肝試し/八組目
この催しはもともとうろな町民同士の交流を目的としたものだ。参加者募集のポスターにも書いていないあたり、企画課自身はすっかり忘れているようだが、その目的を踏まえてみればこの八組目が最も目的に適った組であるといえる。三人ともお互いに面識がないし、年代も性別もバラバラ。怖いものが平気な人間も苦手な人間もいるので肝試しの進行にも差し障りがない。さて、その八組目のメンバーとは……。
「むむむ……タカトがいないのは不満だが、とにかく貴様ら、我輩についてこい!」
小学生ながら尊大な口調が特徴的な少女、狐坂奏。
「なんかえらく偉そーな子どもだなあ」
隙あらば仕事をサボってビストロ『流星』に入り浸っているサラリーマン、須藤慶一。
「それはすごく同意するけど、先が思いやられるぜ」
そして日生双子のもう片割れ、日生隆維の三人だ。
肩で風を切るように先頭をのっしのっしと歩いているのは奏、その勢いに引きずられるように男性陣が後ろを歩くような形で山に入ることとなった。おどろおどろしい音楽に包まれながらしばらく歩いたころ、道の中で不意に奏が足を止めた。
「どした?」
二人が体をずらして前方を覗いてみても暗闇が広がるばかりである。
「や、やっぱり我輩の様なか弱い美少女の後ろを女々しくついてくるというのはさぞ情けなかろうと思うてな」
そう言ってぐいっと懐中電灯を二人につきだしてきた。
「代わってやる」
誰から見ても奏が暗闇を怖がっているのは明白だが、ここでそれを指摘すれば奏はむきになって無茶をするかもしれない。そう考えた隆維は黙って懐中電灯を受け取ろうとした。
「もしかして怖いのか?」
が、いい大人であるはずの慶一の発言で隆維がまわした気遣いは水泡に帰した。
「ばっ、馬鹿言うな! そんなはずないだろう!」
奏は頭から湯気を出しながら、二人を振り返ることもせずに大股で歩いて行ってしまった。
「あんた、モテねーだろ?」
「…………なんでわかった?」
祠から札を取ろうとした時、奏が肩を震わせた。どこからともなく破裂音が鳴り始めたのだ。
「ラップ音か」
「あ、ああ、あれな。知ってたっつーの」
「なんであんたまでビビってんだよ」
周囲から破裂音が断続的に威圧するように鳴り響く。
「そんなに怖いんならさっさと帰ろうぜ」
「わ、我輩は怖くないぞ! 妖狐だからな、それも妖狐族の次期頭首だからな! すごいんだからな!」
「お、俺も平気だっつーの!」
「二人とも、そういうことは俺のシャツから手を離してから言ってくれ」
仕方なく隆維が先頭を歩くことに。
「お、おい。もっとゆっくり歩け。貴様と我輩では歩幅が違うんだぞ」
「ああ、悪ぃ」
「ちょ、ちょっと歩くの早くねえか。俺とお前では心の余裕が違うんだぞ」
「すげー納得した」
ラップ音が止むと、彼らが土を踏む音以外には得体のしれない沈黙が彼らの周囲を満たしていた。二人からすると話でもして気を紛らわせたいのは山々だが、口角が強張ってうまくしゃべれないような気がしたのだ。隆維がしゃべらないのはただ面倒なだけだが。
不意に、隆維が足を止めた。
「ひっ」
「なんだ!?」
それだけで二人は軽い恐慌状態に陥る。
「何か聞こえね?」
その瞬間、ちりん、と澄んだ音が響いた。二人のシャツを握る手にいっそう力がこもる。
「ちょっと、このシャツ気に入ってんだけど……」
「お、おい、あれ!」
隆維の抗議もむなしく奏の悲鳴じみた声にかき消される。彼らの前方にはいつの間にか人影があった。
「どうせ人形だって」
歩こうとしない二人を引きずりながら隆維がずんずん進んでいくと、やはりそれは人形だった。なぜか体がくの字に折れ曲がっていて、なんとか直そうとしたした後は見えるが、それでもなお無残な状態で、ある意味ホラーではある。
「まるで暴力的な意味で手の早い料理上手な女に体重の乗ったいい肘打ちを食らったような人形だな」
「そ、そんなのいいから早く行くぞ。我輩、何やら嫌な予感が……」
とんとんと奏は肩を叩かれ、言葉を中断して振り向きざまに怒鳴った。
「なんだ貴様は! 貴様も大の大人なら男らしく……」
もちろん彼女は慶一が怖さのあまり自分の肩を叩いてきたと思って振り返ったのである。その彼女の予想は外れ、別の想像が的中してしまった。彼女の後ろにいたのは……。
その彼女の悲鳴は広場まで轟き、慶一は腰を抜かしてその場にいたサダコウィッグをかぶったままの佐々木に肩を借りて下山という不名誉な結末を迎えた。




