12/20 『めっちゃおもろかったです。』
「合コンでやるゲームっちゅうたらもちろん王様ゲームやんな」
佐々木がテーブル端の箸立てから割り箸を四膳取り出して、スーツの胸ポケットに差してあったボールペンで一本ずつに番号を書き込んでいくその手元を興味深そうに天狗仮面が覗きこむ。
「王様ゲームとはなんなのだ? 聞いていると遊びの一種のようだが」
「罰ゲーム付きのくじ引きみたいなもんや。ほら、この割り箸を」
それぞれ八本に割って番号を振り終えた割り箸の先を握って、テーブルの真ん中で掲げた。
「みんなが一本ずつ引いていくんや」
興味深そうだったりしぶしぶだったりと温度差はあったが、とにかく八人全員が割り箸を引き終える。
「そんでこう言う。『王様だーれだ?』。そしたら持ってる割り箸に王様って書いたある人は名乗り出る」
「なんと、私だ」
「そしたらなんか命令できんねんで。ただし、『何番と何番がなんかする』っていう形であること。この場でできることっちゅうんが条件や」
「なんでもか? ふうむ……」
少し顔を俯けて思案を始める天狗仮面を一同はしばし緊張した面持ちで見つめる。もっとも、王様ゲームのルールすら知らなかった天狗仮面だから、緩い命令が来るだろうとみんな高をくくっていた。
「よし、では一番と七番は抱き合うのだ!」
「はあっ!?」
声を揃えて驚いた一同の中でも一際高い声を出したのは陸。
「な、なんでそんな命令を……?」
「この会は皆の親睦を深めるためのものなのだろう? であれば、より友好を深められるような命令を下すべきだ」
「で、肝心の一番と七番は誰なの?」
二本目のビールを半分ほど空けてほどよく酔いが回ってきたらしいエレナがにやにやしながら聞いた。先ほどの反応で一人はわかっているから、からかいがいがあるのだ。
「な、七番は私です……」
一方は予想通り陸。
「ホンマに? 一番はボクやわー」
瞬間、ボキッと割れる音がした。
「ほんとう……に?」
片手で真っ二つになった割り箸を掴みながら絶対零度の睨みを放つ陸は二つ隣の澤宮ががたがた震えるほどのプレッシャーを放っていたが、佐々木は立ち上がって見せた。
「男佐々木、やるときはやったんでぇ!」
「もぉ……なんでこんなことに……」
しぶしぶながら立ち上がり、テーブルの右端で両手を広げる佐々木の背中に手を回す。肌が触れた瞬間は一秒もなく、即座にぱっと体を離した。それでもしっかりと抱き合った瞬間は全員見逃すことはなく歓声や口笛の囃しを受けることになった。陸は席に着くと半分以上残っていたビールを飲み干し、「早く次やりましょう!」と顔を真っ赤にしていた。
「じゃあ次やろかー。じゃらじゃら混ぜてっと……さあ引けぃっ」
「王様だーれだ?」
「うわ、俺やん……」
嫌そうな声を出しながらテーブルに割り箸を投げ出したのは香我見だ。もともと乗り気ではないこともあるが、合コンなどに参加しているのが彼の最愛の従妹に見られたらと思うと気が気でなく、一刻も早く帰りたいのが本音だった。
「香我見クン、空気読んでや」
「香我見君、頼むよっ!」
そんな香我見に男性二人から必要以上に熱のこもった視線が向けられる。特に澤宮の方は紙袋越しでありながらそれとわかるほどの熱さだ。香我見のテンションは如何ともし難かったが、さすがの彼もなんとかしたいと思ったらしく、
「めんどくさいなあ……じゃあ、さっきとおんなじのでええよ。二番が一番をハグ」
「ぃぃいよっしゃあああああっ、俺キタァァァァァァッ!!」
一番の割り箸を握りしめてガッツポーズを決めたのは澤宮。せっかくのイケメンボイスも必死さと紙袋による籠り声で絶妙な気持ち悪さになっている。
「あー、二番目にして来ちゃったかあ」
陸とは違い、エレナは特に大げさな反応をすることもなく、マイペースにぱくりと軟骨の唐揚げを放り込んだ。
「しかも男じゃない! モテ期きてんじゃね俺!?」
「んじゃ、シよっか。オニイサン?」
有頂天の澤宮は妖しい笑みを浮かべたエレナのもとに近づいていく。その歩みが彼女の手の届く範囲まで来たとき、ぎらり、とその瞳が光った、気がした。
「うぉりゃあああっ!!」
「え…………?」
ガッと閃いた手は目にも留まらぬ速さで動き、どう動いたのか次の瞬間には澤宮の上半身の服がぱさりと床に落ちていた。おかげで澤宮は顔に紙袋をかぶって上半身裸という、公道を歩けないような状態である。
「い、いやああああああ!! 何すんのエレナちゃん!?」
「あーはっはっはっはっはっは!」
「笑い事じゃないってば!」
「ひーひっひっひ……あーくるしー。でも香我見君が悪いんだよ? 二番が一番を剥ぐなんて命令するからさぁ」
「きっとその剥ぐじゃなかったよ! もっとやらしい感じだと思ったのにー!」
「ま、まあ命令は達成したし次やろか……」
悪気がなかったとはいえ、泣きながら服を拾うアラサーに香我見は酷く言いようのない感情を覚えたので進行を促した。
「澤宮サン、次こそはええの来ますって!」
「いいんだよ佐々木君。どうせ俺なんか、俺なんかさ……」
佐々木は佐々木で、香我見越しに熱いエールを送っている。今夜の合コンに挑むスタンスについて何か共感するところを感じたのかもしれない。そんな中、王様ゲームは三度目のコール。
「王様だーれだ?」
「うぉっ、ボクかいな!」
佐々木は驚きと残念さが半々といった表情で手元から顔をあげた。
「まさか自分で引いてまうとは……」
澤宮や佐々木といった女性陣とお近づきになることを目的にして王様ゲームに参加する人間にとって、ゲームに直接参加できない王様のくじを引いてしまうことはあまり嬉しくない事態である。が、今このときの佐々木にとってはラッキーと言えた。彼は同志のために一肌脱ぐつもりだった。
「澤宮サン! ボクに任せといてください!」
そう言うと佐々木はじっと目を閉じ、テーブルにしばし謎の沈黙が落ちた。そしてかっと見開き、高々と宣言する。
「見えた! 四番は六番に語尾を『にゃん』にして告白っ!」
「おお、俺だよ……六番は俺だよ佐々木君!」
いち早く名乗り出た澤宮を受け、一同は一斉にわなわなと手を震わせる彼女の方へ目を向けた。
「なっ、なんでそんな恥ずかしい命令を的確に私に当てるんですかっ!」
アルコールでもごまかせないほどに頬を紅潮させた陸である。先ほど新しく注文していたカシスオレンジの残量はまだ三分の二ほど。この場での彼女の飲み物の量はストレスに反比例するようだ。
「言いますよ。言えばいいんでしょう、もう……」
そう言ってまた手元を空にした。ずいぶんアルコールも回ってきて抵抗は少なくなってきているようではあるが、羞恥心はなかなか克服できるものではなく、耳たぶまで真っ赤である。
「さ、澤宮さん……す……好き……だにゃん」
「………………」
「あらら、放心しちゃったみたいね」
集めた割り箸をじゃらじゃら混ぜながらエレナは面白そうに言った。
「さて、次いくよー」
「王様だーれだ?」
「あ……私、です」
店の喧騒にかき消されそうな声で遠慮がちに名乗り出たのは日花里だった。
「おお、楽しみだねえ。どんな命令かな?」
「えっと……で、では三番さんと四番さんが……握手、で」
「あ、四番は私だ」
「三番は私である」
エレナと天狗はちょうど対面の席にいたので、そのまま手を伸ばしてお互いの手を握った。
「なんか改めて握手ってのも照れるわね。まあこれからもよろしくね、天狗仮面」
「うむ。こちらこそよろしくお願いする」
だんだんと酔いが醒めてきたことに加えて日花里の可愛らしい命令により、熱に浮かされたようにヒートアップしていた場に少し落ち着きが戻った。
「なんか、今日はもう盛り上がったし、私満足したかも……」
「そんな殺生な! せめてあと一回夢見さしてください!」
「じゃあこれ最後ね。……王様だーれだ?」
しかし声は上がらない。
「え? 誰?」
「まさか……」
一同が目を向けた先はこれまで黙々とアルコールを摂取していた人物。彼女は視線が集まっているのを感じると、傍らに放り出していた割り箸に目をやった。
「あー、あたし王様だぁ」
その人物の名は吉祥寺ユリ。一応今までちゃんと王様ゲームに参加していて割り箸も引いていたのだが、自分が指名されないのをいいことに飲みまくっていたのである。なにせ彼女がこの場に来たのは異性と出会いたいのでも巻き込まれたのでもなく、ただ酒を飲みに来たのだから。彼女は当初の目的通り、ビールを三杯飲み、ちょっとすっきりしたチューハイを二杯飲み、今はもう何本目かになる日本酒を手酌で飲んでいる。そのおかげですでに酩酊状態で、呂律も怪しい。
「えぇっとぉ、あたしの、命令はぁ……」
「き、吉祥寺さん。もう無茶しない方が……」
だから陸がこう言って止めたのも当然のことだ。こんな状態の彼女に命令など出させたらどれだけぶっ飛んだものが飛んでくるか恐ろしかった、というのも理由として多分に含まれていたことだろうが。
「よし、決めた」
しかし陸の制止虚しく、ついに彼女は口を開いた。
「五番と六番はキスしなさぁい!」
ついに来てしまった命令に、一瞬場を支配する沈黙。
「ぃよっしゃあ! 六番はボクや!」
いくらもしないうちにそれを破ったのは威勢よく立ち上がった佐々木だった。そして、その後、ゆっくりとその相手が立ち上がった。
「五番は、私……」
ゆらり、と半ば茫然としている天狗仮面。
「う、うわああああああああああああああ!!!!!!」
それから五分間の描写はおおよそ誰の得にもならないため、割愛する。ただ、後生や……と力なくうなだれる佐々木のたっての願いにより今夜の王様ゲーム最後にして最高難度を誇る命令は仮面越しに行われ、なんとか佐々木の心に傷を負わせることだけは避けられたとだけ言っておく。
その後時計を見ると時計は十時半を少し回ったところで、一通り盛り上がってユリも酔いつぶれていたので、会はそのまま解散となった。今回の成果として記述しておかなければならないことは、一応全員がお互いのメールアドレスを交換したことだろう。もっともそれは、例えば日花里にとっては今後の取材のアポイントメントを取るためだったり、陸やユリにとっては店の宣伝を雑誌やラジオに依頼する際の連絡手段、といったようなどちらかといえばビジネスライクな理由によるものだった。そんなわけでこの企画が果たして成功に終わったのか失敗に終わったのか、それは外からはなかなか判断の難しいことで結局のところそれぞれのみが知るところである。
ちなみに、佐々木と香我見は週明けの町役場にて偶然噂を聞いた秋原にこってりと絞られ、罰としてまた反省文を書かされるのだが、そのタイトルを見るに、どうやら彼らに限ってはその思うところは明らかだった。
どうも、弥塚泉です。
クリスマスに乗じて何か楽しいものを書こうとしたら、こんな感じになりました。
おかしいですね、何かいちゃいちゃした高校生カップルの短編を書くはずだったのですが。
頑張って書いたので、読者のみなさんに楽しんでいただけていたらめっちょ嬉しいです。これを書いていたおかげで学期末のレポートを提出日当日に出す羽目になったことは別に言わなくてもいいですね。
今回お借りしたのは、
寺町朱穂さんの『銘酒の秘訣―うろな酒店の昼下がり― 』から、吉祥寺ユリさんと中華料理店クトゥルフ。
小藍さんの『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』から、青空陸さん。
アッキさんの『月刊、うろNOW!』から、澤鐘日花里さん。
おじぃさんの『うろな駅係員の先の見えない日常』から、行谷エレナさん。
菊夜さんの『うろラジ! 』から、澤宮さん。
三衣 千月さんの『うろな天狗の仮面の秘密』から、天狗仮面さん。
他に、ビストロ『流星』、小料理屋『柴』、秋原さんをお名前だけ。
以上の方々をお借りしました。
修正、訂正の箇所がございましたら、お手数ですが感想メッセージ活動報告コメント等々でご連絡いただければ幸いです。
ああ、あと、なんか最終回っぽいですけど、ネタや企画を思いついたらまた書きます。いわゆる「第一部完」ってやつですね。
そんなわけで『ばかばっかり!』、二十六話をもちましてとりあえず完結としておきます。




