2/5『山菜採取においての注意事項 二訂』
うろな町役場企画課。
今日も彼らは各部署からの雑務を片手間に、資料室の片隅でうろな町をより良くするための企画会議を行っている。黒髪で眼鏡の佐々木達也。茶髪でコンタクトの香我見遥真。普段はボケとツッコミのような関係性の二人だが、今日に限ってその様子がおかしいようで……。
「あの、香我見クン? そろそろボクら仕事せなあかんかなあ、とか思うねんけど……」
「アッハッハ、なんでやねん!」
「今の別にボケとちゃうで!?」
ウソのようなホントの話、その発端は一時間前に遡る。
「バーレンタインがこーとーしーもーやーってくるぅぅぅぅ」
「うるさいなあ……」
時間は正午を五分ほど過ぎたあたり。二人は役場内にある食堂に来ていて、今はそれぞれ日替わり定食の食券を握りしめて列に並んでいるところだ。
「だってぇ、秋原さんがさぁ……」
秋原とはこのたび町長との交際が発覚した佐々木たちの上司のような女性である。佐々木は常々彼女が好きだと公言していたが、彼がどこまで本気であったのかは、香我見も図りかねている。
「まあええやん。たぶん去年みたいに義理チョコもらえるやろ」
「そんなんもらってもしゃあないねんって。ボクが欲しいんは一億の義理チョコより唯一の本命チョコやねん!」
そう言ってグッと拳を握りしめる佐々木に、香我見はため息をついた。秋原の交際が発覚してからというもの、佐々木は仕事をしなくなり、今までは企画課の七割の仕事をこなしていたのがなんと八厘の仕事しかしなくなってしまった。余った時間は勝手にインストールしたギャルゲーをやっている。
「まったくなんとかならんもんか……」
「あら、佐々木君、元気がないの? だったらこれを食べなさい」
いつの間にか香我見たちは窓口の前に来ていて、偶然話が聞こえたおばちゃんがキノコの野菜炒めを差し出してきたのだった。
「これ、なんですの? 見たところ、今日の野菜炒めと変わらんように見えますけど」
「ただの野菜炒めじゃないのよ。こっちの野菜炒めに使われてるキノコっていうのが西の山で新しく見つかったっていう珍しいキノコでね。なんでもこれを食べた人はあっという間に元気になっちゃうんだってさ」
「へええ、笑い茸みたいなもんか……。これもらいますわ」
「ちょ、香我見クン!?」
「じゃあ片方はこの野菜炒めにしとくわね。はい、お待ちどう」
定食の乗ったトレイを持って二人、テーブルに着くが、香我見はすぐに席を立った。
「しもた、箸取ってくんの忘れた。先食べといて」
彼が戻ってくると佐々木はすでに野菜炒めに箸をつけていた。眉唾ものの話ではあったが若干期待していた香我見の期待もむなしく、佐々木に変わった様子はない。
「なんか変わったとこある?」
「いや、別に変わらんけど……」
つまらなさそうに淡々と箸を口に運ぶ佐々木。佐々木も話を聞いていたので、少し楽しみにしていたのかもしれない。
「効き目が遅いんかな」
香我見も昼食の味噌汁を軽くかきまわしてから、野菜炒めを口に運ぶ。その間にまた佐々木が喋りだす。いつも通りの食事風景だ。
「でな、バレンタインの話やけど、またなんか企画やろうと思うねん。名付けて、うろな町合同コンパ」
「それはこないだやった」
「第二回!」
「秋原さんに吊るされる」
「婚活支援プログラムっちゅうことで」
「それはそれで反感買いそうやから却下」
「えぇ……。じゃああえて真冬の水着コンテスト?」
「おっ、それええな! よっしゃ、今すぐ企画書書くで!」
「おお、ノリええやん香我見クン! いつもと雰囲気違うし、めっちゃ笑てるし、なんか変なモンでも……食べ、た?」
「そんなわけあるかいな。関係ないけど、この野菜炒め食べたらなんやオモロなってきたわ! アッハッハ」
「それやあぁぁぁぁぁ!!」
佐々木はすぐに事態を把握した。今日の日替わり定食の野菜炒めとおばちゃんがくれた野菜炒めは見た目にまったく違いがない。
「おばちゃん、香我見クンとボクの野菜炒めを間違えてもうたんやな。どないしよ……」
「佐々木君、悩み事あるんやったら俺に相談しぃや」
「いや、キミのことなんやけどな!」
というところで話は現在に戻る。
香我見は異常にテンションが高くなっただけで、仕事に支障はないので二人は平常通りパソコンのキーボードを叩いている。
「佐々木君がようやく仕事してくれる気になってくれて嬉しいわ」
「ま、まあな」
こうしている分には普通の香我見で、キノコの効果もなくなったように見える。しかし、
「あ、そうや香我見クン。パチンコ屋が出してきたこの書類、欠けてる部分があったから、また外回りの時に行かなあかんな」
「ギャンブラーだけに欠けが好きなんちゃう」
「……。そ、そういえば近所のアイス屋に新作のアイスが出てん。楽しみやなー」
「あーいいっすねえ」
「テンション高い香我見クンうざいなあ! 何それ? うまいうまくない以前にあんまりかかってへんから!」
「……」
「ドヤ顔やめ!」
そのとき、資料室に誰かが入ってきた。本棚の向こうから顔を出したのは食堂のおばちゃんだ。
「ああ、なんだ。元気そうで良かったわ」
「まあ、おかげさまで……」
結果的に佐々木は元通りになったので、あながち間違いと断言することもできず、曖昧な返事になった。
「で、さっき言い忘れたことを伝えに来たのよ」
「なんでっか?」
「そのキノコ、一度食べたらお薬飲むまでずっとそのままらしいから、元気になったら総合病院に行くのよ」
「わざわざすんません。アリが十匹、ありがとうございます」
「今すぐ病院行って薬もらってき!」
どうも、弥塚泉です。
蛇足とは思いましたが、他作品との関連でこの回を書かせていただきました。
初めましての読者様には申し訳なさしかないです。
あっ、ちなみにまだ第二部ではないです。念のため。




