもないことに気づいた空は、石膏人形にぺこりとお辞儀した。
「えっと、お疲れ様です。怖かったですっ」
「あ、ああ。ありがとう……」
反応に困った石膏像は、なんとも微妙な返事を返すと、自分の背中に貼りついていたお札を剥がして、空に渡した。
そして、三人がゴールの多目的室に向かった後の美術室。
「お疲れさんです、須藤ハン。ほな石膏落としましょか」
隣の美術準備室から佐々木と香我見が洗面器やタオルなどを持って出てきた。この石膏像、もとい須藤慶一は、今年の肝試しの助っ人その一だ。
「石膏落としましょか、じゃねーよ! こんなカッコまでして驚かれないってどういうことだよ!」
「それはまあ、萌ちゃんが予想以上に落ち着いとったのが敗因っちゅうか」
「一回はびっくりさせられたんやし、ええんちゃいます?」
「石膏まで塗ったのに……」
どこか寂しげな石膏の顔を剥がすのに手こずり、二組目の出発は予定より五分ほど遅れた。




