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ばかばっかり!  作者: 弥塚泉
2013年、うろな町役場企画課
25/42

12/20 『非公式企画 第一回うろな町合同コンパ』

 うろな町役場企画課。

 普段彼らは各部署からの雑務を片手間に、資料室の片隅でうろな町をより良くするための企画会議を行っている。クリスマスに向けて順調にカップルが増殖する町の中、二人が向かったのはちょっとした企画の舞台となる飲み会の会場。二人が企画した以上、それがただの飲み会であるはずもなくて……。

「アルアル料理人、こっちに生八つ!」

「ちょっ、それボクのセリフ!」

 ここは中華料理屋『クトゥルフ』。アルコールを出す店と言えば他にビストロ『流星』や小料理屋『柴』が有名だが、今回の目的からすると雰囲気が硬いように感じた。反面この『クトゥルフ』ならば大酒飲みの常連がいるようだし、今夜の飲み会の会場にはうってつけだった。注文したものが到着し、参加者全員の手にビールが渡ったところで主催者の佐々木が立ち上がって音頭をとった。

「ほな始めましょか。題して、第一回うろな町合同コンパー!」

 佐々木の勢いに反して、席からはまばらな拍手があがるのみ。それもそのはずで、参加者はみんな詳しいことは知らされておらず、日中に外回りをしていた企画課の二人から適当な世間話とともに「今夜八時に『クトゥルフ』集合」ということしか聞いていないのだ。

「まま、とりあえず自己紹介でもしましょか。まず、女性陣から!」

 しかしそんなことはどこ吹く風、佐々木は目の前の眼鏡をかけた女性に手を振って自己紹介を促した。腰元まであるストレートの綺麗な黒髪をバレッタで留めており、ワンピースで和らいではいるが初対面の相手には少々とっつきづらい印象を与える。真面目な彼女はこういう場にあまり慣れていないため、深呼吸をひとつと咳払いをして一座に顔を向けた。ちなみに彼らはテーブルを二つくっつけた八人掛けの席に陣取っており、佐々木はこの『クトゥルフ』の中央を分断する通路から見てテーブルの向こう側の右端に座っている。

「初めまして。青空陸あおぞらむつみといいます。うろな西のビーチにある海の家ARIKAの経理を担当しています」

 挨拶を終えると、彼女は他に言うこともないので片眉をあげた不満げな表情で佐々木を見た。もともと彼女は佐々木に連れてこられたのだ。昼間の佐々木の誘いには即答で断ったはずなのだが、「このままやといき遅れんでぇ」とか「ほほぅ、陸ちゃんは合コンも行かれへんお子ちゃまなんやなぁ」などという数々の大人げない挑発に大人げなく乗ってしまったのだった。

「陸ちゃん、もうちょいリラックスリラックスやでー」

「あなたに名前で呼ばれる筋合いはありません」

 ふん、と艶やかな黒髪を振った。もともと佐々木のことは女性に対して見境のない変態と思っているうえに、騙されてここに連れてこられたようなものなのでこのような扱いはある意味当然である。

「じ、じゃあ、隣にいこか」

 佐々木にも自覚はあるのでその扱いを甘んじて受けて、苦笑しながら幹事らしく進行を優先する。陸の隣に座る彼女はどちらかといえばおとなしそうな印象の女性だった。

「え、えっと……株式会社兎山に勤めています、澤鐘日花里さわかねひかりと申します。きょ、今日はよろしくお願いします。あの、佐々木さん、無理やり陸さんを誘うのはやめた方がいいと思います」

「さ、さすが日花里ちゃんやね……なんでも知ってらっしゃる……」

「そんな……何でもは知らないです」

 『人を知るにはまず情報から』と言う彼女は初対面の相手でもたいていのことは知っている。そんな性格だから雑誌記者なのか、雑誌記者だから情報通になったかは定かでない。

「まあプライバシー開示はほどほどにしてな……。ほんで次は」

「ちょっと狐娘ー、さっき頼んだスクリュードライバーまだー?」

「ユリさん、自己紹介の番回ってますって!」

 ん、とテーブル側に体を戻したその女性の顔はすでに赤くなりつつあり、どう見ても出来上がっている。

「あたしは吉祥寺ユリよぉ。えーっと、今は『うろな酒店』の店長やってまぁす」

 言葉を継ぐ間にもどんどんコップに口をつけていき、挨拶を終えるころには持っていたそれはもう空になっている。彼女は企画課に声をかけられたわけではなく、偶然『うろな酒店』に取材に来ていた日花里が企画課に捕まった際の会話に加わり、半ば強引にこの場に来たのだ。酒好きの彼女のことだからタダ酒を飲みに来たのは明白だが、佐々木も頭数が揃うならと了承した。

「じゃ、こっちの最後はあたしね。あたしは行谷なめがやエレナ。普段は駅の職員をやってるわ」

 女性陣最後の一人はうろな町民にとっては見慣れたセミロングの女性。駅で働いているので見かけるのが多いこともあるが、この間のうろな夏祭りの会場ににいた者であればステージでの迫力のあるパフォーマンスは記憶に新しい。

「こっちはボクからいかしてもらいまっせー。ボクは町役場で企画とか立ててる佐々木達也いいます。よろしゅう」

 清潔感のある黒髪や真面目そうな黒縁眼鏡に愛想のいい笑顔と、容姿はいいのだが、この場にいるほとんどの人間にとっては変態という認識で統一されている。佐々木が右隣、女性陣から見て左隣に視線を振ると茶髪の青年は気だるげに応じた。

「同じく町役場の職員やってます、香我見遥真です」

 佐々木の同僚だが、彼もまた巻き込まれた人間の一人である。『クトゥルフ』のよく効いた暖房に暑がりの彼は早くもスーツの上着を脱ぎ、肘まで袖をまくっている。佐々木と違い人見知りなところのある彼はそれ以上言うこともなく、続いて自己紹介は順番通り隣に回る。

「こんばんは。『うろラジ』のパーソナリティを務めてます、澤宮です。よろしく」

 その声は割と女性好きのする、低めのいい声だったのだが、女性陣のツッコミどころはそこではない。実は女性陣には当初から疑問に思っていたことがある。

「あのさ……」

 そしてそれを代表するように、ついにエレナが口を開いた。

「君、なんで紙袋かぶってんの?」

 そう、なぜか澤宮と名乗る人物は逆さにした紙袋を頭からかぶっており、女性陣からしてみれば完全にMK5(マジで交番に駆け込む五秒前)である。

「いや、これには深いワケがありまして……」

 ラジオで彼のことを知った企画課は彼のもとを訪れ、この企画に勧誘した。そしてこの会をきっかけにして彼に彼女を作るべく、真剣に対策を練ったのだ。ラジオで彼はモテないキャラクターとなっているが、外見に問題があるわけではない。性格も普通だ。彼がなぜモテないのかはわからないが、しかし最大の武器はその声であることに間違いはない。それらを総合して考えた結果、「顔を隠して合コンに臨もう」という結論に至ったのだ。これらの事情を女性陣に言うことはできないので、佐々木は光の速度で断言した。

「これは宗教上の理由です。じゃあ最後お願いします!」

 適当にごまかし、話題を逸らすために強引に自己紹介の順番を隣に回した。その隣の人物というのもまたツッコミどころのあるゲストだった。

「私は天狗仮面である。普段は主に町の見回りをしている」

「天狗仮面が何してんの!!!!!?」

 新たに注文した日本酒を手酌で飲んでいるユリを除き、おとなしそうな日花里までが声を揃えてツッコんだ。天狗仮面といえばラインの入った紺のジャージに唐草模様のマント、そして特徴的な天狗の面という特異な格好ではあるものの、最近ではすっかり正義のヒーローとして定着している。進んで合コンに参加するとは到底思えない。

「うむ。先ほど夜の見回りをしていたら佐々木殿に会ってな。急に人数が足らなくなったので来てほしいと言われたのだ」

「完っ全に頭数合わせじゃないですか!」

 陸は目の前の佐々木に睨みを利かせたが、当の本人はそっぽを向いて口笛を吹いている。

「佐々木殿、すまぬが十一時には帰らなければならない。千里に怒られてしまうのでな」

 マイペースな天狗仮面に手でOKの形を作って応えながら、未だ陸からの冷ややかな視線を浴びつつ、会の進行を始めた。

「まあまあ、自己紹介も終わったことやし、これからアレやろうや」

 佐々木はいたずらを企む子どものようにくすっと笑った。

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