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ばかばっかり!  作者: 弥塚泉
2014年、再びうろな町役場企画課
34/42

8/24『第二回納涼肝試し大会報告書』

 うろな町役場企画課。

 彼らの仕事の目的はいくつかあるが、その中の一つに町民間の交流の活性化というものがある。ご近所付き合いが希薄になった現代でも古き良き関係が残っているうろな町でも、そういった問題はあるのだ。

昔から住んでいる者は深い繋がりで結ばれているが、他所から来た若者に対してはそれが逆に打ち解けにくさを感じさせる原因になっており、一部の積極的な例外を除いて、歩み寄る最初の一歩が踏み出せない若者が増えている。そんな彼らのために企画課は数々の企画を考案してきた。今回の企画もその一つで……。

「さ、今年もみなさんを恐怖のどん底に叩き落とすあの企画をやりまっせ!」

「えー、ただ今より、第二回納涼肝試し大会を始めます」

 佐々木の無駄に高いテンションそっちのけで、香我見の落ち着いた声が企画の開始を告げた。

 企画課主催のこの肝試しは、去年も同じ日に行われている。企画課のくだらない会議の結果から生まれた行き当たりばったりの企画だったが、それなりに好評だったので今年も行われることになったのだ。

 今年は怖い話の定番である学校を舞台にしようということで、何かと親しくしている教師が多いうろな中学校を借りている。今年の参加者は二十三人と、去年と同じく多くの人々が集まった。

「さて、みなさん。とりあえず、お好きなところに座ってください。机の上にお茶とスポーツドリンクもあるんで、それもどうぞ」

 企画課の二人、佐々木達也と香我見遥真は予定通り午後八時に集まった参加者をひとまず校舎の最上階にある教室の一つに移動させた。集合場所を初めからここにしなかったのは、もちろん仕掛けを見られては困るからだ。参加者全員が一息入れたのを見計らって、教壇に立った佐々木は口を開いた。

「えー、まずは企画説明からさせてもらいます。最初にボクらが用意したくじで三人組に分かれてもらって、今年は回る場所を書いた紙を渡しますんで、それに従って校舎を回りながらお札を二枚集めてください。最終的には一階にある多目的室にたどり着いて、みんなが終わったら解散っちゅう流れになります。ほんで」

 そこで佐々木は少し間を取った。

「今年もくじ引きの前にちょっとした怪談を聞いてもらおかなと思ってます」

 今回の参加者には、前回と同じ顔ぶれも多い。去年とは違い、さほど驚いた様子は見られなかった。佐々木は淡々と話を続ける。

「これはボクが学生のときにホンマに体験した話です」

 この語りだしで教室が少し緊張した。去年は真偽が曖昧なうえにふざけたような話だったからだ。

「あれはボクが中学三年生んときのことです。ちょうどこんな暑い夏の日、学校に教科書を忘れたんです。それまでのボクは教科書なんか全部机の中、ロッカーの中に突っ込んどったらええっちゅう考え方やったんで、ついいつもの癖で置いてきてもうたんです。せやけど、もう本気で受験勉強せなあかん時期でしたから、取りに行くことにしたんです。それに気づいたんは夜の八時くらいでしたけど、まだ今みたいに厳しない時代のことです。夜でも柵乗り越えたら入るのは簡単でした。でも、真っ暗な校舎の中、教室まで着いて自分の机から教科書を出したそのとき」

 そこで佐々木は言葉を切り、誰かが息を呑んだ。

「聞き慣れへん、コツ、コツ、って音が聞こえたんです。ヒールを履いた女性の歩くようなその音はこっちに近づいて来てんのに、廊下の方を見ても明かりが見えへんのが気になりましたけど、見つかったらやばいんで、できるだけ静かにドアの下まで移動しました。そしたらドアの上の方に着いてる窓から覗かれても絶対に見えません。もちろん鍵はちゃんとかけてあります。近づいてくるヒールの音を聞きながら、はよどっか行ってくれって祈りながら、息を殺して俯いて待っとったら、そのヒールの音が教室の前で止まりました」

 ひっ、と誰かが小さく声を漏らした。

「ボクはもう心臓が止まるんちゃうかと思うくらい緊張しましたけど、一時間にも二時間にも思えるくらいの間を辛抱してたら、またコツ、コツ、っちゅう音がしました。今度はどんどん遠ざかっていきます。もう音が聞こえへんようになってドアを開けても誰もおらんかったんで、ボクは無事に家に帰ることができました」

 佐々木は手元のペットボトルを飲んで、立ち上がる。

「さ、これでボクの話は終わりです。くじ引きしましょか」

 その言葉で、ふっと教室全体の緊張した空気が緩み、三々五々席を立ち始める。

「ああ、そういえば」

 そこで、佐々木が思い出したように呟いた。

「後から聞いた話ですけど、うちの中学って派手な服装は教師もやめるように言われてて、ヒールも禁止やったんですって。そやからうちのガッコの女の先生たちはみんなスニーカーやったんですけど……」

 今度は誰も声を上げなかった。

「ま、どうでもええですね。さあくじ引き始めましょう」

「今年はなんか、嫌な予感がする……」

 去年ネタにされた清水渉は複雑な気持ちだった。

「さて、じゃあくじ引きを始めますよ。ここからの進行は例によって私が担当させていただきます」

 教壇で話していた佐々木も、教室の後ろで気分が悪くなった者がいないか目を光らせていた香我見もいつの間にかいなくなっており、代わりに秘書課でありながら度々二人の企画に付き合わされる風野紫苑かざのしおんがくじの入った箱を抱えていた。

「くじには順番が書かれています。順番が来たらお呼びしますので、それまでお待ちになっていてください。えっと、一番目の方は……」

「はい」

「おお、鹿島さんに青空先輩だ。ラッキー」

「こんばんは」

 集まった三人の人物に、風野はにっこり微笑んだ。

「では、懐中電灯とチェックポイントの書いた紙をお渡しします。楽しんできてくださいね」

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