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ばかばっかり!  作者: 弥塚泉
2013年、うろな町役場企画課
20/42

8/25『Re:今なにしてる?』

 うろな町役場企画課。

 普段は各部署からの雑務を片手間に、資料室の片隅でうろな町をより良くするための企画会議を行っている彼らにも休日というのはあって……。

「んー、今日もヨミちゃん可愛かったな!」

 今にも物で溢れかえってしまいそうな六畳間に独り言が漏れた。この部屋の住人、佐々木達也の日曜日の朝は八時半に放送される女の子向けアニメを見ることから始まる。ネットゲームで歴戦の勇士として名を馳せていた時期、徹夜を繰り返していた彼はある朝たまたまつけたテレビで放送していたそのアニメを見て以来、立派な大きなお友達になって健康的な生活を送るようになったのだ。

 さて、と放送を見終えた彼はぐるりと部屋を見回す。あまり使わないゲームや今は飾っていないフィギュアなどは箱に入れて保存しているため、一つの物の占有面積が大きく彼の部屋は実際より一回りほど小さい印象を受けるが、カラーボックスを組み合わせた整理術のおかげで雑多な感じはしない。

「明日『らぶきす』が届くし、今日は散歩でもしよかなー」

 新作のゲームをやり始めると、彼は仕事と食料の買い出し以外では外に出なくなる。とはいえ、ぶらぶらと町を散策することもまた彼は好きなのだ。そうと決めると、彼はまず先ほどの放送の録画を見直し始めた。




「ん……んんー」

 限られたスペースにパズルのような計算高さで整然と物が詰め込まれていた佐々木の部屋とは対照的に、物が少ない部屋のベッドの上で身を起こすと、香我見遥真は傍らの時計に目をやった。

「九時半か……どないしよかな」

 彼の場合は特に起床時間を決めているわけではないが、だいたい十時頃に起きる。その起きた時間によって一日の予定を決めるのだ。午後に起き出すこともあるがそういうときは、いつもより疲れていたんだなと納得する。

「久しぶりに釣り行こか」

 ここのところ夏祭りの準備だったりなんだりで彼が趣味とする釣りができていなかった。朝早くから釣り糸を垂らすのが彼の好きな時間ではあるが、気まぐれに海を眺めるのもそれはそれで趣のある時間でもある。彼は簡単に一日の予定を立てると洗面所に向かった。




 佐々木達也の散歩というのは本当にあてがない。

 ただコンビニでアイスを買って帰ることもあれば、路線図の端っこまで電車に乗ってゆくこともある。白いシャツの上に黒いジャケット、スリムなデニムという明るめの色を好む彼には珍しい格好でとりあえず駅に向かっていると、不意に名前を呼ばれた。

「たっきー!」

 見ると近くの公園にいた女の子が満面の笑みでこちらに駆けてくる。

「おお、芹香ちゃんやないか。どないしたん、こんなとこで」

 芹香の身長に合わせて膝をつきながら、佐々木もまた笑顔で答える。彼女の家は海の近くにあるのでこのあたりに来ているのは珍しい。

「友達と待ち合わせ! でも早く着きすぎちゃって」

「なんや、それやったら待ち合わせの時間までボクと遊ぼうや」

「ほんと!?」

 ぱっと顔を輝かせる芹香に佐々木は頷いてみせた。

「もちろん。なにしよか?」

「じゃあたっきーは私にやっつけられる怪人役ね!」

「お、おおう……ヒロイン決めへんうちから悪役を当てられる違和感にはこの際目をつぶろか……。ぐへへへ……芹香ちゃんには俺様の嫁になってもらうザキー!」

 今日の佐々木は私服なので黙っていればまともに見えるのだが悲しいかな、変態台詞を吐くと誰よりも幼女を襲う怪人が似合ってしまう男である。

「きゃああああ! 誰か助けてええええええ!!」

 昼過ぎということもあって周りは閑散としていて悲鳴を上げても誤解される心配はなかった。しかしどこからともなく青年の声が轟く。

「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 助けを求める声が呼ぶ! 悪を払えと我を呼ぶ! とうっ!」

「上か!?」

 佐々木が見上げるのと同時、頭上の枝を揺らして紺色の影が飛び降りてきた。

「罪無き人々を襲う怪人、貴様の悪行もこれまでだ! 天狗仮面参上!」

 それはこのうろな町では数ある正義の一つ、ジャージに唐草模様のマントを羽織り鼻の高い仮面を被った青年だった。

「か、かっこいー!」

 彼に歓声をあげる芹香と対照的に、焦ったのは芹香を襲うような格好をしていた佐々木だ。

「てっ、天狗ハン。いや、ちゃいますやん。これは遊びで、いわゆる一つのロ-ルプレイング、つまるところの……」

「問答無用!」

「ぐぶるしゃあっ!」




 白いシャツに青いチェックのジャケットを羽織り、裾を捲ったジーンズといった出で立ちに頭の麦わら帽子、右手に担いだ釣竿という香我見遥真の格好は、彼の釣り人スタイルだ。普段は白か黒を基調とした暗めの服だが、今から太陽の下に陣取ろうというのに白はまだしも黒は着れない。

「しかし、今日もまたあっついなあ」

 家から一歩足を踏み出しただけですでにあついあついと言いながら香我見は歩みを進めていく。文句を言いながらも、やはり暑さを我慢する程度には釣りが好きなのだ。

 ところで彼が釣りに使うのはうろな町の東にあるビーチから沖に伸びる防波堤だ。この町にも釣り好きはいるだろうが、どうやら朝か夜に来ているらしく香我見が昼に訪れる頃にはたいてい誰もいない。

「ん?」

 しかし今日は珍しく先客がいた。まるで生まれもった毛並みのような特徴的な茶色い髪をした彼女のことはまだ香我見の記憶に新しい。先日の夏祭りで香我見たち企画課が運営していた鉄板焼きの屋台に、食券をどっさり持ってきた少女である。

「おはようさん」

 少し躊躇ったものの、香我見はそう言って彼女の隣に腰掛けた。

「……もう昼にゃ」

「俺はさっき起きたからおはようでええねん」

 手際良く準備を済ませると、ひゅっと風を切って竿を振った。ぽちゃん、という長閑な音がすると沈黙が落ちた。香我見は彼女の名前すら知らないし、何やら物憂げな女の子にかける言葉も持っていなかったからだ。それでも波の音を聞きながら空を流れていく雲を眺めていると気まずいことにならないのが、釣りという趣味を語るにあたって香我見の気に入っているところの一つだ。

「それ、なんの歌にゃ」

「ん?」

 声に応えて顔を傾けたが、少女は憮然として空を眺めているだけだった。

「歌?」

「今鼻歌歌ってたにゃ」

「ああ」

 香我見はたいてい一人で釣りに来ていて、あたりを待っているときに自分が歌を口ずさんでいることに気がついていなかった。この町で釣りをするようになってからついた無意識の癖だった。

「知り合いの歌ちゃうかな。朝釣りに来たとき、たまに聞くし」

 しゃべりながら手元を揺らし、納得がいかなかったのか一度引き上げて再び竿を振る。そうしているうちに彼自身の調子はあがってきたらしく、自分から会話する気分にはなってきたようだ。

「君も暇人やなあ。なんか予定ないの?」

「あっしの勝手にゃ」

 しかし彼女はそれも煩わしそうにまた蒼穹に目を向けた。先ほどの問いも鼻歌が五月蠅かったからなのかもしれない。

「恋人とか友達とか」

「いないにゃ」

「じゃあ兄弟とか」

 彼女の耳が怯えるように震えた一瞬を、香我見はリールを巻いていて見なかった。返答がないことで香我見も会話の接ぎ穂をなくし、また潮騒に耳を傾けることになった。

「ま、俺もヒトのこと言われへんけどな。従妹はおるけど、夏休みに入ってからは文化祭の準備が忙しいゆうてろくに構ってもらわれへんし」

 はあ…………、と随分長いため息をつく。香我見にとっては生き甲斐といってもそう間違ってはいないくらいに大切にしている従妹なのだ。

「もし」

 ほんの戯れ、癇に障る煩わしさに残酷な問いかけをしてみたくなったのかもしれない。

「ん?」

「もしその従妹が殺されたら」

 しかし彼にとってその問いかけは、重大な意味を持っていた。

「あんたはその相手をどうするにゃ」

 香我見の手元に小さな振動が伝わるが、彼の目はただ果てしなく広がる蒼の先へと向いていた。

「そうやなあ」

 その間ぼんやりとしていたのか、真面目に返答を考えていたのか、どちらともつかないが、彼はあっさりと答えた。

「なんもせえへんかな」

 絶句。

 彼女の予想とはあまりにもかけ離れすぎて、瞬間、意志と関係なく感情が零れ出た。

「なんでにゃ! 大事な人だったにゃ! 本当に、本当に大事な人だったにゃ!」

「せやな」

 香我見の顔に色はない。ただ淡々と言葉を吐くその態度に、彼女はまた怒りを抱いた。香我見が言葉を継がなければ、八つ裂きにしてしまっただろう。

「せやけどな。僕は人の笑ってる顔が、ホンマに好きなんや。復讐やなんやしたとして誰が笑うてくれる? そんなもん、だーれも笑われへん。大事な人も、僕も。死んだらしまいやねんから。ただ……そうやな。なんもせえへんっちゅうのはやっぱりちゃうな」

 ははっ、と笑う声に引かれて思わず彼女は香我見の顔を見た。思いついたいたずらを実行したときの反響を想像して笑うような、毒気を抜かれる無邪気な笑顔だった。

「でっかいステージ借り切って、とびっきりの漫才したるねん。超満の会場でドッカンドッカン笑い起こして、そんで」

 ぐうぅぅぅぅ、と腹の虫が鳴いた。まるで漫画の様なタイミングで鳴った音にお互いに言葉を失い、先に立ち直ったのは香我見の方だった。

「そういや、朝飯食ってきてなかったわ」

 何もない左手首を見てから、さすがの香我見も気まずげに笑う。そして竿を引き上げて立ち上がった。

「んじゃ、そういうことで。またな」

 すれ違いざまにポンポン頭を撫でて、鼻歌なんぞ歌いながら竿を担いで歩いてゆく男をなんとなく見送りながら彼女は思っていた。

 ああ、厄介な奴に遭ってしまったなと。




 佐々木が目を覚ますと、見上げた空は見慣れない年季の入った木目の天井だった。

「はっ!! ここはどこ、ボクは誰!?」

「はいはい、おとなしくしてなさいね」

「もゃぼが」

 起き上がって涼やかな声が聞こえた途端、体温計が佐々木の口にぶっささる。ざっと見回したところ普通のボロアパートといった風情で、佐々木には何よりも重要なファクターが存在していた。

「ほへえさん、、ほうひはへっはー?」

「体温計加えながら喋らない」

 佐々木が寝かされていた布団の傍らには二十代くらいのどことなく頼もしげな雰囲気を醸し出す女性がいたのだ。彼にとっては女性と二人でいるというそれだけで、ここが地獄だろうが状況把握をさておく理由になる。しかしこの部屋にいるのは二人だけではなかった。

「佐々木殿! 目を覚まされたか!」

「ん、天狗はんやないの。どないしたん?」

「どうしたもこうしたも」

 暖簾の向こうからやってきた天狗仮面は布団の傍らに腰を下ろすと、深く頭を下げた。

「事情も聞かずに昏倒させてしまい、申し訳ない」

「や、あれはこっちも勘違いされてもしゃあなかったし、顔上げてえな」

 いつも欲望のままに行動しているせいで変態として撃退されたことは数知れず、こうして謝られることは滅多にない。佐々木としてはアウェーなこの状況を変えるため、半ば強引に話題を変えた。

「そんなことより天狗はんはあないなとこで何やってたん。まさか本物の怪人探しとか?」

 若干記憶の不確かとなってしまった佐々木でも木の上から飛び降りてくる天狗面の男というのはなかなか忘れられるものではない。しかし天狗は大笑し、それを否定した。

「それこそまさかだ。このうろな町に怪人などおらん」

 怪人的な変態はおるけどな、と佐々木は最近結婚した友人や仕事中に遭遇したツチノコ男を頭に浮かべながらこっそり苦笑した。

「実は失せ物の心当たりを聞かれてな。見回りついでに捜していたのだ」

「へえ、それオモロそうやな。ボクにも手伝わしてえな」

「いいのか? せっかくの休日だというのに」

「かめへんって。ちょうど暇してたとこやし。ほらほら、そんなことより、はよ詳しい話聞かしてえな」




 香我見が昼食を求めたのは、海浜公園駅のすぐそばにあるベーカリー『シャーロック』だった。表にあるメニューか商品が並べられたガラスケースから選んで注文して購入、メニューに焼きたての表示があるものはその場で焼いてもくれる。室内席に加えてちょっとしたテラスまで備えているので喫茶店代わりにもなる。店名の由来はもちろんかの有名な名探偵という、一癖も二癖もある店だ。そんな店なので、店主も相当な変わり者である。

 なにせ今日は大した運動をしていないので、実のところそれほど空腹を感じているわけでもなかった香我見は適当にパンを二つほど買って帰宅するつもりで入店した。

「いらっしゃい、って遥真か。ちょうどいいとこに来たじゃないの」

 飛んできた威勢の良い挨拶の元をたどると、ガラスケースを挟んだ向こうに店名の入った茶色のエプロンを着けた彼女がいた。対面にはパンを選んでいた香我見の同僚、風野紫苑もいる。セミロングの髪をポニーテールにまとめ、ショートジーンズの上に袖無しのパーカーを羽織った日焼け上等とでも言うような格好は、全体を黄色でまとめた色合いも合わせて実に彼女らしい。

「蓮華さん、お久しぶりです。俺になんか用ですか?」

 香我見も店主に挨拶を返すと、隣にいた風野が憤慨した。

「全部センパイたちのせいなんですよっ」

「はあ?」

 さっぱりわけのわからない香我見に、くっくっと喉を鳴らしながら蓮華が説明を付け足した。

「いや、ちょうど今こないだの水着コンの話を聞いてたとこだったのさ」

「ああなるほど」

 言われて思い返してみれば、水着コンの優勝商品に目が眩んだ香我見と企画課の片割れは風野を参加させたのだった。もちろん彼らの予想通り風野が優勝することはなかったので、水着コンをわざわざ見に行った誰かとは違って香我見はすっかり忘れていた。

「でもなんで今さら?」

「優勝者以外にも商品が出たんだけど、紫苑の取ってきたってのがウチのランチセットのタダ券だったからね。面白そうだったから話を聞いてたのさ」

「ううっ、酷いです蓮華姉……」

 朗らかに笑う蓮華と恥ずかしさに顔を覆う風野は本当の姉妹のようだった。




 さんざん町をさまよった末、佐々木は水分補給がてらに一旦喫茶店で休憩することにした。

「うーん……これはもはやあれやな。忘れ物とかいう次元やない……そう、言うなればストラップ消失事件! あ、ちなみにさっきの次元は事件とかけてるわけちゃうよ」

「知りません」

 勝手に熱を上げて一人で喋り出した佐々木に対して冷静なコメントを返したのは、凛々しくスーツを着こなしたすらりとした美女だ。休日の喫茶店にはそれなりに客が入っているが、カウンターにいるのは佐々木と彼女の二人だけ。あるいは彼と彼女の変人オーラのようなものを感じて無意識的に避けているのかもしれなかった。

「ちゅうわけでこれはもはや事件やと思うんよ」

 しかし彼女はそんなことには頓着しない。二度と会うかも分からない人間の反応より、佐々木の提示した謎の方が取り組むのに建設的だ。彼女は人差し指を立てていつものように言った。

「不正解です。私に意見を求めるのなら、あなたはまず私に事件の詳細を話すべきです」

「おっ、ねえちゃん協力してくれんのかいな!」

「ええ。私の目的にも合致しますし、それでいてあなたのお役に立てるのなら、それは実に都合の良いことです」




 しばしの談笑を楽しんだ香我見は時計の針が傾いてきた頃、当初の目的であった昼食を思い出し、買い物を終えて帰宅するという風野と連れだって閑静な住宅街を歩いていた。閑静、だったというべきか。

「うわ、結構なスピードですねえ。すごい音です」

 音を見るように視線を少し上げながら、風野がそんなことを言ってきた。

「ていうか、近いな」

 香我見がそう言って振り返った瞬間、後ろから迫っていたバイクが彼らのすぐそばを駆け抜けていく。

「うわっ」

 同時に、風にあおられたように風野が彼の胸に飛び込んできた。

「おっと、あっぶな。大丈夫か?」

「大丈夫で……あ!」

「どうした?」

 さっと確認した視線の先の彼女の両手にあったはずのビニール袋は道路側に晒していた片方だけなくなっていた。

「さっきのバイクに引っかかったみたいです!」

「はあ!?」

 素っ頓狂な声をあげた彼はバイクの去っていった方を見ると、周囲に目を向けた。

「この先は信号や。今から急げば追いつける」

 すると、ちょうど近くに目立つ青色のユニフォームを着た男の子と談笑していた少年の傍らの自転車が目に入った。

「よし、豊栄君、ちょっと借りんで!」

 車体に貼ってあった登録証の名前を叫びながら、香我見は躊躇なくそれにまたがった。

「え、ちょっと!?」

 すいません、実は……と説明を始める風野の言葉を背に、彼は足に力を込めた。




 一方佐々木は依然捜索活動を続けていた。和倉葉と名乗ったあの教授とは生産性のまるでない推理議論を交わしあったものの、結局途中で助手らしい青年に引きずられていってしまったし、夏の長い日が暮れてきてからは開き直って覚えのない路地を選んで口笛など吹きながら歩いていた。そして佐々木が遭遇したのは以前佐々木が大きな犬のような狼から変身するところを目撃した女の子であり、香我見が昼間に話していた少女だった。

「あ、ちょっ、犬子ちゃん、そこちゃうて! そいつはマグナムでしか倒されへん!」

「犬子いうにゃあ!」

 そんなお互いの名前も知らない二人がなぜ仲良くゲームセンターのシューティングゲームに興じているのかというと、別にそんなに深い訳はない。

「キミ暇そうやなあ。ボクとゲーセンでも行かん?」

「嫌にゃ」

「なるほど、ああ、関係ない話やけど、ゲーセンの近くにケーキ屋があるやん?」

「行くにゃ!」

「よっしゃ、任しとき!」

 という完全に誘拐犯の手口を使って少女を駅前にあるゲームセンターに連れて来たのである。

「じゃあ次はこのリズムゲームしよか。ふっふっふ。ボーカロイドに生まれてくればよかったのにとまで言われたボクの音感をみせたるでえ!」

「それたぶん褒められてないにゃ」

「次はレーシングゲームや。ボクの驚きのショートカットを……」

「それはアイテムがあるやつにゃ! これは峠を攻めるやつだから崖に突っ込むにゃあああ!!」

 主に佐々木が彼女を連れまわす形でゲーム巡りは続き……。

「いやあ、楽しかったな」

「あっしはただ疲れたにゃ」

 憔悴した様子のサツキは、満足した顔の佐々木をそのままほっといてさっさと行こうとしたが、ふと思いついて出口の前で振り返った。

「そういえば今日、お好み焼きのお兄さんに会ったにゃ」

「にゃに!? あんのシスコン、まぁた抜け駆けしよったんかぁぁ……」

 犬のように唸り始めたことも無視して、何気ない様子で問いを続けた。

「あの兄さんは大切な人が殺されても復讐しにゃいっていう。あんたもそうなのかにゃ?」

「……ホンマにそんなことゆうてたん?」

 今までのふざけようから一転、信じられないような胡乱げな瞳をして、唐突な問いにもかかわらず彼は至極真面目に聞き返した。

「笑えないから、って」

 彼女が端的に理由を述べると、佐々木は納得したように微笑った。

「オレは違うな。例えば従妹がもし仮にそんな目にあったら」

 西の山の方を向いて目を細めた。そして口端に浮かんだクスっ、というその微笑はまるで彼のものではないようだった。

「ま、ええわ。ほな気ぃつけて帰りや。またあそぼな」




 その日の夕飯の材料をぶら下げて家路をたどっていた香我見の目の前に怪しげな人影が現れた。ジャージの上から唐草模様のマントを羽織り、あまつさえ天狗の面をかぶった男を一般的には怪しげな人影と呼ぶのだろうが、この町にそれは当てはまらない。

「天狗はん、今日もお疲れさんやなあ。妖怪大戦争はもう終わったん?」

「これは香我見殿。それならもう心配いらん。良からぬ奴らは私とこの町に住む仲間たちとが追い払ったからな」

 香我見は今までにも何度か町ですれ違っていて、天狗とは軽く冗談を言い合うくらいには親しくしていた。

「ははっ、そりゃ良かった。あ、そういえば」

 香我見はふっと思い出したように左手を掲げた。

「失くしたゆうてた腕時計見つかったわ。探してくれてたのにごめんな、俺の不注意やったわ」

「いや、見つかって良かった。大切な物なのだろう?」

「まあ、な」

 少し陰をよぎらせたが、それを指摘する間もなく香我見の持つビニール袋が翻った。

「ほなまたな。天狗はんも気ぃつけや」

 そう言い残して香我見は闇夜に消えた。






 翌日、町役場の廊下にて。

「あ、センパイがた」

 なぜか企画課の二人は揃って足を引きずっていた。

「休み明けだっていうのに、どうかしたんですか?」

 それに対して佐々木は目を泳がせて苦笑して、香我見はそっぽを向いて憮然として答えた。

「…………筋肉痛や」

私的フラグ回収回でした。これでやり残したことはなくなったかな?

企画課の休日ということで、今回は笑いよりもまったり感優先でした。

あー、ハロウィン出たかったなあ。社会人はこれだから…。

っていうか、現実時間とのずれがやばいー。


さて、今回お借りした方々のご紹介。

とにあさんの『URONA・あ・らかると』から、日生芹香ちゃん。

三衣 千月さんの『うろな天狗の仮面の秘密』から、天狗仮面さんと猫塚仙狸さん。

寺町 朱穂さんの『人間どもに不幸を!』から、鍋島サツキさん。

枯竹四手さんの『朽葉うろな行』から、和倉葉朽葉さん。

菊夜さんの『うろラジ!』から、東野夏香さん。

大和 麻也さんの『うろな町のうろんな人々』から、豊栄巡君と伊藤春樹君。

名前出ていない方もいますが、以上の方々をお借りしました。

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