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ばかばっかり!  作者: 弥塚泉
2013年、うろな町役場企画課
23/42

10/22『環境管理課庶務報告書』

 うろな町役場企画課。

 今日も彼らは各部署からの雑務を片手間に、資料室の片隅でうろな町をより良くするための企画会議を行っている。その会議内容はたいていの場合、企画とは関係がないようで……。

「なあ香我見クン、モテるための条件ってなんやと思う?」

「標準語でスーツ着てなくて眼鏡かけてない奴」

 こんな会話から始まった企画課の今日の仕事は環境管理課の庶務作業である。佐々木は天気の記録や降水量といったものを棒グラフや円グラフにしている一方、香我見は環境管理課の仕事をしているわけではなく携帯をいじっており、何かのメールを片っ端から転送している。本人曰く幸せの拡散を行っているそうだが、説明を受けても佐々木にはまだその意味は分からない。

「香我見クン、ボクは真面目に聞いてんねんけど」

「どうしたん急に。佐々木君がモテへんのなんかいつものことやろ」

 こんな時の佐々木に下手に答えると明日から本当に標準語にコンタクトで通勤しかねないので、仕方なく香我見は少し雑談に付き合うことにした。

「いや、もうすぐクリスマスやろ? 最近朝起きたら背筋がゾクゾクしてきよってな」

「佐々木君もそういうこと気にすんねや」

 雑談に付き合うとはいっても香我見は右手で携帯を操作しながら、ぺらぺらと手元の書類をめくっている。今日は一日中環境管理課からの庶務をこなすことになっているので、その依頼された庶務をまとめた書類だ。

「毎年サンタ狩りしてきたけど、今年は親友を手に掛けることになりそうでなぁ……」

「とりあえずその高く掲げたマジックは下ろしぃな」

 ふっふっふ、と不気味に笑う同僚を呆れた視線で制しながら、目当てのページを見つけると同時に携帯をぱくんと閉じて、佐々木の方に目を向けた。

「そろそろ終わった?」

「まあぼちぼちやな」

 返事を聞くと香我見は立ち上がって上着を手に取った。

「ほな行こか」

「どこに?」

 佐々木の問いに香我見は振り返っていたずらっぽくにっと笑った。

「モテるための条件を聞きに」

 香我見が書類をぺらぺらとめくっていたのは単に佐々木の相手がめんどくさかっただけでなく、外を動き回るついでの理由を探していたからだ。採集の依頼を数多く振られてきた経験に基づく予想は見事に当たり、今回も熊やら猪やらといった動物の動向を調べるというアウトドアな仕事があった。ところが報告書用の写真を撮るためのカメラを今朝受け取り忘れていたので、外に出る前に再び環境管理課を訪れた。

「なるほど、では私も同行しよう」

 企画課が苦手とする環境管理課の職員、椿谷史郎は彼らの話を聞くとパソコンの電源を落としながらそう答えた。

「は?」

「ちょお待ちいな。お前、自分の仕事はどないすんねん」

「私は君たちとは違い、計画的に仕事を進めている。最悪午後一杯君たちに付き合うことになったとしても取り返すことは可能だ」

 言いながら椿谷はすでにコートに袖を通している。

「ええってええって。そんな難しい仕事ちゃうし」

「勘違いするな。君たちを思いやって手伝いを申し出るわけではない。君たちが信用ならないから監視のために同行するのだよ。目を離すとすぐにサボるようだからね」

 特に彼を苦手とする香我見はまだ納得がいかないようだったが、やや捨て鉢気味に問いを放った。

「ちなみに……モテるために必要なことってなんやと思う?」

「問いの意図は計りかねるが、ずばり誠意に尽きるだろう」

 瞬間、環境管理課の時間が止まったような気がした。

「椿谷サン……モテはります?」

「その哀れみに満ちた目をやめろ」




 朱に染められた町の中、香我見、佐々木、椿谷の三人は目的地に到着した。

「おい」

「ああ椿谷サン、ちゃんと許可証首からさげといてくださいよ。さげとかんかったらボクらみたいに捕まりまっせ」

「そうではない」

「役場のイメージに関わるから愛想よおせえよ」

「それをお前にだけは言われたくない。そうではなくてだな」

 なかなか歩こうとしない椿谷に企画課の二人が振り返った。

「環境管理課の仕事にどうして高校が関係あるんだ?」

 役場を出発した三人が訪れたのはうろな高校である。最初から堂々と反対の方向に進むので、何か考えがあるとここまでついてきた椿谷だが、黙っていられなくなった。しかしその点に関して二人に抜かりはない。

「教育政策課から仕事来てんねん。外出るんやったらついでに簡単なアンケートも取ってきてって」

 香我見はいつの間にか手にしていたクリップボードをひらひらと振ってみせた。

「うちの仕事には関係がないように思えるが」

「ないに決まってるやないの。あ、神楽子や! 神楽子、兄ちゃん来たでー!」

「え? ハルお兄ちゃん!?」

「あいつ腹立つな……」

「まあまあ、久々に最愛の従妹に会えて嬉しいんよ」

 神楽子を見た途端に飛び出していった香我見に追いつくと彼らの話もちょうど一段落したらしく、アンケートを始めていた。

「じゃあ最後の質問やけど、モテるための条件ってなんやと思う?」

「ええっ!?」

 担任の指導の仕方や学校の設備についての質問の最後にそんなことを聞かれれば驚くなという方が無理である。引っ込み思案な神楽子のことだから正直に言いたくはなかったが、従兄の期待するようなきらきらした視線を裏切ることはできなかった。

「えっと……お兄ちゃんみたいな人……」

「ぶはっ」

「かっ香我見クン!? 香我見クンが鼻血吹いて倒れましたあああああ! 先生を、エロくておっぱいの大きい、男子生徒の憧れを一身に集める保健室の先生呼んできてええええええええええ!!」




 幸い佐々木の叫びにより驚いて駆けつけた教師のほかは、人の少ない最後の授業が終わったばかりの校門付近ということもあり騒ぎが大きくなることはなかった。

「さて、後は適当な生徒にアンケートを取って次に行くぞ」

 香我見は貧血により佐々木たちが高校でアンケートを終えるまで保健室で横になっているため、放課後の廊下を歩くのは佐々木と椿谷だけだ。

「ちょお待ってください。香我見クンからハーレムを築いとる羨ましい男子生徒、人呼んでハーレムマンたちの情報もらってきたんで」

「凄まじくセンスの無いネーミングだな……それにアンケートの対象を特に彼らに絞る必要性を感じないが」

「まあまあ、必要性はなくとも不要性もないっちゅうことで。えーっと最初は、十六夜ぜろ、おと……? これなんて読むんやろ」

 そのとき佐々木の声を遮るような大音声が響き渡った。

零音れおん! 待ちなさい!」

「そこの人、どいてどいてどいてえええええ!!」

 後者は廊下の先から全力疾走で向かってくる男子生徒の声であり、前者はその後ろから追ってくる三人の女子生徒のもののようである。しかし男子生徒の警告は佐々木の反射神経で到底応えられるタイミングではなく、不幸な事故が起こってしまった。

「ほげぶっ!?」

 素早く廊下の端に体をよけた椿谷は目の前の惨状を客観視してなお理解が追いつかなかった。佐々木が振り返った瞬間に両者が激突し、佐々木は天を仰ぎ男子生徒はそれに上から重なり合うような形で倒れてしまっていた。そして不幸はこれだけでは終わらずに……。

「え?」

「うそ……」

「いやあああああああああああああああ!!!!」

 ようやくこの場を目撃した三人の女子生徒がいっせいに悲鳴を上げた。

 なんたる神の悪戯か、奇跡とも呼ぶべき天文学的確率で、佐々木と男子生徒の唇がぴったりくっついていたのである。

「佐々木君……秋原さんには私から言っておくよ」

「零音君、こんなのって……」

 大切な何かががらがらと音を立てて崩れていく音を聞きながら、当事者の二人は静かに泣いた。




「……ぐすっ、次の……生徒は……ひっくっ……」

「いい加減泣きやみたまえ。秋原さんには黙っておく。男と男の約束だ」

「男と男……うわあああ!」

「すまない。失言だった」

 香我見からもらったメモを佐々木が涙で濡らしながら向かうのは、学園生活環境部の部室だ。香我見が得た情報によると、通称駄弁り部と呼ばれているそこの部長を務める天塚柊人あまつかしゅうとが次のハーレムマンであるということだ。

「そういえばあの後、さっきの十六夜君にもモテる条件を聞いてみたんですけどね」

「君、結構余裕あるな」

「気づいたら口が勝手に女の子を口説きだすのでわからん、みたいなことゆうてました」

「彼は新種の病気か何かを患っているのか?」

「んなあほな。そんな病気あったらボクに移して欲しいですわ……」

「泣くなよ」

 椿谷の頭脳指数も順調に下げながら歩いていると目的の部室に着いた。一度ノックをして部屋の中に入ると、そこには女子生徒が一人いるだけでがらんとしていた。水滴の流れる窓に額をくっつけて憂いを帯びた女子生徒は不思議と絵になり、加えて彼女はさらさらと流れる亜麻色の髪に、冬の夜を閉じこめたような澄んだ藍色の瞳を持つ、掛け値無しの美少女というやつだった。ドアの音に反応して身を起こし、警戒するような目で佐々木たちを見詰めている。

「おどかしてごめんな。ちょっと聞きたいんやけど、天塚君知らん?」

「いいえ。すみませんが、用があるので失礼します」

 言葉少なにそう答えると、彼女は顔を伏せて足早に去っていった。

「あらら。嫌われてもうたかなあ」

「佐々木君に対しては間違いではない対応だ。しかしどちらかといえば気分が乗らない、そう見受けたが」

「なあ、形だけでもフォローとかしてくれません?」

「すまない。皮肉は大好きだが嘘は嫌いなもので」



 香我見と合流し、彼らが次に向かったのはうろな中学校だ。放課後の生徒で依然騒がしさを留める校内を、適当な生徒にアンケートを取りながら歩いていた。

「次が最後やな……稲荷山孝人いなりやまたかと。白髪やから探しやすいやろ」

「なあ香我見クン……結局天塚クンには会われへんかったし、今までの話で役立つとこいっこもなかってんけど、その稲荷山クンは大丈夫かいな」

「もちろん。稲荷山クンはすごいでえ? 何せ同級生の美少女に始まって小学生の双子をはべらせとる、彼が作り上げたその空間はまさに」

「ハーレムキングダム!」

「聞きたいんだが、君たちはいったいいつになったら環境管理課の仕事をするんだ?」

 椿谷の文句は廊下の雑踏に聞き流し、二人はどんどん進んでいく。するとちょうど向こう側に目立つ白髪を見つけた。何やら黒髪の美少女に迫られて困っている様子だ。

「おおい、もしかして君が稲荷山クンかいな」

「は? そうですけど……あ、町役場の」

 佐々木が声をかけると孝人の方も顔を見て思い出したらしい。企画課と彼は夏祭りの時に出会っているのだ。

「覚えとってくれたんや。なんか揉めとったみたいやけど、どないしたん?」

「それが聞いてくださいお兄さん!」

「おおう、どないしたどないした」

 黙って経緯を聞いていた女子生徒だったが、話を振られて勢いが再燃したかのごとく話しだした。

「稲荷山君が変な道を全速力で走ってるんです!」

「変な道?」

「びぃえるですっ!!」

 周りの生徒たちが孝人の方を見てひそひそやるのを見て、孝人も声を押し殺して反論する。

「お前は俺を引きこもりの道に叩き込むつもりか! 明日から学校来れなくなったらどうすんだよ!」

「だって稲荷山君が……」

 再び泥沼の言い合いにはまりこむ前に佐々木が割って入る。

「まあまあ二人とも落ち着いて。ええっと……」

「あ、すみません。私、芦屋梨桜といいます」

「ボクは佐々木達也や。ほんでな梨桜ちゃん。キミはもしかしてびぃえるというものを勘違いしてるんちゃうかな?」

 よく見れば佐々木の口元はからかいがいのある人間を見つけて、にやける一歩手前である。

「確かに意味を知ったのはついさっきですけど……びぃえるはその……ぼ、ボーイズ、ラブ……の略称だって聞きました」

 一方、隣で梨桜にがっちり腕を捕まれて逃げられない孝人は仕方なくそっぽを向いている。

「ふむふむ。BLやから、Boys Loveのイニシャルやもんな。でも待って。もしかしたら、梨桜ちゃん騙されてんちゃう?」

「ええっ!?」

「いや騙されてるゆうより、その子も勘違いしとったんかもしれんわ。例えばポテトチップスのことなんていう?」

「ぽてち?」

「そうやな。政治経済のことは?」

「政経」

「ビーナスエルボーは?」

「びぃえる。はっ!?」

「わかったようやね……つまりびぃえるとは女神の肘。女神の肘には触れることすら恐れ多い。梨桜ちゃん、びぃえるって言われたときのこと思い出してみ」

「如月さんは『芦屋さん、それはBLだよ』って言ってました……」

「彼女はたぶん、『芦屋さん、それについて聞くことはまるで女神の肘に触れることと同じようにおそれおおいことだよ』って言ってくれたんちゃうかな」

「なるほど! 私ってば早とちりしちゃって。ごめんね稲荷山君。稲荷山君にも秘密はあるよね」

「あ、ああ、まあな」

「稲荷山君が変な道に走ってなくて良かったよ! ということで」

「ん?」

 よく見れば梨桜の手は未だがっしりと孝人の腕を掴んでいる。

「妖怪探しに行かないと。ほら早く!」

「ちょっと待て、なんでそうなるんだよここはまた明日ねって手を離す場面だろああもう、不幸だああああああああああ!!!!」

 ものすごい勢いで引きずられていく孝人を見送る三人だったが、椿谷はふと思ったことを呟いた。

「そういえば、彼にアンケートをしなくて良かったのか?」

「あ、忘れてましたわ。なあ香我見クン?」

「ん? ああ、なに?」

「どうしたん、ぼーっとして。なんやさっきもずっと稲荷山クンのこと見てたけど」

「というかイヤリングやな。珍しいデザインやなと思ってちょっと気になっただけや」

 そうして話している間も香我見はずっと孝人たちが走り去っていった方向を眺めていた。




「佐々木さん、香我見さん。今日は環境管理課の庶務を手伝っていると聞いていましたが、なぜ学校に行っていたんですか?」

「それは、他部署からの仕事で……」

「関係ありません」

「まったく……秋原さん、やはり企画課はこの役場に不要ではありませんか?」

「椿谷さん。あなたもついていってましたよね?」

「あ、いえそれは、でも……」

「三人ともそこに正座してください!」

 その後役場に帰ってきた三人は秋原さんにこってり絞られました。

香我見ってなんかやれやれ系主人公みたいですよね。

っという感想から生まれた今回のお話。私の感想ですけど。


全彼女持ちに突撃させたかったのですが、大変なので複数人にモテてそうな人たちに絡みました。


ちなみにうろな高校の保健の先生がエロくておっぱいの大きい男子生徒の憧れを一身に集める先生であるかは知りません。

既出でしたらツッコミ入れていただけるとありがたいです。




ゲスト紹介。

梔子さんの『うろな町は良い所だけど俺の周りは修羅場だ』から、十六夜零音くんと芝姫凛さん、孤ノ派静月さん、桜咲呉羽さん。

アッキさんの『うろな高校駄弁り部』から、天塚柊人くんと霧島恵美さん。

寺町 朱穂さんの『人間どもに不幸を!』から、稲荷山孝人くんと芦屋梨桜さん。

シュウさんの『うろな町』発展記録から、秋原さん。


以上の方々をお借りしました。

今回はちょっと整合性の面で危ないネタが多かった自覚がありますので、ツッコミがありましたら感想、メッセージなどからお知らせください。

修正、または削除いたします。

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