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ばかばっかり!  作者: 弥塚泉
2013年、うろな町役場企画課
21/42

8/30『第四次うろな町節電計画書』

 うろな町役場企画課。

 いつも彼らは各部署からの雑務を片手間に、資料室の片隅でうろな町をより良くするための企画会議を行っている。しかし今日はいつもより気合いが入っているようで……。

「あとはこれを提出すれば……ヨミちゃんペロペロできる……」

「仕事終わったら神楽子と京庵みやこあん……仕事終わったら神楽子と京庵……」

 八月三十日、午前九時。二人は重々しい足取りで資料室を出ていった。香我見などはいつものだらけた服装はどこへやら、上着をしっかり着てネクタイもきちんと締めている。

「あ、おはようございます」

「おはようさん」

「おう」

 階段の踊り場で彼らに出くわした風野は秘書課の職員だが、何かと企画課の起こす騒ぎに巻き込まれることが多い。今日の彼らの異様な真面目さに好感よりも先に違和感を抱いた。

「どうしたんですか? 佐々木さんはともかく、香我見っちまで公務員みたいな格好をして」

「今日は提出日やからな」

「ほな、ボクらは用事あるから」

 答えにならない答えとやけにあっさりした挨拶を残して去っていった企画課と入れ替わりに風野の上司である秋原がやってくる。

「おはよう風野さん。どうかしたの?」

「お、おはようございます! 大変です秋原さん、センパイたちが妙に真面目だったので、明日はきっと雨か霰か台風ですよ! ていうか、今日の雨はきっとそれが原因です!」

「ちょっと落ち着いて……今日は八月の末日よ」

 風野が慌てていたので秋原はそれに影響されることなく、逆に冷静だった。

「それが何か関係あるんですか?」

「あの二人はいつもふざけてばかりいるでしょう? 課長は二人がそうなるように企画課を作って異動させたんだけど、やっぱり周りには受け入れにくいという人もいるのよ」

「……まあ確かに」

 あの二人のまるで不真面目な様子を初めて見たとき、風野も反感までは抱かなかったが公務員らしくないとは思った覚えがある。

「そこで半年に一度、二人はああしてきちんと真面目になって、二人の態度を気に入らない人たちが気に入るような企画書を町長に提出しているの。その結果は目に見えなかったりするけど、二人が真面目にしているだけで印象は違うから」

「へえぇ、センパイたちも色々苦労してるんですねえ」

「うーん、どうなのかしら……」

 秋原が町長室のある方に目を向けた頃、当の二人は町長室にて町長に企画書の内容を確認してもらっていた。

「か、書き直し……?」

「うん。といっても、誤字がちょっとだけだからすぐ終わると思うよ」

「なんや、そうでっか。ほなすぐ直してきますわ」

 時計の針が午前十時を回った頃、再び資料室に戻ってきた二人は早速企画書を見直した。それくらいなら大した分量ではないので、せっせとタイピングするのは佐々木だけだ。その佐々木にしても片手間にできる作業なので、当然のごとく雑談を始める。

「そろそろ盆休み欲しない?」

「どうせ休みもらっても佐々木君は不健康に引きこもるだけやから、むしろ働いとった方がええんちゃう」

「そらそうやけど、香我見クンはどうなん?」

「そうやなあ。今は」

「神楽子ちゃん禁止」

「今は   が文化祭の準備で忙しいから   が休みの日に   と海にでも行こかな。もちろん   がほかのとこ行きたいって言うんやったら」

「もうええわ! 何の暗号文!?」

「   禁止って言うから」

「香我見クンのシスコンを甘く見てたわ……よっしゃ、誤字脱字直したし行こか」

 改めて町長室に向かった二人だったが、今度は廊下で住民課の榊に呼び止められた。

「あ、香我見君に佐々木君。ちょうど良かった」

「二宮さん、なんか用でっか?」

「榊だよ……」

「それで、用件っていうのは?」

「今回の企画書に資料として住民の現住所を記載してたよね。あれから何軒か引っ越した人たちがいるから、変更してほしいんだ。これが新しいリストだから、変更箇所は申し訳ないけどそっちで探してね。それじゃ!」

 話し終わると榊は足早に去っていった。忙しいのは企画課だけではないようだ。二人はハードカバーの小説のような厚みのリストを手にして力なく笑った。

 そして三度資料室に戻ってきた企画課の二人。企画書に添付したリストをさっとプリントアウトして、赤ペンを片手に素早く席に着いた。時刻は午前十一時を回ろうというところ。

「うわ、もうこんな時間かいな。昼飯どないしよ」

「抜いても大丈夫やろ。それより見落としないようにな。こんだけ量あったら見直しする時間はたぶん無い」

「分かってるって。そやけど今日ボクら運無さすぎちゃう?」

「佐々木君、昨日はどこの女の子を攫ったんや」

「香我見クンが浮気してるからちゃう? 知ってんねんで。あんだけ神楽子ちゃん神楽子ちゃんゆうときながら、朝釣りと称して海の家の渚ちゃんと仲よなってんの!」

「いやいや佐々木君がこないだ秋原さんに気色悪い手紙渡してたからやろ」

「香我見クンが紫苑ちゃんとデートなんかするから」

「佐々木君が秋原さんと偶然を装って休日に出会うから……ていうか佐々木君、俺の日常把握しすぎやろ」

「全部神楽子ちゃんから聞いた」

「神楽子ぉぉおおお!!」

 案外余裕のある企画課がそうやってリストを見直し終えて企画書を修正したのが午後二時。町長室に行ってみると、ドアノブに札が掛かっていた。

『昼食中。町長に御用の方は食堂までお越しください』

「マジか……」

「町長も忙しいんやなあ。そんな急ぐ用でもないし、仕事もらってこよか」

「ほう、それは良かった。ちょうど手が欲しかったものでね。実に都合がいい」

「げっ」

 町長室の前に立っていた彼らの方へ、髪をバッチリ七三分けにして四角いフレームの銀縁眼鏡をかけた男が廊下の向こうから歩いてきていた。すらっとした体躯と合わさって、いかにも冷徹そうな印象を受ける。彼は環境管理課の椿谷史郎つばきや・しろうという、真面目を人型に流し込んで固めたような人物で、企画課のことが気に入らない人間の一人である。

「佐々木君、君の家ではその嘔吐するような音が挨拶なのか?」

「ええ、七三分けの人にはすべからくこのようにというのが家訓でして」

 ちらりと目をやって飛んできた皮肉も佐々木は意にも介さない。佐々木からしてみれば彼ほどからかい甲斐のある人間もいないといった印象だ。椿谷は苦虫を噛んだような顔になって香我見に向き直る。

「香我見君、企画課にまた依頼なのだが」

「一時間以内で済むなら構いません」

「私がやれば一時間で済むが生憎手が回らない。君たちのようにふざけてばかりでは時間がかかるかもしれないが」

 香我見は差し出された書類をそのままにしばらく睨むように相対していたが、奪うように書類を受け取り、廊下の向こうへ歩いていった。

「すんまへんな、香我見クンの分も合わせて言うときますわ。いつもおおきに」

 後に残った佐々木はそう言ってその場を去った。

 そして四度資料室に戻り、仕事に取りかかって叫んでいた。

「ふざけんな椿谷こらぁぁあああ!!!!」

 椿谷の依頼とは、書類に付されていた葉の種類の判別だった。資料室にある植物図鑑を使えば可能というのである。それはうろな町の山で見つかった物なのだがうろな町にはないはずのもので、薬やハーブなどに使える種類であれば大々的な調査隊を編成する必要があるため、と書類にはあった。

「こんなん一時間で終わるかいな」

「あいつ、ホンマこれ終わったら図鑑で撲殺したるからな」「ボクはネットで調べるから香我見クンは図鑑使て調べて」

 事ここに至ってついに資料室を沈黙が支配した。ただマウスをクリックする音やページをめくる音だけがするだけで、二人は時計を見る暇すら惜しみ、佐々木の後ろにある窓から差し込む夕日のみが唯一時間の経過を知る術となっていた。そして資料室が真っ赤に染め上げられたとき、ようやく香我見が声を上げた。

「これや!」

「よし、ほな環境管理課んとこに……」

「その必要はない」

 佐々木たちが立ち上がると同時に、椿谷が資料室に入ってきていた。

「もう五時前だ。さっさと行ぐゃっ」

 彼の言葉が終わる前に図鑑が顔面にぶち当たり、二人が駆け抜けていった。

「最後に出てきていい奴ぶってんちゃうぞコラ!」

「当たりのページにしおり挟んどいたからそれ見てな!」

 資料室を飛び出し、階段を韋駄天のごとく駆け上がっていく。

「あああああああと一分んんんんんん!!」

「走れ、心臓が破けるまで!」

「駆けろ、躯が溶けるまで!」

「足を!」

「心を風に変えて!!」

「走れ走れ走れ走れ走れ走れ――――――」

「メロオオォォォォォオオス!!!!!!」

 しかし、町長室を目前にして二人の体から急速に力が抜けてゆく。膝が折れ、床に胸を打ち、薄れゆく意識の中、二人は同時に後悔した。

「昼飯、食うてたら、よかっ……た……」






 その後、廊下を通りかかった秋原によって発見され、企画書は無事町長のもとへと届けられた。事情を聞いた秋原と町長はその日の仕事終わりに二人を『流星』に連れていったという。

どうも、弥塚泉です。

今回は友達にもらったネタで、夏休みの宿題とか課題は余裕を持ってやりましょうというお話。

期限ギリギリにやると、余計な邪魔が入ったりして間に合わなかったりしちゃうものなのです。



今回のゲストはいつもの町役場組。

シュウさんの『うろな町』発展記録から、秋原さん、榊さん、町長をお借りしました。

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